村娘は大物と格闘する
牙の大きさは30cm。お腹に刺されば貫通してしまう。
洞窟から這い出してきた大牙イノシシは牙の大きさ以外は日本のイノシシと外見は似ているいる。しかし、体長はおよそ3m、大人の身長をゆうに超える大きさだ。
イノシシというのは4,50cmの体長でも大人を怪我させるほど危険な動物だ。それが3mともなれば、生身の身体で相手できる動物ではない。
銃の無いこの世界では人間は魔力を扱い対抗するしかない。闘気を纏って身体能力の差を多少縮めることはできるが、今のあたしの実力では気休めにすぎない。
そして、いまそいつが前足で地面を数回蹴って突撃の準備をしている。
「に、逃げるぞ!」
「グゴオオオオオオ」
背を見せた瞬間、ものすごいスピードで追ってきた。
とっさに木の幹を盾にすると、バギッとすごい音がして木の幹がへし折れる。
やばい、こんなのが当たったら確実に死んでしまう。かといって、走る速度も早すぎて逃げ切れない。
横を見てみると、腰を抜かしたリグと必死で木に登るジョセ兄。
またしてもバギッとすごい音がして木の幹がへし折れ、ジョセ兄が地面に投げ出される。
やばい……やばい!
こうなったら覚悟を決めるしか無い。
身体に魔力を循環させ、全力で闘気を身に纏う。
「こっちだ! あたしが相手になってやる!」
弓を構える暇は無い。矢をそのまま手で投擲する。
大牙イノシシに当たるものの刺さることなく弾かれる。でも、こちらに注意を向けることができた。
「グオオオン!」
頭を向け猛然と突進してくる大牙イノシシがあたしの2m以内、『見切りの』間合いに入った瞬間、周りの動く時間がスローへと変わる。
ゆっくり迫るイノシシの牙をあたしは横にステップを踏んで躱す。
そして、牙を避けながらナイフで目を狙ってみる。
しかし、牙の長さに対してナイフのリーチが足らず、目まで届かない。
スローになったとはいえ、人間よりもずっと速い突進速度では避けるので精一杯だ。
あたしに躱されたイノシシは急なUターンを行いすぐに突進を繰り返す。
躱しながら今度は頬に刃を当てるも肉まで届かない。ダメージはごく僅かだ。
イノシシがUターンする間に2人を確認する。
2人とも木に登ったみたいだ。
後はあたしが逃げればいいだけ、……なんだけど、ジョセ兄が槍を構えながら何かジェスチャーをしている。
まさか、倒すつもり?
いや、槍で刺して倒せるか? こいつ。
でもまあ、あたしも今は逃げる算段が無い。
木に登るスキを与えてくれそうにないし、走ってもすぐ追いつかれる。
どうせならやってみるか。
突進を避けながらジョセ兄のいる木にイノシシを誘導する。
イノシシは頭を思いっきり振りながらあたしに牙を当てようと突進してくる。
残念、突進スピードは速いけど避けることに集中していれば避けるのは難しくない。
ロブの剣技は『見切り』発動中でも全然防ぐことができないが、こいつのスピードはその域にはない。
そして、あたしは追いつめられた風を装って木の幹に背中をぶつける。
正面から突進してくるイノシシに対してフェイントをいれつつ横っ飛びにジャンプする。
木にぶつかったイノシシは一瞬動きを止め……
「うおおおおオオオオ!!」
真上からジョセ兄が全体重をかけた槍の一撃を入れる。
「グウ“オ”オ”オ”オ”オオオ」
闘気を纏った槍はイノシシの首元に深く刺さり絶叫をあげさせる。
だが、まだ致命傷になっていないようで、首を振ってジョセ兄を振り落とし、ジョセ兄を殺気をこめて睨みつける。
だが、ジョセ兄はいつの間にか持っていた蔦を伝ってあっという間に木に登ってしまう。
怒り狂ったイノシシはそのまま突進し、その木をへし折ってしまう。
ジョセ兄は木が倒れるのと同時にジャンプして隣の木に乗り移る。
どうやら、ジョセ兄も慣れてきたようだ。それにしても我が兄ながら猿みたいだな。
木に突進して一瞬動きを止めたイノシシの目に矢が突き刺さる。
見ると、別の木からリグが弓を構えている。
「ウ“オ”オ”オ”オオオ」
さすがにイノシシも苦しそうだ。
あたしもそのままスキをついて攻撃する。
左後足の裏、アキレス腱のあたりに刃を当てる。
うおっ! 後ろ蹴りをギリギリ躱す。『見切り』がなかったらやばかった。
でも、おかげで左右のバランスを崩すことができた。
後は時間をかけて出血を強いる戦いをすればいい。
形勢が悪くなっても突進を止めないイノシシ。
あたしは躱しながらも槍を引っこ抜きさらに出血を増やす。
その後はひたすら躱しながらナイフで傷を増やす。時々、リグが矢を当てる。
そうして20分ほど繰り返した頃、ようやくイノシシは出血多量で力尽きた。ズシン! と音を立てて横に倒れる。
念の為、ジョセ兄に槍で止めを刺してもらい、ようやく大牙イノシシを倒すことができた。
「はあーやっと倒せたー」
「うおーやったぜー」
「大牙イノシシってDランクの魔物だよね。俺たちすげー」
「でも、どうやって運ぼう? てか、なんて説明するの」
すると、ガサガサと足音が聞こえてくる。
「おい、どうした」
「こっちから魔物の雄叫びが聞こえたけど、何があったお前たち」
そこにやって来たのは先程隠れてやり過ごした村のおじさん達。
ごまかしようが無いので全て正直に話し、全員でイノシシを村に持ち帰った。
その後、あたし達は大人に「よくやったな」と散々褒められた後、みっちり怒られた。