そして、誰かが死ぬ
――君達に申し渡して置く――
燕尾服を着た長身の男はあたりを睥睨する。眼つきが鷲のように鋭い。頬がこけて、唇が薄い。面長の浅黒い顔だ。眉が薄く、長い鼻。人を寄せ付けぬ雰囲気を漂わせている。
部屋は50人は収容できるほどの大広間。床は磨き抜かれた大理石。窓は洋風の観音開き。壁や天井はチーク材。天井から数基のシャンデリアが光を放っている。樫の樹の長い机が部屋の中央に配置してある。そこに15名の男達が威儀を正して腰かけている。
燕尾服の男の声だけが室内に反響している。
――この島のどこかに隠されている地図を探してもらいたい。――言葉は慇懃だが、高飛車な口調だ。
男は一旦声を落とす。15名の1人1人に眼をやる。
――見つけた者には謝礼として、10億円の報酬が出る。その他の者にも、2億円を出す――
室内にどよめきの声があがる。男はその喚声を眼を細めて眺めている。一文字に結んだ口がにっと歪む。
――ただし、条件がある――男はどよめきを鎮めるように、大声で制する。
――捜し出す期間は一週間――
もし期間内に捜し出せなかった場合は――
男の鋭い視線が大広間の空気を凍りつかせる。
――報奨金は一割カット。そして、誰かが死ぬ――
誰も口を開かない。凍り付いた空気に縛られたように固唾を飲んで見守っている。
――1人が死んで、また一週間。それでも捜し出せなかった場合は、さらに一割カット。そしてまた、誰かが死ぬ――
地図の発見は最後の一人が死ぬまで続けられる。
地図を捜し出して、大金を手にするか、あるいは死ぬか、それとも棄権するかは明日の正午までに決める事。男はオールバックの髪を両手で撫ぜつける。含み笑いをする。柔和な眼つきになる。
「皆さんはここに到着して間がない。昼食を摂って、ゆっくりと寛いで下さい」深々と頭を下げる。
アーチ型の窓から真昼の日差しが射し込んでいる。青い海洋が遠望できる。
北側のドアから燕尾服の男が退場する。入れ替わりに料理が運ばれる。15名の男達はあたりを憚るように、遠慮がちに料理を口に入れる。皆無言だ。
9月、季節は秋だが、盛夏の残暑が厳しい。
15名の男達は、年齢も体格もまちまちだ。服装も半袖のネクタイ姿の中年、アロハ姿の若者、作業服にスニーカーの者、手ぶらの者もいれば、大きなリュックを持参する者。
15名に共通するところは、4~5人の者を省いてはお互いの顔を知らないという事だ。知らない者同士が食卓を囲む。食事は人を和気あいあいとさせる。食後のデザートが出る頃には、名前や年齢、職業や出身地、家族などの自己紹介の花が咲く。
ここには1つの目的の為に集められた。目的の成果が出なかった時には、この中の誰かが死ぬという、非常識な決定が下される。それが嫌なら、ここから立ち去れという。
今、15名は二者択一を迫られている。
その共通の運命の中で、男達は生きるための方策を見出そうとしている。お互いが情報を探り合う。その一方で絆を深めようと、肩を寄せ合う。
そして、その結果は・・・。
平成17年6月上旬。半月正夫の元に、奇妙な招待状が郵便書留で届く。金色のB5の封筒で差出人は与謝野耕造。
・・・与謝野と言えば・・・
与謝野コンツェルンの会長、世界でも指折りの資産家だ。時の政府要人も彼の意向に逆らえないと聞く。財界人としても経済界に重きを置いている。世界の主要国の産業経済に投資している。その額は一国の経済さえも左右すると言われている。
・・・こんな超大物がどうして、俺みたいな者に・・・
半月は驚きを隠さない。彼はこの年30歳。独身、両親は五年前に死亡。兄弟、親戚もいない。失業中。
彼の住まいは名古屋駅西口にある則武二丁目地内。二階建ての築50年のボロアパートの一室。東の窓から名古屋JRのターミナルが見える。
彼は逞しい体をしている。ビルの建築現場、道路舗装、地下鉄工事など、肉体労働で糧を得ている。仕事のない日は一日中ブラブラしている。ここ3ヵ月ばかり仕事にありつけないでいる。もうそろそろ仕事を見つけないと・・・。腰を上げようかと考えていた矢先だ。
半月はボサボサの髪をごしごしこする。無精髭も伸び放題。眉が濃い。眼も大きい。筋の通った鼻と大きな唇が精悍さを漂わせている。
差出人の名前を見て驚いたが、住所を見てなお驚く。東京都八丈支庁冠島。八丈島よりまだ南に位置する周囲2キロ程の小さな島だ。
封を切る。中には額面20万円の小切手と招待状が入っている。文面を眼で追う。
――あなたは私が選んだ幸運な方です。この招待状を持参のうえ、下記住所へお越しください。同封の20万円は旅費として使ってください。当地に到着後、百万円を差し上げます。
あなたをご招待する理由はただ1つ、簡単な仕事を依頼したい。その報奨として2億のお金を用意します――
仕事の内容は不明。到着後に説明するという。冠島までの船便の手配までしてある。集合する日時は9月10日。
見方によってはうん臭い内容だ。だが相手は世界屈指の大富豪だ。それに20万円の小切手が入っている。向こうに着き次第、百万円もらえ、仕事が終わり次第、億のお金がもらえる。
・・・そしてなによりも与謝野耕造氏に会える・・・
――まさしく選ばれた者への招待状だ――
・・・面白い・・・半月は白い歯を見せて、ニヤリと笑う。彼の性格は単純だ。あれこれと思い悩まない。これはと思ったら、サッと行動に移す。後は野となれ山となれだ。大金が転がりこんでくるし、それに面白そうだ。
9月9日、招待状の指示に従って、東京港品川台場に向かう。時間は午前9時半。東京フェリーターミナルの一角に集合。港には数隻のカーフェリーが碇泊している。
・・・どの船かな?・・・ウロウロしていると、縦縞模様の半袖シャツを着た男が近ずいてくる。
「半月さんですか?」そうだと頷くと「こちらです」男は先導して、港の端の方へ歩き出す。
半月は手荷物を持っていない。衣類や日用品は多分用意してあるだろうと、高をくくっている。先導する男の先を見ると、大型のホバークラフトだ。
・・・まさか、あれじゃ・・・
明らかに男はホバークラフトに向かっている。
「あれですか」半月の問いに、男はにこやかに頷く。
船内に乗り込む。客室は十数名が座れるほどの広さだ。
「他には?」人はいないのかと問う。
「あなたお1人です」
「1つ聴きたい。私の事よく判りましたね」
「写真を持ってますから」
半月は驚く。自分の事はすべて調べ上げられているのだ。その上での招待状なのだ。
男が操舵室の方に去ると、半月はどっかりとソファーの腰を降ろす。満足気に外の景色に見入る。船は全身を震わせて出航する。港を出るとスピードアップする。波の上をすべるように走る。
・・・時速6,70キロはでているか・・・
白い波しぶきが舞い上がるのを見ながら、招待されたのは俺1人か・・・。優越感に浸る。
冠島の港に着いたのが午前11時半。
島は周囲2キロ程の小さな円形をしている。南の方に港がある。岸壁があり、堤防がある。船が3隻ばかり碇泊できる程の広さだ。島全体が与謝野コンツェルンの所有物なのだ。港以外はすべて絶壁だ。落ちたらまず助からない。
半月は岸壁に横付けするホバークラフトの窓から、島の状況を観察する。縦縞模様の半袖シャツの男が客室に入ってくる。彼の後ろについて船を降りる。山の上に建物の屋根が見える。3階建ての鉄筋だ。階段を一歩一歩登りつめる。残暑が厳しい。海岸から噴き上げてくる風が生ぬるい。
二百段はあろうか、石段を登りきると、ゴルフでもやれる程の庭園に出る。庭石を踏んで玄関に入る。靴を脱いでスリッパに履き替える。玄関の中は広い。十帖程の広さがあろうか。床も壁も天井も大理石だ。下駄箱は壁に埋め込まれている。上がり框にスリッパがズラリと並んでいる。
「どうぞ、こちらへ。もうすでにお仲間がお見えになっています」
「お仲間・・・」半月は思わず反芻する。俺一人ではないのか。
「皆さま、全国各地からお見えです」
男は廊下を5メートル程歩く。右に曲がる。廊下の幅は2メートル。絨毯が敷いてある。長い廊下を歩く。突き当りの大広間に案内される。
部屋の入ると、14名のお仲間が一斉に半月の方を振り返る。半月が着座すると、すぐにも燕尾服の男が現れる。驚くような内容の演説をする。彼が消えるとすぐに昼食が運ばれる。
――1時まで休憩します――天井のスピーカーから枯れた男の声が響く。
食後のデザートを摂りながら、リュックの中から本を取り出す者。持参のノートパソコンのキーボードを打つ者。窓から海を眺める者。停滞電話を取り出す者。それぞれが所在なさそうに振舞う。
「携帯が使えんぞ!」携帯電話を取り出した者が叫ぶ。皆が携帯電話を取り出して、スイッチオンする。
「使えん、どうなっているんだ!」1人が叫ぶ。
しばらくして、皆諦めたように携帯電話をしまう。
1人が半月の側に寄る。どこっから来たのかと尋ねる。半月が名古屋と答える。私、大阪と男が言う。あんたはとそれぞれが出身地を問い合う。熊本、仙台、京都、皆住所がバラバラなのだ。
やがて、家族や兄弟、職業の話になる。驚いた事に皆独身者、親も兄弟もいない。その上失業中、年齢は25歳から49歳まで。
皆一か所に寄り集まる。顔を見合わせる。
――これはどういう事だ――誰しもが自分だけが選ばれてやってきたと思っている。大金がもらえると信じて・・・。
皆不安そうに口を噤む。ドアが開く。数人の白衣を着たウエイターが昼食の後片付けを始める。それが終わると燕尾服の男が入ってくる。
「今日のこれからの予定を話します」男は居丈高に喋り出す。
「ちょっと待って下さい」半月が男の話の腰を折る。
15名の者全員が住所は異なるが、境遇が同じである事。これは偶然なのか。それに地図を探せと言われても、どんな地図なのか、どんな謂れがあるのか、それを説明してほしい。
半月の要望に他の者も「そうだ、そうだ」と声をあげる。船尾服の男は薄い唇を曲げる。
「判りました。今日の予定を述べてから、説明します」
燕尾服の男、名を西尾功という。
彼は与謝野耕造の側近である。与謝野の私生活全般を取り仕切っている。
「今日の予定は・・・」彼の声は大きい。
午後2時に各自の部屋に案内する。全て個室。トイレ、ユニットバス完備。5時まで自由行動。建物内の中を歩き回るのは自由。ただし、3階は立入厳禁。与謝野会長のプライベートルームだから。
5時に会議室に集合。テレビを通じて与謝野会長直々皆さんに声をかけてくださる。
・・・有り難く思え・・・西尾の顔にそう書いてある。そっくり返るような傲慢な態度だ。
6時、各自部屋で待機。7時に食堂で宴会。9時散会。明朝7時に起床。8時に朝食。9時まで自由行動。明日帰る者は10時までに報告の事。報奨金としての百万円は与えられない。
そして――、西尾は15名の顔を睥睨する。ゆっくりとした口調で言う。
「与謝野会長の招待を断った者は、以後、与謝野コンツェルンの仕事に携わる事が出来ない」
皆、深刻な顔つきで聞き入っている。
――たとえ与謝野コンツェルンの下請けであろうと、その関連会社であろうと、就職は雲を掴むより難しいというのだ――
西尾は残忍は眼つきで1人1人の顔を眺める。
しばらく沈黙が続く。
「質問は?」西尾の冷たい声。
半月が真っ先に口を切る。
「探す物が地図というが、どんなものか教えてほしい」
西尾は手にしたファイルから、1枚のA4版のカラー写真を皆も前に置く。黒い書類箱と、茶色の羊皮紙本が写っている。
「本の大きさはA4。この本の中に新聞紙代の地図が挟み込まれてあった」
「あった、とは・・・」半月の大きな唇が動く。大きな眼がギラリと光る。
「1年前に、盗まれた」
以下西尾の説明。
この館は与謝野会長の個人所有物だが、与謝野コンツェルンの社員用としても利用している。1年に一回、夏に50名の社員が、研修セミナーとして参加する。
書類箱に入った本は、3階の与謝野会長の執務室の書棚に保管されていた。それが忽然と消えた。誰かが部屋に入って盗み去ったものと思われる。本に挟んであった地図は、与謝野会長には、命より大切な物と言われている。本に挟んで書棚に置いたのは会長の迂闊であった。3階の会長のプライベートルームに人が忍び込むとは思ってもいなかった。そこに油断があった。
すぐにも館にいる者全員の持ち物検査が行われた。2日後、館の裏手から書籍箱と本が見つかった。地図と重要書類が無くなっていた。島全体の捜索が行われたが、杳として発見できなかった。
「誰かが地図を持って島を出たとか・・・」半月の隣の男が質問する。
「それは有り得ない。港で身体検査から、持ち物まで徹底的に調べる」
西尾は当然だとばかりに言う。
この館には値の張る骨董品だ無造作に置いてある。不心得者が失敬する恐れがあるからだと答える。
「地図はまだこの島のどこかにある」それを探せというのだ。
目玉の飛び出るような報奨金に、その地図がどんなに大切な物かを想像させる。
「しかしですな」年配の男が口をはさむ。
1年前に研修セミナーに参加した社員の身元は判っているのではないか。彼らを1人1人調べたほうが早いのではないか。
西尾は大きく頷く。全くその通りだと肯定した上で、50名の参加者の内、10名が身元不明者と判った。
・・・そんな馬鹿な・・・15名の胸の内。
研修セミナーは与謝野会長の命令で各企業に通達される。厳しい経営状況にある昨今、経営者は経費切り詰めで不況を乗り切ってきている。景気も回復し、黒字経営に軌道が載ろうとしている。社員も一杯一杯でやっている。まだ新規雇用をするまでには至ってはいない。
そんな中、研修セミナーに何人、人を出せと言われる。会長の命令だから出さないわけにはいかない。だが現実にはその余裕がない。止む無くパート社員を正社員と称して送り込むことになる。
――よって、10名の者は身元不明のまま――
次の質問、どうして我々が選ばれたのか
答え――
皆が失業中である事。地図が見つかれば就職先は保障する。次に皆失意のどんどこにあるものの、一国一城の夢を追っている事。最後に皆独身者であり、身内が1人もいない事。
「この事は・・・」西尾はぎらついた眼で15名を見回す。
1週間過ぎて見つからなかった時、1人ずつ死んでもらうに好都合だからだ。西尾は傲然と言い放つ。誰も反論しない。要は死にたくなければ、島を出ていけばいいのだ。ただしこの先の職探しに苦労することになる。
・・・俺は日雇いの労務者だから、関係はないが・・・」
半月は不貞腐れた顔で西尾を見つめる。次に皆の顔を見る。沈痛な雰囲気が漂っている。
「地図の謂れを聞かせてほしい」アロハシャツを着た眼鏡の男が手を上げる。
「トップシークレットだ」西尾はにべもなくはねつける。
「1年間、捜索したんでしょう。それで見つからないなら・・・」年配の男が皆の同意を求めるように言う。
「我々が探したって無駄じゃないですか」
西尾は憮然としたまま答えない。他に質問はないのかと皆の顔を見渡す。
誰も手を上げようとはしない。喉に引っかかった魚の骨みたいだ。イラつくがどうしょうもない。諦めと不安、それに不信の念にうずもれていく。
「おらあ、降りるよ。ルンペンでもやるか」自嘲の声がする。
西尾は黙って大広間を出ていく。代わりに迷彩色の軍服を着た屈強な男達が入り込んでくる。室内に緊張が走る。皆驚いた表情をする。明らかに威嚇行為だ。彼らの1人が「部屋に案内します」室内に反響するほどの声を出す。
「ついてきて・・・」有無を言わさぬ強さがある。
半月たちは奴隷にでもなったように、静々とついていく。
5時まで自由行動とは言っても、部屋の外には軍服を着た屈強な男達が監視している。ドアを開けると、「どこへ行くのか」と詰問する。外へと言うと、携帯や荷物は置いていけという。言う通りにして外に出るとついてくる。面白くないから、また部屋に戻ることになる。
7時に会議室に集合。百インチの大型プラズマテレビに与謝野会長の姿が映し出される。今年95歳になるはずだ。
白髪で顔がしぼんだように小さい。大きな眼だけが炯々と光っている。老いても矍鑠とは彼の事を言うのだろう。柔和な表情で喋っている。世界平和の為に働いているとか、貧しい者の味方、愛と正義の為に戦うなどとのたもうている。
・・・笑わせるな・・・半月は白けた気分で顔を背ける。他の者も、欠伸を噛み殺したり、あらぬ方向に眼をやったりしている。
7時から宴会。楽しんでいる者は誰もいない。腹いっぱい料理をかっ込んだり、焼け酒をあおって、早々に自分の部屋に退散する始末。
部屋は外から鍵をかけられてしまう。
――まるで牢屋だ――
翌朝7時に起床のアナウンスがある。8時に軍服の男の先導で大広間に行く。すでに朝食が整っている。西尾が泰然として15名を見ている。彼の後ろに15名の軍服の男達が畏まっている。
「食事をしながら、聞いてほしい」西尾の声は甲高い。
与謝野会長より地図を入れた袋を君達にお見せしろと言われた。半月たちは食事の手を休める。探す物の形が判らないと捜しようがないのだ。西尾の口を見詰める。
B5程の大きさの黒いクロコダイル調の札入れだ。地図はA2の大きさの羊皮紙。
「会長の激励の言葉だ。地図を見つけてくれ、皆億万長者になってほしい」
半月たちは西尾の言葉など聞いていない。黙々と朝食を摂る。地図探しに参加するか、島から出ていくか。後1時間で結論を出さねばならない。頭の中はそれしかないのだ。
9時まで自由時間といっても、部屋に閉じ込められたまま身動きできない。島から出ていく者は10時までに呼び出し電話の受話器をとる事になる。
半月は部屋の中でテレビに見入っている。彼の腹は決まっている。
・・・地図探しに参加してやろう・・・
たとえ殺されるにしても、俺の人生はそれだけの事だ。すごすご引き返してたまるか。平々凡々と暮らすよりも、一発勝負に賭けた方が面白い。
――やってやろうじゃないか――半月は身震いして立ち上がる。テレビを切る。呼び出しがかかるまで、ベッドで横になる。
11時、呼び出しのアナウンスが入る。
――全員、会議室に集合の事。手荷物、携帯電話など、一切、部屋に置いておく事――
会議室に集合したのは9名。残りの6名は島を去ったという。皆緊張の面持ちで西尾の厳しい声に耳を傾ける。
――実際の行動は明朝より始める。今日は昼食後、迷彩服を支給する。その他軍服、小刀、軍手、縄などの小道具、必要な物はすべて揃っている。この島の地形を頭に叩き込んでもらう――
それに――、西尾は薄笑いを浮かべる。
ここの建物は電磁波を跳ね返す構造になっている。携帯電話は使用できない。建物の外での携帯電話の通信は固くお断りする。
半月を含めた9名の者は本館の北奥に連れていかれる。。きらびやかな大理石の壁と床の奥には鉄の扉がある。扉の外は本館の裏手になる。裏手といっても宏大な敷地の中だ。10メートル程先に、建設工事用の簡易宿舎がある。組み立て式の2階建のプレハブだ。1階だけでも20坪はある。2階へ上がるには外からの階段がある。1階の一方の壁には庇がついている。プロパンガスのボンベがある。洗濯機と乾燥機が2台置いてある。
プレハブの入り口はガタのきた引き戸だ。引き戸の上半分が透明のガラス。建物の中は4間と5間で広々としている。左右には一間幅のガラス窓がついている。室内には長机が4つ並んでいる。隅にはトイレやユニットバス、キッチンが完備してある。大型冷蔵庫もある。
軍服の男は逞しい体をしている。半月でもかなう相手ではない。机の前に腰を降ろす様に指示する。
「後30分位で昼食が運ばれてくる」
その前にこの島の地形を説明するという。柄は新聞紙大の地図を拡げる。
「よいか、島の地形を頭に叩き込むんだ」
地図を指さしながら、手際よく説明する。
半月たちは眼を皿にして地図を見詰める。
島の地形はほぼ円形。直系約2キロ。建物(本館)はほぼ島の中央に位置している。樹木を切り拓いて作った敷地は約5百メートルの円形。その他はほとんどが原生林の状態。小動物は生存していない。昔は蛇がいたが、根絶している。
島の地質は岩盤だ。その上に約2メートル程の土や腐葉土が堆積している。島は火山ではないので洞窟は存在していない。
「見た通り、港の岸壁以外、断崖絶壁だ」軍服の男は不敵な笑いを漏らす。
半月たちは深刻な顔で地図を見下ろしている。
――島からの脱出は不可能って訳だ――
「今日は9月10日。明日から1週間、君達は自由に行動して良い」
食事は朝昼晩、本館から運ばれる。必要な物は2階に用意してある。不足の物があったら、この直通電話で連絡する事。机の上の受話器を指指すと、軍服の男は出ていく。
入れ替わりに、4人の軍服が大きな鍋と電気釜を持って入ってくる。茶碗や皿はキッチンの側にあると言って出ていく。
後に残された9名はなすすべもなく呆然としている。今までは西尾や軍服の男達の指示にしてがって行動してきた。それが一気に突き放されて、どうしてよいのか戸惑っている。
「腹が減っては戦が出来ん。飯を食おうや」
年長者の吉井が声を張り上げる。皆を元気付けようとしているのだ。彼は中肉中背であまりしゃべらない。だが、このような場合、どういう行動をとったら良いのか弁えている。
「よし、飯にしょう」半月も快活に叫ぶ。鍋のフタを取って皿に料理を入れたりする。他の者も半月に倣う。
昼食が終わると、誰が言ううともなく2階に集まる。
明日から地図探し。億万長者になるかもしれないというのに、皆辛気臭い顔をしている。
2階はベッドが10台、円卓が2つ。冷蔵庫、トイレが完備。部屋の隅のロッカーには、迷彩服、長鞋、軍手、鎌、その他地図探しに必要な用具が整っている。円卓の1つで10人は坐る事が出来る大きさだ。冷蔵庫から缶ジュースを出す。円卓に座る。
まず半月正夫、30歳、名古屋市出身を中心に
吉井健次 49歳 神戸出身
早川良次 25歳 広島出身
斉田平吉 29歳 東京出身
岡本丈助 22歳 富山出身
村瀬 実 40歳 佐賀出身
伊藤光蔵 37歳 香川出身
山岡三朗 30歳 鳥取出身
内田要治 43歳 山口出身
以上の順で腰を降ろす。
最年長の吉井が口を切る。
「みんな、おかしいと思わないか」彼は落ち着いた口調で喋る。知的な表情が好印象を与える。
9名の出身地が皆バラバラ、多分”消えた6名”の出身地も同じなのだろう。それに年齢が重なっている者がいない。これは故意か偶然か。
それにと――村瀬実が口をはさむ。彼は40という歳の割には老けている。体躯系の身体をしているが、白髪だ。少々気が短いのか、すぐに口を出す。
「1週間過ぎて、地図が見つからない場合は報奨金を10パーセントカット、その上1人が死ぬ?」
眼をむいて皆の顔をねめ回す。
「普通、こんな言い方をするかね?」
与謝野会長にとって大切な地図だという。一刻も早く捜したいなら、こんな脅迫的な、プレッシャーをかけるような言い方をしない。これでは嫌な奴はやめろと、脱退者を募っているみたいだ。事実、早くも6名が消えた。
――僕もおかしいと思う――口を出したのが岡本丈助。この場で一番若い。紅顔の美少年という顔は、ひょろ長い体付きで、腕も細い。肉体労働に耐えられるのかどうか心もとい。
「2億円なんて、初めは眉唾かなって思った。けど、眉唾でもいいわ、行ってみようと、来てしまった」
彼は本当は地図探しを抜け出したかった。朝10時までに申し出よと言われていたので、部屋から電話を入れたり西尾に申し出たりした。
「10時になっても誰も迎えに来ないし、部屋の鍵は開かないし・・・」
「私も岡本君と同じでした」
斉田平吉が臆病そうな顔で発言する。
「他にもいないのか」吉井が誰何する。
僕も私もという声が出る。半月は驚いて声の方を見る。伊藤、早川、山岡の顔が見える。合計5名。皆顔を見合わせる。バスに乗り遅れたというより、故意にバスに乗せてもらえなかった。
「どうして西尾に抗議しなかったのだ!」村瀬が眼をむいている。
「そんな事、出来ませんよ」5人が異口同音に言う。
11時に部屋の鍵が開けられた時、止めたい、帰りたいと言った。軍服の男がもう遅い。お前達は地図探しに専念するのだと威嚇された。
「私は、それでも抗議したんですよ」早川は長い顔で泣きべそをかいている。
「それなら、まずお前が死ぬかといわれました」本当に殺されるかと思った。怖くて抗議どころじゃなかった。
「ひょっとしたら・・・」
半月は身を乗り出す。
「ここに居る9名は西尾たちの手で選別されているのでは・・・」
「選別?」伊藤がどんぐり眼で言う。
「我々がここに居るのは、彼らの想定内の事って事よ」吉井が軽く頷く。
「計画的に仕組まれていたって事ですか」内田が陰気な顔をする。
雑談が煮詰まっていく内に、とにかく明日から地図探しに奔走するしかないと言うう事になる。
明朝7時、”起床!”けたたましい声がスピーカーから響く。天井裏に取り付けられたスピーカーの音は安眠を破るのに十分なボリュウームがある。
”朝食後、9時には行動を開始せよ”
――気を抜くな、いつでも見ているぞ――と言う訳だ。
皆あたふたと起き出す。顔を洗ったり、歯を磨いたりして、1階に降りる。朝食の用意はすでにできている。大きな電気釜に、みそ汁の鍋、お新香に生卵、ノリに鮭。
半月たちは昨日の雑談で腹を決めている。いつまでもめそめそしていても始まらない。――死ぬのはお前だ――になってしまう。充分に腹ごしらえをする。迷彩服に着替える。同色の帽子をかぶる。ゴム長靴に軍手、手拭いを首に巻く。鎌を手にして9名の者は四方八方に散っていく。
――俺はこっちをやる。あんたはあっちを・・・――
半月たちは原生林に足を踏み入れる。
ここは亜熱帯地方に属するのか、シダの植物が多い。葉が大きい。地層が浅いために大木はない。それでも、一抱えするほどの樹木が密集している。鎌で雑草を切り崩しながら進む。
9月中旬である。暑さは暑し、湿度も高い。地を這うようにして歩くことになる。ものの2,30分もすると汗が噴き出てくる。
・・・こりゃ、たまらん・・・
裸になりたいが、蚊や虻、蜂などがいる。熱いのを我慢して体を動かす。体力に自信があるものの、息が切れる。眼も回ってくる。休み休み鎌を動かす。2,3時間経った頃だろうか。本館の屋上のスピーカーから集合の声が流れる。腕時計などの身の回りの物は一切取り上げられている。
・・・やれやれ助かった・・・
半月は急いでプレハブの簡易宿舎に戻る。皆次々に戻ってくる。ぐったりして迷彩服を脱ぎ捨てる。裸のままお茶を飲んだり、机の上に並べられた果物にかじりつく。昼食はカレーライス。
2時まで休憩、皆ぐったりして、2階のベッドの上で前後不覚に倒れ込む。2時にスピーカーでたたき起こされる。しぶしぶというか、やれやれというか、全員ノロノロと起き上がる。新しい迷彩服に着替える。汗で汚れた服は建物の外にある洗濯機に放り込む。今度は水筒持参となる。
――どうだ見つかったか――というべきところだが、皆虚ろな眼つきである。
昼は2時から5時まで、午前中も9時から12時まで。夕方といっても、太陽は西の空に輝いている。右も左も前も後ろも青い空と海しか見えない。断崖絶壁から海を見下ろす。高さは優に20メートはあろうか。眼がくらむ。岩に打ち寄せる泡沫を見下ろしていると、吸い込まれそうになる。
・・・世をはかなんで自殺する者の気持ちが判る・・・
当初、やってやろうじゃないかと意気込んでいた。たかが地図探しと思って、原生林に入る。鎌を振り上げて前進する。たったそれだけの事なのに、大変な重労働だ。皆音を上げているだろうな。
1日目からこんなでは先が思いやられる。
半月は足を棒にして、プレハブの宿舎へと引き返す。体はだるいし、気も重い。残りの8名も三三五五、引き上げてきている。皆無口だ。重荷を背負ったような顔をしている。衣服を脱ぎ捨てる。一階にあるユニットバスやシャワー室に飛び込む。汗や汚れを落とす。さっぱりとした気分になると、心持ち疲れが飛ぶ。
夕食は七時。それまで、皆申し合わせたようにベッドに倒れ込む。口をきく者はいない。半月や伊藤は頑丈な体をしている。それでも半死半生の思いで帰ってきている。早川や斉田、岡本、それに山岡らはもともとニートと聞いている。町でゴロゴロしている。金がなくなるとパートに出る。金が出来ると日長、町の片隅で寝転んでいる。彼らは一様に体力がない。彼らは蒼い顔をして、ベッドで死んだように横になっている。
――2億ありゃ、一生、ゴロゴロしておれるもんな――彼らがここへ応募した理由だそうだ。
7時、スピーカーの声が夕食を知らせる。皆ノロノロと起き上がる。ふらつく足取りで一階に入る。料理はコックが作るのだろうか。疲れた体にも口が合う様にできている。
――とにかく食べなきゃ――
吉井が皆を励ます。
飯をかっ込みながら、半月は声をあげる。
「2つ提案があるのだが!」皆の視線が半月に集まる。
半月は飯を喉に押し込む。
このままダラダラやっていたのではラチが開かない。島を9等分に分けて、各自の分担地域を決めたらどうか。それと一度見回った所は、木の枝に布切れでも巻いて、”スミ”にしておく。次の日にはそこからやれば手間にはならずに済む。
皆、成程という顔になる。
それに――、半月は言葉を足す。
地図が見つかった場合の話だが、報奨金は皆で山分けにしたらどうだ。皆が団結して助け合うんだ。
「そいつはいい」まず吉井と内田が賛同する。他の者も次々と賛成の声をあげる。
半月は我ながら良い事を言ったものだと得意満面である。
「俺が島の地図を9等分しておく。明日の朝、誰が何処をやるか、籤で決めようで」内田がきり出す。
プレハブの簡易宿舎はテレビやラジオ、新聞や雑誌もない。身の回りの物は取り上げられている。本館を出る時に支給されたのは、半袖のワイシャツとズボンだけ。地図探しに必要な物は簡易宿舎に用意してある。夕食後の娯楽設備もない。もっともあったところで誰も求めもしないが・・・。飯をかっ込むと、2階のベッドにもぐりこむだけだ。
仕事がキツイので地図探しを辞めようと思えば休めるかもしれない。だが”彼ら”が見張っているのかもしれない。もし万一、1週間以内に地図が見つからなかった場合、死ぬのはズルしたものに違いない。皆そう思っている。ズルして、後でどんな報復を受けるか、判ったものではない。
夕方8時に、皆、死んだように眠りこける。
翌朝7時に起こされる。8時に朝食。食後、内田が昨夜の内に9等分した地図を拡げる。籤で各自の持ち場を決める。
半月は東の方、電話で大量の紐を取り寄せてもらう。それを適当な長さに切る。9時、鎌や水筒と共に持っていく。
持ち場の原生林に入る。地を這うようにして鎌で雑草を払いのける。終わった所は、そこにある木の枝に紐を結び付ける。気の長い単調な作業が続く。
正午にプレハブに戻る。迷彩服や下着を脱いでシャワーを浴びる。新しい衣服に着替える。昼食後、2時まで仮眠。5時に作業終了。風呂やシャワーを浴びる。寛いだ服に帰る。夕食を摂る。ベッドにもぐりこむ。無駄口をたたく者はいない。
地図を捜し出して億万長者。そんな夢をみる心の余裕などない。とにかく明日も1日体力が持つことを願って休むだけだ。
2日、3日と日がたつ。体が仕事に慣れてきたのか、体の節々の痛みが和らいできている。半月は早川や斉田達を見る。2日~3日で音を上げるかと思っていた。彼らは彼らなりに必死なのだろう。若いし、体力の回復も早いのか、表情にゆとりのある明るさが戻っている。
――体が練れてきたんだ――その様子が手に取るように判る。
だが――肝心の地図は依然として不明のままだ。
こうして5日が過ぎる。6日目の夜。誰が言ううともなしに、全員が2階の円卓の周りに集まる。
「地図って、本当にあるのでしょうか?」岡本が皆を見回す。紅顔の美少年も日焼けして少し逞しくなっている。
「いいですか?」彼は円卓の上にA3の紙を乗せる。黒のマジックで大きな円、内側に小さな円を描く。
――外側の円は島で直径約2キロ、内側の円は本館で約2百メートル。
彼は大体の島の面積を出す。外側の円の9等分する。そこから各自が受け持つ”仕事量”を割り出す。
1日1人がやる仕事量を面積で計算する。
――1日1人が40坪程やれば約1週間で仕事は終わってしまいます――岡本は言い切る。
事実、9名の必死な努力もあって、9分通り調べ尽くしている。あと少しで完了だ。
「俺のは、もう終わったわ」伊藤のどんぐり眼が皆を威嚇するように言う。
「僕の明日で一応終了の予定です」斉田の眼が臆病そうに瞬く。
「1日、たった40坪ですよ」岡本の声は熱が籠る。
こんな事、わざわざ、我々を呼ばなくても、この島の者がやればできるということだ。
「という事は、西尾の野郎、別の目的があって、俺たちを働かしている訳か」吉井は腕を組んで考え込む。
「俺、明日の朝、西尾に聞いてみるわ」と半月。
雑談も線香花火のようにパッと散る。明日の重労働に備えて、早々にベッドにもぐりこむ。
翌7日目の朝、半月は電話で西尾を呼び出す。相変わらず人を人とも思わない口調が電話口から洩れてくる。
――本当に地図があるのか。皆疑い出している。それの今日中に作業は終わってしまう――
半月はケンカ腰だ。
――地図は島のどこかにある。間違いない。地面に埋めたかも知れん。よく探せ――西尾は一方的に電話を切る。
皆の顔に焦燥と不安の色が現れる。今日中に見つけないと・・・、誰かが死ぬ。それが自分でないという保障は何処にもない。
9時に簡易宿舎を出る。ぐずぐずしていると、迷彩服の男達に何をされるか判らない。彼らは本物の軍人かもしれない。鍛え抜かれた体力、不敵な表情。半月たちが束になってもかなう相手ではない。覚悟を決めて地図探しに奔走するしかない。地面に埋めたのかも・・・、という事で、9ミリの太さの長さ1.5メートルの鉄筋を用意してもらう。適当に地面をつついていく。
夕方5時、作業中止、成果なし。いつもの通り、風呂やシャワーを浴びる。1時間休息後夕食。2階の円卓で顔を突き合わせる。誰もが死刑囚のような暗い顔をしている。
1週間探しても地図は出ない。万策尽きたのだ。吉井や内田達年配者達は、不貞腐れた顔で早々にベッドに横になる。
半月や早川、斉田達、若い者は寝るに寝れない。酒でも浴びる程のみたいが、冷蔵庫にあるのはジュース。それでも夜11時も過ぎると、過酷な労働の疲れから、猛烈な眠気に襲われる。
翌朝7時、天井裏のスピーカーの声でたたき起こされる。
「おい!、吉井さんがいないぞ!」内田が声を張り上げる。彼は陰気で無口だ。皆の会話も聴き手に回る。喋る時は喋るが、すぐに引っ込んでしまう。その彼が、横に寝ている筈の吉井がいないことに気付く。
――1週間たっても地図が見つからない時は、1人が死ぬ――西尾の冷徹な声が脳裏に焼き付いている。
皆、青ざめた表情で、吉井のベッドを見る。
・・・そして、誰かが死ぬ・・・
心の奥底では、誰もが、まさか・・・、という思いがあった。今、吉井のいないベッドを見て、戦慄で身震いする。
1階の食堂で黙々と朝食を摂る。箸や茶碗を動かす音がするのみ。皆無口だ。半月もやりきれなさに、食の味を味わえない。
9時、誰も指揮しない。元気づけの掛け声も出ない。8名の者は黙々と”現場”に向かう。
――地面に埋めたのではないか――たった1つの憶測を頼りに行動するのみだ。あるいは樹の枝にひっかっかっているのでは・・・。
皆の眼が血走っている。もう他の者の事を考える余裕がない。億万長者になろうという夢も消しとんでいる。何とか地図を捜し出して、わが身だけでも助かろうと思う気持ちだけだ。
瞬く間に3日たち、4日が過ぎる。
”仕事場”からプレハブの簡易宿舎に帰ってくる。互いにチラリと顔を合わせる。励ましの言葉も出ない。
――どうだ成果はあったか――情報交換の声も出ない。
むっつりと、顔を背ける。食事やら風呂など、やるべきことをすます。そそくさとベッドにもぐりこむ。
半月もため息が出るだけだ。
――生きる希望を奪われた奴隷だ――わが身の哀れさに、さすがの半月の前向きの活力が失われていく。
また1週間が過ぎる。吉井に次いで村瀬実が消える。生きようとする活力は失せていくが、絶壁から飛び降りようという気持ちにはならない。
9月も下旬となる。気候的には温暖とは言え、カラリと晴れた日が続く。海から噴き上げる潮風も気持ちよい。食事はたっぷりある。実働時間は6時間。同じ場所を何度も調べ尽くしている。それでもなお、執拗に土を掘り返している。地図は杳として見つからない。
また1週間が過ぎる。内田要治が消える。残るは半月を含めて6名だ。
内田が消えたその翌朝、早川良次が狂ったように意味不明の言葉を発して、外に飛び出す。
――狂ったか!――残された5名は茫然とその後を見送る。止めようとする者は誰もいない。
――あと6週間で誰もいなくなる――
”ひょっとすると” 半月は突飛な想像をする。
与謝野耕造が本館の3階のモニター室から、我々の行動を監視している。1人1人殺していきながら、残った者の恐怖と絶望の顔を眺めて楽しんでいる・・・。
もしそうだとするなら、与謝野はとんだ偏狂者だ。
半月は無性に腹が立ってきた。どうせ殺されるんだ。思いっきって暴れて死んでやろうぜ。
「おい、みんな、もうやめようぜ!」
半月が6名の中で最年長者となっている。鉄パイプを持って、本館に乗り込もうぜ。
4名の若者は呆気にとられて半月を見ている。半月は自分の想像した事を話す。どうせ殺されるんだ。一か八か、自分達の手で”兵隊”をやっつけよう。運が良ければ助かるかもしれないのだ。
4名の者は顔を見合わせる。半月の言うう事に一理ある。
だが――と逡巡してしまう。斉田と岡本は20代の若さだ。山岡は30歳、伊藤は37歳だ。彼は頑丈な体をしている。肉体年齢20歳と当人が自慢する程ほれぼれする程の肉体美だ。
問題なのは、いくら優れた体力を持っていても、それと格闘とは別なのだ。鉄パイプで立ち向かうとは言うものの、相手は軍隊上りの戦闘のプロだ。銃を携帯しているかもしれない。しかも十数人いる。反対にたたきのめされるのが関の山だ。
――今、ここで死ぬよりの、1週間でも2週間でも生き延びたほうが良い――
尻込みする4人の顔を見る。半月は一時の腹立たしさに大声を上げた。所詮負け犬の遠吠えなのだ。
・・・万事休すか・・・体中から力が抜けていく。
その時、天井裏のスピーカーから西尾の抑揚のない声が甲高く響く。
「全員、1階の食堂に集合!、至急だ!」
彼の声は有無を言わせぬ強さがある。5人は衣服を着替える。慌ただしく階段を降りる。1階の引き戸を開ける。食堂用の長机の方を見る。
そこには、西尾と6名の迷彩服の男達、それに早川の萎れた姿があった。全員が長机の前に整列する。
「着席!」西尾の掛け声で着座する。
「地図探しは今日限りをもって取りやめとする」西尾は6名を見下して言う。
半月たちはびっくりして、西尾の顔を見上げる。早川だけがしょげ返っている。
「早川!」西尾が言下する。
「地図は私が海に捨てました・・・」
早川は俯いたまま、蚊の鳴くような声で言う。
半月たちは2度びっくりする。
「どういう事ですか!」伊藤光蔵が肩をいからせる。
「早川、今までの経緯を話せ!」西尾の声はあくまでも冷たい。
以下早川の説明。
1年前の夏。早川は広島市内の某商事会社でパートの仕事をしていた。その会社は全国の通販会社の委託を受けている。通販で商品を購入したお客に向けて、その商品の発送の仕事を業務としていた。
荷造り発送は、主にパート社員の手で行われる。毎月均一仕事があるとは限らない。忙しい時はパートを増員する。
8月中旬、発送係の主任から、良い金もうけ仕事金の話があるからやってみないかと相談を受けた。それがこの島で1年に一回行われる、与謝野コンツェルン主催の研修セミナーだった。
本来ならば会社の正社員が出席すべきところだが、今手の空いている社員がいない。君、出席してくれないかといわれた。聞いてみると、身に余るほどのお金がもらえる。一も二もなく承知した。
研修セミナーといっても、与謝野会長が一代で築き上げたコンツェルンの話が主だ。朝9時から夕方5時まで、一週間のセミナーで一ヵ月分の給料がもらえる。
島に入る時と出る時は厳重な身体検査が行われる。一部屋に4名が寝泊まりする。講義が終わる5時以降、11時の就寝までは自由行動だ。テレビゲーム、ピンポン、娯楽施設などが完備されている。退屈はしない。バーもある。建物も贅を尽くしている。退屈な講義さえなければ極楽の島である。
島に上がった当初、西尾から言われた事は、1階2階は出入り自由。3階は与謝野会長、および与謝野コンツェルンの代表者が宿泊場所だ。立入厳禁。
5日目の夜9時頃、散歩がてらに2階を歩く。建物は学校の校舎のように長い廊下が続いている。各階ごとに幅2メートルの階段がある。3階への階段の突き当りに鉄の扉がある。普段は締まっている。ここからは入れるのは西尾達、この建物に移住する幹部連中のみ。与謝野会長やコンツェルンの代表者の出入りは、建物の隅にあるエレベーターだ。
1週間の研修セミナーには与謝野会長も出席する。とはいえ、与謝野会長が研修生の前に姿を現す事はない。専らテレビモニターで姿を映すだけ。
早川は軽い気持ちで3階まで昇る。何気なく鉄の扉を押す。
・・・開いた・・・早川は一歩尻込みする。
”立入厳禁”きつく諌められている。見つかったらタダではすまない。
だが――好奇心がそれに打ち勝つ。与謝野会長がこの中にいる。雲の上の人だ。直接仰ぎ見る事はかなわない。しかし中に入れば、どんな人なのか垣間見ることが出来るかもしれないのだ。
鉄の扉を開けて、そっと中に入る。廊下には分厚いジュータンが敷きしめられている。壁は蒼い華麗な斑紋のある白い大理石だ。天井には2メートルおきにシャンデリアが淡い光を放っている。
10メートル程歩くとドアがある。縁を純金で蔽った象牙のドアだ。ノブも金。早川はそっとノブを回す。
”カチッ”という鈍い音が内側に響く。ひやっとして、早川の手が一瞬止まる。
――もう引き返すことは出来ない――意を決してドアを開く。恐る恐る部屋を覗く。
”誰もいない”
部屋に入る。随分と広い。30帖はあろうか。折り上げ天井に4基のシャンデリアがぶら下がっている。淡い照明が、壁掛けの小さな照明灯から光を放っている。部屋の中は薄暗い。壁は象牙色、縁が純金。床はふかふかしたジュータン。
ドアを開けた右手に机や棚がある。棚には書物がびっしりと並んでいる。机の上にはパソコンやいろいろな書類が山積みになっている。
左手の方にソファーとテーブルが並んでいる。ソファーの向こうに大型の金庫がある。金庫の扉が開いている。ドアの手前にガラスのショーケースがある。ワインやガラスコップが所狭しと並んでいる。ソファーの奥にダブルベッドがある。人が寝ている。どうやら与謝野会長のようだ。ベッドの奥にドアがある。隣の部屋に通じているのだろう。
ダブルベッドの横のテーブルに黒い書類箱が置いてある。手に持つとずっしりと重い。ベッドの中で与謝野会長の小さな体が死んだように横たわっている。皺だらけの顔は死人のようだ。だらしなき口を開けている。隣の部屋に入ろうとドアの取っ手に手をかける。ドアを開けようとした時、けたたましいベルの音が鳴り響く。
早川はびっくりして黒い書類箱を手にして部屋を飛び出す。鉄の扉を開ける。3階から2階、1階へと駆け下る。本館の裏手に出る。
今、セミナーの参加者がいる宿舎の陰に潜む。50名の出席者は自由時間で、部屋にいる者、遊技場で卓球をやる者、ラウンジで一杯やる者、外に出て世釣りを楽しむ者と様々だ。
早川は月明かりを頼りに書類箱を開く。A4の大きさの英語の本。その本に差し込まれていたのは黒いクロコ調のB5の札入れ。その中には茶色の羊皮紙の古い地図が入っている。地図の裏側には、ビッシリと数字が書き込まれている。地図と一緒に1枚のメモ用紙と鍵と、与謝野姓の印鑑が入っている。メモ用紙には何やら数字が書き込まれている。
早川は何気ない顔で本館の裏手を歩いていく。途中建物の陰に書類箱と本を捨てる。本館の入り口を開ける。3階のベルは1階まで聞こえてこない。あれほどけたたましい音を立てていたのに、館内は森閑としている。
早川は自分の部屋に帰る。部屋には相棒は不在だ。彼は釣り道具の箱の中から、テグスと浮き、厚手のビニール袋と重りを取り出す。本館の玄関を出る。港へ下る途中、横にそれる。そのまま右の小道を行くと崖の上に出る。人がいないか、あたりを憚る。ビニール袋の中に札入れや地図、鍵、印鑑を入れる。重りを入れて、水が入らないように厳重に封をする。テグスをつける。この絶壁の下の海深は約3メートルと聞いている。浮きをつけて海底に沈める。
・・・・・・。
「それでどうした」西尾の鋭い視線が早川の挙動を見守っている。
「メモ用紙や鍵、印鑑は与謝野会長が貸金庫を開けるのに必要なものと感じました」
「何故、海に投げ入れた」
「いつか、この島に戻って持ち出そうと思ったから」
早川の声はか細い。運にも恵まれず、収入の道も心細い。与謝野会長の貸金庫なら億という金がうなっている筈。欲に眼がくらむ。
「それから・・・」早川が2の句を告げようとする。
「その前に!」迷彩服のリーダーが机の上に地図を拡げる。どんと机をたたく。
「沈めた場所を言え!」
早川は蛇にに睨まれた蛙のように、島の地図を指さす。そこは以前、半月が見下ろした断崖絶壁の場所だ。波の白い牙が激しく岩肌を叩きつける。船で近ずく事は出来ない。
「よし、私が捜してこよう」リーダーは鋭い視線で3名の部下に目配せする。
「待ちたまえ、安藤君」西尾リーダーを呼び止める。
「ここは波の内返しが激しい所だ」
・・・だからどうした?・・・安藤の精悍な顔が西尾を見る。
「もう1年も過ぎてしまってる。潮に流されてしまっているわな」
西尾ののっぺりとした顔が安藤を見る。
「あの・・・」早川は口ごもる。皆の顔が早川に集中する・
「潮の流れは速いかもしれませんが・・・」
早川は早口でまくしたてる。
あの場所は岩場だ。沢山の岩が海底に密集している。重りを入れたビニール袋は岩場の間に沈んでいる。潮の流れが早くても、沖の方に流される心配はない。目印として浮きがついている。
「ほう、随分と詳しいんだなあ」安藤の眼は優しい。
「はい、釣りが好きですから、波の状態を見れば、海底の様子は大体判ります」
早川は褒められたと思って自慢げに話す。
「調子にのるな!」西尾の不機嫌な声。
「それじゃ!」安藤は3人の部下を引き連れて、プレハブの簡易宿舎を出ていく。
「それから?」西尾は警察の取り調べのような態度で、早川に先を促す。
早川は急に脅えた顔になる。与謝野会長の大切な物を盗んだ犯罪者なのだ。
・・・次に死ぬのは自分かもしれない・・・
もう後には引けない。全部話すしかないと覚悟を決める。
広島に戻って早川は相変わらず人材派遣の仕事に精をだす。会社の上司にツテを求める。この島に関してあれ以来、変化はないか、どんな些細な情報も聞き漏らすまいと神経をとがらす。
聞こえてくる噂といえば平穏な島の生活だ。
与謝野会長はいたって健康。毎日与謝野コンツェルンの支配下にある会社の社長達と連絡を取り合っている。買収する企業の選択に忙しいのだ。
書類箱が盗まれた話など露ほども出てこない。あの鍵や印鑑、地図などは大したものではないのだ。それでも早川には気になる物なのだ。何としても手に入れたい。早川は島に行く機会を伺う。
今年7月に与謝野会長直々の手紙が舞い込む。20万円の小切手と招待状が入っている。
・・・ひょっとしたらワナ・・・早川の脳裡に不安がよぎる。が、すぐにもされを打ち消す。
・・・自分が盗んだって事はバレてはいないのだ・・・
万が一、書類箱の件が出てもシラをきればよい。
それより問題はビニール袋をどう回収するかだ。海底から引き揚げるには、それ程困難ではない。波の静かな夜に、ロープを降ろして崖の下に降りる。浮きをからめとればビニール袋を引き上げるのはたやすい。
帰りの出航の日に、手荷物検査がある。ポケットの中まで調べられる。
早川が練りに練った計画は案外簡単のものだ。
出航する船は島を出る前の日に入港する。島への荷物を降ろす。明朝まで桟橋に碇泊する。船の中には見張りがいるので勝手に入船出来ない。
手荷物検査は港の管理人室で行われる。服を脱ぐわけではないが、体の隅々まで調べられる。それさえパスすれば後は乗船するだけ。
ビニール袋を桟橋の下の海底に沈めておく。乗船の時は見張りがいない。ビニール袋を引き上げる時間は1分もいらない。
こうして、早川は意気揚々として島に乗り込んだ。
結果は・・・。
早川はすべてを告白すると泣いて、西尾に詫びる。西尾の冷たい顔が早川を見下ろしている。
しばらく沈黙が続く。
西尾は静かな口調で語る。
「与謝野会長の部屋から書類箱が盗まれた時・・・」
いったん口を切る。半月や早川、斉田、岡本、伊藤、山岡と、1人1人の顔を覗き込む。彼は腰掛けから立ち上がる。長机の前で腕を組む。半月達を見下ろす
おもむろに、西尾は以下のように語り出す。
書類箱に入っていた鍵や印鑑は某銀行の貸金庫や預金通帳の印鑑だ。貸金庫には与謝野会長にとって命から2番目に大切な書類が入っている。世界各地に散らばる与謝野会長の資産の明細目録だ、そして地図、その余白欄にそれぞれの銀行へのアクセス番号、暗証番号などが書かれている。
もしこれが人手に渡ると、与謝野会長の資産の多くが一瞬の内に掻き消えたしまう。
――あの夜、防犯ベルが鳴った時――
西尾は早川を睨みつける。早川は首をすくめる。
本来ならば上を下への大騒ぎになるところだった。だが与謝野会長のとっさの判断は内密に犯人を捜し出す事だった。
講習会も終わり、50名の受講生が乗船する時、厳しい手荷物検査を行う。もちろん身体検査もだ。検査の結果怪しい者はいなかった。犯人は受講生の中にいるのだろうが、足留めする訳のはいかない。
本館の裏手から書類箱が放置してあるのが見つかる。犯人は島のどこかに鍵や地図、印鑑などを隠したに違いない。島にいる者総出で捜しまくった。だが、どこに隠したのか皆目見当がつかなかった。
与謝野会長と相談の結果、犯人とおぼしき人物を招待することにした。
半月君、早川と呼び捨てにしながら、斉田君、岡本君、伊藤君、山岡君、以上の6名に絞った。
「待ってくださいよ。俺、ここに来たのは初めてですよ」半月が異を唱える。
「判っているよ。後で説明するから黙って聞いていなさい」
西尾はのっぺりした顔で半月を見下ろす。
――会長の部屋に泥棒が入った時刻、50名の受講生が何処にいたのか――
徹底的に洗い出した。幸い本館や前庭、裏庭には監視カメラが設置してある。この時間にアリバイがある者、つまり、ラウンジで酒を飲んでいた者、部屋にいた者、卓球に興じていた者、夜釣りを楽しんでいた者など。
監視カメラや我々が視認していた者を削除して、アリバイのない者、6名を割り出した。
「半月君を省く君達5名と、吉岡丈吉・・・」
「あっ!」吉岡と聞いて、半月は思わず声を出す。
「判ったかね」西尾は冷たく笑う。
吉岡は半月の無二の親友だ。彼は名古屋駅前の某商事会社に勤務していた。昨年の9月、彼は県からの受注工事をめぐって、贈収賄の罪に問われた。上司の命令で行ったものの、その責任が彼1人に被せられた。
気真面目な吉岡は責任を1人で被り、自殺した。
「我々はなあ・・・」西尾の声には感情が籠ってい無い。吉岡の身辺を洗い出す。親友と呼べる者は半月のみと断定する。吉岡には家族や親類縁者もいない。事後を託せるのは半月しかいないと結論付けた。
「それで俺を呼んだわけか・・・」半月は渋い顔をする。
「しかし、全員で15名でしたが・・・」伊藤光蔵がおずおずと尋ねる。
「彼らはおとりさ」西尾はにやりと笑う。
「後で判る」質問は許さないと、ぴしゃりという。
6名の内、もし招待に応じなかった者は犯人と目星をつける事が出来る。もし全員来れば、犯人は”盗品”を回収するつもりと判断できる。
西尾の声はあくまでも冷たい。怜悧に計算し尽くされた感がある。彼の言葉に従うと、1週間以内に見つけ出せ。それを過ぎても見つけ出さなかった場合は、1人ずつ死んでいく事になるぞ。この高圧的な発言は参加者にプレッシャーをかける事になる。それを見越した上での物言いなのだ。
15名の内6名が消える。彼らは西尾の悪口と、理不尽な扱いに憤慨している。他の参加者に不満をぶつけている。
まず第1段階は、不安や不満、恐怖というプレッシャーを募らせる。プレッシャーに耐えられない者は、案外不満をぶつける者に、ポロリと本音を吐く。
”犯人は”島を出たいと要求したが、本音を吐かなかった。よって次なる策は実際に、1週間ごとに1人ずつ消すことにした。
吉井健次、村瀬実、内田洋治は西尾の手の者だ。
彼らが、1人ずつ消える事で、次はお前が死ぬんだぞ、恐怖を味わせる。苦痛に耐え切れなくなって白状するまで続く事になる。
「すべて私の計算通りになった」西尾の声は冷たいが、得意満面とした顔つきが憎らしい。
半月はムッとする。
「もしも、早川さんが白状しなかったら?」
意地悪な質問をする。
「その時は・・・」西尾の蛇のような眼が光る。
「君達1人1人を、君達の目の前で、本当に殺す」息苦しい沈黙が漂う。
その時、「執事、隊長から電話です」迷彩服の男が西尾の背後で叫ぶ。彼は西尾のボデイガードだ。
この島は本土から遠く離れている。携帯電話用の受信アンテナと増幅装置を完備している。
「安藤か、かせ」西尾はむしるとるようにして、携帯電話を取る。
「安藤、どうだ、何、見つかった。それは上々、良いか、”封”を切らずに、ここへ持ってこい」
西尾の顔が紅潮している。安堵と喜色の表情が現れている。
「僕達は帰して貰えるんでしょうね」岡本が大きな眼で西尾を睨む。
「そうさな・・・」西尾は判ったと軽く頷く。
「お金も忘れないでくださいよ」
西尾はにやりと笑う。
「1人、一千万で手を打とう」
「馬鹿な!」斉田は気短に怒鳴る。今日まで本当に死ぬかと思うほどの苦労をしてきた。約束は守れと息巻く。
「いやなら、一文無しで島を出る事になるぞ」
6名の者は黙り込む。約束には違いないが空手形だ。押し問答をしていてもラチがあかない。それに一刻も早く、この島から抜け出したい。黙るよりほかにない。
簡易宿舎の引き戸がガラリと開く。
隊長の安藤が3人の部下を従えて入ってくる。
「只今、任務完了しました」ビニール袋に入ったクロコ調の札入れを西尾に見せる。
「ご苦労!」西尾は大声でねぎらいの声をかける。
「よこせ」手を指し伸ばす。
「これは直接、与謝野会長に手渡します」そんなこと当然だろうとばかりに、安藤はビニール袋を引っ込める。
「わしが直接手渡す」
「いえ、会長直々に確認してもらいます」
渡せ渡さぬの押し問答が続く。
「安藤、わしの言う事が聞けんのか」西尾が業を煮やす。
「わしはお前の上司だぞ」威嚇する。
安藤は冷静な眼で西尾を見ている。
「我々は与謝野会長から直々に命を受けています」
今回の地図探しも、会長の私物だからこそ、西尾の指示に従っただけだ。安藤は毅然とした態度を取る。
「判った。だが、会長は今いない」西尾は安藤の迫力に押される。
「どこにお見えになる?」
「判らん・・・」西尾の声が小さくなる。
「それなら会長専用の電話番号にかけてみよう」
与謝野会長の専用番号は与謝野コンツェルンの役員と西尾、それに安藤にしか教えられていない。
「待て!」西尾が慌てて引き留める。力なく声を落とす。
「実はなあ・・・」眉間に皺を寄せる。顔を上げて、思い切って語る。
「会長は去年、亡くなられた」
「何だって!」驚いたのは安藤だけではない。その場にいる全員が顔色を変える。
「そんな重大な事、聴いていないぞ」迷彩服の1人が叫ぶ。
・・・私が死んでも、誰にも知らせるな・・・与謝野会長の意志なのだという。西尾は汗だくで弁明する。
「だから、ビニール袋は私が預かる」西尾は安藤からもぎ取ろうとする。
安藤は1歩身を引く。
「このビニール袋は、与謝野コンツェルンの役員会に提出します」安藤の眼には、西尾への不信感が表れている。
「会長はいつ、亡くなったんですか?」
半月は疑問を呈する。今日という今日まで、西尾は与謝野会長の命令という形で動いている。それが嘘となると、今までの事は西尾の1人舞台という事になる。西尾の態度にうん臭い物を感じるのだ。
西尾は早川の顔をじっと見る。彼は早口でまくしたてる。
早川が泥棒に入った夜、会長は金庫を開けている。社員の研修会が終わった後、東京に戻る予定を立てている。会長は金庫の中の書類の整備を思い立っている。
会長は95歳になる。元気矍鑠とは言うものの、体力の衰えには勝てない。彼は生涯を独身で通している。家庭を持たないので、後を継ぐ者がいない。
自分が死んだ後の与謝野コンツェルンの行く末を心配している。これからの事をどうするか、東京の本社で役委員会に諮るつもりでいた。
会長は金庫から東京の某銀行の貸金庫の鍵と印鑑、そして地図をテーブルに置いた後、横になられた。その後けたたましい防犯ベルが鳴り響く。驚いて起き上がろうとした時、息苦しさを覚えられた。
西尾は沈痛な表情で語っている。
その時、西尾は2階の事務室で事務を執っていた。会長の部屋の防犯ベルは、西尾の部屋、事務室、安藤達ボデイガードの部屋に通じている。
ベルが鳴った時、真っ先に西尾が3階に駆け上がる。それから2~3分遅れて安藤達が飛び込んでくる。
「私が会長の部屋に入った時・・・」西尾は安藤の顔を見る。
会長はベルの音に驚いたのか、心臓発作で呼吸は虫の息だった。西尾の顔を見るなり、自分が死んでも、役員会の者以外、伏せるように・・・。それにテーブルの上にあるクロコ調の札入れと貸金庫の鍵・・・、と一言、言われて気を失われた。
「そこへ、安藤が飛び込んできた」西尾は同意を求めるように言う。安藤は頷く。
その後の安藤の処置は速い。本館に待機している与謝野会長の主治医が呼ばれる。応急処置を施す。ヘリコプターで東京の大学病院に運び込む。
西尾や安藤達は50名の研修生がいるので島を離れる事が出来ない。翌日、役員会から、会長の訃報が入る。会長の意志で、密葬。誰1人として葬式には参加しない。無論口外は厳禁。
役員会の意向は絶対服従だ。与謝野会長が亡くなった今、与謝野コンツェルンは役委員会で運営される。安藤達、与謝野会長のボデイガードも同様である。
西尾は与謝野会長の右腕として、常に会長を陰、日向となって支えてきている。彼の実力は誰もが認めている。だが所詮は虎の威を借りた狐でしかない。与謝野会長の後ろ盾があればこそで、役委員会も西尾を無視できなかった。
西尾はその事を充分に弁えていた。だからこそ、何としてでも、会長の貸金庫の中の書類や地図を手に握りたかった。
西尾は焦っている。安藤は元軍人だ。飼い主に忠節を尽くす犬と同じだ。与謝野会長が亡くなったと知った今、彼の命令系統は役委員会だ。
2人の睨み合いが続く。胆力においては安藤の方が優れている。
その時、安藤の部下が慌ただしく駆け込んでくる。安藤に何やら耳打ちする。安藤の顔に驚きの色が現れる。安藤は慌てて外に飛び出す。安藤の部下がプレハブの簡易宿舎の入り口を固めている。彼らは銃こそ携帯しないが、腰にサバイバルナイフをつけている。
「どうしたんだ」
西尾は不安の余り、迷彩服の1人に尋ねる。誰も答えない。
半月、早川達6名の者も不安そうに入り口を見る。何かとんでもない事態が生じたに違いない。ここ1か月は苦難の連続だった。だが、”探し物”は見つかった。1千万円もらって放逐されると思った。それも束の間、入り口を固めた軍人上りの男達が鋭い視線で西尾や半月達を睨んでいる。
20分が経過する。携帯電話のメロディーが鳴る。迷彩服の1人が携帯電話を取り上げる。2言3言話をする。
「皆、本館へ行け、西尾執事、あなたもだ」
「何だと、私に命令するのか!」西尾が虚勢を張る。
「黙ってついてこい!」迷彩服の男は安藤の命令しか聞かない。西尾の腕を鷲掴みする。
「判った。手を離せ」西尾は泣き出しそうな顔になる。
半月達は言われるがままに従っている。
彼らが連れていかれたのは、本館の3階、与謝野会長の部屋だ。早川が盗みに入った部屋の奥、西尾や役員会の者しか入れない特別室だ。部屋は30帖の広さ。南側の窓から海洋が見える。天井のシャンデリアが煌々としている。部屋の中央に大きな楕円形の机が置かれてある。30名ほど座れる広さがある。壁の奥に両開きの引き戸がある。
坐る様に促される。半月達はおずおずと片隅に腰を降ろす。西尾は不貞腐れたようにに坐る。迷彩服の男達が西尾や半月達の後ろに立つ。
両開きの引き戸が開く。
「あっ!」と声をあげたのは西尾だ。思わず立ち上がる。
「か、会長!」そんな筈では・・・、彼は死んだのだ。死を確かめたのは西尾だ。その上で主治医を呼んでいる。
彼はだらしなく口を開けて突っ立つ。
与謝野会長は車椅子に乗っている。後ろに従うのはボデイガードの安藤。その横に主治医が付き添っている。
「西尾、何を驚いている」与謝野会長の声はしわがれて聞き取りにくい。彼は紺の作務衣服を着ている。室内は適温に保たれている。小さな体。しなびた顔だが、眼だけは炯炯と輝いている。
「座りなさい」西尾の後ろに控える迷彩服が西尾の肩を抑える。西尾は崩れるようにして腰を降ろす。
西尾は燕尾服だ。威風堂々として、平気で人を見下ろす。与謝野会長の執事という立場上、廻りの者が頭を下げるのは当然と思って居る。
その彼が打ち萎れている。恐怖に顔が青ざめている。半月達はそんな彼を怪訝そうに見ている。
目の前にいるのは日本、いや世界有数の富豪、与謝野会長である。緊張で身が硬くなる。半月達は小さくなって、チョコンと椅子に腰かけている。
与謝野会長は一同の顔を見渡す。それから厳しい眼差しを西尾に向ける。
「こいつは・・・」会長は息を整える。
「わしを殺そうとした」
その声に半月達は驚愕の眼を西尾に向ける。固唾を飲んで会長の次の言葉を待つ。
「早川君とやら・・・」与謝野会長の眼が6名に注がれる。誰が早川か、眼で捜し求めている。
「わ、私です」早川は恐る恐る手を上げる。
「君のお陰で、わしは命拾いした」会長の慈しむような声。
次の瞬間厳しい表情になる。「泥棒はいかんぞ!」
「はい!、申し訳ありませんでした」早川は立ち上がり様、ふかふかと頭を下げる。
「会長の代わりに、私がお話します」白衣姿の主治医が口をはさむ。
昨年の夏の社員研修会は1週間執り行われた。
最終の2日間、夜9時、西尾執事が与謝野会長の部屋を訪れる。本来ならば電話で会長の許しを得てからお伺いする事になっている。
与謝野会長の部屋や隣の特別室などは普段は鍵がかかっている。その上、何かの異常があった時の為に非常用のベルが鳴るようになっている。2階の西尾の部屋、主治医、ボデイガードの待機室などに通じている。
「失礼します」西尾は会長の許諾も聞かず、部屋に入る。会長はベッドに横になっている。西尾はつかつかとベッドに近寄る。
「会長!」手荒く会長を揺り起こす。
「何だ、西尾か、寝ているのを起こすには失礼だぞ」
与謝野会長は不機嫌に眼を開ける。
「会長、例の話、今、ここで返事を下さい」
西尾は思いつめた表情で会長にせまる。天井の照明灯は薄明るい。西尾の顔が鬼のように深い陰影で覆われている。
「例の話とは・・・」主治医が説明しょうとする。
「わしが話そう」与謝野会長のしわがれ声が制する。
以下与謝野会長の話が続く。
与謝野会長こと、与謝野耕造は若い頃から投資に興味を持っていた。与謝野耕造が20代と言えばまだ戦前の事だ。株が投資の主役だった。与謝野はb先見の明があった。
やがて日本はアメリカに敗れる。物資が不足する。金の価値が下落する。彼は赤紙で戦争に駆り出されたが、右足を負傷して復員している。
彼は陸軍の将校と懇意になる。金を握らせ、物資の横流しを受ける。自転車、リヤカーなど日用品などを買い集める。長野県の山中に隠匿する。
終戦となる。与謝野の予想通り、お金の価値は暴落、”物”は高い値段で飛ぶように売れる。
昭和30年代から40年代、与謝野は40代の若さで百億というお金を動かすまでになる。
戦後、産業の復興で証券取引が起動に載る。与謝野は株の投資で着実に資産を増やして行く。
昭和40年代の中頃、与謝野は60になる。彼は生涯独身で身内がいない。親類縁者もいない。彼は株の売り買いだけで資産を増やしていった。
丁度この頃、25歳だった西尾功が与謝野の会社で働く。後の与謝野コンツェルンは、投資を専門とする与謝野の個人会社だった。社員と言っても経理担当の女子社員と3名の男子社員しかいなかった。株の売買には多くの社員は不要だ。3名の社員は証券取引所や証券会社を回るだけの”小使い”的な存在でしかなかった。
西尾は経理や会社の組織運営で頭角をあらわす。
彼は与謝野に、単に株の売買で利益を得るのではなく、会社を支配下に置くことを提案する。複数の会社を横の線で結ぶ。お互い情報を交換し合う。会社が1つ1つでは弱いが、束になれば強くなる。
その一方で経営がうまくいかず、資金不足で倒産目前の会社をタダ同然で買い取る。組織の一員として活力を与えていく。
西尾は実によく働いた。与謝野コンツェルンの第1の功労者と言ってよい。やがて組織の規模が大きくなるにつれて、第2、第3の西尾が誕生する。与謝野コンツェルンの中に経営コンサルタント部門が誕生する。買収した企業の再建の専門集団だ。
西尾は経理の腕を買われ、与謝野会長の側近となる。執事として、与謝野会長の私的公的全てにおいて”世話をする”役目を負う。つまりは与謝野会長に面会するときは西尾を通して行う事になる。さらに重要な事は与謝野会長の”財布”も西尾が握ることになる。この事が今回の事件を引き起こす原因となる。
与謝野会長は西尾を見詰めている。沈黙が続く。
西尾は今年60歳。年よりも若く見える。彼は与謝野会長の身の廻りの世話も兼ねている。女房役にも徹している。遊びはしない。酒もやらない。夜11時に就寝、朝6時に起床。毎日が判で押したような生活に明け暮れる。それだけに、与謝野は西尾に絶大な信頼を置いていた。
西尾は息子を与謝野コンツェルンの後継ぎにしたいと考えていた。与謝野の養子とする事を希望していた。この事は数年前から与謝野に話していたのだ。
与謝野も西尾の話を聴いて迷っていた。自分も老齢になり不安が残る。死んだ後、コンツェルン内に扮装が生じる恐れがある。しっかりとした後継ぎが欲しい。
だが、役委員会が猛烈に反対している。西尾の息子は病気がちで意志も弱い。とてもこの巨大組織を切り回すだけの器量がない。むしろ与謝野財団を設立して財団の指導の下で与謝野コンツェルンを運営していくべきだ、と主張する。
与謝野は、私情に従えば西尾の息子を養子としてやりたい。だが私情を捨てるなら役委員会の主張が正しい。
与謝野はグズグズして、西尾に色よい返事をしない。かといって、ダメともいわない。西尾としては気が気ではない。与謝野が死んでしまえば、自分の立場が危うくなる。役委員会の手で組織から追い落とされてしまうだろう。
「西尾は焦っていたのだろう」与謝野会長はうなだれる西尾から目を離さない。
「わしとしても、西尾の子供を無碍な扱いはしたくない」
「だが・・・」与謝野会長は言葉を切る。役委員会の意向を無視してまで、彼の子供を養子として取り立てると、後々、いざこざの種になる。どうしたものかと思いあぐんでいたときに、ひょっこりと西尾が現れた。
「例の件・・・」と言ってわしにせまった。
あの時・・・、与謝野会長は熟睡していた。西尾に無理やり起こされた。歳をとると眠りが浅くなる。熟睡できる機会はめったにない。めったにない時間を破られた。与謝野会長は起こされて、不機嫌に目の前の西尾を見る。
「うるさい!」西尾の手を払いのける。布団をひっかぶる。深い眠りの世界に戻りたい。
だが、一旦眠りからたたき起こされた体は、容易に眠りの世界に入って行かない。眠るような、眠れないような、そんなうつうつした気分で横たわるのみ。
その時、物を動かす音がする。何事かと、顔を上げる。
西尾が金庫を開けている。中から重要書類を取り出している。
「西尾!何をしている!」大きな声が出る。
西尾は与謝野会長を見る。その表情は裏切られ、突き放された恨みに満ちている。
「私、今までご奉公した分を頂戴します」
「お前、気でも狂ったか」
与謝野会長はベッドの横に取り付けてある防犯ベルを押そうとする。
西尾は金庫の番号から、与謝野会長の重要書類に至るまですべて知り尽くしている。部屋の事まで隅々まで熟知している。
防犯ベルは寝室と隣の特別室に配置してある。ベルを押されては一大事だ。西尾は慌てて金庫の中の書類をテーブルに置くと、与謝野会長の手を払う。会長はベッドの中から西尾の胸倉をつかむ。
西尾は大柄で体力もある。会長の首を絞める。
この時、入り口のドアのノブの開く音がする。西尾は慌てて、気絶した与謝野会長をベッドに戻す。隣の特別室に隠れる。
あの時、早川君が来てくれなかったら、わしは死んでいた。間一髪で命拾いをした。
早川が隣室のドアのノブに手をかけた時、西尾は防犯ベルのボタンを押した。
特別室から外に出る事も出来たが、西尾はドア越しから中の様子を伺っていた。与謝野会長の重要書類が気に掛かっていたのだ。部屋に忍び込んだ不審な影は与謝野会長のベッドから隣の特別室に来ようとしていた。このままだと逃げるタイミングを失ってしまう。あわてて防犯ベルを押したと言う訳だ。
早川が血相を変えて逃げる。2,3分間を開けて西尾が入る。金庫から出した重要書類が無くなっている事に気付く。次に与謝野会長の脈をとる。脈がない。
――死んだ――西尾が早合点した時に、安藤が飛び込んでくる。彼の後ろから主治医が駆け付ける。彼は与謝野会長の脈をとる。心臓が動いていない。咄嗟の処置で強心剤を投与する。彼は安藤や西尾にテキパキと指示する。酸素吸入の処置を施しながら、ヘリコプターで東京の大学病院へ運ぶ。
幸い与謝野会長は息を吹き返す。業院内で役員のメンバーを招集する。安藤には療養中で面会謝絶と伝える。西尾には死んだと知らせる。
金庫に入っていたのは与謝野会長個人の預金口座である。世界中にある主要銀行の預金口座と印鑑、銀行の貸金庫の鍵、それに銀行の位置を示した地図、そこに与謝野会長がメモした銀行の暗証番号が記されてあった。
盗人が島のどこかに隠したと判断する。それを見つけるために、西尾が血眼になって探している。その事は与謝野会長の耳にも入る。
西尾は容疑者と思しき6名を島におびき出す。その上で9名の”さくら”をもぐり込ませる。その内の6名を島から出す。
1週間に1名を、――そして誰かが死ぬ――と威嚇して6名の前から姿を消す。3名の桜が消えた時、犯人の早川が告白した。
犯人が見つかる。重要書類も戻ったと知って、与謝野会長は急遽、ヘリコプターで島に戻って来たと言う次第だ。
「会長、私は・・・」西尾が顔を上げる。顔が涙でくしゃくしゃだ。
長年、与謝野会長の為に尽くしてきたと言いたいのだ。与謝野会長コンツェルンが今日あるのも、自分の功績も大きかったと主張したいのだ。それに報いてくれなかった事への不満もある。
「西尾・・・」与謝野会長の声は冷たい。
「お前の言わんとする事はよく判る」
だが、与謝野会長の個人資産を盗み出し、殺そうとした罪は重い。
「警察に引き渡す所だが・・・」
この事件を表沙汰にしたくない。不祥事は与謝野コンツェルンの汚点となる。信用にもかかわる。
「そして、誰かが死ぬか・・・」
与謝野会長は天を仰ぐ。
「安藤、始末しろ」
「会長!」泣きわめく西尾を安藤は手荒く引っ張っていく。
「さて・・・」与謝野は半月達の方を向く。
「君達には随分と迷惑をかけた。この通りお詫びする。」
車椅子の上から、与謝野会長は深々と頭を下げる。
西尾が最初に提示した宝探しの報奨金として1人4億円出す。その上で全員を正社員として採用するという。
「ただし・・・」与謝野会長の眼が蛇のように光る。
報奨金の中には、口止め料も入っている。今までの出来事は一切他言無用。
「もし、洩らした場合は・・・、判っているね」
与謝野会長の柔和な顔が鬼のように嶮しくなる。
半月達は身震いする。
――完――
お願い
この小説はフィクションです。ここに登場する個人、団体、組織等は現実の個人、団体、組織等とは一切関係ありません。
なおここに登場する地名は現実の地名ですが、その情景は作者の創作であり、現実の地名の情景では有りません。