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ホーンテッド・プリンセス!  作者: 夜斗
エピローグ
32/34

《エピローグ/B》

 食堂の扉に手を伸ばそうとして――御幸がノブに触れるよりも前に扉が開く。

 ふわ、と鼻先をつついてくる空腹を促す香ばしい匂い。

 その先で、銀髪の執事が恭しく頭を下げて御幸を出迎えた。


「おはようございます、御幸様」

「おはようございます。……えと、クラリッサ、さん」

「……。では、こちらへ」


 御幸の返した言葉に、一瞬、眼鏡越しのクラリッサの瞳が虚を衝かれたように丸くなる。それからフッと穏やかな微笑を見せると御幸をテーブルへと案内した。中央の、あまりにも大き過ぎる卓ではなく、以前にも食事に使った人数相応の小さな丸テーブル。既にテーブルの上には朝食の用意が済んでいた。香ばしい香りの正体である出来たてのバケット。じゃがいものポタージュにソーセージステーキ、トマトやチーズなどの色どりが目立つイタリアンサラダ。デザートにはヨーグルトが添えられている。


「この料理って、いつもクラリッサ、さん……が作ってるの?」

「えぇ、こういった朝食やお嬢様の為の間食も含め、全て私とマリエルとで交代で作っています。……それと、私のことも呼び捨てで結構ですよ、御幸様」

「……わかった。で、そのフランヴェルは?」

「まだ寝てると思います。昨晩の疲れも残っているでしょうし」


 御幸を屋根の上に引っ張り上げられ、あれやこれやと話をして押し倒された後。元の姿に戻ったフランヴェルは阿鼻叫喚といった様子で屋根の上をのた打ち回っていた。


「あぁ!? この格好じゃと……壊れた屋敷の壁、どうしたもんじゃ!?」


 あの後、御幸を降ろしてから彼女は彼女で一人屋敷の修繕をしていた。“本気”状態であれば指を鳴らすだけで全て元通りになるのだが、屋敷を直すだけにわざわざ血を吸うのも面倒でとそのままの状態でチカラを使って修繕を進めていた。……と、クラリッサから説明を受ける。


「まぁ、あまりお気になさらず。御幸様も学校がありますし先に召し上がっていても」

「じゃあ……」

「待てい!」


 ッバーン! と派手な音を響かせ食堂の扉が豪快に開き壁に激突。

 金の髪を揺らし、鮮血のような紅色のドレスをはためかせ、白桜邸のご令嬢が堂々とした足取りでテーブルへと向かってくる。


「おはようございます、フランヴェルお嬢様」

「主役は遅れてやってくるのが常というモノ。つーか、わらわのいない食卓なんぞ炭酸の抜けたスプ○イトのようなモンじゃ。んで、今日の朝飯……む、ちぃとばかし肉が足りんぞ肉が。追加するのじゃ」

「かしこまりました」


 厨房の方へと向かっていくクラリッサを尻目にフランヴェルは御幸の正面の席につくと、まだ誰も手を付けていないテーブル中央のバスケットに手を伸ばしバケットに齧りつく。お嬢様、というか、寝坊して遅刻寸前の女子でもやらないような粗暴さ。


「一応、作ってもらってる立場だろ? それは……どうなんだ」

「何を言う、そもそも主従関係にあるのじゃから当然の権利じゃ。わらわの伴侶たる御幸も、何ら遠慮なしにわらわのようにクラリッサやマリエルをこき使って構わんのじゃぞ?」

「……伴侶じゃないし、僕は遠慮しておく」


 追加のソーセージステーキがフランヴェルの下へ届いたところでようやっと全員が揃い朝食が始まる。少しばかり冷めたとはいえ、バケットのふわふわサクサクの食感は言わずもがな。ソーセージステーキの味付けは濃過ぎず薄過ぎずの絶妙なバランスで、瑞々しく輝きを放つサラダも絶品。改めて、御幸はクラリッサの料理の腕前に感動した。


「……ご、ごちそうさま。凄く、美味しかったよ」

「いえ、私などまだまだ。お粗末さまでした」

「それで、その、昨日の夕飯の時は……ごめ」

「んだああああああ!? 朝から辛気くさい!? 御幸よ、急に調子を変えてどうしたというのじゃ!? 昨日変なトコでもぶつけたか!?」

「う、うるさいな! 僕だって反省というか、その……わ、悪かったって思ってるんだよ。今までの、こと……とかさ」


 思い返すだけで耳の裏が熱くなっていくのが分かる。

 最初から最後まで、御幸はフランヴェル達全員に無礼な態度を取り続けてきた。

 そして、重々承知の上だが、そんな不躾な自分を窮地から救ってくれたのは他ならぬ彼女たちだ。

 命を救ってもらったともなれば誰であれ、その態度を改めざるを得ない。

 言ってしまえば、彼女たち全員が御幸の命の恩人なのだ。


「……ふぇっくちゅ!」


 ……約一名、さして役に立たなかった者もいるが。


「じゃからとて、べーつにそこまで畏まらずともよい。わらわ達も御幸も、今は同じ一つ屋根の下で暮らす者同士、つまりは家族。運命共同体。男と女。お、夫とつ、つつ……妻! 家族同士に、夫婦同士に遠慮など不要じゃからな!」

「家族……って」


 言い慣れていない言葉を使うと、どうにも背中の辺りがむず痒くてしょうがない。

 気恥ずかしさを誤魔化すために手元にあった牛乳を飲みほし、携帯を取り出してわざとらしく慌てる素振りをして鞄に手を伸ばす。一度、手を滑らせて落としかける。余計に恥ずかしい思いをしてしまう。


「……も、もうこんな時間だ。そろそろ行かないと遅刻する」

「む? そうか? そんなに急いでおるのなら車でも出そうか?」

「い、いいよ。大袈裟」


 これ以上ここに居続けたら自分でも思ってもみないような恥ずかしい言葉がぽろっと出てしまいそうだったので、ナプキンで口元を少々乱暴に拭うと御幸は席を立って玄関へと歩きだした。

 豪華な衣装の玄関戸を開き、朝露を乗せて輝く庭園を突っ切っていく。澄んだ空気は冷たいが、今の御幸の火照った頬を冷やすにはちょうど良かった。


「御幸!」


 正門の辺りまで来た時、突然名前を呼ばれて御幸は振り向く。

 玄関戸の前で、クラリッサとマリエルと、それからフランヴェルが手を振っているのが見えた。


「……お、ぉ、お気を付けて!」

「行ってらっしゃい、じゃ!」

「ば、馬鹿。学校、行くだけなのに……」


 冷えたと思った頬がまた熱を帯びて、居ても立ってもいられなくなった御幸はそそくさと、白桜邸の坂道を小走りに進んでいく。


「……行ってきます」


 凍てついた氷が暖かな陽射しを浴びてゆっくりと氷解していくように。

 未だ慣れない気恥ずかしさと、純粋な嬉しさとが滲む緩んだ横顔。

 幸せそうな御幸の表情は、今朝の太陽に負けず劣らず輝いていた。

……あえて何も言うますまい。

残るは、あと二つです。


次回も明日。

では、待て次回。

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