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魔法学校 III

 2か月程経ったある日、午前のワークアウトを終え、俺は自分のベッドに腰を掛けながら給食を食べていた。給食のメニューはいつも同じで、酵母の入っていない固いパンに、ドレッシングのかけられていない山盛りのサラダ、何の動物由来か不明な、緑のブチ模様をした殻の大きなゆでたまご、そして軍曹お手製と言われる魔法のプロテインシェイクだ。


 どれも味はいまいちだが体にはいいらしく、最近のランニング距離は朝夕それぞれ40kmと、常軌を逸したものになっていたが、この短期間で俺達がここまでついていけている秘密はこの軍曹製プロテインにあると俺は見ていた。


「……フンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフンフーンフフ~ン」


 ライオンタマリンがベートーヴェンの『第九』をハミングしながら、給食のトレイを抱えてこっちにやって来た。


「歌はいいねぇ。歌は心を潤してくれる。……隣、いいかい?」


 二段ベッドの上はタマリンのものなので、ここに座るのに俺の許可を取る必要などないのにわざわざ聞いてくるというのは、まったく律儀なことである。


「おう、今日は機嫌がよさそうだな」


「ありがとう。……よいしょっと」


 タマリンは俺の隣に座ると、膝に給食を置いて食べ始めた。


 こう近くでこいつの顔を見ていると、外人の血が入っているのか、日本人離れした顔だちをしており、片目は茶色で、もう一方の目が青いという、噂に聞くオッドアイというやつで、眺めていると男の俺でもその神秘的な魅力に吸い込まれそうになってくる。


 なんでこんな若かりし頃のデヴィッド・ボウイのごときイケメンが三十路を迎えるまで童貞だったのか、全くもって不思議でならないが、同じ班の皮かむりいわく、一流大卒のエリートで、わざわざ仕事を辞めて魔法使いになったと語っていたらしい。ある意味においては、この冴えない中年の集団において、魔法少女ルックの俺以上に"浮いてる"存在である。


 しげしげとタマリンの顔を眺めながらメシを食べていると、不意に目が合い、俺は反射的に目をそらしてしまった。


「僕の顔に何かついているかい?」


「い、いや、何でもない」


 タマリンは何か得心したような表情で、フフッと笑った。


「ガラスのように繊細だね。特に君の心は」


「は? 俺が?」


「好意に値するよ」


「好意?」


「好きってことさ」


 まるで意味がわからず、俺は得体の知れない恐怖感に見舞われ、額にぶわっと冷や汗が吹き出てきた。タマリンはそんな俺に構わずニヤニヤしながら給食を食べ続けている。


 なんとなく、こいつが童貞な理由がわかったような気がした。急に、――恐らく本能的に――ケツに危険を感じた俺は、急いで給食の残りをかっこみ、席を立って食器を片付けにいった。


 ***


 ガンガンガンガンガン


 昼食を終え、腹が満たされた心地よい気分の中、昼休みの休憩時間一杯までベッドで横になり、体を休めようとしていた俺達を、箒の柄でゴミ箱を叩く音が邪魔をする。


「マスかき、やめ! パンツ、上げ!」


 俺達はファートマン軍曹の声を聞くなり、全員大慌てでベッドの横に起立した。


「本日よりトレーニングメニューに"射撃訓練"を加える! 各自自分のステッキを女名前で呼べ。貴様らが遊べるマ○コはこれだけだ。貴様らの女房は己の魔力を具現化する神秘の棒切れのみだ。浮気は許さん!」


 軍曹は俺達を中庭に連れていくと、空いているスペースに射撃の的を複数召喚し、30メートル程離れた場所に一同を並ばせた。


「まず精神を集中し、自分の体にある魔力をステッキの先端へと移動させ、力を溜めろ! 限界まで来たら、ステッキを振って魔力を切り離し、あの的をマ○コだと思って中心を狙って発射しろ! ボールを投げるような感覚だ! わかったかウジ虫ども!」


「「「サー! イエッサー!」」」


 魔法使いたちは列をなして、各自順番に的を目がけてステッキを振ってみるが、ある者はステッキに魔力を集める事ができず、ある者は魔力を集中することが出来てもそれを切り離して飛ばす事ができず、ある者はなんとか飛ばす事に成功しても、それが的まで届かず明後日の方へ行ってしまい、誰も上手く的に当てることが出来ない。


 そんな状況を目の当たりにしながら、俺の順番が回ってきて、言われた通りステッキに魔力を集中してみる。


「魔力は飢男さんに内在する魂の一部のようなものです。それを集めてから切り離すようにして飛ばすのです。先ほど軍曹さんが言っていたように、ボールを投げるような感覚で、切り飛ばすのです!」


 耳元で解説してくれるモモエルの言に従い、俺は精神を統一して星に光を集め、頭の後ろまでステッキを振りかぶり、あまり力みすぎないように八分ぐらいの力でステッキを振り、その先端が最高速度に達した瞬間に光を切り離すように意識してみた。


「色即是空!」


 光は意図通りに切り離され、白い光の玉が精子のような尾を引いてフラフラとゆっくり飛んで行き、的の端の方に着弾し、弾け飛んだ。


「チェリー二等兵、よくやった! ようやく俺は貴様の取柄を見つけたらしい!」


「サー! イエッサー!」


「すごいです飢男さん! 一度で成功するなんて、本当にすごいです! これを残り一月でマスターする事が、軍曹さんのトレーニングの卒業要件なんですよ! それを一度でなんて!」


「正直言って驚いたぞ! 貴様はひょっとしたら、あの"選ばれし者"かもな」


「サー! 光栄であります! サー!」


 ここに来てからこんなに褒められたのは初めての事なので、なんとも無性に照れ臭くなったが、次の瞬間、そんな浮かれた気分を吹き飛ばすような出来事が起こった。


「……力こそパワー!」


 次に控えていたライオンタマリンが呪文を唱え、黒くて長い、先端に赤い菱形の宝石がついた杖を力いっぱいに振ると、その宝石部分から一筋のレーザー光線が放射され、的目がけて一直線に飛び、火花を散らしながらその中心を焼き貫いた。


 ジュウ……ブスブス……


「「「す、すごい……」」」


 モモエルも、他の魔法使い達も、軍曹すらも度肝を抜かれて啞然としていた。


「き、貴様! なんだそれは!」


「サー! 初めての事で、無心でやったのであります! サー!」


 パアンッ!


 軍曹はタマリンの左頬を思いきり平手で打ち、タマリンは痛みに顔を歪め、打たれた箇所を手で押さえながら、片膝をついた。


「誰に教わったのか知らんが、それは初級の光魔法、"ソーラ・レーザー"だ! 俺の指示通り、変性していない魔力だけを切り離して飛ばせ! このウジ虫が!」


「クッ……サー! イエッサー!」


 その後も魔法使い達の射撃訓練は続いたが、結局その日、的に命中させられたのは俺とライオンタマリンの二人だけだった。

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