異世界の戦い
水の音が聞こえる。
ふと気がついて顔を上げると、そこには大理石のように艶やかな色をした階段があった。
その両側からは、一番上にある龍のような石像の口から出てくる水がサラサラとそれに沿って流れていた。
階段のさらに奥を眺めると、物語に出てくるようなお城が建っている。とても静かで、天気もよく草花の中でうつ伏せに倒れていた篠宮と保志は、シェリムの言っていた言葉は本当なのかと疑いたくなった。
「ここが、ミナルディ?」
シェリムの話を思いだしながら保志が呟く。
「ここがか?こんな平和そうな場所が本当に滅びそうなのか?」
あまりにも綺麗な場所で、想像していた国とは別世界な景色だった。滅びそうだから救って欲しいとまで言っていたのだから、もっと城は廃れ果て、空は暗黒の闇に包まれているのだと思っていた。
城の方から、なにかがピョンピョン跳ねながら出てくるのが見えた。
「なんか来るぞ?!」
篠宮と保志は、自分達の方に近づいてくる何者かに注目した。
近付いてきたのは、小さな女の子だった。
普通の女の子ではないことはすぐにわかった。真ん丸の大きな瞳で可愛い笑顔を浮かべているその子は、ピンク色の長い髪をツインテールにまとめている。
背丈には似合わない大きな足で跳びはね、そのジャンプ力は高校生の篠宮の背丈を軽々と越えられるほどだ。
「お待ちしておりました!勇者様!!」
こっちに近づいてくるなり、その子は明るくそう言った。
しかし、篠宮と保志を見て不思議そうに訪ねる。
「あれ?どっちが勇者様??」
「ゆ・・・勇者って」
「まったく、理解できませんね」
篠宮と保志は、お互いに顔を見合わせた。
少しの間の後、篠宮は訪ねる。
「てゆーか・・・お前、誰?」
「こっちだって、聞きたいですよ。あなたも、そして」
保志は言いながら近づいてきた女の子に顔を向ける。
「あなたも・・・誰ですか?」
質問が一致したところで、女の子は先に自己紹介した。
「あちしは、メロルだみゅ!シェリム様の分身みゅ」
「シェリム・・・さっき、俺たちをここに連れてきた時の番人とかいう姉ちゃんか」
メロルは篠宮の問いに、そうそうと頷く。
「シェリム様は、あの時空間から外には出られないんだみゅ。あちしが、代わりに勇者様を案内するみゅ」
勇者って言われても・・・と思いながら、とりあえず二人も自己紹介する。
「と、とりあえず自己紹介な。俺は篠宮和也、高2だ」
「僕は、保志圭一といいます。小学5年です」
全員がお互いの名前を知ったところで、メロルはさっきの話に戻った。
「それで、勇者様はどっちだみゅ?しのみー?ほっしー?」
早速あだ名で呼ばれた二人は、お互いの顔を見合わせた。
「勇者って言われても、俺らはお前の主人にいきなりこの場所に連れてこられただけで・・・」
「むしろ、分身のあなたの方が知っているんじゃないですか?」
保志は質問しかしてこないメロルを問いただした。
「メロルは、勇者様をここで待つようにとシェリム様に言われていただけだみゅ。必ず連れてくるって言ってたみゅ」
メロルの言葉に、深い意味を知っているような風は感じられなかった。ただ、ここで勇者を待ち案内せよと。彼女に与えられている役目は、どうやらそれだけのようだ。
「シェリム様に呼ばれないと、異世界の地球からここに来ることが出来ないんだみゅ。」
「だとすると、実際にここに飛んで来られた僕たち二人のどっちかが、勇者になれる資格があるってこと?」
保志がメロルに訪ねた。
「そうだみゅ。勇者はしのみーとほっしーのどっちかだみゅ」
「どっちかって・・・二人呼ばれたんだがら、どっちもが勇者ってことじゃないのか?」
篠宮の質問に、メロルは不思議な顔をする。
「わからないみゅ。その可能性もあるか、どっちかが勇者様にくっつて来たのかも知れないみゅ。」
「たまたま、どっちかが付いてきた?」
「そういえば、時空間に入る直前、篠宮さん僕にぶつかって来ましたよね?」
会話を聞きながら、保志が思い出して言った。
「ああ・・・急いでて走ってたからな」
「そのタイミングで、どちらかが巻き込まれた可能性も・・・」
保志は言いながら、急に「ああー!」と隣で大声を上げながら頭を抱え出した篠宮の方を向いた。
「しまったー!!俺、早く帰ってマジカルンルンするんだったー!!」
篠宮の言葉を聞いて、保志は「は?」と呆れ顔になった。
勉強ばかりで、ゲームなどしたことのない保志はマジカルンルンと聞いても何のことやらさっぱり分からなかった。
「やっちまったぁー・・・」
絶望しながらしゃがみこみ泣き出す篠宮を他所に、保志は再びメロルに訪ねる。
「じゃあ、どっちが勇者かわかる方法はあるの?」
「んー?とりあえず、魔物と戦ってみるみゅ!」
「「魔物!?」」
いきなり出てきた魔物とゆう言葉に、二人は驚いた。
「こんな穏やかな場所なのに、魔物が出るってゆうのか?!」
篠宮は絶望から我にかえっていた。
「そうだみゅ。魔物を倒して、ミルフローラ様を復活させ、邪神メデスを消滅させるんだみゅ!」
「なんだ、そのゲームのような展開は!!」
ゲーム好きの篠宮は、メロルが説明する内容にワクワクしていた。これで、剣や魔法やらが使えるようになったら本当に勇者になれそうな気がした。
「落ち着いて下さい、篠宮さん」
「これが落ち着いていられるか!魔物だぞ!?勇者になって、敵を倒すんだぞ!」
「わかっています。ですが、まだ情報が足りません」
興奮する篠宮に対して、保志は冷静に言葉を返した。
「その、邪神メデスとは何者なんです?」
単刀直入に、保志は訪ねる。
「邪神メデスは、この世界を滅ぼそうとしている大魔王だみゅ!」メロルは続けた。
「17年前にミルフローラ様が封印したんだみゅ。でも、その封印が解けて復活してしまったんだみゅ」
「ミルフローラっていうのは?」
篠宮が訪ねた。
「ミルフローラ様は、この国ミナルディの第一王女だみゅ。この国の戦士達と共にメデスに立ち向かい、水晶の力を解放して封印したんだみゅ」
「その、ミルフローラさんにまたお願いできないんですか?」
保志の質問は、すぐさま打ち消される。
「ミルフローラ様は、メデスの封印と共に異次元に飛び散って消えてしまったんだみゅ。」
もう、すでにこの国にはミルフローラはいない。
かつてメデスを封印できた人物は、存在していない。
そんな残酷な現実が、こうして新たな勇者を迎えることに繋がっているとは。
ミルフローラを探さねば、この国が平和を迎える日は来ない。それは、この国に呼ばれた勇者の定められた使命。この国を守るため、戦わなければならない。そうしなければ、自分達の故郷でもある地球までもが被害を浴びてしまう。
「よし、そのミルフローラを見つけ出して、メデスってやつを倒せば良いんだな!!」
篠宮は身体の前で拳を握りしめ、ヤル気満々に言ってみせた。
「ちょ、簡単に言いますけど、勝ち目はあるんですか?」
「知らん!」
呆れ顔の保志は、篠宮を見ながらこの先の不安で頭を悩ませているのだった。
立て付けの悪い大きな城の扉は、ぎぎ・・・と鈍い音を出しながら、広間の中に明かりを通した。
「さ、入るみゅ」
メロルに連れられて、二人は城の中に入っていく。
大きな城の中は薄暗く、出迎える家来達もいなければ、歓迎の曲も流れなかった。
静まり返った広間の中心に、大きな水晶が古びた不思議な模様の描いてある台の上で光を放ちながら浮いている。
「これは?」
その水晶を見ながら、篠宮が訪ねる。
「ミナルディ国の王家に伝わる水晶だみゅ。」
「それって・・・」
メロルの話を思い出して保志はいち早く気づく。
「そうだみゅ。ミルフローラ様が邪神メデスを封印した水晶だみゅ」
「でも、ミルフローラは・・・」
篠宮は疑問を浮かべた。
「ミルフローラ様は、異次元に飛ばされてしまったみゅ。
でも、この水晶はメデスを封印した時に一欠片だけ残ったんだみゅ。この台には、ミルフローラ様の力が宿っているんだみゅ。この上でやっとここまで輝きが戻ってきたんだみゅ」
メロルの話に、保志は呟く。
「復元?」
「そうだみゅ。この水晶は、メデスを封印して一度砕けているんだみゅ。今のこの水晶に、その時ほどの力はまだ回復していないんだみゅ」
「じゃあ、また同じ力にしてこの水晶を使うには、やっぱり王女様が必要・・・ってことか」
篠宮は言っていることを理解したようだ。
「そのとおりだみゅ」
メロルが何を言いたいのかは大体わかった。
この国に危機が迫ってきているというのも理解した。
後はどうやって、二人のどちらが選ばれし勇者なのか?という謎を解明して、行方不明の王女様を探せば良いのかということだ。
「この水晶が、何か知ってるんじゃないのか?」
篠宮が、水晶に触ろうと手を伸ばした。
すると突然、水晶を中心に彼らの周りは光に包まれて消えていった。
「わっ!!なんだ!?」
一瞬の出来事に、なんだ?と驚いた彼らが次に見たものは、さっきまでいた城の広間ではなかった。
目の前で触ろうとしていた水晶はいつの間にかなくなっている。
その代わりに、辺りには木々や草花が生い茂り、方向も分からないほどの深い森の中にいた。
「何処だ、ここ!?」
突然変わった場所に困惑していると、ガサガサと茂みの向こうから何かがこっちに向かってきた。
「な、なんだあいつ!!」
狼のような顔をしたそれは、鋭い牙を見せながら青黒いオーラを出し彼らを威嚇して襲ってくる。
「魔物だみゅ!戦うんだみゅ!」
「た、戦えって・・・」
強そうな魔物を前に篠宮と保志は強ばった顔になる。
「武器か何かないのか!?」
そういえば、戦えって言われても武器になるものはなにもない。剣もなければ、魔法も使えない。一体、どうすれば良いんだ!?
「ええい、こうなりゃヤケだ!!」
篠宮は仕方ないと、持っていたカバンを投げ捨て、たまたま着ていた学校指定の体操服の袖を間繰り上げ必死で身構えた。
「よし、こい!!」
身構える篠宮に向かって、魔物は容赦なく襲いかかってくる。その瞬間、篠宮の右ストレートが魔物の左首に命中した。
「がるるる・・・」
拳が命中して飛ばされた魔物は、更に牙を震わせ威嚇しながら身体を起こしてくる。
「やるじゃん、俺」
篠宮は自分の拳を見ながら感心している。
「またくるみゅ!」
メロルは再び向かってくる魔物を見て篠宮に呼び掛けた。しかしその動きは早く、今度は篠宮の胸めがけて魔物が体当たりしてくる。
「うわっ!!」
後ろに飛ばされた篠宮は地面に尻餅をついた。
魔物は更に篠宮に向かって来ようとする。
「きゃうんん!!」
その瞬間、篠宮に向かって来そうだった魔物は怯んだ鳴き声を出して茂みの中へ逃げて行った。
「な、なんだ!?」
急に逃げ出した魔物を見て、篠宮は不思議そうだ。
ふと魔物がいた方を見ると、そこには開いたままの学校の鞄を抱えて反対の手に三角定規を持っている保志の姿があった。
「保志・・・」
危なそうになった篠宮を目の前に、保志はとっさに持っていた鞄から定規を取り出して魔物に向かっていた。
「ふぅ・・・」
大きなため息を漏らしながら、保志もその場に崩れ落ちた。
魔物のいなくなった空間を見つめ、安堵の様子を浮かべながら
、彼らの額からはどっと汗が滲んでいた。