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一話

私はきつね。生まれて10年で人の言葉を理解できるようになった、メスの狐だ。

どういう訳か解らぬが寿命で死ぬこともなく、数百年も生き続け、仲間のキツネたちからも恐れられるような存在に、いつの間にかなっていた。


なぜ私は人語を理解し長命なのか? やがてその理由を知ることとなった。

私はある日、前世のことを思いだしたのだ。

私は前世では人間だった。長邦ちょうなという名の人の息女で、早離そうりという女だった。

早離であったころの私には速離そくりという名の弟がおり、私たち姉弟はとても仲良く暮らしていた。

だがある時、私たち姉弟に悲劇が襲いかかる。私たちは騙され無人島へと連れていかれ、そのまま島に捨てられてしまったのだ。

私も弟も日に日に弱っていった。

弟の速離は、

「お腹がへった。苦しい……」

そう言いながら、私の目の前で死んでいった。

その弟の死を見た瞬間、同じく弱っていた私の心に激しいなにかが沸き起こってきた。身体ではなく、精神になにか大きな力が宿っていた。その中に宿った力を口から吐き出すように、力の限り叫び声をあげた。


「絶対に許さない!」


激しい憎悪を吐き出した。


「生まれ変わったならば、人を騙す奴らを殺してやる。人を苦しめる奴らを呪ってやる。腹一杯食べることのできるよく深い奴らを滅ぼし尽くす!」


そう悪の誓願を立てたのだ。

前世を思い出し、人語を理解するのも長命なのも人間に復讐するためなのだと知った。

私は化け狐として、人間を標的に祟り始めた。


しかし、はじめの頃は大したことはできなかった。金持ちから少量の銭を盗んだり、貴重な品物を壊して台無しにするぐらいである。時には眠っている盗賊に忍び寄り、喉に噛み付いて殺すのが精一杯である。


「これでは私の気が晴れることはない」


そう思った私は厳しい修行を積んで『変幻自在の法』という妖術をあみだした。この変幻自在の法は、己の身体を自由自在に変化させることのできる術である。

この術により、私は本来の雌狐の姿から他の動物や人にも、時には悪魔や竜にも化けられるようになった。光り輝く天女や菩薩の姿にさえなれ、私の人間たちへの復讐はしだいに大規模なものになっていった。

国すら滅ぼすほどに。


つい先ごろまで華陽夫人という美女に化け、ある国の太子妃となり、悪虐の限りを尽くした。金銀財宝をほしいままにし、諫言してくる忠臣を排除し、民草から搾取する。

やがて内乱が起こり外敵に晒され、何代も積み重ねてきた先人の栄華は短期に腐敗し、あっさりと一代ににして崩壊する。

いい気味だわ。


「次はどんな禍を引き起こしてやろうかしら」


よく深い権力者や金持ちを没落させることが私の快楽、生きがいなのだ。


ーーー


次の標的を探しながら、時折現れるよく深い小者を破滅させながら旅をする。


とある村で、この近くの川辺にいるという修行者の噂を聞いた。なんでも、その修行者はバラモンではないそうなのだが、話を聞く限り、かなり徳の高い人物に違いないという話であった。

私はこの話を聞いて面白いと思った。

そのご立派な修行者の化けの皮をはがしてやろうかしら、と思ったのだ。別に破滅させるつもりはないが、美女の姿で近寄り肉欲に溺れさせてやろうと考えたのだ。

女を鼻息あらく抱く修行者を村人たちが見れば、彼らは幻滅するか修行者を笑いものにするだろう、男はここにいられなくなるに違いない。


「まあ、ちょっとしたいたずらね」


私は川辺にいるという修行者のもとへ向かった。

川辺に近づくとあたりがみょうみ明るく感じた。空気さえ軽いようで居心地が悪かった。

やがて修行者はあっさりと見つかった。ちょうど私の正面で坐禅を組んで瞑想しているようだった。

私はその男を観察した。別にどうということのない、どこにでもいそうな普通の男に見えた。


私は美女に姿を変え舌舐めずりしながらその男に近づこうと一歩踏み出すと彼は目を開いた。

私と目があった。その瞬間なぜか懐かしい気持ちになった。どこかで出会ったことがあるような、そう遠いどこかで……その気持ちがとても居たたまれないようなものに感じられ、私はその場から逃げ出した。


随分と遠くまで走った。

ハアハアと息切れするまで走ったのち、私は倒れこんだ。


「なんだったの?」


自分でもよくわからなかった。しかし、逃げなければいけないという直感は正しかったと思う。あれはヤバい相手だ。

おそらく、あの修行者が自分に触れるかあるいは言葉を投げかけるだけで自分は死んでしまう。それくらい関わってはいけない存在だ。

狐に生まれて初めて死の恐怖を味わった。


息を整え、もうあの男に近づかないでおこうと心に誓った。少しでも噂を聞けば離れなければならない。あれは私の天敵だ。

あの男の名は、


「ーー『シャカ』といったか……」


忘れることのできない名になるだろうと確信した。


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