魔法学校 VI
入学式を終えた俺達は、幸いなことに、式中にロックオンしていた美人教師に声をかけられ、中庭まで連れられ、その教師を囲んで整列させられた。
「私の名はユリウス・スピーゲルという! 君達にはまず、広範多岐に渡る属性魔法の修行に入る前に、数ある魔法体系の中でも最も基本的で重要な、念力の授業を必修科目として受けてもらう。期限は一か月、それまでに中級レベルの念力魔法である、空中浮遊を習得してもらいたい。空を飛べない魔法使いなど、戦いにおいては使い物にならないからな。これが達成できなかった者は、残念ながら落第ということになるだろう。何か質問のある者はいるか?」
ユリウスと名乗った女教師は手を組んで伸びをしている。近くで見るとウェーブのかかった長い髪は淡い緑色で、瞳は真紅という、人間離れした容貌をしており、白いフリルシャツと黒いコルセットによって強調されるボディラインは、超乳とも形容すべき超・豊満かつ垂れていない、現実では滅多な事ではお目にかかれない美しくも暴力的なバストに、キュッと細くくびれたウエスト、プリーツスカートに浮き出ているヒップはプリップリで、まるでエロ同人誌から抜け出してきたかのような非現実的肉体美を、惜しげもなく生徒達に見せつけていた。
「先生は自分達よりもお若く見えますが、年齢はおいくつなのでありますか?」
皮かむりに先を越された! ヤツめ……なかなかいい質問をするじゃないか。
「300から先は数えるのをやめた。肉体年齢は21だがな。フフフ」
俺も負けじと、手を挙げて遠慮の無い質問をしてみる。
「ユリウス先生! 先生のお名前は男名前でありますが、何か理由があるのですか?」
「お察しの通り、私ははじめ男だったが、今の肉体は完全に女だ。……人間、200年も生きるとアストラル体の上では性別など曖昧になってしまうものでな。それだけ生きていると、どんな若返りの法を用いても肉体が朽ちてしまい、それゆえ寿命が近づくと、我々魔法使いの多くは、ホムンクルスの技術によって作られた人造の肉体に魂を入れ替えて延命するのだが、私の場合、その時に性別の異なる体に魂を入れ替えたというわけだ。――私は氷魔法と錬金術も専門にしていて、究極の肉体は我が研究の永遠のテーマでもある。どうだこの体、素晴らしいものだろう?」
「「「イェアアアアアア!」」」
元は男だったことなど関係ない! 童貞達の視線はユリウス先生の肉体に釘付けとなり、どこからか生唾を飲み込む音がした。先生はまんざらでもなさそうな様子で、胸の谷間から細短い象牙色をしたステッキを取り出すと、先端を光らせ輪を描いて、小さなテーブルと椅子と、ティーセットを召喚し、腰を掛けて紅茶を飲み始めた。
「"精神は肉体の道具だ"という言についてどう思う? ……男か女か、どちらが先かなどは関係なく、女の肉体でいる事の方が長くなると、心も女になってくるものなのさ……フフッ」
俺達はただひたすら、先生のフェロモンに圧倒されていた。
「質問タイムは終わりだ。君達、手を広げたまえ」
再び先生がステッキを軽く振ると、ティーセットの小鉢から沢山の角砂糖が飛び出して浮遊し、各魔法使いの手の平に一つずつ落とされた。
「まずは今私がやったように、その角砂糖を浮遊させられるようになってもらおうか。君達はすでに軍曹殿に魔力の集中と切り飛ばし方を学んだと思うが、念力も似たようなものだ。違うところといえば、念力は魔力を切り飛ばさずに、餅のように伸ばして対象の物体を包み込み、包んだ魔力を物理的な力へと変性させることにより、念じた通りに物体を動かすという点だ。各自ステッキを持って、挑戦してみてくれ」
指示通りにステッキを取り出し、宝石に魔力を集め、その光を手の平にある角砂糖を狙って伸ばすように念じてみる。光は想定通りに触手のように伸びて、先端が角砂糖につくと、ゆっくりとだが、角砂糖を飲み込むように包んでいった。
「物理的力に変性する、というのがポイントだ。角砂糖を包み込んだら、その光を重力に逆らって上方向に働く力となるようイメージするんだ。上手くいったら、角砂糖を置いてる手を離しても、砂糖は浮いたままになるはずだ」
角砂糖を包んだ光に対し、言われた通り上方向に働く力となるように念じてみる。すると、確かに、角砂糖が浮かんでいるような状態になり、俺はゆっくりと、慎重に角砂糖から手を離してみると、角砂糖は浮かび上がってそのまま上空に高く飛んでいってしまった。
「ハハハ、力みすぎたな! しかし見所があるようだ。君、名前は何というんだ?」
「自分は、"チェリー"で通っております。どうぞそのようにお呼びください!」
ユリウス先生は俺の傍に寄ってきて、代わりの角砂糖を渡してくれた。そのまま俺の後ろに立ち、一緒に手の平の角砂糖を見つめながら、耳元で囁いてきた。
「ではチェリー、今度は飛ばしてしまわないように、優しく持ち上げるような感じで念じてみろ」
衆目が俺達に集まる。がっ――おっぱいが、先生の豊満すぎるおっぱいが俺の背中に当たっている! 俺はこの甘美なる感触に惑わされないように心頭を滅却し、深呼吸をしてから、先ほどと同じように魔力で砂糖を包み込むと、アドバイスを受けた通りに、優しく、持ち上げるように力を込めた。
「よし、そのままゆっくり、手を離すんだ」
角砂糖からゆっくり手を離すと、砂糖は浮いたまま空中に制止した。
「よくやったぞ、成功者一番乗りだ! 他の者も、彼を見習って同じようにやってみろ!」
どうやら俺はコツを掴んだようで、そのまま角砂糖を上下左右に移動させたり、回転させたりして遊んでいた。これは、昔よく遊んでいたラジコンヘリの操縦によく似ている。
「チェリーに角砂糖は簡単すぎたようだな。どれ、次はこれを曲げてみてもらおうか」
ユリウス先生はテーブルに戻って腰を掛けてからステッキを振ると、念力でティースプーンをこちらに飛ばしてきた。俺はそれを手でキャッチすると、スプーンの柄を握り、親指に当たっている部分にステッキを向け、曲げたい部分を魔力で包みこむと、力を押し付けるように念じて、スプーンを曲げた。
「素晴らしい! では、今度は私が手に持っているスプーンを、そこから動かずに曲げることはできるかな?」
「やってみます!」
ステッキを先生が握っているスプーンに向け、魔力を集め、光を伸ばしてみる……光はビームのように伸びていくが……だめだ、届かない!
「……さすがに無理か。このように、念力――PK、サイコキネシスなどとも呼ばれるが――この魔法は自分に近い場所にあるものには強く働き、対象が遠くになるほど力が弱まるものである。空を自由に飛ぶというのは、近場にある自分の体重に等しい物体を自在に操れることと同義であるから、今後は、より重いものを、より遠くから動かせるように訓練していきたい。それでは各自、角砂糖を自在に操れるようになるまで、自習していたまえ」
そう言うと、先生は椅子についたまま、新しい紅茶を淹れて、飲みながらくつろぎ始めた。他の魔法使い達は角砂糖と格闘しており、浮遊に成功した者がちらほらと出始めていた。俺は引き続き、出来るだけ遠くまで光を伸ばせるように練習していると、皮かむりがこちらに駆け寄ってきた。
「なあチェリー、さっきお前、角砂糖をくるくる回したり自由に動かしてたりしたが、あれはどうやったんだ?」
「コツを掴めば簡単さ。ラジコンヘリを操縦するのと同じで、一定の浮かせる力を与え続けながら、右から押したり左から押したり、角を弾いてやればスピンする。そんな感覚でやってみるといい」
「そうか、試してみるよ。ありがとな」
俺は班のメンバーの中では皮かむりと一番ウマが合うようで、こいつは元々IT系のブラック企業に勤めていたそうだが、俺と同じように人生に絶望して、逃げるように仕事を辞めて魔法使いになったと語っていた。
同じオタク気質な所や、妙に生真面目な所、時折見せる涙もろい所など、自分とよく似ている部分が多々あるため、何かと意見が合う事も多いのである。
皮かむりを観察していると、どうやらアドバイスが功を奏したらしく、自在に角砂糖を空中で弄びながら、実に無邪気に、楽しそうに遊んでいる。
結局この日は一日中、角砂糖やティースプーン、それと紅茶の入ったティーカップなどを対象に念力の訓練を続け、日が暮れてゆくのだった。