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青春、食わず嫌い  作者: 朱雀大路
第一章
6/10

第三話:春から夏へと進んでいく。

 気がつくと俺は自分の部屋にいた。どうやら、あの後家に帰ってすぐに眠ってしまっていたらしい。

 あわてて、時計を確認すると七時半を過ぎた所を指している。

━━━そうだ、夕食を作らないと⋯⋯。

 「お兄ちゃん、ご飯できたよー」

 下から大きな声が聞こえた。

 俺が階段を降りていった時、錦ともう一人、誰かいるのに気付いた。春だ。

 「なぁ、春。何でここにいるんだ?」

 そう問いかけてみたが、片付けをしているようで反応されなかった。

 「お兄ちゃん。今日はね、春さんがご飯を作ってくれたんだよ」

 錦が、そう言ったのでテーブルを見ると肉じゃがや味噌汁などが並んでいる。確か、こいつ町の子供会で行ったキャンプの時にカレー作るのを失敗して泣いていたのに、知らぬ間に上達していたんだなと感心して(うなず)いていると錦に早くイスに座るように()かされた。

 俺はいつもの席に着いた。普段なら、錦と向かい合って食べるのだが、錦が座ったのは俺の正面の席の隣。

 「錦、何でいつもと違う席に座ったんだ?」

 「まぁまぁ。それより、春さんも来てくださいよ」

 錦はそう言って春を俺の正面に座らせようとしている。初めは嫌がっていた春だが錦のしつこさに根負けしたのか、しぶしぶその席に座った。

 「春さん。おにいちゃんに言いたいことがあって来たんですよね?」

 錦はそう言って春の背中を押した。

 すると、春の口が小さく動き始めた。何か言っているらしいが、声が小さく聞き取りにくい。俺は耳を澄ました。

 「⋯⋯あ、嵐⋯⋯あれ、迷惑⋯⋯だったかな?」

 「あれって、台本のことか? なら気にしなくていいから。大体、あのままだったら生徒会は何もしないことになってたかも知れないし。それはまずいと考えた会長がああ言っただけだから」

 春は俺の言葉に安心したのか、顔を上げて頬を緩めてみせた。

 「そっか。⋯⋯それなら良かった。嵐、休みが無くなるのが大嫌いだったから。ほら、小五の時だっけ、台風で休校になって夏休みが一日減ったとき、職員室に殴り込みに行くって言って、ホントに行ったもから」

 春がそう言ったときに錦から、うわーと聞こえた。

━━━おい。心の声が漏れてんぞ。妹に嫌われたらお兄ちゃん、東尋坊から身投げする覚悟です。

 ともかく、そんなに古い事を今さら出してくるなよと春の方を見たが、錦に事の詳細を語っているらしく見向きもされなかった。

━━━本当に何で今さらそんな話を。やめ、やめろー。イッタイココロガー。

 さすがにふざけたけど、ホントにやめてほしいなぁ⋯⋯。

 そうこうしている内に話が終わったのか、春はこっちを向いて、さぁ食べよっかと言った。

 三人で一緒に手を合わせて、いただきますと言った。

 こんなに楽しく食卓を囲むのは、いつぶりだろうか。最近は、家族が全員起きているときに揃う事なんてない。せいぜい夜が、深まった頃ぐらいに家に集まる事ぐらいだろう。

 とにかく、久しぶりの暖かい食卓。それがうれしい。

 そのことは、錦も同じようでさっきからやたらと笑い声がする。しかも、テンションが高い。

 しばらくして、俺たちは食事を終えた。

 春が片付けまでしてから帰ると言い始めたが、さすがにここまでしてもらった上にこの上というのは気が引ける。錦と俺は片付けは自分たちですると言って春を見送ることにした。

 「春。今日はありがとな。おいしかった」

 「別に大したことしてないし⋯⋯明日ちゃんと来なさいよ」

━━━さすが、俺の幼なじみ的ポジションの春だぜ。最後にそれを持ってくるとはな。

 そう感心していると、隣に立っている錦がこう切り出した。

 「いつでも家に来てくださいね。ウェルカムですから」

 「うん。またね」

 春はそう言い終えてあちらを向いた。そして、夜道を歩き始めた。

 その姿が見えなくなるまで見送ろうと立っていると、錦にシャツの袖口を引かれた。

 「何やってんの? こんな時間に女の子を一人で帰らせるの?」

━━━そういえば、九時前か。いくら夏とはいえ暗くなっている。

 「何。送ってこいって?」

 「そうだよ。ほら、早くいってらっしゃい」

 俺は錦に押し出される形で家を出た。

━━━この子押し出しできるの? 名古屋場所に出たらいいんじゃ?

 ともかく、まだ完全に履けていない靴で春の所へと向かった。

 夜道を照らす灯りは、せいぜい均等に並べられた電灯と家からこぼれた光だけで決して明るいとは言えない。

 春は近付いてきた俺に気付いたらしく、こちらを振り返った。

 「嵐、どうしたの? 忘れ物してた?」

 「いや⋯⋯錦が送ってこいって」

 「そうだよね。嵐が自らそんな事するわけないし」

 そんな会話の後、二人の間にはなんとも言えない空気が流れた。

 少し歩くと、小学生時代に二人でよく遊んだ公園の前を通りすぎた。

 ふと、中をみると、暗闇の中に浮かぶ遊具があった。それは、わずかばかりの明かりに照らされて浮かびあがっている。

 そこを抜けて大通りに出ると、いつもの駅が見えてきた。その横にある踏み切りを越えてしばらく行くと、春の住むマンションが見えてきた。

 その下まで来ると春は小さな声でありがとうと言った。俺もそれに応えた。

 「俺の方こそ、今日はありがとな。錦も喜んでたし。またよろしくな」

 「うん」

 春はそう言ってエレベーターに乗り込んでいった。扉が閉まって行くとき、春の口が二回小さく動いたように見えた。

 俺は、エレベーターの扉が閉まりきるのを確認して、錦の待つ家に歩き始めた。




御読了ありがとうございます。

 今回、中々展開が浮かばなくて短くなってしまいました。三話というよりかは、二話の続きと思ってもらえますとありがたいです。

 あと、作者の都合で明日の更新はなしです。本当に申し訳ありません。


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