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(4)齎された最後の希望

 1発の銃声が耳を劈くや否や、勢い良く扉が開け放たれる。まるでドラマの様なド派手な登場シーンを以てして現れたのは、屋上の仮面銃士こと五冬七夏その人だった。

「七夏……」

 闖入者の正体を認めた殊刃先輩が、苦虫を噛み潰した様な顔になる。それだけで、両者の間に何かしらの因縁関係が存在する事を俺に窺わせた。

「鍵は開いてたんだし、普通に入って来なさいよ。……尤も、招かれざる客である貴女には、即刻お引き取り願いたい所存だけれど」

 不機嫌な心中を剥き出しに、殊刃先輩は七夏に向かって食って掛かった。刀を手に立ち上がっているその様から、いざとなれば実力行使に訴えそうだ。まさに、一触即発。ちょっとした火種でも熾きようものなら、すぐにこの生徒会室は修羅場と化してしまうだろう。

「冷たいわね。去年まではクラスメイトだった仲じゃない」

「……えぇ。貴女の出席日数さえ足りていれば、今年もクラスメイトだったかも知れないわね」

「そうしたら、私が今、生徒会の副会長になっていたかも知れないわね」

「――くっ!」

 七夏の言葉に、殊刃先輩が歯軋りをする。信じられない事だけど、その反応から、二人が1年の時には七夏の方が成績優秀者であったみたいだ。衝撃の事実が発覚したものである。

 それは兎も角、七夏にそのつもりは無さそうだけど、殊刃先輩からしたら侮辱された気分だろう。

「――で、何の用なの?」

 だが、意外にも、殊刃先輩は溜息を一つ吐くと、冷静になった風に七夏に話を促した。用件だけ聞き出して、とっとと部屋から追い出そうと言う魂胆だろうか。

「指1本摘る毎に、1文字だけ発言権を与えましょう」

 そんな事は無かった。話を聞くつもりなんて毛頭無いな。それだけスゴく怒ってらっしゃる。

「しぃくんの指も含めて20文字か。……何とかギリギリ足りるわね」

 さらっと怖い事を言いおった。七夏の表情だけで判断するならば、本気で考えていそうで実に恐ろしい。

「おい、七夏――」

 流石に冗談じゃないので、俺も立ち上がって二人の仲裁に入る事とした。

「……冗談よ。早く言いなさい。聞くだけ聞いてあげるわ」

「えぇ。牡丹に良く耳掃除をして貰って、一言一句聞き漏らさない様に心して私の言葉を拝聴しなさい」

 しかし、その必要は無かった。顔を合わせる度に毎回こんな遣り取りをしているのか、先程までの険悪な雰囲気は今は無く、当然の様に2人揃ってソファーに座って向かい合う。

「ほら、しぃくんも早く座りなさいな」

 その切り替えの早さに呆気にとられて動けないでいる俺に対して、七夏は自分の膝を叩いて座るように促した。

「あ……あぁ」

 突っ立っていても仕方がないので、俺も気持ちを切り替えて七夏の隣に腰掛ける。

「しぃ君ぐらいなら重くないから、遠慮しなくても良いのに。それとも、殊刃の膝の上の方が良かったかしら?」

「生憎だが、私の膝の上は『強電雷鳥』専用の特等席なんでね。済まないね、しぃの字」

「殊刃様の命令であれば私は一向に構いませんけれど、如何いたしましょうか?」

 九陸先輩の時の様に、いつの間にか呼び方が愛称に変わっているのは置いといて。3人の年上の女性達は、俺の事をからかっている訳ではなく、どうやら本気で言っていた。確かに俺は年下だけど、そこまで子供っぽくもなかろうに……。

「いえ、お構いなく」

 その事が軽くショックではあるが、俺は努めて冷静に丁重に断った。

「……」

 机の上の鞄を見て、七夏の闖入騒ぎで忘れていた更に大きなショックが蘇る。途端に俺の胸中は不安な気持ちに支配され、とてもじゃないが穏やかな気持ちを繕う事すら無理そうだ。天国から地獄へと突き落とされてしまった己の不甲斐無さに、思わず恥じも外聞もなく泣きたい気分になってきた。

「それよりも、殊刃。しぃ君が退学だなんてどーゆう事よ」

 だがしかし、七夏のその言葉で悲しみは驚きによって掻き消され、涙は零れる事無く引っ込んだ。

「しぃ君は私の大事な好敵手であり友達なのよ。それなのに、私の許可無く退学だなんて認めないわよ」

 七夏は真剣な眼差しで殊刃先輩を睨み付けた。返答次第では、すぐにでも発砲しそうな剣幕だ。

「七夏……」

 今度は、嬉しさの余りに泣けてくる。

 ついさっき人の事を子供扱いしておいて、それなのに本気になって庇ってくるとかズルいだろ……。

 まだ友達になって間もない上に、ともすると自分の立場すら危うくしてしまう様な人を相手に立ち向かうとか、どれだけ情に厚いんだ……。

「俺からも、お願いします。一度、キチンと話をさせて下さい」

 七夏の言葉に胸を打たれた俺は、自分からも殊刃先輩に挽回のチャンスを求めて言った。これは俺の問題だ。だから、七夏に頼ってばかりではいられない。

 諦めていた自分が恥ずかしい。もう、こんな気分は味わいたくない。だから俺はもう一度、最後の障害物である『怪盗ブラパン』の攻略へと取り掛かった。

「信じて貰えないかも知れませんが、先程のアレは誤解なんです」

 その為の第一歩として、先ずは己の冤罪を晴らす必要があった。それを成す為ならば、土下座でさえも厭わぬ覚悟だ。誠意が伝わるまで、何度でも何度でも、繰り返し頭を下げてやる――!

「分かったわ。話してみなさい」

 覚悟を決めた俺の心中を汲んで貰えたのか、殊刃先輩は二つ返事でそう言った。その事に思わず顔が綻ぶが、喜び笑うにはまだ早い。話を聞いて貰うのは目的ではなく、飽くまでも過程に過ぎないのだからな。

 俺は気を引き締めて、事の顛末を話した。

「――成る程、ね」

 腕組みをして静かに俺の話に耳を傾けていた殊刃先輩が、頷きながらそう言った。

「……普通、丸まってたって女性物の下着だって分かるでしょ? しかも見るだけじゃなくって触ってるんだし。思春期のドーテーなんだから、興味無い訳あるまいしねぇ」

「悪かったな……」

 テーブルの上に広げられた下着を指差しながら七夏が小馬鹿にしてくるが、恩がある手前怒れない。気付かなかった自分にも非がある事は確かだから尚更だ。

「殊刃様の命令ならば、私が文字通り一肌脱いでも構いませんよ?」

「……九陸先輩は、もっと自分を大切にして下さい」

 これまた本気で言っていそうで質が悪い。

「――それは兎も角」

 そう前置きをして、俺は逸れた話を元に戻した。

「そう言う訳で、俺が下着ドロと言うのは誤解なんです。反射的にとは言え下着を鞄に仕舞ってしまったのは事実ですけど、悪意は全く無かったんです!」

 己の無実を力の限り訴える。状況的には圧倒的に不利だけど、今は信じて貰える事をひたすら信じて、俺は直向きに心の中で祈りを続けた。

「今度は、こちらの事を話しましょうか」

 返ってきたのは、予想外の言葉だった。が、口を挟む訳にもいかないので、静かに話を聞いてみる。

「事の始めは今朝8時。学校宛に、一通のメールが届いたの」

「それが、こちらです」

 九陸先輩が、俺にタブレットを差し出した。それを受け取って見ると、とあるフリーメールの受信画面が開かれており、そこには怪盗ブラパンからの予告状が表示されていた。

「『本日16時、栞本栞先生のブラとパンツを頂戴しに参ります。怪盗ブラパン』……ねぇ」

 横から画面を覗いていた七夏が、淡々と文面を読み上げる。

「風の噂で聞いた事があるわ。約1ヶ月周期で1件、全国のどこかしらの学校で、女性の下着を専門に盗み出すゲスがいる……とね」

「えぇ、それがこの怪盗ブラパンよ」

 七夏の言葉に、殊刃先輩が答えた。

「悪戯の可能性もあるけれど、本物だったら大変だから、牡丹を先生の護衛に就かせていたわ。私には、どうしても手放せない仕事もあったしね。他の生徒会役員の先輩達にも真面目に働いて頂ければ、怪盗ブラパンなんて今頃お縄を頂戴してやったのに……」

 どうやら、生徒会も一枚岩ではないらしい。成績優秀者だからと言っても、所詮はランダムに選ばれただけの役員……か。自分の意志で就いた訳では無いから、生徒会の仕事についての責任等は希薄の様だ。殊刃先輩の様子からも、先輩達には手を焼いている事が良く分かる。

「まぁ、要するに、よ。牡丹は怪盗を取り逃がして、その怪盗は獲物を落としてしまった……と。で、それを偶々見つけたしぃ君が生徒会室に戻ろうとしていた牡丹に見つかって声を掛けられて、慌てて下着を鞄に入れてしまったと言う訳、ね」

 身も蓋もない七夏の言い方だが、的確ではある。

「概ね、そんな所ね」

 七夏の言葉に、殊刃先輩が頷いた。

「すみません。私が不甲斐無いばかりに」

 そして、殊刃先輩の言葉に、九陸先輩が頭を垂れる。

「まぁ、過ぎてしまった事は仕方がないわ。それに、盗まれた物はこうして返ってきた訳だから、それだけでも上出来よ」

 反省する九陸先輩を咎める事無く励ますと、殊刃先輩は話の続きを口にする。

「正直に言うと、私もしぃの字が怪盗ブラパンだと、本気で考えている訳ではないわ。さっき、今日登校してからの一連の流れを説明して貰った限りでは、とても嘘を吐いている様には思えなかったし」

「じゃあ、何で?」

 俺が口にしようとした疑問を、七夏が一足先に投げ掛ける。

「疑わしきは罰せよ。犯罪者の疑いがある者を、この神罰校に生徒として置いておく訳にはいかないのよ。それがたとえ、白に限りなく近いグレーでも……ね。そもそも、しぃの字と私はついさっき初めて顔を合わせたばっかりなのよ? そんな人間の心証を無実の根拠として受け取ってくれる人なんて、少なくとも私の周りにはいないわね」

「乱暴ね。……でも、尤もな意見でもあるわ」

 七夏の言葉には、俺も全面的に賛同だった。殊刃先輩が告げた彼女の結論は、決して暴論と呼べるものではない。どちらかと言えば、七夏みたいに、出会ったばかりのまだ良く知らない人間に対して、ここまで親身になって接してくれる方が希有なんだ。

 だから、殊刃先輩の結論に、反論は無い。でも、だからと言って、ここで素直に引き下がる気にはなれなかった。

「……チャンスを、頂けませんか?」

 藁にも縋る思いで、俺は言った。

「俺が、俺の手で自分自身の無実を証明してみせます。……だから、その暁には、俺をこの神罰校の正式な生徒として受け入れては頂けないでしょうか?」

 この懇願を断られたら、今度こそ全てが終わるだろう。正真正銘、最後のチャンス。冤罪晴らしに挑むチャンスを手に入れられるか。そして、それを物に出来るか否かで、俺の人生は大きくガラリと一変をする。

「お願いします!」

 望んだ方向へと人生を歩み進める為ならば、土下座でも何でもしてみせよう。と、そう俺は改めて覚悟を決めて頭を下げた。

「私からも、お願いするわ」

 隣を見やると、七夏も同じ様に殊刃先輩に向かって深々と頭を下げていた。

「七夏……」

 本当に俺は、良い友達をもったものだ。この友達との楽しい学校生活を送る為にも、俺は根気と誠意を出し惜しまない。チャンスを貰えるまでは、何時間でもこの体勢でいてみせる――!

「……」

 生徒会室を、静寂が支配した。が、それも束の間。

「……良いわ。そこまで言うなら、一回だけチャンスを与えてあげるわ」

 俺の事を本気で疑っていないからだろうか。意外にもあっさりと、チャンスを貰える事となる。

「……あ、ありがとうございます!」

 殊刃先輩に対して何度目かとなるお礼の言葉を述べながら、俺は跳ねる様に頭を上げた。

「まぁ、この私が頭を下げたんだから、当然の結果と言えるわね」

 要求が通った途端に、七夏の態度が尊大になる。その事を見越していたのか、殊刃先輩は特に何も言わなかった。その代わりと言う様に、九陸先輩が口を開いた……よな? トランクスに隠れて見えないけれど。

「七夏様は、船を漕ぐか頷くか俯くか下を向くか以外の理由で、頭を下げた事なんて無さそうですしね」

 九陸先輩のその言葉に、殊刃先輩も頷いた。俺も、ついつい小さく笑ってしまう。

 確かに、失礼ながら、七夏が謝罪や懇願をするイメージは無い。無理も道理も責任等も、全て引き金一つで解決しそうだ。

「えぇ、その通りね。明日は銃弾の雨でも降るかしら」

 七夏も、その事を自覚している様だった。

「自分の為にすら人に頭を下げた事の無い私に、まさか、人の為に頭を下げる日が訪れるとは……。まぁ、生涯で初めての友達だから、それだけ大切にしたいと思っているって事だわね」

 顎に人差し指を添えながら、七夏は冷静に自らの心中を分析した。サラリと問題発言をしたけれど、この場では触れない事にしておこう。

「貴女にも、人間らしい心が残っている様で安心したわ」

「あら、聖人君子だって人間なのよ? 私にだって人の心が備わっているのは当然じゃない。それに、貴女は私の事を雲の上の存在として認識しているのかも知れないけれど、それは大いなる過大評価よ。いいとこ私は高嶺の花ね。同じ下界に住む者同士なんだから、パンピーのしぃ君と仲良くしたいと思う事には、どこにもおかしい所は無い筈だけど?」

 殊刃先輩の軽い憎まれ口を、七夏は自己評価の高い言葉で受け流す。ここまで来るといっそ清々しい程の自信の塊っぷりである。

「まぁ、それは置いといて。……牡丹」

 端から七夏が少しでも気分を害する事など期待していたかったのか、殊刃先輩もあっさりと七夏の言葉を流して九陸先輩の名を呼んだ。

「はい、殊刃様」

 阿吽の呼吸でそれだけで用件が分かったのか、九陸先輩は殊刃先輩のカップにコーラのお代わりを注ぎ始めた。その間に、殊刃先輩がテーブルの上のタブレットを手に取って何やら画面を操作する。

「これを見なさい」

 そう言って差し出されたタブレットには、先程とは別のメールの文面が画面に表示されていた。それを、先程と同様に横から覗いた七夏が、淡々とした声で読み上げる。

「『明日16時、逃した獲物を頂戴しに参ります。怪盗ブラパン』……ねぇ」

 画面から顔を離して、七夏は腕を組んでソファーに踏ん反り返った。

「性懲りもなくまた現れるのね、愚かで下劣なこそ泥が」

「怪盗ブラパンは、一度狙った獲物は絶対に盗み出すのがポリシーらしいからね。至極迷惑な話だが」

「ブラパンに限らず、全ての怪盗のポリシーではないでしょうか。こんな馬鹿げた犯行を止めさせる為にも、徹底的に痛い目に遭わせて差し上げる必要がありますね」

 相手が女性の敵だけあって、彼女達は各々に辛辣な言葉を口にする。勿論、俺としても文句は言いたい。こんな不埒な奴がいなければ、問題無く神罰校の生徒になれたのに。

「……殊刃先輩」

 俺は怒りを押し殺して確認をする。

「要するに、自分の無実を証明したくば、明日、俺の手で怪盗ブラパンの野郎を捕まえろ……って事ですね?」

 話の展開的にこれしかないし、俺としても望む所だ。

「えぇ、その通りよ。牡丹でさえも取り逃したとなると警察なんて当てにはならないし、それならばいっそ、七夏と遣り合ったしぃの字に期待した方が勝機があるしね」

 殊刃先輩からの返答は、俺の予想通りのものだった。

零丸ぜろまる様も美海水みみみ様も伽羅きゃら様も、誰一人として手を貸しては下さいませんし」

「誠に嘆かわしいチームワークね、貴女達って」

「そればっかりは否定しないわ」

 3人の話に挙がったのは、今ここにはいない生徒会役員のメンバーの事に違いない。本来ならば七夏の様に呆れる所ではあるが、そのお陰で俺に怪盗確保のお役目が回って来た訳だから、今は感謝しておこう。

「私達は手を貸さないし、失敗したら強制退学よ。今この場で無理だと思って諦めるならば、特別に自主退学って扱いにしてあげる。その方が体面が保てて他の高校へも編入し易くなるからね」

「いえ、やります! やらせて下さい!」

 当然、俺は即答した。諦めるつもりならば、最初から足掻いたりなんかしていない。

「私も手伝うわ。……良いわよね、殊刃?」

 有り難い事に、七夏が協力を申し出てくれた。これ以上の迷惑を掛けたくはないから俺から頼むつもりは無かったが、自主的に助けて貰えるならば心強い事この上無い。

「失敗したら、貴女にも退学して貰うけれど、それでも良いかしら?」

 しかし、その対価に七夏の未来を賭けろと言うのであれば話は別だ。こうなっては流石にここから先は巻き込めない。

「えぇ、勿論」

 だが、俺が止めるよりも一足早く躊躇無く、七夏はその代償を受け入れた。こうなってしまっては、俺が何を言った所で、七夏は耳を貸さないだろう。

「しぃ君も、構わないわよね。文句があるなら聞き流すけど」

「……いや、何も無いさ。ありがとう、助かるよ」

 だから俺は、文句を言わずにお礼を言った。

 これで、俺と七夏は一蓮托生。元々負ける気なんて更々無かった捕り物だけど、尚更しくじる訳にはいかなくなった。

 自分の為にも。そして何よりも、我が身を挺してまで俺を庇ってくれた七夏の為にも――。



   §



「実に惜しかったわね」

 草木も眠る丑三つ時。昨晩と同様に呪理が俺の部屋を訪れて、開口一番そう言った。やはりと言うか、結果は把握している様だった。

「悪かったな。折角、アドバイスだけでなく魔技具まで貰っていたって言うのにな」

 呪理の訪問を予想していた俺は、言い淀む事無く素直に謝る。

「いや、謝るにはまだ早いよ」

 言いながら、呪理はベッドの縁へと腰掛ける俺の膝へと腰掛けた。これは、子供扱いされてショックを受けた俺への慰めだろうか。端から見れば、俺が大人に見えるだろうと。実際には呪理の方が年上だろうし見ている人もいないけど、その心遣いがとても嬉しい。

 俺が心の中でお礼を言うと、呪理は俺の両手をそっと掴んだ。

「本当ならば、キミは今日で退学だった。けれども、障害物の1つであった屋上の仮面銃士を味方に付ける事で、未来が少し変わったみたいでね」

 俺の腕をセーフティーガードの様に肩から前へと回させると、呪理は足をパタパタさせて言葉を紡ぐ。その内容は、俺も考えていた事だった。

「友情を育んだけど勝負には負けたから、クリアーとはならなかった。けれども、そのお陰で新たなルートを切り開く事には成功した……と言う訳だよな?」

「うむ」

 俺の質問に、呪理は至極簡単に答えを返した。

「それに関しても、魔技具があったお陰だな。丸腰だったら、手も足も全く出せずに負けていて、七夏も俺と友達になろうとは思わなかった筈だしな。ホント、呪理様様だわ」

 俺の言葉に、呪理は小さく首を横に振る。

「何を言う。使い方も分からない魔技具の魔力を本能的に発動させた、キミの並外れたセンス有っての賜物だ」

「……そう、なのか?」

 褒め過ぎだとも思ったが、どうやらそうでも無い様だ。

「そうとも。本来、魔技具とは使い方を説明された所で、一朝一夕で使える様な代物ではない。キミが今日勝負をした屋上の仮面銃士こと五冬七夏だって、魔技具を授けてから銃弾を撃てる様になるまでは、たしか3日は掛かった筈だ。それも、操馬骰の様な特殊な能力の一切付与されていない、普通の銃弾ですらだよ」

「え……?」

 意外な言葉に驚いた。けれども、言われてみればそれが普通か。日常的に目にする機会があったりするならいざ知らず、魔技具は非日常側のアイテムだ。そうそう簡単に使い熟せる筈がないのが道理だろう。

 俺がそう納得すると、

「だから、本当ならば魔技具を渡した所で無駄だった。未来を故意に変えない為に使い方を説明出来ないとなれば尚更……ね。けれども私は、キミならばもしかして……と、万が一の賭けに打って出たんだ。昔、あの子と――」

 呪理が何かを言い掛けて口を閉ざした。

「……?」

 チョイチョイ口を滑らせそうになるな、この人は。まぁ、助けて貰っている手前、こちらからは一切の詮索はしないでおくが。

「……コホン」

 わざとらしく咳払いをし、呪理は俺の膝から飛び立った。

「兎にも角にも、泣いても笑っても、明日でキミの未来は定まる定め。どちらに転ぼうとも決して悔いの無い様に、精魂尽き果てるまで力の限り頑張り給え」

「あぁ、今度こそ上手くやってみせるさ!」

 微笑んで激励をしてくれる呪理に向かって、感謝の気持ちを込めて親指を立てて笑い返した。

「ではな、瀬利瑠君」

 その言葉と共に、呪理は闇に溶け込み部屋から去った。

「……約束する。絶対に俺は、怪盗ブラパンを捕らえて神罰校の生徒になってやる――!」

 先程まで呪理が浮かんでいた虚空を力強く見詰めながら、俺は拳を握って誓いを立てた。


 未来が変わった事によって障害物が1つ増えてしまった事など、この時の俺には知る由が無かった。しかもそれは、3つの障害物よりも更にハードルが高く険しい物だった。

 七夏の助力を以てしても、乗り越える事が困難な程に強大過ぎるその障害物の正体は――。

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