村娘はヤマイヌと戦う
合同パーティーを組み森の中へ狩りに行った際、Fランク4人組が勝手に別行動を始めてしまい、あたしたちとはぐれてしまった。
村に戻っても、4人は戻ってきておらず、翌日皆で捜索をすることになった。
本当に迷惑な奴らだ。帰り道もわからないのに別行動なんてするんじゃないよ、まったく。
まだ暗いうちから叩き起こされてあたしは不機嫌だ。あいつら見つけたら絶対お仕置きしてやる。
「よう、今日はよろしくな」
「あ、よろしくお願いします」
この人はDランク冒険者のホバーさん。30代ぐらいの一回り年上の男性だ。この森には何度も入ったことがあるらしく、中の地理もだいたいはわかるらしい。なので、今日はあたしと一緒に行動することになった。
「こちらこそ、よろしくですわ」
そして、今日はクリシアも参加するらしく、あたしとクリシアとこのホバーさんの3人で臨時のパーティーを組む。
「怪我は大丈夫?」
「ええ、左手は相変わらず動かせないけど、それ以外は問題ありませんわ。歩くのも走るのも平気よ」
全身の細かな傷や打撲はほとんど治ったようだ。
だけど、左手の骨折だけは常備している傷薬や軟膏では治せない。こういった重い傷は高価なポーション、もしくは神官の治療魔法でないと治せない。
今は骨を整復し、木と布で固定している。
自然治癒だと時間がかかるので、本来なら今日クリシアは街へ帰り、教会で治療するはずだった。だけど、あの4人が遭難したので、『探知』の加護を持つクリシアが必要になったのだ。
怪我してるクリシアに負担をかけないために、あたしとホバーさんで近づく魔物を追い払う予定だ。
捜索隊は全部で10人。
昨日4人とはぐれたところまで移動し、そこからそれぞれ別々の方向に別れて捜索に向かう。
あたし達は東の方へ歩を進める。
歩きはじめて2時間ほど。クリシアが何かを見つける。
「あら、こっちの方に開けた場所があるわ。人の手が加わっているような気がしますわ」
付いていくと、確かに開けた場所があり、人の痕跡もある。焚き火の後や草を刈った後。ただ……。
「うーむ、こりゃあ何週間も前のものだな。あの4人とは関係なさそうだ」とホバーさん。
「そうですわね。こっちの方には来ていないのかしら」
「さーな、まだわからん」
でも、だとしたらいったい誰が何週間も前にこんな所に来ていたのだろう?
数週間前なら魔王出現時期とかぶる可能性もある。
ふと下を見ると、キラッと光るものがあった。
なんだろ? 屈んで拾って見ると緑の半透明のガラスのような物が落ちていた。ひし形をしたそれは何かの装飾品のようにも見える。
「ほお、それは魔石を加工したものだな。む、小さいが魔法陣も見える」
へー、ホバーさんベテランだけあって物知りだな。
「それじゃあこれって魔道具なんですか?」
「うむ、だが魔法陣を物体に固定するのは極めて難しいから、一度しか使えない使い切りの魔道具の可能性が高いだろうな」
「どんな効果があるかわかります?」
「いや、俺にはわからん。街で専門家に見てもらった方がいい。拾ったのはお前だからお前のものにすればいい」
「え、でもパーティーを組んだんだし、3等分するべきじゃ」
「いや、報酬はクランから均等に分けられる。臨時のパーティーなんだから道中で拾ったものは各自自分の懐に入れておけばいい」
というわけで、この正体不明の魔道具はあたしがもらっておくことになった。この世界、物を落として放っておくと取られても文句は言えない世界なんだな。
それから歩くこと2時間。
「だいぶん奥の方まで来てしまったな。人の痕跡もあれから全然無いし、そろそろ引き返すか」
「そうですわね」
「了解」
だが、引き返してすぐクリシアが魔物の接近に気づく。
「魔物が近づいてきましたわ。……っ! 10匹、いつのまに!」
「なに、10匹だと」
「ええ、それに囲まれてますわ」
なにそれ、やばくないか。
「むう、こっちからは見えない位置に陣取っているな。気づかれない内に獲物を囲んで狩りをする。おそらくヤマイヌだな。ちっ今日はついてない」
ヤマイヌ……。確か単体ではEランクの魔物だけど、群れだとDランク相当の危険度だって聞いたことがある。トルク村の近辺では出会ったことは無いけど、もし遭遇したら戦うのも逃げるのも難しいから、木に登って助けが来るまで待て、と言われていた。
それだけ厄介な魔物なのだ。おそらく森の浅層ではもっとも危険な魔物だろう。
一瞬茂みから茂みに移動する影が見えた。姿はほとんど見えない。こちらに気づかれることなく逃げ道を塞ぐ。結構知能も高いのだろう。
「10匹相手だと、分が悪い。お前ら木に登れるか?」
「ごめんなさい。元々木に登るのは得意じゃないのだけど、片手が使えない今は無理そうですわ」
そうだった。クリシアは左手の骨折が治っていない。
「そうか。仕方がない。リアナだったな、俺達で追っ払うぞ」
「わかった。役割はどうする?」
「幸い向こうはまだ仕掛けてこない。混乱魔法を使う。お前は飛びかかってきた一匹目を防いでくれ。二匹目以降は攻撃を防ぐことだけに集中しろ」
「了解」
混乱魔法ってなんだろ? まあ、勝算があるなら指示に従おう。
「武器強化」
「コンフュージョン」
後ろから魔法を唱える声が聴こえる。クリシアも戦うようだ。無理をさせてしまうがこの状況だと仕方がない。
ホバーさんは大きめの盾を構えている。盾を使って攻撃するのかな?
あたしは弓とナイフを両手に構える。矢はつがえない。弓の木製部分を棍棒代わりに使う。ちょっと乱暴な使い方だけどこの際仕方がない。
周りを見渡すと少しずつ殺気のようなものが高まってくる。
そろそろ仕掛けてくるな。
根拠はないけど、あたしの全身の感覚がヒリヒリとしたなにかを感じている。
音も匂いもしない。けど…………これは闘気だ。ごく僅かだが感じる。
飛びかかる直前。全身に力を溜め込み、今にも爆発させようとしている。
この感覚の変化にのみ集中する。
…………来た!
左後ろから一匹目が飛びかかってきたのと同時にあたしは動いた。
弓で横っ面を殴りつける。
「ギャンッ!」
あたしの動きを予想していなかったヤマイヌは弾き飛ばされて、そのまま逃げていく。
大きさは60cm程度、確かに一匹相手ならそれほど強くない。
だが、二匹目、三匹目が間髪入れずに飛びかかってきていた。
ホバーさんは盾で正面からヤマイヌを弾き飛ばす。
もう一匹はクリシアに飛びかかっていて、クルシアは円盾で噛みつかれるのを防いでいる。
すぐにホバーさんがそいつを弾く。
だが、四匹目、五匹目、六匹目、七匹目と次々に襲い掛かってくる。
こうなると、もうこっちは連携が取れなくなる。
あたしは弓で噛みつきを防ぐが、そこで弓をへし折られてしまう。弓がなくなると、あたしはもう『見切り』で攻撃を躱すことしかできなくなる。
躱すだけなのでクリシアへの攻撃を防げない。
そして、ホバーさんは足や腕を噛まれながらも、盾でヤマイヌを次々に弾き飛ばしていく。
クリシアも片手でなんとかヤマイヌの攻撃を防ぎ続ける。
10匹いるヤマイヌが一通り攻撃した後だろうか。
2回目の攻撃に対して身構えるも相手の様子がおかしい。
「ガ、ガウウ……」
攻撃前は上手に身を隠していたヤマイヌの半数以上が身を晒し、なにやら困惑したような唸り声を上げている。
「い、今だ! 攻撃を仕掛けろ!」
ホバーさんが声を上げる。
たぶんホバーさんが何かをしたんだ。
あたしは近くにいる奴から順にナイフと蹴りで攻撃を仕掛けていく。
ヤマイヌ達はまったく連携が取れなくなっており、あたしは1対1で次々とヤマイヌに傷を負わせていく。
「キャンッ、キャゥン!」
傷を負ったヤマイヌが次々と逃げていく。
ほとんどが逃げていき、内2匹だけは致命傷により地面に倒れる。
しっかり止めを刺した後、安全を確認しホバーさんとクリシアの方に戻る。
ホバーさんは複数の噛み傷を負い、動けないようだ。
「お前さん、なかなかやるな。おかげで助かったぜ」
「いえ、ホバーさんのおかげです。それよりも傷は大丈夫ですか?」
「なに深い傷はない。ちょっと痛いけど大丈夫だ」
確かに急所は上手く守ったみたいだけど、手足には幾つもの噛み傷がある。血も結構出ているから急いで手当をしないと。
塗り薬をつけて布を巻く。どうやって作っているのかわからないが、この世界の塗り薬は消毒と止血もしてくれるのでとても助かる。
「あ、クリシアも噛まれてるじゃない」
「私はホバーさんほど酷くないから後でいいわ。リアナは避けきったのね」
「ごめん、途中から避けることしかできなくて守れなかった」
「いいのよ。リアナが無傷でいたから、最後、混乱したヤマイヌたちを追い払うことができたのだから」
「そうだ。わしの混乱魔法は持続時間が短い。わずかな時間で奴らに傷を負わせたお前のおかげだ」
「そうだったんだ。あたしは必死だったからなんで上手くいったのかわからなかったよ。でも、ホバーさんの混乱の魔法ってすごい効果ですね」
「いや、それほど便利なものでもない。知能が高く数匹で連携するような魔物にしか役に立たない。ヤマイヌには効果てきめんだったがな」
なるほど、効果がある魔物は限定されるのか。
でも、今回はこの魔法によって助かった。結構危ないところだったよ。
「おーい、誰かー、助けてくれー」
「ん? 人の声がする」
「ええ、木の上に人がいますわ」
「この声って……」
「例の4人ですわね」
「もしかして、戦闘前から気づいてた?」
「ええ、でも緊急事態でしたから、後回しでも良かったでしょ」
「……まあ、そうかも」
うん。大変だったんだから、後回しにされた4人を可哀想とは思わないね。
「た、助かったー」「良かったー」
「……ぐす」「帰れないかと思ったよー」
疲れきった表情で安心する4人。こらこら、まだ安心するには早いぞ。
「で、なんであんな所に?」
「だ、だってよー。夜の森とかすごく怖くて……変な鳴き声とか聞こえるし……木に登らないと安心できなくて……」
どうやら昨日の夜からずっと木の上らしい。
別にヤマイヌに気づいたわけでもないようだ。こいつら運がよかったな。
「で、どうして昨日、別行動なんてしたの?」
「……いや……なんていうか……まあ、そんなことより」
「吐きなさい」
「ひっ……ごめんなさい。正直に言うと手柄を立てて訓練をちゃらにしたかったんです」
詳しく話を聞くと、団長の訓練が厳しいため、それを逃れたくてやったらしい。このまま役に立たないと思われると、訓練を一からやり直すことになると思ったそうだ。 最初のゴブリン相手には醜態を見せてしまったけど、もう一度チャレンジすれば絶対うまくいくはずだってことで、こっそり魔物の狩りをしようとしてこんなことになってしまったのだという。
ちなみにはぐれてしまったらどうやって帰るのか、まったく考えていなかったらしい。
ゴツッ
「痛い……」
この男また殴られている。
その後、ホバーさんに肩を貸しながら、あたし達はなんとか無事に帰ることができた。
それにしても、今回のことで思ったよ。森の浅い層でも油断はできないんだな。
クリシアやホバーさんの傷を見て思う。あたしは甘かった。
訓練をサボっておいて気楽に冒険者なんてできない。
この先冒険者を続けるなら、もう一度しっかり訓練をするべきか……。
それとも、もう冒険者なんて辞めちゃおうかな……。
……いや、まてよ。
魔法がある。
クリシアの『武器強化』にしても、なかなか便利なものだ。
あたしには『見切り』の加護がある。そこに魔法を加えたら、楽に狩りもできるはず。
よし、この先どうするかは魔法の購入を検討してからにしよう。
「ウッフッフ……」
「どうしたの?」
「いや、なんでもない……」
「……?」
あぶないあぶない、楽ちんな人生計画を考えていたら顔に出てしまった。
今クリシアにあたしの考えを話したら、「それなら一緒に訓練しますわよ」なんて言われそうだ。
「なんだか都合のいいことを考えていそうですわね」
そ、そんなことないよ。




