《第1章/第2話》 白桜邸と不愉快な他人たち。
御幸が白桜邸から出て行って――凡そ十分ほど経過。
「はぁ……あと、ちょい……腕の角度……ふむ、今度マリエルを部屋に入れる時は注意せねばのぅ」
フランヴェルの自室。
紅色の絨毯が敷かれ、絢爛豪華なシャンデリアが輝くその部屋に――完全に場違いなショーケースが幾つ幾つも幾つも並んでいる。中には一年戦争を戦い抜いた白い悪魔だとか、たかが石ころ一つと妙なチカラで押し退けたアレだとか、他にも何処かで見たようなリアルロボット群がケースの中で各々渾身のポーズを取っている。アレは所謂サ○ライズパース的な感じに、コレは敢えて影を加えることでバリっとさせたり。白桜邸の中で最も世界観のズレたこの部屋こそがフランヴェルの部屋であり、そしてこれは彼女の汗と涙の結晶であり魂である。
「にしても御幸め……御鷹の息子とは似ても似つかんヤツじゃった。アイツの息子ならヤツ以上に面白いヤツだと思っとったのじゃがの……を、っとと」
いちばんのお気に入りの機体の腕の角度を調整し、イオンブリットライフルを手に持たせ――完成。最後にショーケース自体の傷がないかどうかを確認してから、フランヴェルは指をパチンと鳴らす。すると見る見るうちにショーケースが霞んで消え、元の瀟洒な部屋へと姿を戻す。紅色のソファ、ティータイム用の小型テーブル、クローゼット、胸部四割増しのフランヴェルの自画像。後はホビー雑誌が詰まったマガジンラックに52インチの大型デジタルハイヴィジョンテレビ、ニッパーやらデザインナイフが転がるプラモ製作用作業机、最新機器から若干レトロなゲーム機。結局のところテレビ付近だけ妙に現代感が漂っている。フランヴェルはソファにぼふっともたれ掛かり、うーんと唸りながら天井を見上げた。
「……クラリッサはおるか」
「はい、此方に」
名前を呼んだその瞬間、ドアがゆっくりと開き件の執事が現れる。昨日の破天荒な姿が夢か幻であったかのようにキチンと燕尾服を着込み、丁寧に頭を下げる。
「その前に一つ質問、昨日のことは覚えておるか?」
「お食事をお持ちしてからの記憶があやふやですが……それが何か」
「こーれが性質悪いんじゃよなぁ……」
ぺちん、と手を顔に当てフランヴェルが首を振る。
クラリッサは『人 狼』の執事。
『人狼』とはヨーロッパの伝説上に登場する半人半狼の人間。地方によってはその半分の生き物が虎だったりワニだったりと様々な種類が存在しているのだがこれは所謂地方性による諸事情。ちなみに日本で似たような事例と言うと『狐』がメジャーなので、それっぽく言えばウェアフォックスとなる。ここ最近は“人狼”と聞くとチャットや専用のアプリケーションなどで行う推理ゲームのようなモノを思い浮かべる人が多いかもしれない。おとぎ話などでは基本的には悪役だが、時に大神と名を変え世界を救っていたり、人間の子供を育ててたりと意外と手広かったりもする。
彼女は昨晩の通り、月の光を浴びると件のもう一人の“クラリッサ”が現れ、執事とは思えないほど好き勝手に振舞う。
主に、性的な方面で。
彼女の場合、厄介というか不幸中の幸いとでも言うべきなのかこの時の事を一切覚えていないらしい。日頃礼儀正しく、執事としての仕事を全うしているので問題はないのだが、一度ああなってしまうとなかなかに性質が悪い。
「わらわが本気を出せればちったぁマシになるんじゃがの……」
その見た目に反してクラリッサは竹を割ったかのようなサッパリとした性分をしている。覚えのないことは気に留めずともよい、と昔にフランヴェルが言ったことをそのまま貫いて現在までに至る。実際のところ本人はどう思っているのかまでは不明だが、少なくとも気にかけているような様子は一度たりとも見せていない。
「それでお嬢様、何か御用でしょうか?」
「あぁそうじゃそうじゃ。……クラリッサよ、アレをどう思う?」
「……とても人見知りの強いお方ですね」
「いやぁ、アレは流石に度が過ぎると思うぞ? マリエルはともかく、わらわやクラリッサを目の当たりにして頬の一つも染めないし、というかフィアンセ発言に一切ツッコミが無かったのもいただけん。あの御鷹ですら初対面の時は『可愛らしいお嬢さんだ』と笑ってくれたというのに、なんじゃヤツの無関心な三白眼は」
「社交辞令というものを知っておりますか、お嬢様」
ぷりぷりと頬を膨らませ怒りを露にするフランヴェルにこっそり毒舌を送るも本人は聞こえたんだか聞こえていないんだか御幸に対する文句をぶつくさぶつくさ呟いている。と、ここでフランヴェルの下腹部辺りから、きゅるぅ、という可愛らしい腹の虫が泣き声を上げる。
「……小難しい話の続きはマリエルも含め飯でも食いながらにするかの。ヤツはもう下か?」
「それが、今日は少し早くに起きていたようなのですが一度声がしたっきり姿が見当たらないのです。お嬢様は、見かけましたか?」
「んや、わらわは今日この部屋からまだ一度も出ておらん」
「……お、遅れて申し訳ございませぇ……ん」
すると、半開きになったドアの隙間からマリエルがこっそりと顔を出し、小走りで二人のもとへ駆け寄る。何故かマリエルからは緑の匂いが漂い、フランヴェルは彼女に訊ねた。
「なんじゃ、こんな朝っぱらから裏庭に行っておったのか? まだわらわの朝飯も作らないうちに」
「す、すみま、せん…………そ、その、今朝はご主人さまと、ちょち、っと」
「何!? わらわの御幸と駆け落ちでもしようとしたか!?」
「そそそ、そんあ、んじゃあくって、えと、ひぐ……ッ」
彼女の泣きべそを見て、ハッ、と我に帰り首をブンブンふって、だけどやっぱり気になるのでマリエルの胸倉を掴んで物凄く優しくスローに揺すぶる。
「答えい! 貴様、メイドの分際で駆け落……否、メイドだからこそか!? 見た目の割にやることが大胆じゃの!? このッ、このッ!」
「ひ、ひぃいいひゃああいいまふうぅぅぅ……」
ふらふらとする頭のままマリエルは朝食の件の一部始終を拙い言葉遣いでゆっくり説明していく。
「……ふむ、まぁ初仕事としては上出来じゃな。というか、もう学校って……早!? まだ七時じゃぞ!? 御幸の学校ってそんなに遠かったかの?」
「たしか、第一高校ですよね? ここからでしたら歩いても十分とかからないはずですが」
「んな早くに行ってどうするのじゃ……? 実は滅茶苦茶真面目系男子か? やー、どうなんじゃろ……」
腕を組み、ふんす、と息を吐いてからフランヴェルは思考を巡らせる。御鷹からの遺言とはいえ、何を隠そう御幸とフランヴェルは昨日が初対面である。昨日来るという話自体は事前に聞かされていたが、実のところフランヴェルは御幸と会うまでは若干の不安と期待とでフィフティフィフティな感じだった。
「まぁ……見てくれは良かったんじゃがの。性格がなー、神経質って言うかコミュ障? いやいやちゃんと受け答えは出来ておったし……うぅむ、何と言ったらいいのかのぅ……」
「……ところで、お嬢様肝心なコト忘れてません?」
「……御鷹の遺言で御幸の幸せを守る……のが、わらわ達の使命じゃ。……って、思いっきり言い忘れてるんじゃよなぁ」
肝心要の部分を一切説明できず、フランヴェルはがっくりと項垂れる。涼しい顔を浮かべる従者がいるが、元はと言えばお前の所為……と、言っても本人に記憶がないのだから意味は無し。わざわざ口にするのも以下同文。
「……ど、どうしゅ、るです?」
「どうするもこうするも……全部仕切り直しじゃ。歓迎会も日を改めて、今度はもっと派手にやって御幸をちゃんと迎えて喜ばせなくてはならん。プランを練らなければのぅ……」
白桜御鷹――つまり、御幸の父親からの遺言で御幸の幸せを補助するということの説明。
途中で中断してしまった歓迎を、一から練り直し改めること。
現状、フランヴェル達に課せられた課題はこの二つ。が、終始見せていたあの御幸の態度が恐ろしいまでの不安要素となっている。
「……にしてもヤツめ、ちょっとぐらい笑えばよかろうものを」
父親と違ってつまらないヤツ、というのは間違いなくフランヴェルの御幸に対する第一印象だった。
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未だかつてないほど順調で、自分でもちょっと今ビックリしてるトコロです。
……というか、最近公私含め色々とツイてるんですよねぇ。
いったいどうしたというのか。
次回更新は5月1日の22時。
月日なんてあっという間っすね。
では、待て次回。