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魔法学校 II

 ファートマン軍曹は一同を吟味するかの如く、一人ひとりの顔を睨みながら歩き、やがて三角帽子を被った男の前で足を止めた。


「貴様、かわいい妖精に誘われて、魔法学校で魔法の修行をすると言われて何を想像した? 楽しい学園生活が始まるんだと思っただろう!」


「サー! イエッサー!」


 軍曹は中庭の傍らにそびえ立っている古城を指差して言う。


「そしてここに連れられた時、これからこの城で生活し、あわよくば美人教師に手とり足とり魔法の教授を受けたいなどとも考えただろう!」


「サー! イエッサ-!」


「ヴァーーーカ! そいつは残念だったな! この皮かむり野郎(帽子の事を言っているらしい)! 貴様らウジ虫の貧弱な肉体では、魔法など使おうものなら反動で手足が千切れ飛んでしまうだろう! よってこれから三か月間、この俺が徹底的にしごいて貴様らをソルジャーに改造してやる! 寝泊りする場所はもちろん、あの小屋だ! わかったかこのおフェラ豚め!」


「サー! イエッサー!」


 次に軍曹が指差した先は、庭の片隅にあるボロ臭い大きなプレハブ小屋だった。皮かむりと呼ばれた三角帽子の男は、軍曹の気迫に呑まれて鼻をすすっている。軍曹は男を睨みつけるのをやめ、再び整列した群衆の周囲を歩き始め、続けて語り出す。


「貴様らは厳しい俺を嫌うだろう。だが憎めばそれだけ学ぶ。俺は厳しいが公平だ。差別は許さん。無職、童貞、何も持たぬ中年を俺は見下さん。すべて――平等に――価値がない!」


 軍曹は俺達に背を向け、古城を見上げ、手を広げた。


「俺の使命は役立たずを刈り取ることだ。愛するモゲワーツ魔法学校の害虫を! 分かったかウジ虫ども!」


「「「サー! イエッサー!」」」


 俺は、いや恐らく俺"達"は、その光景を前にして、激しく後悔していた。こんなはずではなかった。こんなはずでは……

 俺は軍曹に気取られぬよう、肩に乗っているモモエルに限界まで声のボリュームを絞って声を掛けてみる。


「……なあ、おい、モモエル。契約の解除って、出来ないのか?」


「へ? 飢男さんからは出来ませんよ。当たり前じゃないですかあ。だからあんなに念を押したんですよ」


「日本にはクーリングオフという制度があってだな……」


「ここはアストラル界ですから、そんなの知りません。クスッ」


 邪悪である。この妖精は、まったくもって邪悪である!


 軍曹は再びこちらへ振り返り、歩き出した。……なんとなく目が合った瞬間嫌な予感がしたが、最悪なことに、俺に目を付けたようで、こちらに向かって速足で歩いてきて、俺の目の前で足を止め、物凄い形相で俺の顔を覗き込んできた。


「貴様なんだこの恰好は? 変態か? 歩いているだけで犯罪行為だぞ! 名前は何という?」


「サー! あい 飢男うえおといいます! サー!」


「ふざけた名前だな、このオカマ野郎が! 気持ち悪すぎてゲロを吐きそうだ。もし俺が我慢できずに吐いてしまったら、貴様の首を斬って、そこにゲロを流し込んでやる! わかったかウジ虫!」


「サー! イエッサー!」


「貴様、妖精がなんでメスばかりなのか、わかるか?」


「サー! ……?」


「貴様ら童貞を"釣りやすい"からだよ! まだわからんのか! 美人局の霊感商法に騙されたんだよ貴様らは! 分かっているのかこのおフェラ豚め!」


「サー! イエッサー!」


 ――騙された! 俺は騙された!


「貴様にいい名前をくれてやろう、魔法を使う童貞だから、『マジカル☆チェリー』だ! それとも『変態オカマデブ』がいいか? 好きな方を選ばせてやる! どちらも気に入らないなら母ちゃんとでもファックして童貞を捨てるんだな!」


「サー! 『マジカル☆チェリー』がいいです! サー!」


「よしチェリー二等兵、見た目が気持ち悪いのでスクワット50!」


「サー! イエッサー!」


 俺はスクワットをしながら、涙を流していた。こんな場所に来てしまって、何より自分の馬鹿さに腹が立って、悔しくてならなかった。


 新人への挨拶を終えた軍曹は、懐から指揮棒のような形をしたステッキを取り出し、その先端を光らせて大きな円を描くと、庭の空いたスペースに大量の木材やロープを召喚した。


 この日は一日中、日が落ちて暗くなるまで、俺達は軍曹の指揮の下、召喚された木材を用いてアスレチックフィールドの建設に従事させられたのだった。


 プレハブ小屋の中は大きな一間構造で、簡素な二段ベッドが等間隔に置かれていた。あとは個人用のチェストボックスが与えられ、設備らしい設備と言えるのはそれだけだった。プライバシーへの配慮などは、一切無い。


 風呂などという贅沢な物もついておらず、作業が終了した時に皆素っ裸になり、ホースで水をかけられながら与えられた石鹸と雑巾で体についた泥や垢を落とす時間があるのみで、その日は皆すぐにベッドにつき、消灯と同時にくたくたになった体を横にして、泥のように眠りにつくのであった。


 ***


 ファートマン軍曹のしごきは苛烈を極め、日が出ると同時にまず10kmのランニングに始まり、1時間の徹底した筋トレ、アスレチックフィールドを使ったトレーニング、そしてまたランニング、筋トレ……といったように、日中ほとんどの時間を体を動かすことに費やさせるものだった。


 はじめこそパワー系ちょいデブの力のおかげか、なんとかしごきについてはいけていたのだが、三週間が過ぎて古城周辺の湖を周回するランニングコースの距離が20kmに伸びた時、俺の体に限界が訪れた。


「ヒイ……ブヒイ……ハア……ハア……」


「飢男さん、がんばってください! あともう少しですよ!」


「なんだ貴様、そびえ立つクソか!? 足を止めるな! じじいのファックの方がまだ気合が入っているぞ!」


 走って18kmを越えたあたりで、中学高校は帰宅部でこれまでスポーツなどしたことのなかった俺の持久力は限界を迎え、心臓が破裂しそうになり、足は上がらなくなって、歩く事すらままならなくなっていた。モモエルが必死に応援してくれているが、力は全く湧いてこない。


「早く走れ! チェリー二等兵! このおフェラ豚野郎! その肉には何が詰まっている!? 使い道のない精子だけか!? 筋肉はどこだ!? 死ぬのか? 俺のせいで死ぬのか? なら今死ね!」


 耳元でがなり立てる軍曹の罵声すらも遠く聞こえるようになり、俺の意識も遠のいていく――


「ライオンタマリン二等兵!」


「サー! イエッサー!」


 呼ばれたライオンタマリンは即座に応答し、先頭集団からこちらに駆け寄ってきた。


「このデブの面倒を見てやれ! 遅れたら許さんぞ!」


「サー! イエッサー!」


 ライオンタマリンは俺に肩を貸してくれ、俺は幾ばくかの体重を彼に預け、失神寸前のまま、半ば体を引きずるようにして走り続けた。


「……す、すまないタマリン……」


「いいんだ、気にするなよ。チェリー」


「いつ私語を許したウジ虫ども! 黙って走れ!」


「「サー! イエッサー!」」


 こいつは俺の班の班長で、気さくで面倒見がよく、おまけに男前という、俺からすれば完璧超人に見える男だ。ライオンタマリンというあだ名は、金髪でライオンのたてがみのような髪形をしており、それでいて顔がかわいいからという理由で軍曹につけられたものらしい。本名は自分から語らないので恐らく軍曹以外誰も知らない。


「ヒイ……ヒイ……」


 ライオンタマリンが力を貸してくれたおかげで、なんとか俺は20kmを走破し、ゴールの古城の中庭の芝生の上に思い切りバタリと倒れ込んだ。


「ハア……ハア……」


「息をするな! この空気泥棒め!」


「サ、サー! イエッサー……!」


 自分で言うのもなんだが、こういう光景は別に珍しいものではなく、ファートマン軍曹の鬼のようなしごきに耐えかねて、ドロップアウトする者はすでに何人も出ていた。


 3週間、4週間と、時が過ぎるほどにトレーニングの内容は俺達の成長に合わせてよりハードなものになり、それについていけないものが逃げ出すなりしてブートキャンプから姿を消していった。


 ――俺はなぜ逃げ出さないのかというと、それはよくわからない。実はマゾ気質だったのか、軍曹の罵声に慣れ、体力の限界に訪れる苦痛にも慣れ、足を引っ張る俺を見る仲間達の冷ややかな視線にも慣れ、なぜか、まったく不思議なことだが、俺はどうやらこの環境に順応し始めていたようだった。

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