村娘は冒険者になる
「いつまで寝てるの! ほら、起きろ!」
今日はいつもよりずっと早い時間に叩き起こされた。
「う、うーん……。……トリスお姉さん?」
「そうよ。ちょっと付き合って欲しいとこがあるから迎えに来たのに、いつまで寝てるのよ」
「うーん、むにゃむにゃ……、でも、太陽の位置がまだ全然低いじゃないか……」
「いや、全然高いし。てか、皆明るくなったら起き出しているんだよ。太陽が真上に来るまで寝ているリアナちゃんが寝すぎなのよ」
「うーん、あと10分寝かせて……」
「はぁーまったく、ずいぶんだらけちゃって……。村にいた頃は真面目なタイプかと思っていたのだけどな」
「ほらよっと!」
バフッ! ドシャッ!
「イタ……」
体に巻きつけた布団を力技で引っぺがされて、床に叩きつけられる。
「ほら、さっさと支度して。どうせ今日も仕事する予定はないのでしょ」
あたしのだらけた生活はトリスお姉さんの襲来によって終わりを告げる。
1階の酒場で早めの昼食をとったあたし達は西門の方へ向かう。
いつもはまだ寝ている時間なので、頻繁にあくびが漏れる。
「どこに行くんですか?」
「教会にいくのよ。でもその前に衛兵の宿舎によっていくわよ」
「衛兵の宿舎?」
西門の隣に建てられた衛兵の宿舎に入ると、奥の牢の中では知っている顔が縛られていた。
「あれ? こいつら昨日あたしを襲ってきた……」
「やっぱりそうか……。念の為、確認してもらってよかったわ」
「あれ、なんで知っているんです?」
確か昨日、あたしを待ち伏せて何処かに連れて行こうとしていて、あたしが返り討ちにボコボコにしてやった奴らだ。
「こいつらの1人が吐いたのよ。いつも広場で歌ってる姫が深夜によくここを通るから攫ってしまえって計画したそうよ」
「へーなるほど、結局捕まっちゃったんだ」
「へーなるほどじゃない! こういう奴らは野放しになったら絶対に復讐とかしてくるんだから、ぶっ殺すか衛兵に突き出すかどっちかにしなさい」
「う、うん。わかった……」
トリスお姉さんは過激だなぁ。衛兵さんも困った顔してるよ。
あたしが返り討ちにしたこいつらだが、前科がいくつもあり、道端で伸びていたところを衛兵に捕まったそうだ。
確認が終わったら用はないのかトリスお姉さんはさっさと次の目的地へ歩きだす。
「ほら、もたもたしない。さっさと歩く!」
今日のトリスお姉さんはなんだか当たりがきつい。
街の北西の端の方まで来ると、テッペンに女神像が立てられている周りとは趣の異なる建物が見えてきた。
メリアーナ教、この大陸の人間の国家の中で大きな影響をもつ宗教で、女神メリアーナを崇めている。街や大きな村には必ずこのメリアーナ教の教会が建てられており、多くの人々が信仰している。
メリアーナ教の教会は同時に様々な活動もしている。主に怪我や病気の治療をすることもあれば、子供に文字を教えたり、貧しい人々に炊き出しを行ったりもしている。
その中で最も有名な活動は“加護の見定め”だろう。教会で洗礼の儀式を行うことで、その人の加護の有無と加護の内容を教えてくれるというものだ。
あたしはまだこの洗礼の儀式に行っていない。トルクの村にはこの教会が無かったため、行く機会がなかったのだ。
「聞いたよ。まだ、教会で洗礼の儀式やってないんだって。せっかく街にいるのだからすぐ行けばいいのに」
「えー加護があるのはもうわかってるから、行く必要ないかなって……。……面倒だし……ちょっと遠いし」
自分に加護『見切り』があるのはすでに知っているのだから、行く意味もないと思っていた。
……面倒だし。
「はあ、リアナちゃんって一度だらけるとこんなにダメになっちゃうんだね……」
教会に入ると、中は広い空間になっていて、中では数人の人が祈りを捧げている。
トリスお姉さんはその中をスタスタと歩いていき、端の方で座っている女性の神官に声をかける。神官は頭にフードをかぶっていて表情がよく見えない。
「すみません、この子に洗礼の儀式をしていただきたいのですが、今からでも大丈夫ですか?」
「はい、今からでも大丈夫ですよ。お布施として500ルニー頂きます」
「はい、どうぞ」
そう言ってトリスお姉さんは銀貨を5枚神官に手渡した。
「え、そんな、払ってもらうなんて悪いですよ」
ていうか、今さら加護なんて確認してもらう必要無いのに……。
500ルニーは宿に二晩食事付きで泊まれる金額だ。
「気にしなくていいから、確認してもらいなさい」
有無を言わせずに奥へ連れ込まれる。
奥の部屋は10畳ぐらいの広さで、真ん中には小さな浅い池があり、水が張られている。
少し薄暗い中、その池の周りだけ明るくなっており、神秘的な雰囲気を漂わせている。
「では、まず裸足になってこの水の中に入ってもらえますか」
言われたとおり裸足になって池の中に足を踏み入れる。水面が足の脛の中間あたりにくる深さで服は濡れずに済みそうだ。
前を見ると、神官が同じように裸足になって池に入ってくる。神官が着る修道服は全身をすっぽり覆っていて、スカートも足元まで伸びている。
今はその長いスカートを膝までめくり上げていて、生足が見えてちょっとエロい。
目の前まで来た神官が頭を隠していたフードを取り、髪も下ろす。
うわっ、すっごい美人!
腰まで伸びたプラチナブロンドの髪はウェーブがかかっていて、青い目と合わさって神秘的な雰囲気がある。鼻筋の通った美しい顔立ちに曇りひとつ無い白い肌。
あたしもトリスお姉さんも美人といえば美人だけど、こんなタイプの美人はあまり見たことがない。どこかの貴族の令嬢みたいだ。
「申し遅れました。私神官のエリーゼと申します。あなたの洗礼の儀式を務めせていただきます。あなたのお名前を聞かせてもらっていいですか」
「…………はっ、えっと、あたしはリアナと言います」
やば、見惚れてしまって反応が遅れた。
「ふふ、リアナさん。いいお名前ですね」
うう、笑われてしまった。
「では、儀式を始めますよ」
そう言ってエリーゼは両手であたしの手を握る。
あ、そういえば、洗礼の儀式って何をするのか聞いてなかった。
「目を閉じてしばらく待ってください」
言われた通り、目をつむる。
でもこんな美人と息がかかるぐらいの距離で手を握り合って目を閉じているのって、なんだかドキドキするな。
前世ではこんな経験一度も無かった。できれば男だったときにこんな経験したかった。
いや、今世でもこんな経験は何度でもしたいな。
「はい、終わりましたよ」
くだらないことを考えているといつの間にか終わった。
「リアナさん。あなたには加護があります。戦闘用の加護ですよ」
うん知ってる。
結局、わかった内容は死後の世界で管理者から説明された内容とほぼ一緒だった。
この後、加護の名前と内容も説明を受けるけど、新しくわかった内容も無かった。
もう終わりかな、って思っていたらトリスお姉さんがまた神官に声をかける。
「それじゃあ証明書も作ってもらっていいですか?」
「はい、分かりました。少し待っててください」
「…証明書?」
「うん、自分が加護を持っているっていう証明書だよ。これがあると冒険者登録に有利だし、パーティー登録とか依頼の受注とかいろいろ有利になるよ」
なるほど、教会で加護を見てもらうとこんな利点があったんだ。
「どう? 見てもらって良かったでしょ」
「はい、ありがとうございます」
「それに、ちょっといい経験もできたでしょ」、とウインクをするトリスお姉さん。
う、まあ、確かにいい経験だったかも。
メリアーナ教め、なかなかやりおる……。
「怪我をした時はいつでも来てくださいね」
別れる際にもそう言ってくれるエリーゼさん。あたしもまた会いたいな。
さて、トリスお姉さんの用事も済んだことだし……。
「じゃあ次は冒険者ギルドにいくわよ」
「え?」
「え、じゃないでしょ。そろそろギルド内も落ち着いてくることだし、訓練場もあるのだから、毎日行かないと。ずっとだらだらしてたら、リアナちゃんデブになっちゃうよ」
拙者、まだ心の準備ができないでござる……。
「こら、どこへ行く!」
結局、首根っこを掴まれて冒険者ギルドに連れて行かれる。
冒険者はこの世界に多く生息する魔物を討伐することを主な仕事とする人たちで、冒険者ギルドはこの冒険者達に対して民間人や国からの依頼を仲介する組織である。
国家を超えて存在する組織ではあるけれど、国によってその運営方針はまちまちである。
この国では大きめの街には必ず支部が置かれており、魔物に対する重要な抑止力になっている。
冒険者は上から順に S、A、B、C、D、E、F、とランク分けされていて、ランクによって受けられる依頼が変わる。
魔物も同様にS~Fランクに分けられていて、同じランクなら4人前後のパーティーで討伐が可能であることを基準にランクが作られている。
この街の冒険者ギルド、サウスプント支部は東門近くの大通りから少し横道に入ったところにあり、武器、防具、鍛冶屋の他、素材の買い取り業者などの冒険者向けのお店も東門付近に集中している。
3階建ての大きな建物で1階の半分が酒場のようになっている。
トリスお姉さんの後ろに続き中に入る。
テーブルには厳つい感じの男が何人か座っていて、お酒も入っているせいか、わりとにぎやかだ。入ってすぐこちらを見る視線が複数あったが、すぐに興味を失ったように視線はなくなる
半分はカウンター状の窓口が3つあり、背後の壁には依頼が書かれた紙がいくつも張られている。
トリスお姉さんはまっすぐに開いている窓口に向かったのでそれに付いていく。
「ごめんなさい。いろいろと処理が滞っていて、まだ冒険者の新規登録ができないの。後数日あれば登録もできるようになると思うの。少しだけ待ってもらえないかしら」
申し訳なさそうに言う窓口のお姉さん。
なーんだ。じゃあ仕方ないね。今日のところは帰……。
「この娘、戦闘用の加護があるの。はい、これが証明書。どうかな、ちょっと優先してもらえる?」
「なるほど、わかりました。少しお待ち下さい」
え、そんなのありなの?
「おまたせしました。試験官も少しなら時間が空きそうです。今からでも大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫ですよ」
「では、こちらに」
なぜかとんとん拍子に話が進む。あたし、何も答えてないのだけれど……。
あたしは冒険者ギルドの裏にある訓練場まで案内された。
訓練場は一周100m程度の広さで、真ん中には藁でできた、訓練用の人形がある。
「試験官のゴズリーだ。普段はランクの査定などもやっている」
「あ、よろしくお願いします」
「うむ、試験とは言っても冒険者としてやっていける体力と根性を見るだけの試験だ。気楽にしてくれ」
実際、訓練内容は体力を測るようなものだった。
訓練場内を何十周も走らされる。
やば、もう息が上がってきた。
「ふむ、体力はなかなか」
「あらま、めちゃくちゃなまってるじゃん」とトリスお姉さん。
「次は人形相手に攻撃してみろ」
木刀で人形の頭を潰す。
「ふむ、闘気もなかなか」
「全然ダメね」
トリスお姉さん、評価が厳しい。
「よし、最後はわしと模擬戦だ」
ふう、ようやく最後か……。後は適当に……ってこのおっさんめっちゃ強い。
「あー弱くなってるねー」
終わったらもう体がボロボロ。
もう、やってられない。登録だけして明日からはまただらだら生活してやる。
「はい、リアナさん。こちらが冒険者カードです。今日からあなたはFランクの冒険者になります。くれぐれも冒険者カードは紛失しないように気をつけてください」
受付でもらった冒険者カードはなんか思っていたよりもずっと地味だった。
はぁ、……ついに冒険者になってしまった。
特に目標も無いし、やる気も無いのに、なってしまってよかったのだろうか。
そういえば、村にいた頃はなんであんなにも狩りに夢中だったのだろうか?
狩り以外に娯楽が無かったのもあるかもしれない。
でも、それだけじゃなくて…………。
いや、本来あたしは元々怠け者だったはずだ。
前世の自分を鑑みるに、村で精力的に訓練と勉強をしていたあたしの方があたしらしくないのだ。
冒険者に登録してしまったけど、別に朝から晩まで泥臭く働く必要なんて無いのだから、今まで通り……。
「よし、次は防具を揃えるからね」
なぜか執拗にあたしを冒険者にしようとするトリスお姉さんを振り切るのはちょっと難しそうだ。




