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(6)銃剣勝負

「では、殊刃様。ご武運を」

 16時15分。生徒会室で待機していた九陸先輩に怪盗ブラパンの身柄を預けると、俺達3人は勝負の地へと場所を移した。

「『欲望現出空間オーダーメイド・エリア』は、特殊ルール無しのダイレクト・エリアで構わないわね?」

 屋上へ着くや否や、殊刃先輩は意味不明な単語を並べながら懐から鍵を取り出した。この扉は七夏の所為で施錠されていないので鍵は不要な筈だと思ったが、良く見たらその鍵は何やら変梃な作りになっていた。

「……何ですか、その変な鍵は?」

「ブラパンのターゲットである栞本先生が所持している魔技具、『現実逃避のエスケープ・イン・ハルーシィネーション』よ」

 俺の疑問に、七夏が答えてくれた。

「相変わらず、準備が良いのね」

 しかし、能力までは教えてはくれずに、七夏は俺から殊刃先輩へと会話の相手を移してしまう。

「まぁね。貴女達が変態と鬼ごっこを始める前に、栞本先生から借りておいたのよ。……念の為の準備だったけれども、やっぱり、私と貴女は戦う運命にあるのかしらね」

「さぁ、どうなのかしら?」

 静かな口調の裏から闘志の溢れる殊刃先輩のその言葉に、七夏は曖昧に答えて首を竦めた。その反応が予想通りだったのか、殊刃先輩は肩透かしを食らった風に、大袈裟に溜息を1つ吐く。

「これから勝負するってのに、ノリが悪いわね」

 そう言って殊刃先輩が手の中で弄んでいるの鍵は、何故か持ち手の部分にマイクロSDを差し込める様になっている。その奇抜な構造と、七夏に教えて貰った魔技具の名前と、殊刃先輩が羅列している言葉から、大まかな能力は当たりが付いた。だから、わざわざ2人に1からの説明を求める必要はないだろう。答え合わせは、能力を直に拝見させて頂く事で済ませれば良いしな。百聞は一見にしかず、だ。

「で、行き先はさっき言った通りで良いかしら?」

「お好きにどうぞ」

「じゃあ、決まりね」

 俺が考え事をしている内に、2人の間で何やら話しが纏まった。どうやら、いよいよ勝負が始まるようだ。

「死闘でも、血戦でもない……。けれども、これから繰り広げられる、欲望に塗れた私達の私闘の決戦は、生半可な覚悟では直視する事すらも適わぬ程に、激しく、されども、それはとっても美しく――」

「御託は良いから、早くしなさい」

「……やっぱり、ノリ悪いわね。まぁ、良いけどさ」

 そう言う割には、口上を中断されて露骨に不満げな殊刃先輩が、現実逃避の鍵を扉の鍵穴へと差し込んだ。そして、静かに扉は開かれる。

「……」

 目の前に広がるのは、早くも馴染みの場所の屋上だ。勝敗に自分の未来が掛かっている大一番のステージは、全ての始まりであるこの屋上こそが相応しい。けれども、俺の推測が正しければ、この屋上は現実の屋上ではない筈だ。

「ここは、魔技具が作り出した仮想空間……で、良いんですよね?」

 パッと見でも、現実との相違点はすぐに分かった。数キロメートル先の光景が、黒に塗り潰されて何も見えない。と言うよりは、『無』が広がっていると言った方が適切だろう。

「開けた扉の先に広がる、現実のスペース。それをベースとした仮想空間を創造するのが、『現実逃避の鍵』に備わる能力で――」

 この屋上からの展望が、俺の推測の骨組みが正答であった事を、暗に証明してくれる。

「再現が可能な範囲は、扉を中心とした半径数キロメートル……と言った所でしょうか」

 それに加えて、この異様な光景を目の当たりにした事で、骨組みに新しい推測を肉付け出来た。

「えぇ、その通りよ」

 俺の言葉に、七夏が小さく頷いた。

「ここでなら、いくら暴れても現実世界には影響が出ないし、自分達も怪我をする心配は無いからね」

「尤も、相応のダメージはキチンと受ける様に設定してあるから、本気でやらないと痛い目を見るのは、現実世界と同じだけれど。仮想空間から抜けたからと言って、痛みが消えるなんて甘い事は無いからね」

 七夏の言葉に続いて、殊刃先輩がそう言った。その言葉の中の単語からマイクロSDの存在意義についても確信が持てたが、今はそれ程重要でもないので、確認するのは後にしよう。

「――さて、本筋から逸れたお喋りはこれくらいにして」

「えぇ、始めましょうか――」

 この場の主役達も、こう言っている事だしな。

「頼んだぞ、七夏」

 呟く俺を扉の前に残して、2人は並んで前へと進む。そして、中央付近で左右に別れて間合いを取ると、銃と剣、対照的な獲物を構え、同じ言葉を口にする。

「「いざ、尋常に勝負!」」



   §



 勝負が始まって先に動いたのは七夏だった。

「……の前に、1つ聞いても良いかしら?」

 動いたのは、手ではなくて口だけど。

「全く。調子狂うわね……」

 殊刃先輩は意表を突かれて威勢を削がれたのか、構えが崩れて呆れ顔になってしまった。そしてそれは、俺も同じだった。

 マイペースも度が過ぎてしまうと自己中なので、気を付けて欲しいが言ってもきっと無駄だろう。それに、一応は真剣勝負の真っ最中なので、傍観者である俺は、手は勿論の事、口も極力出さないつもりだ。だからここは、敵ではあるが殊刃先輩に任せよう。話しをするのも拒むのも、選択するのは彼女の自由だ。

「で、何よ?」

 殊刃先輩が選んだのは、会話だった。話しの内容が気になると言うよりは、拒んでも、七夏はしつこく質問を投げ掛けてくると判断しての事だろう。真剣勝負の末に七夏に打ち勝つ事が望みである殊刃先輩にとっては、どちらか一方でも勝負に専念出来ない事態は避けたい筈だ。だから、たとえ不本意でも会話をせざるを得なかった。七夏がそこまで考えての事かどうかは分からないけど、結果として、殊刃先輩は七夏のペースに乗る事となる。これが吉と出るか凶と出るか、はたまた大した影響は及ぼさないのか。それは、七夏の話す言葉の内容次第だろう。

「さっき、ブラパンとしぃ君に向かって電撃を放っていたけれど、あれは本気で攻撃したの?」

 七夏の口から出た言葉は、この場には余り関係が無さそうなものだった。殊刃先輩も七夏の真意を測り兼ねるのか怪訝な顔をしているが、それでもキチンと答えを返す。

「まさか、そこまで鬼畜じゃないわよ。当然、手加減したわ。威力は精々、改造を施した違法スタンガン程度かしら? 普通の人間でも、数時間気を失うくらいの良心的な攻撃よ」

 悪い笑顔を浮かべる殊刃先輩のその言葉に、恐怖を感じて身の毛が弥立つ。子供の頃、晶に護身用のスタンガンで悪戯された事があったけど、何も手を加えていないスタンガンでさえも、恐ろしい程の威力を誇る。それなのに、あの『閃電槍波』とか言う殺意に溢れた攻撃を良心的だと――?

 言葉に嘘がなければ死ぬ事はないのであろう。けれども、そう言う問題ではない。

 一旦波の引いていた怒りが、再び俺の中で燃え広がった。

「そう。安心したわ」

 しかし、七夏の意外な言葉に呆気に取られ、すぐに鎮火してしまう。

「……どう言う意味かしら?」

 笑顔から再び怪訝そうな顔になり、殊刃先輩は七夏に聞いた。その答えは、俺も是非とも聞きたいものである。

「だって、あの静電気程度の攻撃が殊刃の本気だったとしたら、私の相手としては力不足も甚だしいもの。クズな行いに対する報復をたっぷりと味わわせてじっくりと後悔させてやりたいのに、倒し甲斐が無ければつまらないしね。貴女がしぃ君にしたみたいに弱い者虐めをしても、消化不良でとっても後味悪いから。……だから、本気じゃなかったって聞いて、少しは楽しめそうって安心したの」

 この屋上で俺の事を痛めつけておいて良く言うわ。それに、弱い者ってディスられてるし。

 けれども、七夏の事を怒る気にはなれなかった。俺の為に戦ってくれている恩もあるけれど、それよりも、言葉を綴る静かな口調の節々から感じる、殊刃先輩へと向けられた怒りの感情が嬉しかった。それは即ち、七夏が本気で俺を友達だと思ってくれている事の証明だから。既に何度も七夏との友情は感じているが、それでもやっぱり嬉しいものだ。

「……そんなに刺激が欲しいなら、骨の髄まで痺れさせてあげるわよ」

 反して、挑発を受けた殊刃先輩は、七夏に対して本気でキレる。必要最低限の冷静さはキチンと保ちながらも、怒りのボルテージによって、最大限に力を引き出している事だろう。そう感じずにはいられない程に、殊刃先輩は静かに怒りに燃えていた。

「大丈夫なのか、七夏……」

 七夏の気持ちは嬉しいが、それでもこれは悪手だろう。七夏の事だから、何かしらの魂胆があっての挑発ではなく、ただ単に、怒りをぶつけただけに過ぎない筈だ。不用意に相手を刺激して、それが敗因に直結しては、間抜けと言う他無いだろう。恩人であり友達である七夏にそんな罵声は浴びせたくないので、是非とも勝利を掴んで欲しい。だが――。

「貴女の体を焦がす日を、どれ程待ち焦がれていた事か……。貴女こそ、お願いだから、簡単にはくたばってくれないでよね? 精々醜く無様にΩして、私の復讐心を満足させて頂戴よ?」

 顔こそ笑っているものの、雷神の如き激しい気迫が、殊刃先輩の体中から迸る。俺の望み通りに七夏が殊刃先輩に勝ったとしても、五体満足での戦場から生還は、至難の業ではないだろう。傷は残らなくともダメージは残るみたいだし、下手をしたら、暫くは寝込む事になるかも知れない。いくら睡眠欲が一番強い七夏でも、意識不明同然の不快な眠りは望まぬ筈だ。だから、頑張っては欲しいし信じているが、無理だけは絶対にしないで欲しい。とは言えど、七夏が降参するとも殊刃先輩が止めの一撃を加えないとも思えないので、最悪、退学覚悟で勝負を中断する事も、視野に入れておくべきだろうか。

「私が抵抗したくなるくらい、貴女が強いと良いけどね」

 そんな俺の心配を知る由も無い七夏が、更に殊刃先輩の怒りを煽る。

「……その減らず口、すぐに叩けなくしてあげるわ!」

 流石に我慢の限界なのか、激情に身を任せる様に殊刃先輩が刀を振り上げ斬り掛かる。その白刃は青白く光る高圧電流を纏っており、掠っただけでも、致命傷は免れないに違いない。殊刃先輩の攻撃を完全に回避するには、普通の斬撃を躱す以上に、大きく距離を離す必要があるだろう。分かってはいたけれども、相当に危険な魔技具の力だ。

 しかし、遠距離攻撃が十八番である七夏であれば、その魔技具の脅威も幾分和らぐ事だろう。そう考えるのは、当の本人である七夏も同じだ。

「ふっ――」

 電光と白刃による一閃を、七夏は大きな後方ジャンプで余裕を持って回避した。そして、自分の得意な戦闘スタイルが有効だと確信している七夏は、手摺りに乗って、可能な限り殊刃先輩との距離を取る。これならば、斬撃を気にせずに済み、電撃のみに注意を払えば十分なので、そう簡単にダメージを被る事は無いだろう。

 しかし、その対策は、殊刃先輩の予想の範囲に収まっていた。

「浅はかね」

 七夏を見上げて一笑に付す。強がりではない余裕の笑みが、七夏の対策に対する対策を、用意済みだと如実に語る。

「私が、お互いの獲物のリーチの差を、考慮していないとでも思っていたの? そんな距離の問題なんて問題にならないくらいの戦術なんて、私は幾つも揃えているわ!」

 そう言って殊刃先輩は刀を天に突き刺すと、刃先へと電気を集中させる。

「一体、何を……?」

 最初は拳大だった高圧電流の塊が、次第に重器のモンケーンくらいはありそうな程に膨れ上がった。それをそのまま七夏に向かって放ったとしても、余裕で回避されてしまう事は、火を見るよりも明らかだろう。それ故に、俺には殊刃先輩の目論見が、攻撃以外の何かにあるとは見当が付く。だが、俺や七夏が答えに辿り着くのをゆっくりと待ってくれる筈も無く、殊刃先輩は準備が終わるや否や次のステップへと行動を移した。

「何をする気は知らないけれど――」

「『神雷鋭轟みらいえいごうの監獄』!」

 七夏が銃を構えるよりも断然早く、その叫びと共に電気が空へと放たれる。そしてそれは、瞬時に10メートル程上昇すると、耳を劈く恐ろしい雷鳴を轟かせ、9つの塊へと分裂をした。その内の一際大きい1つを上空へと残し、他の8つは鉄柵へと向かって八方に別れて落ちてくる。

「これは、何だ……?」

 遅れて気付くと、その落ちて来た8つは、宙に残った1つと、線条の電気で繋がれていた。その事に気付いた所で、俺には未だに殊刃先輩の意図するものが読めないが、どうやら七夏は、それをヒントに、何かに思い至った様だ。

「もしかして……」

 呟きながら柵から飛び降りた七夏は、そこから更に3メートル程距離を取る。凶刃の及ぶ範囲までにはまだ幾分かの余裕はあるが、どうして自ら殊刃先輩へと近付いたのか。その疑問への答えはすぐに、目に見える形で明かされた。

「うわっ――!」

 鉄柵全体に電気が走り、更に、線条の電気の間にも、膜の様に電気が広がる。扉の前にいないで鉄柵に寄り掛かりでもしていたら、今頃黒焦げだっただろう。この空間ならば死にはしないかも知れないが、それでも空恐ろしい仮定の話だ。

「そうか……」

 兎にも角にも技が完成した段階で、漸く俺にも理解が出来る。

「……成る程、これが狙いだったのね」

 一瞬にして、電気の包囲網――いや、檻が屋上に完成した。こうして、七夏の逃げ場を完全に無くす事こそが、殊刃先輩の目論見だ。空に広がる電気も柵を巡る電気も激しく飛び散っている為に、余分に距離を取らなきゃ危ない。だからこそ七夏は、否応無く、殊刃先輩との距離を詰めざるを得なかったと言う訳か。

「御存知かしら。最近では、害虫の駆除にも電気ショックを用いるそうよ? ……だから、この神罰校に我が物顔で巣を作り、人様に対して多大なる迷惑を掛けている虫螻の様な貴女には、私に踏み潰されて朽ち果てる、凄惨なる終焉こそがお似合いなのよ!」

 技が決まって勝ちを確信したのか、七夏の顔に魔技具の刃先を向けながら、殊刃先輩は勝ち誇った顔で叫びを上げる。

「はぁ……」

 それを聞いた七夏が、勝ち鬨を上げるにはまだ早いと言わんばかりに、わざとらしく盛大な溜息を吐く。

「目障りな羽虫を虫籠へと閉じ込めてご満悦な所悪いけど、この程度のちゃちな檻で囲われたくらいで大人しく負けてあげる程、私は決してお人好しではないのよね。一寸の虫にも五分の魂って諺にもある様に、キチンと止めを刺すまでは、最後まで油断しないでおきなさい。……貴女が捕らえた虫螻は、貴女の手には負えない程に強大な難敵なんだから」

 そして、殊刃先輩の顔に銃口を向けると、対照的に淡々とした口調で言葉を返す。

「負け惜しみね」

「そっちこそ、勝利の夢は寝て見なさい」

 女2人の、両者共に一歩も譲らぬこの勝負。まだ幕を切って間も無いけれど、舞台の様相が一変した事で、早くも第二幕の幕開けと言った雰囲気を醸し出していた。



   §



 実力が拮抗する2人によって繰り広げられていた、一進一退の攻防戦。その膠着状態の戦況を破る様に先に異変が現れたのは、予想に反して七夏の方だ。

「ふぁ……」

 理性を消費し過ぎて欲に溺れてしまった七夏に、容赦無く睡魔が襲い掛かった。目を瞬いて欠伸を噛み殺しているその様は、どう控え目に見たって眠そうである。

「どうして、何だ……?」

 どうにも、腑に落ちなかった。手数だって殊刃先輩の方が圧倒的に多かったし、攻撃にも防御にも惜しげもなく電気を消費しているにも関わらず、その殊刃先輩が欲に溺れる気配は無い。殊刃先輩の最大の欲望を知らない為に、その兆候を見逃している……と言う事も有り得なくは無いけれど、余裕綽々とした態度を見るに、とてもそうとは思えなかった。

「あらあら。七夏ちゃんはとってもおねむの様ね」

 今にも眠りこけてしまいそうな七夏を笑い、殊刃先輩は刀を下ろす。構えが解かれて大きな隙が出来るけど、それでも、今の七夏よりは素早く行動出来るだろう。その事を理解してか、七夏も攻撃へのモーションへは移らなかった。

「まだまだ……全然……眠く……ないわよ……」

 言葉とは裏腹に、頬を抓って必死に眠気と戦っている。確かに七夏は、殊刃先輩の張った電気のバリア――『不可侵聖殿ふかしんせいてんの霹靂』を突破する為に、貫通力の高い30口径のトカレフ拳銃――『魔刺夢ペネトゥレイト・ドリーム』で、何発もの銃弾を撃っていた。分厚い電気の壁の奥深くまで貫通出来る当たり相当の大業だろうし、それ相応に理性の消費も激しくなるのは納得が行く。

 しかし、だ。繰り返しになってしまうが、殊刃先輩の方が手数が多いし、それに加えて、防御にも多大な電気を消費している。素人目にも殊刃先輩の方が理性の消費が激しくなければ変なのに、この正反対の戦況は何故なのか。

「不思議そうな顔をしているわね」

 驚きに固まっている俺を横目で見遣ると、殊刃先輩はそう言った。

「気になるならば、秘密を教えてあげるけど?」

 俺の予想を欺いたのが心底愉快と言った風に、喜色満面に問い掛ける。その言葉を聞くに、どうやら今のこの展開は、殊刃先輩の思惑通りであるらしい。

「……えぇ、気になりますね。一体、どんなカラクリですか?」

 悔しいけれど、俺は素直に答えを聞いた。好奇心から答えを知りたいと言うのも勿論あるし、何より、七夏のピンチを打破するヒントを得る為に、考えるよりも先に口が動いてしまっと言った方が正確だろうか。口を出さないと決めていたにも関わらず、いざとなったらこの様だ。葛藤すらなく形振り構わず敵に教えを請うなんて、情けない事この上無い。

「そこまで言うなら、冥土の土産に教えてあげるわ」

 そんな俺の心を見透かしたかの様に嘲笑すると、殊刃先輩は七夏の様子を一瞥してから秘密を語る。

「大業を連発している私が、どうして欲に溺れないのか。その秘密は、ここにあるわ」

 そう言って殊刃先輩は、刀の柄頭を摘んで外す。そしてそこから現れたのは、何と――

「電源、プラグ……?」

 だった。

「そう。この『強電雷鳥は』無から電気を生み出すだけでなく、自身に充電された電気を増幅させる事が可能なの。前者と後者、どちらの方がより多くの理性を消費するのかなんて、魔技具初心者であるしぃの字にだって分かるでしょ?」

 無から有を生み出すのと、蓄えられた有の増幅。それならば確かに、後者の方が理性の消費は少ないだろう。それも、殊刃先輩の様子を見るに圧倒的に。刀をコンセントに差すとかシュールだなとか、電気代が大変な事になりそうだとか、そんな事はどうでも良いと思える程に、魔技具使い同士の戦闘に於いて、これはとても大きなアドバンテージだ。

「貴女の態度の大きさも……無根拠ではなかった……と言う訳……ね」

 七夏が、忌々しげに呟いた。

「えぇ、そうよ。私には、昨日、貴女としぃの字が友好関係にあると知った時から、既にこのヴィジョンは見えていたのよ。……貴女達がブラパンを取り逃す事も想定してはいたけれど、そうならなくって本当に良かったわ。……だって、今、すっごく気分が良いもの!」

 そう言って、殊刃先輩は天を仰いで大きく笑う。

「大業を連発する私を見て、調子に乗ってすぐに魔力が切れる筈だと、甘ーい夢を見ていたかしら? ……残念。それは私が仕掛けた罠でした!」

「くっ……!」

 悔しさの余り、七夏が血が出る程に力強く唇を噛む。

 強電雷鳥に充電機能さえ無ければ、戦況は今とは逆になっただろう。殊刃先輩が欲に溺れて碌に身動きが取れなくなり、そんな彼女に七夏が銃口を突き付ける。……そんな展開にならなかったのは、偏に、未知なる魔技具に対する警戒心の希薄さだろうか――。

「……まだ、勝負は着いてないわよ……」

 眠気に支配された足取りは不安になる程覚束無いし、照準も同じ様に定まらない。それでも、瞳に宿る闘志の炎は燃え続けるが、七夏が既に戦える状態にないであろう事は明白だ。俺とは違い、殊刃先輩は、眠りながらにして勝てる相手では断じて無い。その為、俺との勝負の時以上に理性を消費しながらも、無理して起き続けていた弊害で、一気に眠気の波が押し寄せてしまったと言う事だろう。

「まだ……私は、戦える……わ……」

 それでも更に無理を重ねている所為で、今にも瞼が落ちそうである。

「無理しない方が良いわよ? 今の貴女だったら、いっそ、大人しく寝といた方が強いんじゃなくて? ……確か貴女、寝ながらでも戦えるんだったわよね? 『六鵝夢中』とか言う、至ってシンプルな技しか出来ないみたいだけれどね!」

「ぐぅ――!」

 煽られて、七夏は一層唇を強く噛み締める。何とかして眠気を追い払って強力な一撃を撃ち込むつもりなのかも知れないが、それを黙って見ている殊刃先輩ではなかった。

「眠気を覚ましたいのならば、手伝ってあげても良いわよ……?」

 そう言って殊刃先輩は、電撃を纏った刃先で七夏の右肩を一突きにする。痛めつける気が満々なのが手に取る様に分かる程、嗜虐的に歪んだ笑顔を、隠す事無く楽しげに。

「あぅっ!」

 短い悲鳴が、七夏の口から漏れて出た。本当に現実では怪我をしていないのか不安になってしまう程、刀が刺さった右肩からは、真っ赤な鮮血が流れ出る。

「ほらほら、これなら目が覚めるでしょー?」

 殊刃先輩はそれだけでは飽き足らずに、更に他の四肢にも刀を突き刺す。その度に七夏の口から悲鳴が漏れて、それが彼女の嗜虐心を刺激した。一突き毎に笑顔が歪んで行く様は、この拷問染みた行為がまだまだ終わらないであろう事を、苦しいくらいに痛感させる。

「――もう、止めてくれ」

 その痛ましい光景に、俺は我慢が出来ずに声を荒げた。

「もう、退学でも何でも良い! だから、それ以上七夏に酷い事をするのは止めてくれ!」

 今の殊刃先輩を見るに、到底聞き入れては貰えないだろうとは思いつつも、それでも頭を下げずには入られなかった。

「良いわよ、止めてあげても」

「……本当、か?」

 だが、予想は良い方向に裏切られ、殊刃先輩はあっさりと攻撃の手を止めた。

「えぇ、本当よ。丁度、お腹も減ってきた事だしね」

 その言葉を証明するかの様に、お腹が虫が小さく鳴いた。その歪んだ笑顔には似つかわしくない可愛らしい音を聞き、殊刃先輩の一番の欲望は食欲なのか、とふと頭を過ぎったが、今はそんな事はどうでも良い。

「しぃ、君……」

「すまない、七夏。でも、もうこれ以上、黙って見ているなんて出来ねーよ……」

 自分を酷使して魔技具を行使していた影響か、手痛いダメージを受けていたにも関わらず、七夏は相も変わらず眠そうだ。

「……いや、私こそ……ゴメン。しぃ君の未来が掛かっているにも関わらず……どこかで慢心して……いたわ」

「無意識にだろうとは思うけど、私の事を見下していた報いね」

 俺に対して謝る七夏に、殊刃先輩は冷たく放つ。

「その通り……ね」

「でも、それももう、これで終わりにしてあげる」

 そう言うと殊刃先輩は、重そうに頭を上げる七夏の顔から、刃先で器用に眼鏡を弾く。

「私を見下し続けた憎っき瞳。そいつを貫き刳り貫く事で、私の復讐心は満たされる」

 殊刃先輩が、文字通り七夏の右の眼前に、煌めく刃先を突き付ける。

「ここで負った怪我は現実へ帰れば消えるけど、痛みはダメージの度合いに応じて残り続ける。……つまり貴女は、激しい両目の痛みによって、当分の間、惰眠を貪る事が適わなくなる。仮に睡眠薬や魔技具の副作用によって無理矢理眠りに就いたとしても、悪夢に魘され苦しめられる……。大好きな眠りを取り上げられて、敗者への罰ゲームには相応しいわね。それとも、まだまだ全然生ぬるいかしらね……?」

 勝利の余韻に酔い痴れて、笑顔で空恐ろしい事を口にする。

「……殊、刃……」

 正気の沙汰とは思えない殊刃先輩の過激な言葉に、流石の七夏も蒼褪める。言葉の内容通りの事を実行されてしまうのを阻止する為に、血の滴る右手で反撃の引き金を引こうと足掻いているが、痛みと痺れが鬱陶しくも邪魔をして、腕が上手く言う事を聞いてはくれない様だった。

「好い様ね、七夏」

 その姿を見て嘲笑う殊刃先輩を見て、ついに堪忍袋の緒が切れる。

「……これ以上七夏を痛めつけると言うのであれば、俺は貴女を許しません。今すぐ、刀を収めて俺達の前から消えて下さい」

「私に命令出来る立場なんかじゃない癖に、随分と偉そうなのね、しぃの字は。そんなに七夏の事が大切かしら?」

「えぇ。大切な、俺の友達です。……そして、その友達を傷付けて楽しみ笑うゲスな貴女は、俺が倒して改心させる」

「……へぇ、言うじゃない。――なら、やってみてもらいましょうか!」

 怒りに任せた両者の言葉の応酬は、殊刃先輩が俺の喉を物理的に塞ごうと、突きを放って終わりを迎える。

「……っ!」

 喉元を目掛けて正確無比に迫った白刃。これに、電撃による追撃が加われば、死ななくても死ぬ程苦しい事だろう。それこそ、いっその事、一思いに死んでしまいたい程に。

 だから俺は、その一撃を必死に防いだ。魔技具を嵌めた、右の手で。

「――掴まえた!」

 喉元に刃先が届く僅かに前に、白刃を握り締めて動きを止める。一か八かの賭ではあったが、狙い通り、同じ魔技具であるこのメカテクターで、攻撃を防ぐ事は可能であった。

「何……ですって!?」

 殊刃先輩の顔色が、動揺の色に染まり行く。恐らくは、今の様に俺が防ぐ事は想定してはいたろうが、お構い無しに掌や指を切り裂いて、喉元を貫通させるつもりだったに違いない。

「……七夏と勝負をしたと聞いた時からもしかしてとは思っていたけど、本当に魔技具の所有者だったのね」

 己の計算を狂わせた要因を瞬時に理解すると、殊刃先輩は平常心を取り戻す。

「防刃……それと、もしかしたら、絶縁体でもあるのかしらね。それとは別に何かしらの能力を備え持っている筈だけど、この状況でも何も仕掛けてこない事から、まだまだ扱いには慣れていないと見えるわね」

 頭の切り替えの素早さにも感心するが、こちらの戦力を的確に判断出来る分析力にも恐れ入る。

「仮にその手袋が絶縁体だったとしても、それならば、他の部位に電撃を叩き込めばそれで終わりね」

 不測の事態はあったものの、自分の勝利に揺るぎがないと殊刃先輩は核心をして、口元を大きく吊り上げる。

「……本当にそうなのか、試してみますか?」

 正直言って自信は無い。けれども、殊刃先輩が弾き出した俺の戦力についての最後の部分。それをこの土壇場で、かつ、一発勝負で何としてでも覆せない様ならば、今後一切、俺に勝機が訪れる事は無いだろう。

「先程、七夏が言いましたよね? 一寸の虫にも五分の魂……って。確かに殊刃先輩にとっては、俺は虫螻の様に取るに足らないちっぽけな存在だとは思います。……けれども、その虫螻の一噛み刺しを甘く見ていた油断が致命的で命取りな仇となり、その身を滅ぼす恐れもありますよ?」

 ふてぶてしく笑って、精一杯の虚勢を張った。寧ろ、これくらい強気になれないひ弱な心じゃ、殊刃先輩に一矢報いる最初で最後の一縷の希望を、自らの手で潰してしまう事になる。

 ピンチを養分として自分の新たな力を開花出来たその先に、結局は、明るい高校生活が待っている事はないだろう。どちらにしても、殊刃先輩に刃向かい吠えたその瞬間に、退学処分を取り消して貰える可能性を、自らの手で摘み取ってしまった訳だから。それならばやはり、散り際くらいは一丁派手に決めてやる。せめて、殊刃先輩に七夏に対し、一言くらいは謝らせよう。

 それくらいの恩返しが出来ない様であれば、友達失格、男が廃る――!

「口先だけは呆れを通り越して惚れ惚れしてしまうくらいに立派でも、喚いただけで何でも欲望を満たして貰える程に、この世は貴方に優しくないわ!」

 俺が気合いを入れると同時に、殊刃先輩が激昂をする。

「お友達が痛い目に遭っているのを見てもそれが理解が出来ない分からず屋であるしぃの字は、この私が直々に特別指導をしてあげる。電池の最後の1%まで使い果たして、骨の髄まで痺れさせて焦がしてあげれば、流石にその身を以て知れるでしょ?」

 人を人とも思わない様なスパルタ指導は、断固として拒否をする。

「有り難く受け取りなさい。私の愛の電撃を!」

 制裁と言う名の指導を無理矢理押し付ける為、殊刃先輩が腕により一層の力を込める。この一度切りの一瞬のチャンスを物に出来ない様ならば、俺達は完全敗北を喫する事となってしまう。その結末だけは絶対に変えてみせなければ、これからの長い人生、俺はずっと自分で自分を許せなくなる。そんな暗く惨めな未来は、何としてでも打ち壊す!

「やなこった!」

 友達と出会ったこの屋上には納まり切らないくらいの咆哮を上げ、怪盗の様に愚策を講じて欲しい物をこの手で掴んでやる為に、俺は最後の賭に出る。

「応えてくれ、相棒!」

 食欲性欲睡眠欲、支配欲独占欲名誉欲、物欲権力欲承認欲――。何でも良い。俺の理性を打ち壊し、欲望を満たす為の魔力の源へと昇華しろ!

「これで、終わりよ!」

 一人の人間の人生を左右するのに相応しい程の、神々しいまでに燦然と輝く稲光。それを刀身に纏いて罪人への神罰を下さんとしていた、審判者に仕えて使われている強電雷鳥。

 ――それも今や、その罪人の右手の中へと墜ちている。

「……な!?」

 絶対的優位に立っていた筈の審判者が思わず上げた驚き戸惑うその声と、俺の右手にズシリと伝わるこの重量が、己の力で掴み取る事に成功出来た手中の希望が、言葉で語られるよりも雄弁に、決して夢でも幻でもないと教えてくれる。

「――良し!」

 掴んだ希望に浮かれる事無く、死守する為に殊刃先輩と距離を取る。普段ならば難しい事かも知れないが、事態を理解出来ずに呆然としている殊刃先輩が相手なら、それは存外に簡単だった。

「それが……貴方の魔技具の能力かしら?」

 少しして立ち直った殊刃先輩が、真顔に戻って聞いてくる。

「他人の魔技具を奪取する能力……ね。触れている物限定なのか、最も身近にある物限定なのか、範囲内にある物ならば任意で複数の奪取が可能なのか……。そこまでは流石に現状では情報不足で判断し兼ねるけれども、いずれにしても厄介ね」

 殊刃先輩が口にしている推論は、俺が昨日の帰宅中から、薄らぼんやりとだが考えていた推論と、寸分違わず同一だ。

「魔技具にかまけて自己鍛錬を怠っている様な慢心している輩には、特に効果は絶大ね。まぁ、その点については、私には関係無いけれど」

 その顔に驚きの色は既に無く、まるで、魔技具が奪取された事が些事だと言わんばかりに小さく笑う。

「私から強電雷鳥を奪っただけで勝った気になっている程、しぃの字は楽天的では無いだろうとは思うけど、念の為に2つだけ、悪い事を教えてあげる」

 殊刃先輩の余裕の態度から察するに、俺にとっての不利な情報が飛んでくるのは違いない。

「悪い……事?」

 俺は殊刃先輩の見様見真似で刀を構え、どんな事実であっても受け止めてやろうと身構える。

「先ず1つ。使えると使い熟せるは、似て非なるものよ」

 右手の人差し指をピンと立て、殊刃先輩は言い放つ。

「能力さえ分かれば他人の魔技具だろうと使用は可能よ。けれども、だからと言って、その能力を使い熟せると言う訳ではないわ。私の手から離れても刀身が電気を帯びている事から、しぃの字にも強電雷鳥を使える事は間違いない」

「……」

「……でも、その電気を、殺傷能力を持つ程までの高圧電流に増幅するのは、今のしぃの字にはとてもじゃないが不可能よ。この私ですら、充電した電気を普通のスタンガン並の電力へと増幅させるだけでも、5日間にも及んで只管特訓したものよ」

 確かに、何となくではあるが、強電雷鳥に理性を食われているかの様な実感がある。だけど、いまいち、俺の意志で能力を発動している様な気はしない。これは恐らく、俺の魔技具には、自信の能力で奪取した魔技具であれば、最低限の能力を使える様にサポートしてくれる機能が備わっているだけであり、殊刃先輩の言う通り、使えてはいるが使い熟せている訳ではない、と言う事か。今にして思えば、あの時、七夏に対して大したダメージを与える事が出来なかったのは、それが原因なのだろう。

「……みたい、ですね」

 念の為に試してみるが、特に変化は現れない。が、口では残念そうに言ったけど、俺はそれでも構わない。元々は、殊刃先輩の戦力を削いでやるのが目的であり、強電雷鳥で仕留めてやろうと考えていた訳ではない。だから俺は躊躇う事無く刀を地面に突き刺して、己の武器の拳を構える。

「それで、もう1つの悪い事は何ですか?」

 1つ目の情報が思ったよりも不利な方向へと働かなかった事への油断だろうか。この時の俺の心情は、平静さを通り越して少し弛んでしまっていた。

「私の魔技具は、強電雷鳥1つじゃないわ」

「……え?」

 だから、さらっと告げられた重大な事実にいとも容易く虚を衝かれ、思わず心も体も固まった。

「そんな筈……無い。魔技具は、基本的に……1人につき1つしか……呪理から供給されない……筈よ……。それなのに、一体……どうして!?」

 この発言には流石の七夏も驚愕を禁じ得ない様であり、睡魔を押し退けながら殊刃先輩へと問い詰める。それに殊刃先輩は、七夏に勝利をしての優越感の表れからか、勿体振ったり隠す事無く答えを返す。

「私の2つ目の魔技具である強電雷鳥は、私が生徒会役員に選ばれた時に貰ったものよ。……貴女も魔技具の所有者ならば、呪理から聞かされていると思うけど? 神罰校生徒会役員の極秘の特典として、魔技具を授与して貰える事を」

 その話が本当ならば、九陸先輩やまだ見ぬ3人の生徒会役員も、それぞれ魔技具を持つ事となる。それを拝む機会が今後訪れるかどうかは分からないけど、敵対しないで済む事を切に願おう。

「えぇ……それは知っている……わ」

 七夏が殊刃先輩の言葉に肯定の意を示したのを機に、俺は逸れた思考を元へと戻す。

「そして、最初の1つ目は貴女と同じよ。美都沢家も五冬家と同様に、呪理へと魔技具開発の資金援助をしていてね。その見返りとして、高校の入学祝いに、最初の魔技具を手渡されたの」

 殊刃先輩の続けた言葉に、俺は思わず声を漏らした。

「そんな事情が……」

 そうだとしたら、俺が魔技具を貰えた事は、異例中の異例なのかも知れないな。きっと、たとえ例外を犯してでも、娘さんを悲しませたりしないが為に、俺を助けようとしたのだろうか。私利私欲、公私混合だと後ろ指を差される覚悟も必要だろうに。そうだと決まった訳ではないが、非常に申し訳ない気持ちで一杯である。

「最後の3つ目については……まぁ、今は秘密にしておきましょう」

 気を取り直して、再び殊刃先輩の話へと耳を傾ける。

「またいつかどこかで貴女と戦う機会が訪れないとも言い切れないし、いざと言う時の為に切り札は温存しておく物が吉……ってね」

 結局、詳細は明かされなかったものの、語る言葉に嘘が含まれていた様子は無い。詰まる所、俺がこれ以上足掻いた所で、一矢報いる所か、余計な醜態を曝すだけに終わる可能性が浮上してきた。

「しぃの字。貴方は確かに驚くべき手段で以て、私から翼をもぎ取った。けれどもそれは片翼で、私を完全に墜とすには、二手も三手も足りないわ。……見えざる片翼、隠された爪。正体不明の2つの脅威を潜り抜け、私を地へと伏すなんて、今の貴方じゃとてもじゃないけど不可能よ。……これはあくまでも、親切心から言ってるわ」

 牙を剥いた口を閉じる最後のチャンスだと言わんばかりに、先程までの怒りの口調とは打って変わって、諭すように穏やかな口調でそう言った。

「それでも尚、刃向かってくると言うのであれば……この鞘で貴方を沈めてあげる」

 鞘を刀の様に構える姿はともするとシュールに見えるけど、そうとは思わせない程に、殊刃先輩の体は静かな気迫に包まれていた。

「……」

 殊刃先輩の一挙一動、一言一句が、先程浮上した可能性をみるみる肥大化させてゆき、ついには俺を押し潰す。

「それでも」

 だが。

「俺は」

 しかし。

「貴女に一矢報いる事を諦めない!」

 七夏から受けた恩を思えば、未確定である大敗の未来に屈服するのは、最も恥ずべき愚の骨頂だ。

「……魔法があるからって、奇跡もあるとは限らないわよ?」

 牙を引っ込めなかった俺に対して、殊刃先輩は最後の慈悲を引っ込める。呆れや怒りによって研ぎ澄まされた眼光は、既にもう、俺の事を、倒すべき敵としてしか見ていない。

「……それならば、無様で惨めで泥臭くても、俺は何度でも立ち上がって立ち向かう! 貴女からの謝罪を欲する望みの炎は、叶えるまでは絶対に、消える事無く燃え上がるんだ!」

 鋭い目付きに気圧されない様に、臆する事無く堂々と、真っ正面から睨みを返す。

「……面白い。やれるものなら、やってみなさい!」

 一瞬でも気を抜けば飲み込まれるであろう殊刃先輩の迫力が、全身隈無く突き刺さる。凡そ一介の高校生には似つかわしくない極限状態ではあるが、自ら望んで針の筵に立ったので、あらゆる覚悟はとっくのとうに出来ていた。

「行きますよ、殊刃先輩!」

 その覚悟が揺らがぬ内に、俺は一歩を踏み出した。

「来なさい、しぃの字!」

 それを迎え撃つべくして、殊刃先輩が鞘を握る両手にも、より一層の力が籠もる。

 正直に言って、強電雷鳥による攻撃をモロに受けてしまったら、気合いと根性でカバーした所で、耐えられても精々2振り3振り程度だろう。斬撃に加えて電撃なんて、普通の人間でなくとも、そう何度も喰らえるものではない。しかし、獲物がただの鞘へとランクダウンした事で、一撃毎に受けてしまうダメージが格段に減少した事により、多少の攻撃ならば受けても痛手になり難い……筈である。

 だから俺は、カウンターを貰う覚悟で突っ込んだ。作戦なんて何も無い。ただ単に、真っ正面から1発殴りに行くだけだ。その結果として顔なり腹なりに1振り受けるだろうけど、覚悟をしておけば耐える事は容易だろう。それを、ダメージが蓄積して動けなくなるまで繰り返す。仮に100回の打撃を喰らうとして、その間に10発くらいやり返せれば上等だ。そこまですれば、流石の殊刃先輩も、根負けをして七夏に謝罪してくれる……筈である。

 肝心な所が不明瞭で無根拠で未確定で破れかぶれも甚だしいが、今はこれしか方法が無い。俺が殊刃先輩に唯一勝っているであろう防御力。それを全面に押し切って、何とか欲を叶えてみせる――!

「うらぁ!」

 全身全霊を籠めて顔を狙って拳を放つ。女性だから、と言って手加減が出来る相手ではないので、急所のみを的確に狙って早々にケリを付けにいく。目的さえ果たせれば負けても構わぬ勝負とは言え、勝った方がより確実に目的を果たせるだろうから、あわよくば勝ちを掴み取ろう。

 絶対に、ではなく、あわよくば。そんな消極的な気持ちが拳に籠もってしまったからか、俺は最後の最後で、詰めの甘さを露呈する。

「はぁ!」

 迎撃が目的であろう殊刃先輩の横一閃の一振りは、俺の体には到底届きそうも無かった。ざっと見積もっても、50センチは足りないだろうか。

 ――焦って距離を見誤ったか……!?

 この殊刃先輩らしからぬ隙の大きな空振りを、絶好のチャンスであると見做した事が、俺の思考の詰めの甘さだ。絶対に勝つつもりで臨んでいたら、この攻撃には何か裏があるのでは、と疑って掛かる事が出来たであろうに。

 ――何にしても、絶好のチャンス!

 その所為で、この攻撃が、殊刃先輩が仕掛けた罠への甘い誘惑だなんて思い至る訳もなく、俺は止まる事無く突っ込んだ。

「しぃの字、討ち取ったり!」

 その瞬間に、殊刃先輩が仕掛けた罠が牙を剥く。

「――なっ!?」

 鯉口から、電気の刃が現れた。視線がそれへと釘付けになるが、突然の事に体は反応出来ずに動作を回避へ移せない。

「ぐわっ――!」

 俺の腹を刃が貫き、全身を電気が駆け巡る。文字通り雷に打たれたかの様な衝撃に、俺は膝から崩れていった。

「……く、そ……」

 咄嗟に両手を突いて倒れる事は免れたけど、立ち上がる為の気力も体力も残っていない。力尽きて気を失うのも、最早時間の問題だ。

「残念だったわね……。電気を生み出すだけならば、この鞘にだって出来るのよ」

 俺の前へと歩み寄り、盛大にお腹を鳴らしながら、殊刃先輩は勝ち誇るでもなく静かに言った。憐憫の情を催しているのか、これ以上お腹が空く事をしたくないだけなのか、俺に止めを刺す様子は無い。

「……」

 完敗、だ。結局、俺には何も出来なかった。自分の未来を変える事も、友達から受けた恩を返す事も、何1つとして叶わなかった……。

「まだ、勝負は付いていませんよ……」

 負け惜しみなのは分かっているが、素直に現実を受け入れられずに、そう言わずにはいられなかった。

「俺は、まだ戦える……」

 いっその事、止めを刺してくれた方が諦めが付く。そんな気持ちを見透かされてか、

「……そう」

 殊刃先輩は静かに一言呟くと、今度は、俺の背後の強電雷鳥へと鯉口を向けた。すると、何かが抜ける様な音がしたかと思うと、飛来した強電雷鳥が鞘へと一瞬にして収まった。どうやら、鞘さえ手元にあれば、自由自在に手元へと強電雷鳥を引き寄せる事が出来るらしい。決死の覚悟でそれを奪った俺の行為も、今となっては無駄な足掻きと思い知る。

「せめてもの情けよ。一刀両断ですぐに楽にしてあげる」

 そう言って、殊刃先輩は刀を頭上高くに振り上げた。

 疾風迅雷、電光石火。

 その様に形容するに相応しい容赦の無い一撃が、これから振り下ろされる事だろう。

 怖く無いと言えば、嘘になる。しかし、俺は両目でしっかりと殊刃先輩を見据えながら、静かにその時を待ち受けた。散り際くらい、見苦しい様な真似はせず、華々しく散っていってやろうじゃないか――!

「しぃ……くん……」

「これで、終わりよ!」

 七夏の呟きを掻き消す様に、殊刃先輩が大きな声を腹から出した。そして、刀が振り下ろされる。

 その、瞬間。

 安っぽい、在り来たりな表現をするのであれば、たった一言こうなるだろう。

 奇跡が起きた、と。

「……えっ!?」

 突然、屋上中にアラーム音が鳴り響く。この音を聞いただけで、何か良からぬ事が起きているであろう事は予測出来るが、その内容までは分からないので、正体不明の恐怖にみっともなくも慌ててしまう。

「この音、は……」

 一方で、殊刃先輩は冷静だった。俺の頭上、僅かに数センチの距離で止めた刀を鞘へと収め、代わりに懐から現実逃避の鍵を取り出す。そして、その鍵の先端で、空中に大きく四角を描く。すると、その部分がモニターの様に九陸先輩の胸から上を映し出す。

「それは一体……」

「現実世界との連絡用のモニターよ。どちらかの世界で何か問題が起きた時、連絡が取れないと何かと不便でしょ? 仮想空間と現実世界とでは、電話もネットも繋がらないしね」

 俺の問いに殊刃先輩が答えてくれると、今度は、九陸先輩が映像越しに殊刃先輩へと声を届けた。

『申し訳ありません、殊刃様。大事な勝負の真っ最中に』

「もう終わる所だし、構わないわ。それより、用件は何?」

 映像の向こうで頭を垂れる九陸先輩に対して、殊刃先輩はすぐさま用件を話すようにと促した。

『非常に言い難いのですが……』

 すると九陸先輩は、前置きの内容とは裏腹に、重要な事実をさらっと言った。

『怪盗ブラパンに、逃げられてしまいました』

「……何ですって!?」

 その内容には、流石の殊刃先輩でも驚きの声を上げてしまった。反対に俺は言葉を失う。

 そして、七夏はと言うと、

「……へ~。にやにや♪ によによ♪」

 寝惚け眼で殊刃先輩を見詰めると、何やら悪巧みを企てているかの様に不気味に笑う。

「う……。わ、分かったわよ!」

 それだけで七夏の言いたい事が伝わったのか、殊刃先輩はたじろぎながら、心底悔しそうに顔を歪めて声を荒げた。

「取引と、いこうじゃないの!」


 もしも、七夏が敗北した時点で俺も全てを諦めてしまっていたならば、この取引と言う名の1つ奇跡は、決して起きる事は有り得なかった。殊刃先輩は決着が付き次第すぐに屋上から出て行って、現実世界で九陸先輩から報せを受けて、こっそりと揉み消したであろう筈だから。

 七夏がいたから。そして、魔技具があったからこそ起きた奇跡だ。

 俺は呪理と七夏と、名前も知らない相棒の魔技具に感謝をすると、安らかな眠りへ落ちていく。

 そして迎えた次の日の朝。俺は自然と笑顔を浮かべつつ、人気の少ない静かな道を、軽い足取りで駆けて行く。

 行き先は、勿論――。

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