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(5)怪盗ブラパン【追試】

 入学式翌日の昼休み少し前。正式な生徒では無い俺は、怪盗ブラパン捕獲の為に校舎への立ち入りこそ許可されたものの、授業への参加までは適わなかった。その許可された校舎内への立ち入りでさえも、裏口から人目に付かない様にしろとのお達しである。冷遇な事この上ない。退学撤退のチャンスを与えて貰っている訳だから、もう十分過ぎる程に恩情を受けているから文句は無いがチト寂しい。まだこの学校の生徒になれていないと言う現実を、痛い程に実感させられてしまうから。

「……まぁ、嘆いていても仕方がないか」

 殊刃先輩からの言い付けを守る為に、俺は人気の無い時間に裏口のある裏庭へとやって来た。

『明日の昼休み、作戦会議をするから屋上へ来なさい』

 昨日、別れ際に七夏と交わした約束の時間まではもうすぐだ。少し、急いだ方が良いかな。

 そう思って扉に手を掛けたその瞬間。

「……?」

 何かの気配を感じて首だけで後ろを振り向くと、どこからか落下してたであろう1人の女子生徒が、地面に背中を打ち付けた。一度バウンドした後、女性は地面に横たわって動かなくなる。

「なっ――!」

 余りにもショッキングな光景に、俺は言葉を失い立ち竦む。魔法の様な非日常は歓迎だけど、この様な不幸なシチュエーションはノーサンキューだ。しかも、良く見たらそれは、

「七、夏……?」

 だった。空中で回転してうつ伏せになったから顔こそ見えないものの、長髪の白髪なんて目立つ特徴を持った女子高生は、七夏の他にはいないだろう。

「七夏――!」

 もう一度名前を呼んで、彼女の元へと走り寄る。そして、抱え起こして仰向けにすると、七夏はゆっくり瞼を開けた。

「おい、大丈夫か!?」

 一先ず息があった事には安堵するけれど、予断は許されない状況だろう。落ちた人物が七夏だったと言う事は、落ちた場所は屋上であるに違いない。いくら七夏とは言えど、あの高さから落ちたら命に関わる一大事だ。

「そうだ、救急車を――!」

 俺は、昨日瀕死のさくらを発見した時の様に、電話で救護の要請をするべくブレザーからスマホを取り出した。が。

「おはよう、しぃ君」

 俺が番号を押すよりも早く、七夏は気怠げな声でそう言った。しかも、その直後に欠伸までして。

「無事……なのか?」

「……何が?」

 呆気に取られながらも質問するが、七夏は本気で何の事か分かっていない様だった。

「何って、お前、今、屋上から落ちてきたんだぞ……?」

「……あぁ」

 俺の言葉を聞いて漸く合点が行った様で、七夏はポンと手を打った。

「心配ご無用。私はただ『ダイナミック起床』をしただけだから」

「何じゃそりゃ……?」

 聞き慣れない言葉に、俺は反射的に聞き返す。それに間を空けずに七夏は答えた。

「私って目覚めが悪い質でね。ちょっとやそっとじゃ絶対に起きれないのよ。……で、一体どうしたら良いかと考えた時に、昔マンガで読んだワンシーンを思い出したのよ」

 そこで何故か勿体振る様に一拍置いて、七夏は続きを口にした。

「――ベッドから転がり落ちて、目が覚めるシーンをね!」

「……まさか、目を覚ます為だけに、起きたい時間になったらわざと屋上から落下している……と?」

「いえすざっつらいと」

 片言と言うか、棒読み口調で七夏が言った。その返答に、俺は呆れて言葉を失った。

「眠りながらでもキチンと受け身を取る事で、殆ど無傷なんだけど……心配して、損した?」

 俺が気分を害した様にでも見えたのか、心做しか俺の顔色を窺う様に、俺の顔をじっと見詰めて七夏が聞いた。

「……えぇ、とても」

 頭が痛くなって額を押さえる。その馬鹿らしい迷惑極まりない行為に呆れ返ってしまったのは勿論の事、俺の数少ないアイデンティティーである防御力を軽く凌駕されてしまった事にも、少なからずショックを受けた。

「……はぁ」

 俺だったら、暫くの間は激痛でのた打ち回る以外には碌に身動き取れないだろうな……。

 そんな若干場違いな事を考えていたら、思わず溜息が漏れていた。

「ごめん&ありがとう」

 それを、心配した事を無駄にされたと、俺が本気で気落ちしていると勘違いしたのか、七夏は俺の耳元で早口にそう囁いた。そして次の瞬間に、何やら柔らかい感触を頬に感じた。

「え……?」

 目を瞑っていたから、その正体が何だったのかは分からない。けれども、最もベタでポピュラーな展開を思わず想像してしまい、イヤでも顔が赤くなる。

「さて、と」

 動揺する俺の腕の中から抜けると、七夏は裏口の扉の取っ手を掴む。そして、先程俺がそうした様に首だけで後ろを振り向くと、人の純情を弄んでか、

「それじゃあそろそろ、屋上で作戦会議をしましょうか。……二人っきりで……ね♪」

 唇に人差し指を添えて、普段の七夏からは想像出来ない程に、妖艶な口調でそう言った。

「……っ!」

 初めて生で感じる大人の色気に、俺の心臓は痛い程に高鳴った。からかわれているとは分かっていても、本気になってしまいそうに破壊力は抜群だった。

「――ふふっ♪」

 俺がその場から動けないでいると、俺の事を放置して校内へと入り行く七夏の背中から、楽しそうな笑い声が聞こえた気がした――。



   §



「……あっ、遅いよしぃちゃーん!」

 午後12時05分。修理されていた扉を通って七夏から遅れて屋上へと到着すると、何故か居るさくらが大きく手を振りながら俺の名を呼んだ。

「遅ーい! 待ち草臥れたぞ、しぃー!」

 そして続いて晶に呼ばれた事により、俺は疑問の答えを見つけた。

 晶は、昔から人一倍耳聡い奴だった。そして、それと同等の人並み優れた拡散能力も、併せ持っていたっけか。だから、何かヘマをしようものならば、下手をしたらカップ麺が出来上がるよりも遙かに早く、晶に弱味を握られてしまう事になる。そして、もしも逆らおうものならば、カップ麺を食べ終わる頃には、小さな町の住人全員に、秘密を暴露されてしまう。

 情報戦に於いて、晶の右に出る者は誰もいないと断言出来る。多少暴力的な事が可愛く見えてしまう程に、晶の情報網は恐ろしかった。

 だが、今回ばかりは、それに助けられる事になりそうである。

「お前の為に怪盗ブラパンの情報を集めてやったんだから、早くしろよなー!」

「何、本当か!?」

 まさかの言葉に、俺は驚き喜んだ。昨日の一件を、晶も少しは反省してくれていた様だった。やはり、持つべきものは悪とは言えど友である。

 俺は一刻も早く情報を聞きたくて、皆が輪になる屋上の中央付近へ駆けて行く。輪は俺から見て時計回りに、七夏、さくら、晶、そして、見慣れぬ女生徒の順番で形作られていた。

「えーと……」

 その女生徒についても聞きたいが、俺は一先ず、さくらが動いて空けてくれた七夏との間のスペースへと腰を下ろした。そうすると、俺と見慣れぬ女生徒は、ほぼ真正面から向かい合う形となった。

「――あぁ、しぃにも紹介するよ」

 俺の言いたい事を察したのか、俺が聞くよりも早くに晶が言った。

「この子はの名前は星見崎憂子ほしみさきういこ。今日から付き合う事になった、ボクの新しい彼女さ!」

「――もう、次の女の子に手を出したのか。相変わらずだな」

 晶の言葉に、特に驚きは無かった。昔っからこいつはこうだった。同性愛者かつ手の早い晶は、取っ替え引っ替え色んな女性と秘密裏に関係を持っていた。同年代だったり年上だったり、相手にとっての一夜の過ちだったり割り切りで長期間付き合っていたりと、5歳くらいの時から様々な経験をしていると、俺にだけは自慢する為に誇らしそうに語っていたが。最近の若者はそーゆー事も早いらしいが、にしても早過ぎである。

「まぁ? ボクはしぃと違ってモテるしー!」

 目の前にいる悪友の性の乱れを心の中で嘆いていたら、晶が無い胸を反らしてそう言った。事実だけに言い返せなくて実に悔しい。

「どうも、憂子です。宜しく、しぃさん」

 晶に嫉妬している俺に、憂子は握手を求めて手を差し伸べる。

「あぁ、こちらこそ宜しく……」

 それを俺は、複雑な気持ちで手に取った。晶に負けた悔しさもあるが、それよりも、彼女の見た目が気になる所為だ。

 腰まである長い黒髪に、ブレザーの上からでもハッキリと分かる胸の豊かさ。首には大型犬用の赤い首輪を着けており、『KEEP OUT』と『CAUTION』と書かれた2種類の黄色いテープを幾重にも顔に巻いている。理由は理解不能だが目隠しをしている為に、正確な容貌の方は分からんが、大凡晶の好みの女性だ。

「……」

 七夏といい九陸先輩といい憂子といい、俺の周囲の女性の間では、視界を遮る事がプチブームにでもなっているのだろうか……。

「じゃあ、時間も限られている事だし、早速、作戦会議に移りましょうか」

 呆れる俺を気にも留めずに、七夏の一言によって作戦会議が始まった。



   §



 結論から言うと、晶の持ってきた情報は、殆ど役に立たなかった。服の上からでもターゲットの下着を一瞬にして脱がせる事が出来るとか、性別不明だけど仮面を着けて女性用のスク水の上からブラとパンツを着用しているとか、どうやって捕獲作戦に活かせっちゅーねん。

 昨日殊刃先輩と交わした約束から、七夏以外の人手を捕獲の際に直接借りる事は出来ない為、3人には昼休みが終わる前に教室へとお引き取り頂いた。

「正直、役に立たない晶の情報よりも、さくらからの激励の方が有り難かったわ……」

 内心当てにしていた晶からの情報が殆ど中身の無いものだった為に、作戦会議自体の中身も薄かった。ただの昼食中の雑談だったと言ってもいい。そんな中でも、決まった事が2つある。

 1つ目は、七夏のホームとも言えるこの屋上で、怪盗ブラパンを待ち受ける事。ここならば遮蔽物が何も無く、ブラパンがどこから来てもすぐに発見出来る為、利に適っていると言えるだろう。

 そして2つ目は、七夏が栞本先生から借りた下着を自分の下着の上に重ね着をして、怪盗ブラパンを真正面から迎い討つと言う事だ。何も栞本先生の下着を着る必要は無いけれど、七夏が文字通り肌身離さず持っていた方が安全だと主張したが為にそうなった。わざわざ重ね着しているのは、七夏が直接着用しようとしていたのを、それは流石にとさくらが止めたが故に、憂子が折衷案として提案したものが採用されたからである。

「じゃあ、私から1つ。しぃ君にとって、とっても有益になる情報を教えてあ・げ・る♪」

 憂子の折衷案を実行しながら七夏が言った。当然、俺は七夏に背中を向けている。それなのに、わざとらしく大きな衣擦れの音を起てられてしまっている為に、半裸の七夏をどうしたって想像してしまう。生徒会室での事といい裏庭での事といい、どうも七夏は俺の事をからかって楽しんでいる節がある。全く、七夏には困ったものだ。

 だが今は、それについて咎めるよりも、七夏の言葉の方が気になった。

「……俺にとっての、有益な情報?」

 殆ど鸚鵡返しに俺は聞く。

「えぇ。魔技具の使い方について、私が講義してあげる。昨日の勝負内容を顧みるに、しぃ君は魔技具の使い方は疎か、自分の魔技具の能力についてすら分かっていなそうだしね」

「本当か!? 実はその通りなんだ、助かるよ!」

 願ってもない言葉に、俺は声を張り上げた。思わず振り返ってしまったが、幸か不幸か七夏は既に着替えを終えていた様だ。

「と言っても、呪理から聞いた事があるかも知れないけれど、教えた所でしぃ君が魔技具を使い熟せる様になるとは限らないわよ?」

 それは確かに、呪理から言い聞かされた事である。とは言えど、熟練者の七夏に習うのと手探りで進めていく独学とでは、知識や技術に雲泥の差が出来るのは明白だろう。

「それでも良いから、是非にご教授願いますよ。七夏先生」

 だから俺は、素直に七夏に教えを請う。

「うむ、よろしい」

 そう言って、七夏は一つ咳払いをすると、魔技具について語り始めた。

「魔技具を使うには理性を魔力に変換する必要があるのは知っているわよね? では、その変換を行うにはどうすれば良いか。その為には、己の内に存在している欲望の中で、何が一番心の比率を占めているのか。先ずはそれを理解する所から始まるわ」

 テープで補修された俺が壊したアイマスクを懐から取り出すと、それを七夏は目元に当てる。

「因みに、私の中で一番大きい欲は睡眠欲ね。何の捻りも無くって普通だけれど」

「まぁ、そうだろうね」

 微笑しながら、俺は返した。安眠の地として学校の屋上を独占してしまうくらいに寝てばっかりいる七夏の事だから、それは容易に思い付く。

「だからと言って、流石にまだ永眠する気は無いけどね」

 七夏の定番のギャグなのか、七夏は俺の様に小さく笑った。そして、

「話しを戻すわね」

 と前置きをして、七夏は説明の続きを話し始めた。

「人間の三代欲求である食欲、性欲、睡眠欲。その他にも、支配欲、独占欲、探求欲、破壊欲……。一言に欲と言っても多種多様。当然、誰がどれくらいどの欲望を持っているかだなんて、十人十色、千差万別。個人差があって当たり前」

「……で、それが理性を魔力に変換する事と、どう繋がるんだ?」

 話の内容は理解出来るが、そこが俺には分からない。

「まぁ、そうなるわよね。私も、初めて呪理から説明を受けた時、同じ様に悩んだものよ」

 七夏もそうであったなら、このポイントが、初心者の前に最初に立ちはだかる壁になると言う事か。だけど、それを突破している七夏の教えを学んでいけば、俺にも乗り越えて行く事が適うだろう。

「私なりに噛み砕いて説明するつもりだけれど、分かり難かったら、自分で考え悩んで理解をしてね」

「あぁ、分かった」

 返事をすると、七夏の言葉の一言一句をキチンと耳に留めるべく、俺は気持ちを引き締めた。

「魔力を理性に変換するには、必要な分だけ理性を切り崩す必要があるんだけれど、人間の理性って言うのは自分で思うよりも遙かに頑丈に出来ているのよ。たとえばしぃ君だって、ずっと寝ていたいって思った事が1度や2度はあるだろうけれども、だからと言って、本当にずっと寝ているだなんて無理でしょう? それはダメだと理性が働き掛けるから」

「……まぁ、そうだな」

 恐らく、眠気の有無はここでは関係無いだろう。つまりは、体は睡眠を欲していても、何かしらの理由で、それを自らの意志で断ち切る必要がある為に、と言う事だろう。

「最も身近な理性的な理由としては、やっぱり挙げられるのは学校だよな。学生として、どれだけ眠くても起きざるを得ないし。……後は、睡眠ばかりではなく、キチンと食事を取るべきだ……ってのも当て嵌まるのかねぇ? これならば、欲望と一緒に理性も働いているだろうしな」

「えぇ、そんな所ね」

 俺の言葉に七夏が頷く。

「人間ってのは、欲望の儘に行動しようとしても、どうしたって理性や他の欲望に邪魔をされてしまうものなの。でも、決して不可能って訳ではないでしょう? 理性を失って欲望に忠実になってしまう人だって時にはいるし。それは、その人の中で膨れ上がった欲望が他の欲を押し退けて、理性と激しく衝突をして、それに打ち勝ってしまった結果なの。これではただの欲望の暴走だけれども、もしもこの欲望の手綱を引いて、上手く制御を出来るとしたら……?」

「必要な分だけ、理性を切り崩せる様になる……って事か?」

 漸く、最初の壁を乗り越える為の足掛かりとなる答えにと辿り着き、俺は七夏に答え合わせをしてもらう。

「ご名答」

 そして再び、俺の言葉に七夏が頷く。どうやら、俺の考えは正しかった様である。

「そして、そんな芸当が可能なのは、その人の中で最も大きな欲望だけって事なのよ。それ以外の欲望では、他の欲か理性かの、どちらかに阻まれてしまって終わりだわ」

「成る程、ねぇ……」

 今度は、七夏の言葉に俺が頷く。

「そして、その崩れた部分の理性のみを魔力として変換出来る様になる訳だけど、注意点が1つあるわ」

 人差し指をピンと立て、七夏は更なる説明を口にする。

「故意に欲望を膨れ上がらせて、しかも理性を切り崩す。だから、魔技具を使い過ぎると、結果として欲望を制御仕切れなくなって暴走させてしまうのよ」

 屋上で七夏と勝負をしている最中にも、その考えには思い至っていた。

「七夏の場合は、たとえそれが戦闘中でも寝てしまう……ってな感じにか」

 もしも魔技具の存在を知らなければ、舐められているとしか思えなかっただろう。けれども、あの時の推測が正しかったと分かった今では、あの睡眠こそが、七夏が俺と真剣に勝負をしてくれていた事を確信させる。最初こそ舐められていただろうけれども、途中からはキチンと認められていた事が嬉しかった。七夏が、本当に俺の事をライバル兼友達として認識してくれている事の証明だもんな……。

 俺は心の中で礼を言ったがそんな事を知る由も無い七夏は、変わらぬ調子で俺の言葉に言葉を返す。

「そうよ。私は、その弱点を克服する為に寝ながらでも戦える様に特訓をしたけれども、それでもやっぱり、戦力の低下は否めないわね。使える形態も、極々シンプルな『六鵝夢中アブソリュート・グッドナイト』だけしかないし」

 あの六連リボルバーの事かと頭に浮かぶが、今は特に重要ではないのでスルーする。七夏としても話しが脱線してると思ってか、すぐに話しは本筋へと戻っていった。

「さて、偉そうに講義するとか言ったけど、私が教えられるのはここまでね。魔技具を使える様になるには、先ず、しぃ君が自分の中の最大の欲を見つける事が先決だしね。流石の私でも、そこまでは分かり兼ねるから」

 いくら俺の事を本気で友達だと思ってくれていたとしても、付き合いはまだまだ2日目だ。16年近くもの間、姉否瀬利瑠として生きてきた俺でさえ正確に把握出来ていない俺の心の内面を、出会ったばかりの七夏が把握するのは不可能だろう。他人だからこそ分かる事もあるとは思うが、それにしたって、どうしたって長い時間が必要になるのは仕方がない。

「まぁ、そうだよな」

 だから俺は、気落ちしたり、ましてや七夏に失望するだなんて、お門違いな事はしなかった。

「ついでに言うと、いくら私でも、使い方の分からない他人の魔技具を使う事は出来ないわ。言い換えれば、使い方さえ分かれば使う事は出来るけれど、それについては置いといて。……そんな訳だから、私が実際にその魔技具を使ってみて、能力を知るって事は不可能なのよ。こればっかりは、制作者である呪理に聞くか、持ち主であるしぃ君自身が色々試していくしか手は無いわ」

 お手上げと言った風に軽く両手を挙げて、首を何度か横に振る。そのジェスチャーを以て講義を締め括ったらしく、七夏は俺の返答を待つかの様に口を閉ざした。

「ありがとう、非常に為になった。魔力変換の取っ掛かりですら掴めていなかったから、確かに俺にとって、とっても有益な情報だったよ」

「そう。それは良かったわ」

 恐らく七夏が求めているであろう本心からのお礼を言うと、満足そうに七夏が笑った。昨日から七夏に受けっぱなしでいる恩に報いる為にも、絶対に怪盗ブラパンを捕まえて、正式な生徒として認めさせてやる――!


 時刻は13時20分。予告時間である16時までの間、俺は魔技具の使い方の要領を少しでも掴む為に勤しんだ。

「――そろそろ、タイムリミットね」

 しかし、結果が伴わないままに、予告時間を迎えてしまう。

「……仕方がない。俺は、自分の実力だけでやってやる!」

 元より、昨日の時点からそのつもりだったので、俺は早々に見切りを付けて覚悟を決めた。

「さーて。怪盗ブラパンめ、どこからでも来やがれってんだ!」

 そして、俺をこの危機的状況まで貶めた障害物との再戦の時間が、ついにこれから訪れる――。



   §



 ――しくじった!

「くそっ! 俺は何て大バカなんだ!」

 獲物を奪って校内を逃げる怪盗ブラパンの後ろ姿を追いながら、俺は自分に悪態を吐く。

「相手は怪盗なんだから、変装をしている可能性くらい、警戒しておくべきだった!」

 つい5分程前の予告時間の3分前に、殊刃先輩が屋上へとやって来た。今にして思えばこの点からして不自然だった訳だけど、予告の時間までまだ余裕があり、且つ、変装の可能性を考慮していなかった所為で、俺は顔見知りの登場に思わず気持ちを緩めてしまう。それが、怪盗ブラパンの罠とは知らずに。

 言い訳をすれば、それ程までにブラパンの変装は完璧だった。その為、俺も七夏も、ブラパンが獲物を盗んで去り際に変装を解くまでは、殊刃先輩が偽物である事には気付けなかった。

 完全に、虚仮にされていた。わざわざ俺達が見ている前で正体を現さなければ、易々と逃げ仰せる事が出来ただろう。しかし、敢えてその様にしなかったのは、こちらが悔しがる様を見て悦に入る為に決まっている。全く、腸が煮えくり返るくらいにムカつく野郎だ!

 しかも奴は、七夏の夢幻までも下着と一緒にくすねており、七夏が自分を追えない様にと、それを地上に投げ捨てやがった。そして、狙い通りに七夏が夢幻を追って屋上から飛び降りてしまったが為に、俺は今、たった一人で怪盗ブラパンの捕獲に尽力している。

 今日の授業は午前中だけで、しかも、殊刃先輩(本物)が気を利かせてくれたお陰で、部活や委員会の活動も無い。更に、教師の方へも話しを通しているらしく、校舎の中は無人の様だ。その為、俺は周りを気にせず全速力で、スク水を着た変態を相手に追い掛けっこが出来ている。退学が掛かっているので周りの目なんて気にはしていられないけれども、後日、絶対に変な噂が立つであろうから、非常に有り難い配慮であった。

「……っと、集中しなきゃな!」

 反省は後回しにして、今は目の前の敵に全てを注ごう。俺とブラパンの走力は俺の方が僅かに上回っているのか、少しずつではあるが確実に距離は縮まっていた。が、相手は何を仕出かすか分かったもんではないので、もうこれ以上の油断は厳禁である。一瞬でも気か眼を逸らそうものならば、こんなに目立つ格好をしていても、瞬く間に見失ってしまうだろう。

「絶対に捕まえてやるから、観念しやがれ!」

 気を引き締めて階段を下り、捕り物の舞台は2階へ移る。昨日、俺が奴の所為で退学となる原因を作ってしまった因縁の地だ。

「へっ! 決着を付けるには相応しい場所だな!」

 この廊下を渡り終えるまでに捕まえてやろうと、俺は力を振り絞って速度を上げた。

「……ん?」

 しかし、この捕り物は唐突に、乱入者の手によって終わりを迎える事となる。

「殊刃、先輩……?」

 ブラパンが一足早く件のポイントに辿り着こうかという瞬間に、生徒会室から殊刃先輩が現れた。まさか、手を貸してくれる訳ではあるまいし、一体どうした事なのか……?

 俺の心の中での疑問に対する答えは、すぐに行動によって返された。

「しぃの字、悪く思わないでね」

 殊刃先輩は抜刀すると、こちらに向かって刃先を向ける。これによって、先程否定した可能性が浮上する。

 怪盗ブラパンを捕まえる事を優先して、今回の件は水に流してくれるのか?

「『葬送の光電こうでん』!」

 俺が抱いた淡い期待は、刃先から迸る雷光によって、跡形も無く消し飛んだ。

「な……!?」

 激しい音を立てながら、電撃が怪盗ブラパンを貫いた。それだけでなく更に、人体を貫通してもなお衰える事のない電撃が、俺に向かって襲い来る。咄嗟の出来事に体が竦み、避ける事は物理的に不可能だ。

 万事休す……か。

「しぃ君、危ない!」

 俺が回避を諦めて、防壁にならなかったブラパンの体が崩れ落ちた次の瞬間、俺は誰かに押し倒された。すると、間一髪で電撃は俺の頭上を通過した。もう一瞬でも遅れていたら、俺の体は高圧電流によってブラパンの様に焼け焦げていた事だろう。

「大丈夫、しぃ君?」

「あぁ、ありがとう。助かったよ……七夏」

 そんな恐ろしい窮地から俺を救ったのは、ブラパンの策略によって一時的に戦線離脱していた七夏であった。

「これで、助けて貰ったのは2回目だな」

 俺の上から退いた七夏の手を借りて、俺は静かに立ち上がる。

「全く、驚いたわよ。夢幻を回収して急いでしぃ君を探していたら、こんな場面に出会すんだもの。悪趣味な程に衝撃過ぎる再会シーンね」

 呆れた風にそう言った後、七夏は急に真顔になって、俺の背後から歩み寄る人物の顔を睨み付けた。

「邪魔しないでよね、七夏」

「何のつもりなのよ、殊刃」

 七夏も殊刃先輩の方に歩み寄り、至近距離からお互いに、凄い剣幕で睨み合う。しかも、それぞれに銃口と刃先を相手の喉元に突き付け合って、すぐにでも修羅場と化そうな雰囲気だ。

「目障りなのよ、貴女は」

 そんな状況で先に口を開いたのは、殊刃先輩の方だった。

「私よりも裕福な家に生まれ育ち、私よりも成績優秀でありながら、どうしてそんなに不真面目なのよ……。家庭の事はまだしも、成績だけは勝とうと去年一年絶え間無く努力しても、貴女それをいつも容易に上回る。これじゃあ、私がただのバカじゃない!」

 一年間で溜まっていたであろう鬱憤を全て吐き出すかの様に、殊刃先輩は声を荒げた。いや、実際に、全ての不満を対象者である七夏にぶつけているのであろう。堰を切って溢れる涙が、優等生である生徒会副会長の仮面を溶かして、美都沢殊刃の本当の顔を曝け出す。

「だから私は、しぃの字が盗まれた下着を持って生徒会室へと訪れたのを利用して、貴女を退学へと追い込んでやろうと決めたのよ! 牡丹がしぃの字への伝言を残しに行った時に、貴女達が友人関係にある事を知ったから、ずっと『お友達』を欲しがっていた独りぼっちの貴女なら、必ず首を突っ込んでくると思っていたわ!」

 度重なる偶然が、殊刃先輩を復讐へと駆り立ててしまった、と言う訳か。俺が部外者だったなら、多少は同情したかも知れない。けれども、俺は、渦中の真っ直中の当事者だ。憐れむ気持ちも多少はあるが、それ以上に怒りが湧いた。

「しぃの字には悪いけど、貴女達2人は、最初から退学させるつもりだったの。怪盗ブラパンを取り逃すならば、栞本先生には申し訳無いけどそれで良し。万が一確保しそうになったならば、今みたいに手柄を横取りして、退学処分を言い渡したわ。……退学を取り消す条件は、あくまでも、貴女達2人が怪盗ブラパンを捕まえるって話だったからね。……あぁ、退学後の将来ならば、心配しなくても良いわよ? 私の復讐へと巻き込んでしまったしぃの字は、お詫びとして、私の専属執事として雇ってあげるから。……七夏は、精々親の臑でも齧ってなさい。寝てばっかりの怠け者の貴女には、そんな堕落した人生がお似合いよ!」

 捲くし立てられた殊刃先輩の言葉に、憐れみの気持ちは消え失せた。今の俺には、殊刃先輩は第4の障害物にしか見えないでいる。

「私と直接勝負をした所で勝ち目が無いから、無関係のしぃ君のこれからの人生を利用した……って言う訳、ね。己の中で熱く燃え上がる嫉妬の炎のその火種。それを消す為だけにそこまでするとは、貴女も墜ちる所まで墜ちたものだわ。……その腐った性根、私が撃ち抜いて矯正してあげる」

 俺が言いたい事と、自分の事の様に怒ってくれている七夏が発した言葉の内容は、細かい差違こそあるけど同じだった。だから俺は、敢えて口を挟まずに、事の成り行きを見守った。

「……面白い。なら、勝負しましょうか。私と貴女、1対1の真剣……いや、銃剣勝負を。貴女が勝ったならば、2人の在学を認めてあげるわ」

「その言葉、嘘は無いわね?」

 今度こそ騙されない様にと、七夏が念を押して確認をする。

「えぇ、誓うわ。……生徒会役員に選ばれて、魔技具――貴女と戦う為の新しい武器を手に入れた私を、今までの私と同じだとは思わない事ね」

「……望む所よ」

 その言葉に嘘は無いと感じたのか、七夏は真剣な眼差しで勝負を受けた。断れば生徒会権限で理不尽に強制退学させられるので、結局は受けざるを得ないのだけど、それでも、疑いながら勝負をするより気持ちとしては楽だろう。

「七夏……」

 七夏が負けるとは思わない。けれども、殊刃先輩の魔技具の凄まじい力を目の当たりにしているので、どうしたって心配な気持ちは拭えない。

「心配しないで、しぃ君。私は絶対に殊刃に勝つから」

 そんな俺の心中を察して、七夏は努めて明るくそう言った。

「……あぁ、任せた」

 七夏の事だ。俺と勝負をした時とは全く違う状況で、自信は有っても驕る事はないだろう。だから俺は、七夏の言葉を信じて、俺の人生を託すと決めた。

「じゃあ、行きましょうか、七夏。貴女の安眠の地であり、永眠の地となるあの場所に……」

 そして、舞台は、最後の決戦の地である屋上へ――。


 16時10分。俺の退学を掛けた2日間の騒動も、いよいよ終焉の時を迎えようとしていた。自分の人生の行く末を見ている事しか出来ないと言うのはもどかしいけど、一度信じると決めた手前、俺は最後まで七夏を信じる、ただそれだけだ――。

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