第二話:風は自由気ままに吹いている [下]
昼からの授業は、比較的気楽で、なおかつ金曜日ということも合わさって、教室内が浮き足立っていた。特にチャイムが鳴る数秒前には既にざわざわとしていた。
━━━生徒会室、いきたくないなぁ。
そんな気持ちが心の底から湧き出てきた。今日はしらばっくれて、こっそり家に帰ろうかな。
そんな事を考えた直後、スマホが鳴動しはじめた。ポケットからそれを取り出して画面を確認する。
すると、そこには『神代会長から着信です』と表示されている。
━━━何? あの人俺のことをストーカーしてんの?
一息ついてから、仕方なく電話に出た。
「もしもし?」
「三室、もしかして帰ろうと考えていたか?」
「いや、そんなことはないですけど」
━━━ほんとは帰りたいんです。とは、口が裂けても言えない。
「そうか、ならいいんだ。とりあえず、生徒会室に来てくれ」
「あっはい、わかりました。それで今日は何『ブチッ、ツー、ツー』」
━━━あっ、途中で切りやがった。本当に行きたくない。どうせ昼のことも追及されそうだし。
教室を出て、しぶしぶ生徒会室へと向かった。
「あーらし」
そんな声と同時に近づいてくる足音。その主は、次の瞬間俺の肩を叩いた。
━━━くそっ、誰が来たかわかったから、逃げようと思ったのに⋯⋯。
「何で、急にはや歩きになったし」
「いや、別に」
━━━俺は某女優っぽく答えてみた。
「逃げようとしてたよね?」
「うぅ⋯⋯ソンナワケナイダロー」
思わず片言になってしまった。
「今、片言だったよね。てことは、やっぱり逃げるつもりだったんだ。へぇ~」
━━━何? その見透かしたような目は。何か怖いですよ。
「お前こそ、ここで何してるんだ?」
「私は、生徒会長に呼ばれて。どうせ今から生徒会室に行くんでしょ?」
「あぁ」
━━━うん? 何か、今嫌な事が聞こえたんだが。気のせいだと思いたいが。会長がどうとか。
「会長の連絡先知ってんの?」
「うん。この前、私のクラスまで来て私と嵐の関係をかなり聞いてきたよ。怖かった」
━━━あー、会長ならやりかねないな。あの人生徒会会則に異性との不純な交際は、禁止って追加したしな。
不純とかそうでないとかの基準って、一体何なんだろうか。
やっぱり、付き合っているってことがアウトなのか? だとしたら俺は圧倒的にセーフ。だって一回も付き合った事がないから。
別に悔しくはないけど。気にしてないけど。
「嵐、ほら行くよ」
そう言って春は俺のリュックを掴み、引っ張り始めた。
━━━何? 俺は犬なの?
「待て、引っ張るな。危ないぞ」
そう言って離してもらった。
━━━あ~、首痛て。
俺が不満げな顔を向けると、春はスタスタと歩き始めていた。別段、追いかける理由もないので、急ぐ事もなく生徒会室に向かった。
部屋の前に着くと、いつも以上に静まり返っているのに気付いた。なんなら、中から重苦しい雰囲気が漂っている。
扉を開けるとき、何か挨拶した方が言いかな?
例えば、『トゥットゥルー』とか、『やっはろー』とか。あとは、そうだな『にゃんぱすー』とかだな。
にゃんぱすーってどういう意味なんですか。挨拶ってだけなのかな?
あと、にゃんぱすの新作アニメ楽しみです。
どれを選んだとしても、この雰囲気なら受け入れてもらえなさそうなので、何も言わず入ることにした。
意を決して取っ手を掴み、扉を押し開けた。
すると、中では会議をしていたようで、大勢の人の目線が一斉
に俺に突き刺さった。特に会長の目が怖い。
とりあえず、空いている椅子に座ることにした。
中に入ったときの雰囲気とホワイトボードに書かれた文字から、例のビデオについて話し合っている事が分かる。しかし、どうやら行き詰まっているようで、参加者は皆、口を閉じている。
しばらくして、会長が口を重たそうに開いた。
「このままでは、埒が開かない。何か一人ずつ意見を述べてもらおう。まずは⋯⋯三室。何か意見はあるか?」
━━━何で俺? 絶対腹いせだよね。会長めっちゃ真剣な顔をしてるけど、その心笑ってるね?
「今、来たとこ何で良くわかってないですけど⋯⋯。そうだ、せっかく、演劇部さんも手伝ってくれることですし、ドラマ仕立てなんてどうでしょうか?」
俺がそう述べると、張り詰めていた空気が緩み始めた。どうやら、他の人からみてもいい意見だったらしい。
「ドラマ仕立て⋯⋯か。悪くはないがそのドラマの脚本を誰が書くんだ?」
「それは⋯⋯」
━━━ですよね。そんな事してくれそうな人は思い付かないし。
多分俺の意見は却下されそうだ。
そう考えた矢先のことだ。
「私、台本を書きます」
そう大きな声の宣言が聞こえた。声のした方へ向くと、手をピシッと挙げた春がいた。
━━━まじか。こいつ台本書けんの? だいたい、国語苦手だろ。期末も赤点ギリギリだって言ってたし。
どうやらその宣言が全員に受け入れられたらしく、拍手が湧き上がった。この事に関して誰も意見はないらしい。
しかし、流石に会長も生徒会があまり何もしないのは良くないと思ったらしく、少し悩んでから春に向かってこう告げた。
「天野さん、私たちも台本作り手伝いたい。明日、ここに来てくれないか?」
「はい、わかりました。よろしくお願いします。何時ごろにここに来たらいいですか?」
「そうだな、朝の九時というのはどうだろうか?」
「わかりました。明日の九時にここに集合ですね」
二人はそう会話をし、会議はお開きとなった。参加者は荷物をまとめて出ていく。だいたい、参加してたのは生徒会メンバーに演劇部の代表、そして、春だけだ。
━━━さて、皆さん。お分かりいただけただろうか。先ほどの会話の中に俺を恐怖の沼に引きずり込んだ言葉があったことに⋯⋯。
やだよぉ、明日休みだから学校来たくない。
休みは重要ですよ。ほら、よく求人に週休二日って書いているし。あっ、でも、週休二日制と完全週休二日制は似て非なるものですよ。
とにかく、さっきの会話で俺の休みが一日少なくなる事が決定した。
会長の顔を抗議のために見ることにしたが、全く気にもされなかった。
会議に使った椅子を片付けていると、扉が開いた。
「三人とも、ビデオの件、決まった?」
そう言いながら入ってきたのは、生徒会顧問の桜先生だ。
それにいち早く気付いた会長が答える。
「あっ、桜先生。それなら、今さっき演劇部に手伝ってもらってドラマ仕立てにすることがきまりましたよ」
「ドラマって事は、台本が必要だよね? 誰か書いてくれる人がいるの?」
「はい、一年の天野さんが書いてくれるそうです」
「そう、なら安心ね」
桜先生はそう言って帰っていった。それを俺たちと見送った会長はこちらを向いて近寄ってきた。
「なぁ、三室。昼のあれは誤解だった。それは謝るが、それ以上の事はないよな? 生徒会会則に定められているように異性間の不純交際は禁止だからな」
「わかってますよ」
「そうか、ならいい。今日は仕事もあれだけだったから、もう帰ってもいいぞ。明日の事もあるし」
会長の帰っていい宣言が出た。
部活だと、多分本当に帰るとキレられるよね。あれは理不尽。その点、会長はそのままの意味で使っている。
俺はお言葉に甘えて荷物をまとめ、会長と副会長にあいさつをして部屋を出た。
いつも通り、校門を出て駅へと向かい、電車に乗った。
いつもなら暑くて、息苦しくて、しんどい車内だが、まだ早いおかげか空いている。
イスにさえ座れた。
和泉大宮駅に着くと俺は車輌から降りて家へと向かって歩き始めた。
***
明日は、土曜日。されど、学校に行かなくてはならない。むしろ、行きたくなった。去年までの俺ならこんな事をするわけが無かっただろう。
人は少しずつ変わっていく。季節と似ている気がした。
それぞれの季節は、それぞれにふさわしい過ごし方がある。しかし、それは人によって異なり、また、人が同じであっても、年によって異なるのだ。
似ているようで、一緒でない。一緒のようで、似ていない。
━━━だから、人はもっと他人の事を知りたくなる。自分が経験した事のない季節を持っているから。
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