表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
信号機と蝉時雨  作者: 灯―tomoru―
5/5

5.信号機

 どれほどの月日が、経っただろう。

 秋もすっかり深まり、ところによってはもう冬を迎えようとしている。

 つい最近までは、『「人型信号機」の破壊は殺人罪になるのか』という裁判についてのニュースが報道されていたが、今はそれもほとんど見かけなくなった。確か最高裁は、『器物損壊罪』という判決を下していたと思う。訴訟を起こしていたのが地域の高齢者団体だっただけに、この社会の皮肉さを感じる。

 代わりに目に入るようになったのは、『人型信号機』回収のニュース。

 なんでも、AIにとあるバグが見つかったらしく、旧型はN社が回収し、新たに新型を設置するらしい。

 燈なんかは真っ先にリコールの対象になるだろうな、なんてことを考え、一人で苦笑する。


 家の前、毎日見かける横断歩道。

 そこに人影はもう、ない――はずだった。しかし、


(……? もう新型が設置されたのか?)


 確かに、そこには人型信号機らしき人影があった。その証拠に、全身が赤い光を放っている。

 そして信号機に近づいていくにつれ、その容貌が露になっていき、


「……っ!?」

「わっ!?」


 思わず、俺は彼女に駆け寄り、そして抱き着いていた。

 そう、彼女の容姿は寸分違わず、燈のそれだったのである。


「……燈……どこ行ってたんだよ、お前は……!」

「え、あっ、え、えっと……」


 しかし、様子がおかしい。彼女は何やら困惑した様子で、


「えっと、そ、その……どちら様、でしょうか……?」

「……え?」


 その言葉を聞くと同時に、俺はある可能性に思い至る。

 燈の身体ではあるものの、それは再利用したというだけであって――記憶は、上書きされたのではないか、と。

 俺は彼女からすっと離れると、空を仰ぎ、乾いた笑いを零す。


「そっかぁー……」

「え、えっと……ま、前の方の、お友達……ですか?」


『前の方』と言うあたり、俺の予想は当たっていたらしい。

 俺は、空を仰いだまま、懐かしむように、


「ああ……知ってるか? お前の前の奴。『燈』って言うんだけどさ、こいつがまた強気な奴でな、初対面で『バカ』とか言ってくるんだよ」

「燈さん、ですか?」

「そうそう、その名前。俺が付けたんだけど……普段は強気なくせに、俺が名前付けてあげたら、泣いて喜んでたんだよ。可愛い奴だよな」

「ふふ……そうですね、可愛らしいです」

「でさ、最後もまた会うって約束してたのに……どこか、行っちゃってな」

「……どこに行かれたんですか?」

「……さあ、どこだろうな」


 俺の言葉に何かを感じ取ったらしい彼女は、はっとした表情になり、口をつぐむ。

 やがて彼女も、俺に倣い、高い空を見上げた。


 佇む二人の間を、秋の涼しい風が通り抜けた。

 ふとした瞬間に、あっ、という声を上げた信号機の少女は、



「青になりましたよ――『バカ夏樹』さん」


 俺の名を呼ぶ声が、完全に、記憶と重なる。



「……え?」

「ふふっ……まったく、鈍いんだから」

「お、お前……燈、なのか? 本当に?」

「疲れるのよ? 自分の性格に合わない演技するのって」

「……どう、して? だって、お前はあの日――」


 こっちを向いた少女の屈託のない笑顔は、まさしく、燈のそれであった。

 きっと、彼女の身体を借りても、他の人間(アンドロイド)には――この笑顔は、作れない。


「私、回収されたのよ。N社に」

「……回収?」

「そう。でも結局、これは手が付けられないって、そのまま返されてね。まあ、おかげで事故には遭わなくて済んだのよ」

「……なんで?」

「バグがあった、っていう話は知ってるでしょ? そのせいで、私」


 続く言葉は、なんとなく予想がついた。きっと、



「アンタのこと、好きになっちゃったみたい」



 ……アンドロイドにとって、『恋愛感情』とは確かに、バグでしかない。

 人間との間に子孫を残せない以上、恋愛などにうつつを抜かしていてもまったくの無意味なのである。

 でも、今回だけは。このバグのおかげで、俺は彼女と、結ばれることができた。


「それで……それで、ね」


 しばしの後、燈は唐突に、それでいて恥ずかしそうに、こう切り出した。


「その……私、新型の子が来るから……もう、お役御免だって……」

「え……? そ、それはつまり」

「……」


 ほんのり頬を紅潮させ、燈がうつむき気味に目をそらす。

 これはつまり、アレだろうか。


「要は、行くあてがないから俺の家に住まわせてほしいとか、そういう……」

「…………そういうことよ」

「なるほど、じゃあ同棲生活か」

「い、言うなバカぁっ!」


 そうは言いつつも耳まで真っ赤に染めているあたり、やはり意識しているところはあるのだろう。

 まったく、可愛いやつめ。


「そ、それで結局……どうなの?」


 両手の指を突き合わせながら、若干上目遣いに尋ねてくる燈。

 俺がわざと腕を組んで、うーん、と悩むようなしぐさを見せると、その表情がさらに不安げなものになる。

 もうだいぶ泣きそうになった声で、燈は、


「……だ、だめ?」

「いや全然。というか別に悩んでいたわけでもないからな、今の」

「え……な、なによもうっ! 変に心配させるな!」

「いやー、つい。悪い悪い」

「……それじゃあ……いいの?」


 さて、そろそろ素直に答えてあげるとしようか。

 俺の返答は、もちろん、



「ああ。おかえり、燈」



 季節外れの蝉が、鳴いた気がした。

 二人の夏が、ようやく、終わる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ