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魔法学校 IV

 日の出と共に軍曹のケイデンス・ソングに合わせて50km走り、戻ってきたら腹筋、腕立て、スクワット、バーピーを500回ずつ。体が温まって来た頃合いに、はじめ20分はかかっていたアスレチックフィールドを8分で踏破し、泥だらけになりながらそれを何回も繰り返す。そして昼休みになり、いつもと同じ食事をとり、休憩時間終了まで昼寝をし、射撃訓練に移る。その後はまた筋トレ、アスレチック、ランニングを午前と同じだけこなし、夕食の前に、皆裸になって軍曹にホースで水をかけられながら、石鹸で体を洗い、プレハブに入って食事をし、各自担当している場所の掃除をしてから、自分のステッキを磨きこんで、就寝する。


 あらゆる努力から逃げ続けてきた俺が、なぜこんなハードワークに耐えられるのか。――それは誰かが見ていてくれるから。誰かが声をかけてくれるから――石ころよりもましなんだ。何者の視界にも入れてもらえない石ころよりも、こっちのほうが遥かにましだったんだ。


 そんな生活を続けて三か月が経ち、俺達の肉体は、確かに、はじめ軍曹が言っていたようにソルジャーのものへと変貌を遂げていた。出ていた腹はひっこみ、腹筋がバッタのように6つに割れ、体は当初と比べて羽毛のように軽く感じられ、かつて誰かが言っていた「健全な精神は健全な肉体に宿る」という言葉通りに、心も軽くなっているように感じられた。


 卒業試験を兼ねていた射撃訓練は、軍曹の熱烈な指導の甲斐もあって、最終的には全員が魔法の玉を的に当てる事に成功していた。


 はじめ30人程いた仲間は約半数の16名にまで減ってしまったが、軍曹のしごきに耐え抜き、生き残り、苦難を共にした俺達の間には、絆のようなものが芽生えていた。


 俺こと"マジカル☆チェリー"、"ライオンタマリン"、"皮かむり"、"リアルカマホモ"、"ゴリラ・ゴリラ・ゴリラ"の5人で組まされた班は、誰かがめげそうになると必ずタマリンがリーダーシップを発揮し、必死に、切実にその者を励まして支え、力を貸してくれたおかげで、最後まで一人も脱落者を出さずに済んでいた。


そして俺達は最後の訓練を終え、プレハブの中で、魔法使い達は軍曹を取り囲んで整列し、ファートマン軍曹の最後の言葉に耳を傾けていた。


「本日をもって、貴様らはウジ虫を卒業する! 今日からは我が誉れ高きモゲワーツ魔法学校の生徒である。我々は家族であり、たとえどこにいようとも、全ての生徒は兄弟である。いつか、貴様らの多くは戦場へと赴き、その幾人かは、帰ってくることはないだろう。しかしこれだけは忘れないでほしい。魔法使いとして死のうとも、魔法学校は永遠に存続する。それがゆえに、貴様らは永遠に生きるのだと」


 感極まった群衆の中から、鼻をすする音や、嗚咽が聴こえてきたが、今日この時ばかりは、軍曹がそれを咎めることはなかった。


 ***


 晴れて入学の試練をパスし、入城の許可を得た俺達には、まず3人で一つの個室が与えられ、班で一緒に行動していた事も考慮されて、俺はライオンタマリンとリアルカマホモと同室で生活することになった。


 与えられた部屋は思いのほか広く、備え付けの調度品なども歴史を感じさせる古さがあるものの、どれもしっかりしていて高級感のあるものばかりで、机やベッドも各人に一つずつちゃんとしたものが与えられ、プレハブ小屋での生活とは比べ物にならない、贅沢な空間を俺達は満喫していた。


「ちょっとあたし、人のいなさそうな今の内にここのお風呂とやらに入ってみたいから、チェリー、あんたついてきたら殺すわよ」


 このリアルカマホモは、読んで字のごとくリアルなカマホモで、なぜ"リアル"がついているかというと、軍曹が誰に対しても"カマホモ野郎"という言葉をよく罵倒に用いていたので、それと区別するためにつけたらしい。


 元々オカマバーで働いていた真性のオカマで、作り物だがおっぱいもついており、整形したのか顔も本当に女のようである。しかしチンは落としておらず、生物学的には最強のような肉体を持っている、下半身は男、上半身は乙女の30歳である。


 将来の夢は貯金してモロッコに行って性転換手術を受けることと言っており、オカマを差別せずに色々優しくしてくれたライオンタマリンに心酔していて、性転換の夢が成就した暁には、タマリンと結婚すると公言する豪胆さも持っている人物だ。


「お前のおっぱいやチンコなんてもう見飽きたよ。今まで毎日一緒にホースで水ぶっかけられてたじゃないか」


「お風呂ってのは特別な場所なの! あ、タマリンはもちろんオーケーよ。一緒に入りたかったらいつでも言ってちょうだいね。背中流してあげるから、これでね」


 カマホモは自分のおっぱいを鷲掴みにしてグリグリと回転させ、タマリンに見せつけている。……下品な野郎だ。


「はは……今日は遠慮しとくよ。僕はちょっと、散歩にでも行ってこようかな」


 二人は部屋を出て、俺一人になってしまった。特にやる事もなく窓から暗くなった外の景色を眺めていると、懐からモモエルが飛び出してきた。


「ふう、入学式は明日ですが、とりあえずの所、軍曹さんの試練の卒業、おめでとうございます。飢男さん」


「おう、ありがとう。それはそうと、ちと気付いたんだが、お前ら妖精って取りついてる人間以外には全然愛想がないよな……他人がいるとすぐどっかに引っ込んでしまうというか、シャイなのか?」


「ああ、それはですね、そういう決まりになっているのです。大本の理由を話せば長くなるので割愛しますが、魔法使いの中には悪の道に走る者も少なくなく、それゆえにコンパニオンフェアリーは主人と定めた者以外には極力関わらず、他者からの影響を受けずに魔法使いを導くようにと決められていまして」


「ふーん、悪の魔法使いって、たとえばどんなのがいるんだ?」


「そりゃもう、色々ですよ。近年で有名なのは、アレイスター・クロウリーとか、ラスプーチンとかでしょうか。彼らもモゲワーツ魔法学校の卒業生ですが、ご存知の通り、魔法の力を私利私欲を満たすために用いて世に混乱をもたらした者として知られていますね」


「ほう、ラスプーチンは知ってるぞ。すげえ巨根だったって話の奴だろ。逆に、いい魔法使いってのはいるのかい?」


「ん~……最近では、やはりサイババでしょうか。彼は立派な魔法使いだったと思います」


「ふ~ん……サイババ……ねえ……」


 モモエルは俺の肩の上で、思い出したように手をポンと叩いた。


「あっ、あと、マイケル・ジャクソンも素晴らしい魔法使いでしたね」


「えっ、マイコーって魔法使いだったのか」


「優れたアーティストが魔法使いだった、というのはわりとよくある話なのです。彼の人生は苦難に満ちたものでしたが、最後まで正しき心を失わずに、よく頑張っていたと思いますよ」


「……なんていうか、すごいんだな。魔法学校って」


「飢男さんも、彼らのように善き魔法使いを目指してくださいよ! 私の責任問題にもかかってきますので」


 モモエルとそんな話をしている間に夜は更け、出て行った二人も戻ってきて、俺達は明日の入学式に備えて床に就くのであった。

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