村娘は加護を使う
前世の記憶を思い出してから4年が過ぎ、10歳になった。
この歳になると、午前中は畑や家の手伝いにかり出されるようになる。
午後は曜日によっては村長さん家に行って文字等を教えてもらう時間になる。
曜日は火、水、風、土、木、虫、鉄で、日本と同じように7つに分かれている。一部同じなのは偶然なのかよくわからない。
村の子供たちは毎週、火、風、木の曜日に村長さん家で文字を教わる決まりになっている。江戸時代の寺子屋みたいなものだろうか。他の曜日の午後は自由時間だ。
この世界、家の造りや服装をみると文明はあまり発達しているようには見えないが、こういった取り組みがあるなら、識字率は結構高いのかもしれない。
とはいえ、前世で大学まで進学したあたし(高校時代までは真面目だった)にとっては文字をマスターするのは難しいことでは無く、1年ほどで村長さん家で学べる文字は学習完了してしまった。
(まったく新しい文字なので、そんなに簡単だったわけではないが、若い脳みそで効率的な学習を行った結果学習速度が速くなった)
今は空いた時間は村長さん家にたくさんある本(秘蔵のコレクション)で細かな知識の勉強をしている。まあ、ほとんどの本は娯楽ものなんだけどね。暇つぶしにもちょうどいい。
このコレクションは隠居している前村長の物だ。文字を教えてくれるのも前村長さんで、暇な時間に話し相手になっていると、コレクションを見せてもらえるようになった。
文明レベルは中世ヨーロッパや15世紀前後の日本に近いと思われる。
印刷技術が無いため本はかなり貴重だ。
家や服装を見ても、建築技術や紡績技術はあまり発達していないように見える。
人類はヒューマン(地球人と同じ見た目)以外にも複数の種族がおり、平和を築くこともあれば、差別や戦争を起こしたりもする。
また、魔物と呼ばれる危険な生物もおり、人類の可住領域や流通を制限している。
そして、前世との一番の違いは魔法のような現象があることだろう。
この世界には大気中や生物の体内には魔力が存在し、個人差はあるものの人間はそれを扱い、何らかの現象を発生させることができる。
魔力を使って発生させる現象には魔法、闘気術、加護といったものが存在する。
魔法は前世でもファンタジー作品でよく耳にするが、この世界の魔法は前世のあたしがイメージする魔法とは少し違って独特なシステムになっている。
魔法は誰にでも身につけることができるが、高価な呪文書を必ず購入する必要がある。勉強や訓練をいくらしてもダメで、購入した呪文書を身体に作用させないと魔法を身につけることはできないのだ。なので、魔法を身につけるイコールお金が必要ということらしい。
なんでこんなシステムになっているのかはすっごく謎だ。何か裏があるのか、それとも元々こういう世界なのか……。
闘気術は魔法と違って身につけるのにお金は必要ない。
ひたすら訓練によって身につける事ができ、魔力が身体に作用し、身体能力が上昇するのだとか。
大抵は訓練を行った騎士や冒険者が無意識に取得するらしい。
実際は魔力を体内で循環させたり、筋肉や身体に魔力を纏わせたりすることで身体能力の上昇が起きるらしい。というのは村一番の狩人ロブの話だ。
魔力を感じ取り、意識して動かす方が上達は速くなるそうだ。
加護は魔法や闘気術と違って先天的に身につくスキルのようなもので、教会という場所で加護の有無と内容を調べてもらうことができる。
加護を持って生まれてくる人は20人に1人の割合でそれほど珍しくは無い。
能力の種類は様々で、戦闘に役立つものや、生産に役立つものまである。
魔法と比べて魔力消費が低く、威力は高いため戦闘用の加護を持つ人は重宝される傾向がある。
3つを比べてみると以下のように比較できる。
威力 :加護=闘気術>魔法
汎用性:魔法>加護≫闘気術
この小さな村には教会が無いため、まだあたしに加護があるのかどうか、両親を含めて誰も知らない。けど、あたしは知っている。
死後の世界でくじを引かされ、『見切り』という加護をもらえたのだ。
自分に向かってくる攻撃が近づくと発動するって話だったが、子供同士の喧嘩でも発動しちゃった。
なんというか文字をさっさとマスターし、前村長の面白そうな本を1人で読んでいたので、年上の男の子に生意気だと思われたみたいだ。
突っかかって来たのは一つ年上のリグット。
あたしは教師の前村長から文字習得の合格をもらってから本を自由に読めるようになった。
リグットはまだ合格をもらっていない。
「はんっ、本当は読めないくせにカッコつけんなよな!」
そう言ってあたしが読んでいた本を取り上げるリグット。
ふふふ、本当に子供っぽいなあ。けど、あたしは実際は10歳だけど、精神年齢はずっと歳上なのだ。子供相手に本気で怒ったりなんかは……。
あたしはすっと立ち上がり、無意識でリグットをひっぱたいた。…あれ?
「な! なにするんだ、このやろー」
「うっさい! 本返せ」
「なんだとー」
リグットが振り上げた手をあたしに向けた瞬間、周りの景色がスローになる。
振り下ろされた手を余裕で躱し、横からちょこんと押すと、リグットは思いっきり転んでいった。初めて加護『見切り』が発動した瞬間だった。
しばらくすると冷静になり、自分のしたことが恥ずかしくて顔が真っ赤になる。
何でこんなに頭に血が昇ったのか?
リグットは大怪我はしなかったものの少し怪我をした。自分でも驚くほど感情のコントロールができない。
最近気づいたのだが、どうも体につられて精神も幼くなっているような気がする。
子供同士の鬼ごっこや単純な遊びでも楽しんでしまう。前世の自分ならこんな単純な遊びを楽しむことは無かっただろう。
ちなみに、初めて発動させた加護『見切り』なのだが、周りがスローに感じるぐらい自分自身のスピードと同時に思考も上昇するため、予想以上に強力な加護のようだ。
確かにこれは戦闘用の加護だ。
もし、ずっと農業を続けるなら必要の無い加護でもある。どうしようかな?