(3)怪盗ブラパン
いの一番に視界の中へと飛び込んだのは、見知らぬどこかの天井だった。
「――ここ、は……」
視覚を初めとして、徐々に五感が体に戻る。
「保健室……か」
ベッドの柔らかい感触に、漂う消毒液の臭いが鼻腔をツンと刺激する。味覚と聴覚からのヒントは特には無いけれど、現在地は簡単に割り出せた。
それよりも、気になる事が他にある。
「俺は一体、どれくらの時間、気絶していたんだ……」
上半身を起こして時計を探して見回すと、壁掛けの物がすぐに見つかり時刻が分かる。
「嘘……だろ……?」
時刻は16時18分。実に、8時間半近くも気を失っていた事になる。その要因は、寝不足と二人の女性から受けた過度のダメージだろうと直感するが、それが分かった所で意味が無い。
時すでに遅し。入学式は、とっくのとうに閉式となり、それどころか、放課後にまで突入して大分時間が経っている。つまり、俺は初日から学校をサボった問題児になってしまったと言う訳だ。たとえそれが故意ではなかったとしても、誰が信じてくれようか。
さくらと七夏、何だかんだで晶も正直に証言してくれるだろうと思うけど、それでもたったの3人だ。しかも、内2人は本日出会ったばっかりで、最後の1人とは8年もの間離れ離れになっていた。これでは、いくらなんでも信憑性は希薄だろう。とてもじゃないが、学校側が真剣に取り合う事は望めない。「終わった……」
俺は、自分のこれからの人生に悲観して、頭を抱えて塞ぎ込む。が、
「のか……?」
その直後に、ふと、とある事実に気が付いて、俯いたまま思案に耽る。
「まだ、もう1つ、障害物が残っている……よな?」
『屋上の仮面銃士』こと五冬七夏との真剣勝負と、大狼晶からの『獣の放光』による一撃必殺。幾度となく頭部へのダメージを受けたものの、脳味噌は正常に働いている。
間違いない。まだ、最後の障害物である『怪盗ブラパン』が、確かに残っている筈だ。
「つまり、俺にはまだ、チャンスが残っている訳か……?」
だとしたら、気を落とすにはまだ早い。多分、最終的な決定は、学校関係者の誰かから、退学を言い渡される時だろう。だから、それまでの間に、最後の障害物が俺に襲い掛かって来る筈だ。それさえ回避出来たなら、俺の退学は無かった事になるだろう。
多分、筈、だろう、ばかりの予想に溢れた考えだけど、正解だとしか思えない。と言うか、今はこの可能性に縋り付くしか道は無い。
「……よし! いつまでも、寝ている場合じゃねーな、こりゃ!」
布団を撥ね除けてベッドから降りると、足下に置いてあった鞄を見つけた。危うく踏んでしまいそうになったそれの上には、何やら可愛らしい淡いピンクの紙が一枚、ちょこんと静かに乗っている。
「何だ、これは?」
手に取って見ると、見舞いに来てくれていたらしい人達からの寄せ書きだった。
『しぃちゃん、早く元気になってね~! さくら』
『無理は厳禁、健康な心身プライスレス 七夏』
『ロリで巨乳、それがボクの理想の彼女 晶』
「……」
晶の大馬鹿女は、一体何しに来たのだろうか。一緒に来てくれた他の2人は、ちゃんとお見舞いしてくれたのに。
俺を保健室送りにした張本人のくせに、全く関係の無い欲望に塗れた晶の文面に呆れながらも、友達から心配してもらえる事が心底嬉しく、自然と笑みが零れ出る。
「……さて、と」
お礼は、退学を阻止した後に、クラスメイトとして面と向かって言わなきゃな。その為にも先ずは――。
退学へのカウントダウンは、既に終盤へと差し掛かっている。みんなと楽しく高校生活を送るにも、俺は全力でそれを食い止める必要があった。その願望を成すに為は、俺はこれから一体何をするべきか。
そう思った矢先。
「……ん?」
紙の下の方が、少し折られている事に気が付いた。若干、黒い線が覗いているから、ここにも何かが書かれてそうだ。
「あの3人の他にも、誰かが見舞いに来てくれたのか……?」
3人が綴った文字はそれぞれ、さくらは紙より少し濃いめのピンクだし、七夏は何故か修正液だし、晶に至っては更に奇怪に切り抜き文字だ。わざわざ違うペンを用意する意味は無いだろうし、他の誰かが認めた物だと考えるのが妥当だろう。
「まぁ、取り敢えず読んでみるか」
心当たりは皆無だが、中身を見れば流石に判明する筈だ。そう思って確認した折り目の内には、以下の通りに特に特徴の無い文字が綴られていた。
『姉否瀬利留様へ。目が覚めましたら、生徒会室までお越し下さいませ。 生徒会雑務 九陸牡丹』
――ついに、最後の障害物との対峙の時が、間近に迫って来た様だ。
俺は一息吐いて覚悟を決めると、保健室を後にした。
§
「にしても、怪盗ブラパンって一体何者なんだ……?」
時刻は16時25分。生徒会室への道すがら、俺はこれから遭遇する筈の最後の障害物について、頭を捻って思案した。
「ブラパン……って、やっぱり、女性用の下着の事だよな? だとしたら、とどのつまりは下着ドロ?」
安直なのは、相手のネーミングセンスか、はたまた俺の考え方か。昔、何かのアニメで似た様な名前を聞いたけど、流石に関係無いだろう。
取り敢えず、今は相手は下着ドロだと仮定しよう。そうだとしたら、俺はそんな変態を、相手にしないとダメなのだろうか。この神罰校に盗みに入った不埒な輩を、取っ捕まえろと言うのだろうか。今までの流れからして、敵との接触は不可避だと思った方が良かろうし。
「まぁ、七夏や晶以上の強者で尚且つ曲者は、そうそう現れたりはしない……よな?」
断言出来ない所が非常に怖い。朝から続く非現実的な出来事が、俺に様々な可能性を想像させる。有り得ない、なんて否定的な考え方は、既に俺の中には存在しない。この世には、まだ俺の知り得ない、数多の不思議が満ちている。
「いや、最後の障害物だけあって、きっと一番厄介な事になるに違いない……な」
だから俺は、悪い方向へと思考を傾けた。少しでも甘い事を考えたら、絶対に足下を掬われる。そうならない為にも、都合の良い事は頭の中から一切合切排除する。もう後が無いんだから、これぐらいしないと退学からは逃げなれない。
そんな事を考えている内に、階段を上り切って生徒会室のある校舎の2階へ辿り着く。猶予は、もう決して長くない。廊下の端にある階段から生徒会しつまでの距離は、凡そ50メートル。たったそれだけの短い距離が、俺に残された最後の時間だ。
「裁判所の被告人席へと向かうのは、きっとこんな気分なんだろうな……」
下されるのが有罪判決か退学処分かの違いはあるが、覆すのが難しい事に関して言えば同じだろう。
一歩一歩踏み出す為の足取りが、どうしたって重くなる。それでも望んだ未来へ進むべく、俺は足を前に出す。
「……ん?」
そして、中間地点まで進んだ所で、目の前に何かが落ちている事に気が付いた。
「また、か……」
俺は廊下にポツンと取り残されている白い物体に、グチる様に呟いた。
――さて、どうしたものか。先程は無視をするのが正解だったが、果たして今度もそうなのか。良心に従うならば拾うべきだが、そこに付け込まれて退学へと誘導されてしまう気もしてならない。
「う~む」
運命の女神様が同じ手段を二度も用いるかどうかは定かでないが、可能性としては低いと思う。これがゲームとかの創作ならば、裏をかいて同じ罠を続けて仕掛けるシチュエーションも、往々にしては有り得るだろう。けれども舞台は現実だ。そんな展開が待ち受けている確率は、偶然――或いは、奇跡と呼べる程度に些末だろう。少なくとも、一日に二度も落とし物を拾う確率よりは塵芥、だ。
「……よし!」
俺は考え抜いた末の結論として、落とし物へと近付いた。
「この選択が、吉と出るか凶と出るか……」
念の為の用心だけは怠らずに、俺は屈み込んで落とし物を手に取った。どうやらこれは、何やら布製品の様である。几帳面に小さく丸められているし、触っただけではそれが何かが分からない。
「何だこれ……?」
手の中の謎の物体の正体を確かめるべく、俺はそれをゆっくり広げる。
「姉否瀬利瑠様……ですか?」
その最中で、背後から不意に声が掛かった。
「――っ!?」
意識が完全に手中に集中していた為に、俺は口から心臓が飛び出る程に驚いた。その所為で、
「あっ……」
手に持っていた物を、少し口の開いていた鞄の中へと、反射的に仕舞ってしまう。これではまるで、何か後ろ暗い所がありますよ、と、暗に伝えている様だ。
「……どうしましたか?」
が、続いた声は平坦で、慌てる俺に不審を抱いた様子は無かった。
「いえ、別……に?」
一先ず安堵しながら振り返ると、くすねる形となってしまった落とし物の存在が綺麗サッパリ消える程、強烈な姿がそこにはあった。
背後に立っていたその女性は、何故かオーソドックスなメイド服を身に纏っていた。まぁ、それも謎だがそれは良い。まだ、一応の理解は出来る。でも、頭に被ったそのストライプ柄のトランクスは何なんだ。どうして、用を足す時にアレを出す為の穴から、半開きで気怠そうだが宝石の様にとても綺麗な碧眼を、右目の方だけ露出させているのだろうか。
「……え~っと」
トランクスの下から伸びている艶やかな金髪と相俟って、否応無く端麗な素顔を想像させる。仮に目の前にいる女性が、掻き立てられた想像力が描いた通りの絶世の美少女だったとしても、男物の下着を頭に被る変態痴女は、こちらから丁重に願い下げだが。
閑話休題。
「――貴女はもしかして、九陸牡丹さん……ですか?」
俺は意を決して、初対面の彼女に対して心当たりの有る名を言った。俺の名前を知っていた事からも、仮に外れていたとしても、生徒会の関係者である事には間違いない……だろう。生徒達の代表にして権威の有る生徒会の役員が、こんな変態染みた奇抜な身形をしているなんて、到底受け入れたくはないけれど。
「はい、その通りで御座います」
しかし、現実とは得てして非情なものである。覚悟はしていたけれども、いざ突き付けられると気が滅入る。
「……」
まぁ、嘆いていても仕方がない。確か、学校案内のパンフレットによると、この神罰校では学年末毎に3年生を除く各学年の成績上位者の中から、ランダムで翌学年度の生徒会役員が選出される仕組みだった筈である。だから、九陸先輩も、服装以外は非の打ち所の無い、模範的な生徒であるに違いない……と信じたい。
「初めまして。姉否瀬利瑠です」
気を取り直して立ち上がり、俺は軽く会釈する。退学の憂き目にリーチが掛かっているとは言えど、曲がりなしにも後輩なので、礼儀はキチンと弁える。
「2年、生徒会総務、九陸牡丹です。改めて、宜しくお願いします」
スカートの裾を持ち上げて軽く会釈をする。如何にもメイドさんらしい挨拶だ。マンガとかでは良く見るちょっとした光景に、少し感動してしまう。言葉遣いもそうだけど、見た目の割には礼儀正しい人である。
手のひら返しで先程までの酷評を取り下げて、流石は神罰校の生徒会役員だなと、一人感慨に耽ってしまう。
「では、早速行きましょう」
そんな俺の手を引いて、九陸先輩は歩き出す。肌理の細かいレースの手袋越しだけど、細くしなやかな手の感触に胸が高鳴る。これから連行されて行く場所で、退学処分を受ける恐れがあるのにな。
「……」
緊張と興奮混じりに20メートル程度の距離を無言で歩く。長い様で短い時間はあっと言う間に過ぎて行き、すぐに目的地へと辿り着く。
「では、どうぞ、お入り下さい」
俺は促されるままに、九陸先輩に開けてもらった扉を通った。
「お邪魔しまーす」
挨拶をしながら、室内をざっと見回してみる。
生徒会室と言うよりは校長室と言われた方がしっくりとくる、生徒に宛行われたにしては少し豪華な装飾だ。と言うか、校長室に施されたソファー等を、そっくりそのまま拝借してきたかの様な様相である。
そして、その室内の中央には大理石のテーブルが鎮座しており、それを挟んで向かい合う2脚のソファーの片方に、ティータイムを優雅に楽しむ人がいた。
「殊刃様。しぃ様をお連れ致しました」
いつの間にか呼び方が愛称に変わっているのは置いといて。俺の後ろから室内へと入って来た九陸先輩が、その人に向かって報告をする。
「えぇ、ご苦労様。……帰ってきて早々で悪いんだけど、コーラのお代わりを入れて頂戴」
「はい、畏まりました」
如何にも高級そうなティーカップでコーラを飲むとか、この人も少し変わっているのだろうか。
九陸先輩が傅く様を見ながら、俺はそんな事を思った。
「……」
放置されて手持ち無沙汰になったので、殊刃様と呼ばれた人を不躾ながら観察させてもらうとしよう。
切れ長の凛々しい瞳に、ちょんまげ風のポニーテール。上はブレザーなのに下はスカートではなく赤い袴を履いていて、一振りの刀を膝の上に置いている。
――流石に、真剣じゃない……よな?
「姉否瀬利瑠君」
不意に、名前を呼ばれた。
「はいっ!?」
女性の体を観察していた後ろ暗さから、思わず声が上擦った。
「早速本題に入るけど……貴方、入学式を欠席したみたいね?」
唐突に、俺の胸中に渦巻く不安の核心へと踏み込んでくる話題を振られ、俺は思わず息を呑む。不慮の事故の所為で決して本意ではないけれど、大事な行事をすっぽかしてしまった事への罪悪感から、心臓を鷲掴みにされたかの様に胸が激しく痛み出す。
「一応、人伝に事情は聞いているけれど、貴方の口からも直接理由を話して貰いたいものね」
まさか斬り捨てられる事はないだろうけど、退学を始めとした何かしらのお咎めをついつい覚悟してしまう。それだけ、今の殊刃先輩からはただならぬ風格の様なものが感じられ、気を抜けば即座に気圧されてしまうであろう。
嘘も偽りも、誤魔化しも言い訳も、この人の前には通用しない。元からそんなつもりは無かったが、それでも殊刃先輩が纏っている雰囲気が、正直に話した方が身の為だと俺に釘を刺してくる。
「信じて貰えるかは分かりませんが……」
そう前置きをして、俺は事実を有りの儘、今日遭遇してしまった災難を、包み隠さず全て話した。とは言えど、信じて貰えないとは思うから、魔技具の件は省略するが。
「――と言う訳で、ついさっきまで保健室で寝込んでいました」
すみませんでした、と頭を垂れて締め括る。経緯も誠意もどれくらい正確に伝わったのかは不明だが、出来る限り丁寧に、気持ちを込めて話したつもりだ。
「……成る程。分かったわ」
程なくして、殊刃先輩は頷いた。
「嘘は吐いていないみたいだし、今回はただの不幸な事件として処理します。……まぁ、反省文くらいは提出して貰いましょうか。形として、ね」
そして、俺の心配事を解消する素敵な提案をしてくれた。
「……あ、ありがとうございます!」
嬉しさの余り、大きく頭を下げて大きな声でそう言った。
「取り敢えず、渡す物や説明する事もあるから、貴方も席に着きなさい。細やかだけど、特別にお持て成しもしてあげる。不幸続きなんだから、何か一つくらい、良い思いもしておかなきゃね」
そう言って笑う殊刃先輩は、先程までの荘厳さが嘘の様に、優しいお姉さんといった柔らかな雰囲気を醸し出していた。
「ありがとうございます! では、お言葉に甘えて」
俺が対面のソファーに腰掛けると、
「どうぞ」
と言って、九陸先輩がすぐにティーカップを持って来て、コーラを八分目程注いでくれる。まさに勝利の祝杯だ。更に、チョコやクッキーなどのお菓子までも出してくれるのだから、今日中に降り掛かってきた災難なんて、帳消しにしてもお釣りが戻ってきてしまう程に最高である。我ながら何とも安い幸せだけど、退学の憂き目の呪縛から解放されて晴れて高校生となった今、それだけ気分が高まっている。
「九陸先輩も、ありがとうございます」
給仕して頂いたお礼を気分良く言うと、九陸先輩は軽く会釈をして殊刃先輩の背後に控えた。そして、そのタイミングを見計らっていた様に、
「そう言えば、自己紹介がまだだったわね」
と、殊刃先輩が口を開いた。今日だけで4回目となる、自己紹介の遣り取りだ。
「私の名前は美都沢殊刃。2年生で、生徒会の副会長よ。……そして、この牡丹の主人でもあるの」
役職に相応しい大人びた姿勢で、殊刃先輩はそう言った。その言葉への裏付けなのか、九陸先輩が顔の横でピースサインを作っている。意外と言っては失礼だけど、可愛い一面もある様だ。
にしても、高校生なのに個人的なメイドさんを侍らせるとは、殊刃先輩って実は良家のお嬢様だったりするのだろうか。仕草さや物腰なんかも雰囲気あるし。気にはなるけど初対面だし、そこまで突っ込んだ話は控えた方が良いだろう。
それから俺は簡単に自己紹介を済ませると、殊刃先輩から神罰校の設備や校則等の諸々についての説明を受けた。
そして話は一段落つき、時刻は丁度17時。
「それじゃあ、クラスで配布されたプリントはこの中に入っているから、帰ったら良く目を通しておく事。あと、反省文用の原稿用紙も同封しておいたから、それは明日の放課後までに提出しなさい」
殊刃先輩の言葉が終わると、九陸先輩が大きめの封筒を持って来た。左下には大きく学校名や住所、ホームページのアドレス等が印字されており、宛名を書く所には達筆な時で俺の名前が記されている。それを見て、俺は自分が正式な生徒として迎え入れられた事を実感出来た。
「はい、分かりました」
九陸先輩から封筒を受け取り、仕舞う為に鞄を開けた。その時。
「……おや?」
横で見ていた九陸先輩が、俺の鞄の中を指差し声を出す。
「それは、もしかして……」
九陸先輩が指を差していた物は、俺が反射的に隠してしまった落とし物だった。
「あ……」
今の今まで、すっかり存在を忘れていた。でも、良い機会だし、殊刃先輩に預かって貰った方が良いだろう。
その考えを実行に移す前に、九陸先輩が鞄の中から落とし物を取り上げた。その事にも驚いたが、更に大きな驚きが、その数瞬後に訪れる。
「やはり……。これは『怪盗ブラパン』に盗まれてしまった、栞本先生のブラとパン……」
「な……」
「何ですって!?」
俺と殊刃先輩は同時に驚きの声を上げると、九陸先輩が手に持つ物へと視線が釘付けとなってしまった。
九陸先輩の手によって広げられたそれは、見紛う筈もなく女性物の下着のセットだった。先程の言葉とブラのサイズから大人の女性の物だと分かるが、それにしては色気の少ない至ってシンプルなデザインだ。
――じゃなくて!
俺は、自分の置かれている状況が崖っ縁である事に気が付いた。自分でも気付かない内に回避出来ていたと思っていた最後の障害物である『怪盗ブラパン』が、ここに来て俺に牙を向けるとは……。前2つのパターンとは違って、直接本人と遭遇していないが為に、完全に油断してしまっていた。
「いや、これは、その――」
慌てて理由を説明しようとするも、時すでに遅し。一足先に落ち着きを取り戻した殊刃先輩が、ついにあの言葉を口にする。
「キミ、今日で退学ね」
優雅な仕草でティーカップに並々と注がれたコーラを一滴たりとも零す事無く飲み干すと、殊刃先輩は冷たい瞳で俺を射抜いた。
こうして俺は、全ての障害物に敗北を喫した。その結果として下着ドロの濡れ衣を着せられてしまい、この神罰校を去る事となる。
「話は聞かせて貰ったわ!」
誰かのその叫び声を聞くまでは、俺はそう諦めてしまっていた――。




