村娘は6歳で思い出す
ある日の朝、6歳になる農家の娘リアナは突然叫びながら目を覚ました。
「赤ん坊スタートはいやだー!!」
「……はっ!?」
僕の絶叫で周りで寝ていた家族が起き始める。
「どうしたの? リアナ。怖い夢でも見たのかしら」
「急に大声でどうしたんだ、リアナ? 起きちゃったよ…」
「…うーん、眠い…」
「ふわーあ、よく寝た。今日も畑を耕すぞ」
家族全員同じ部屋で寝ているため、僕の絶叫は家族全員を起こすことになった。
父、母、3人の兄弟。その中で僕は、いや、あたしは3人目の娘として生まれたんだ。
呆然としながらも僕、いや、あたしは状況を確認する。
昨日、何して遊んだのかも晩ご飯の内容もしっかり覚えている。
両親は農業で生計をたてており、時々手伝いをしたことも覚えている。
うっすらとだが、父や母に抱っこされている記憶もある。
だけど、今はリアナとして6年間生きた記憶とは別にもう1つ違う記憶がある。
昨日までは一切思い出すことの無かった記憶……日本で21歳まで生きた記憶とその死後の世界で管理者と話した記憶だ。
今日の朝突然思い出した。
えーと、僕、いやあたしは異世界に転生して……えーと、僕、いやあたしは……。
あ……目が回る。
「え!? リアナ? どうしたの、リアナ!?」
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あたしは丸一日ほど意識を失っていたらしい。
おそらく急に前世の記憶を思い出したことであたしの脳ミソは情報を処理しきれなくなって、ショートしてしまったのだろう。
今は丸一日寝たことで、記憶が統合され頭がスッキリしている。
前世の記憶があるといってもあたしはあたしだ。
前世では自分のことを「僕」といっていたわけだけど、今の一人称は「あたし」だ。今さら変えるとしっくりこなくなる。
まあ、性別が変わってしまうとは思ってなかったな。
確か死後の世界で生まれる種族や地域、性別は運任せでどうなるかわからないって言っていたからこれは仕方のないことなのだろう。
ああ、でも本当に股間にあったものが無くなっている。まあ、物心ついた時から無かったんだけど。でも、一度も活躍することが無かったのは残念なことだ。さらば、息子よ…。
正直、女になったことについてショックは受けていない。
多分、6歳の今まで前世の記憶が無い状態で女の子として育てられて来たからだろう。
6歳だとまだ身体的に男女の違いが出てこないことも理由かもしれない。
自分が成長して体が女性っぽくなっていったら、あたしはそれをどう思うようになるのだろう?
今はまだこのことを考えるのはちょっと怖い。いったん考えるのは後回しにしよう。
それはともかく、親に捨てられることも、餓死することも無く平穏無事に生きてこられたことはむしろ運が良かったのだと考えたい。
今も家族は丸一日意識のなかったあたしをすごく心配してくれている。
布団から身体を起こし、改めて家の中を見回す。小さな村で農家をしているあたしの家は狭く簡素な作りで、あまり裕福な生活では無いことがみてとれる。
「あ、リアナ。もう起きても平気なの?」
食事の準備をしていたお母さんがあたしに気づいて心配そうに声をかける。
さすがに丸一日意識が無かったため、とても心配したそうだ。
「うん、もう平気。身体も軽く感じるし、ちょっとお腹が減ってきちゃった」
「あらそう、本当に心配したのよ。じゃあ、もうすぐご飯ができるからお父さんたち呼んできてくれる」
「はーい」
外に出ると父と上の2人の兄弟が畑で雑草を取っていた。
「お父さん、ジョセ兄、トム兄もうすぐご飯ができるよー」
「おー、ちょっとまて、すぐ行く。リアナはもう平気なのか?」
「うん、もう平気。体調も今はすっごくいいよ」
「そうか。まったく、心配かけやがって」
「お、リアナ。よくなったのか?」
「リアナがあんなに寝坊助だったなんて知らなかったよ」
ジョセ兄とトム兄も作業を切り上げてあたしの方にやって来た。
お父さんや2人の兄にもだいぶん心配をかけてしまったみたいだ。
1つ年上のジョゼ兄はやんちゃな性格でたまに意地悪をしてくる。
3つ年上のトム兄は落ち着いた性格であたしにすごく優しいので大好き。でも、記憶を思い出してからはちょっと複雑な気分。
父の名前はオルジ。あたしから見てもすごく優しくて甘々なお父さんだ。大好きだけど、今はやっぱり複雑な気分だ。
家に入ると食事の準備が終わっていたので、家族5人で食事の時間になる。
けっして豪勢な食材では無いのだけれど、お母さんの作る料理はとても美味しい。
うさぎと豆のスープとパンに自家製の野菜の漬物。
スープは臭みもなく肉の旨味が引き出されており、パンをつけて食べるとちょうどいいあんばいになっている。酸味の強い漬物もこのパンとスープにはすごくよく合っている。
ありきたりな素材でも素朴な旨味を引き出すお母さんの技は本当すごい。
昨日とは違い今は前世の食事の記憶はあるものの、今のお母さんが作る料理の美味しさが霞むことは無い。
「おかわり」
「あ、俺もおかわりー」
「はいはい、まだたくさんあるから慌てなくても大丈夫よ」
そういえば、こうやって2人の兄とおかわりを競うのもいつもどおりだなぁ。
ふと前世の家族のことを思い出す。
何不自由のない生活を送らせてくれて、大学まで進学させてくれた。本当にあたたかい家族だった。それなのにあたしは親孝行すること無く死んでしまった。思えば思春期に入ってからは反抗ばかりしていて、両親の誕生日だって何一つしたことがない。
大学に入ってからは自堕落な生活を続け、最後はよくわからない原因で交通事故で死亡。
後悔することがたくさんある。
せっかく生まれ変わった今世ではこんなふうに後悔したくはない。
人生の目標は今世でもまだ定まってはいない。
でも、あたたかい家庭を作ってくれる両親への恩返しをするまでは絶対に死なないようにしようとあたしは誓った。