変身
魔法のステッキを手にした瞬間、俺の体の青白い輝きは収まり、その代わりに、ステッキの宝石部分の奥の方がぼんやりと小さな光を放ち始めた。
「そのステッキはあなたの内にある魔力を吸収し、魔法として具現化する媒介となるのです。ものは試しですから、いちど変身してみましょうか」
「変身って、どうすればいいんだ?」
「変身も魔法の一種ですから、変身後の魔法使いのスタイルをイメージしながら呪文を唱えればいいんですよ」
「その、質問ばかりであれなんだが……呪文ってなんだ?」
――モモエルは当たり前のように話すが、いまいち話が掴めない。
「呪文とは、あなたの心を揺さぶり、魔力を高める力の言葉です。これといった決まった文句があるというわけではなく、ただ具現化したい魔法を念じながら、あなたの心に響く言葉を唱えればいいのです」
「そんなこと言われても……エコエコアザラク……」
適当に思いついた言葉を唱えてみるが、ステッキは反応しない。
「何か、あなたの人生に深く影響を与えた言葉などはありませんか? あるいは強く信仰している名言、格言などでもよいのですが」
「そうか、よし……」
念仏なら一つ知っている。子供の頃死んだじいさんに教わって、大人になってからその意味を知って感動したやつだ。今になってもたまに気が滅入ったりしたときなどに胸の内で唱えると、不思議と心が静まり落ち着くという、なんとも有り難いお経である。どれ、一つやってみるか。
「……仏説摩訶般若波羅蜜多心経……」
「そうです。その調子です!」
座ってた状態から立ち上がり、ステッキを手で挟み、合掌の形をとってお経を唱えると、星が光を強めはじめた。続けて唱えてみる……
「観自在菩薩、行深般若波羅蜜多時、照見五蘊皆空、度一切苦厄、舎利子……」
光はさらに強くなり、唱え続けている間、一定の強さを維持して輝き続けている。
「それで十分です。その呪文、まだ続くんですか?」
「ああ、まだ最初のくだりだけだぞ、ここからが核心の部分なんだ」
呪文を唱えるのをやめると、ステッキの光は元の小さなぼんやりしたものに戻ってしまった。
「では、その核心部分だけでお願いします。さすがにちょっと長すぎますよ」
要領は得た。アニメで美少女が変身するシーンを思い描きながら、一番大事な部分を唱えてみる。
「色即是空!」
その一言で光は最高の状態となり、突然俺の体が虹色に輝きだし、着ていた服が一瞬にして消え去って俺は素っ裸の状態になってしまった。次の瞬間、俺の足をニーソが包み、腰回りにピンクのラインが入ったミニスカートが現れ、股間を女物の純白のパンティが包み込み、上半身にはフリル付きのパフスリーブブラウスが纏われ、頭にピンクの大きなリボンがくっつき、胸元に宝石をあしらったブローチが出現し、変身は完了した。
「すばらしいです! これが魔法を行使する上で欠かせない、魔法使いのスタイルなのです! さすが私が見込んだ逸材、とてもかわいいですよ、飢男さん!」
興奮するモモエルをよそに、鏡を見ると、そこには見事にイメージしていた通りの魔法少女ルックのおっさんの姿があった。……微妙に腹が出ていて、ニーソから毛の生えたふともも肉がはみ出していて、お世辞にもハンサムとは言えない顔には無精髭がこびりついており、あとはもう、なんか全体的にファンシーでフリフリである。
おっさんと魔法少女ルック、そのあまりのミスマッチ、食べ合わせの悪さのゆえに醸し出されている変質者的な気持ち悪さに、これが自分であることを否定したくなる……というか死にたくなってきた。わりとマジに。
「うう……なあこれ、どうやったら元に戻せるんだ」
「元の姿をイメージしながら、ステッキを振るだけで解除されますよ」
「そいつは安心した。それで、今の状態なら、どんな魔法が使えるんだい」
「それは、まだ何も覚えてませんから、何も出来ません」
「おまっ、変身したら魔法使えるって言ったじゃんか! 俺は透明になりたいんだよ!」
出来ないの一言に裏切られた心地がして、つい叫んでしまった。
「でしたら、魔法学校に行って、修行するしかありませんね」
是非を問うまでもなく、俺は元の自分の姿を念じながら再びステッキを振り、元の姿に戻っていた。もしかして俺は、騙されたのだろうか?
「修行って、どのくらいの期間なんだ?」
それを聞くと、モモエルの表情が真剣なものになった。
「……実は先日、妖精王が予言をなさったのです。"一年後、現世の日本、S県K市――つまりこの街に――巨悪が現れ、世を混乱に陥れる"と。それで私達妖精がこの街に遣わされ、資格と素質の両面を合わせ持つ人間を見つけ出し、魔法学校に誘い、強力な魔法使いを養成することで、悪に対抗するべく備えようということになりまして、今ここに、飢男さんに魔法使いになってもらったわけです」
「つまり……?」
「一年です。一年以内に、一人前の魔法使いになって頂かなければなりません」
その一年という数字は、俺にとっては明らかに長いものであり、恐らくモモエルにとっては短いものなのだろう。いずれにせよ夜は更け、俺達はひとまず就寝することにし、朝を迎えたら、魔法学校とやらに行ってみることにした。