《序章/第2話》 独り暮らし、始めたかったのに。
「…………何なんだ、コイツら」
ホールの階段を上り西棟へと移動した御幸は、執事とメイドの後ろを数歩分距離を開けながら心の中でぼそりと呟く。
そもそも、現代に執事とメイドって実在するのか?
先頭を往く執事と、その斜め前方から時折怯えたような視線を寄越してくるメイドの二人を見ていると、実は一種の不審者なのではないかという懸念を抱かずにはいられなかった。引っ越し早々警察の厄介になるなど大いに恥だが覚悟はしておく必要があるかもしれない。
……と、物思いに耽りながら歩いていると執事の足が止まった。どうやらお嬢様とやらの部屋に辿り着いたらしい。位置としてはこの西棟の北端に当たる場所だろうか。
「少々お待ち下さい」
御幸に一言申しつけてから、執事はドアをノックする。
コンコン、コンコン――。
回数は四回、つまり部屋の中にいる相手に対し礼儀を払う必要があるということ。どんな“お嬢様”なのか興味など毛頭ないが、さっさと挨拶を済ませて今後のことを考えなくてはいけない。執事が無言で待つ中、ドアの向こう側からは特にこれといった返事は無かった。微かな緊張感を感じながら、御幸は執事がドアを開くのを待つ。ノブが回り、キィ、と蝶番の小さな音と同時にドアが開いて――、
「んなああああああああんで命中率99%の攻撃を外して敵側の命中率1%の攻撃が当たるんじゃああああ!? ああん!? 貴様それでもニュー○イプか!? なぁにが僕がガ○ダムを一番上手くあつか」
ぱたん、とすぐさま閉じる。
その数瞬にかなり馬鹿馬鹿しい罵声が聞こえたような気がしたのだが、執事はあくまで冷静に扉を閉め、仕切り直しと小さな咳払いの後もう一度同じ回数ノックする。
「…………うむ、入れ」
「では、こちらへどうぞ」
くぐもった返事の後、執事が再びドアを開き御幸は促されるまま部屋に入る。紅い絨毯が一面に敷き詰められた瀟洒な部屋の最奥に、大きなソファに腰掛けている一人の少女がいた。
「ふッ、遅かったのう。あまりに待ちくたびれて退屈しておったトコロじゃ」
陽光に照らされたライ麦のような金色の髪は両サイドでくるりと縦にロールした、所謂お嬢様オーラ全開のツインドリル。鮮血のように紅く輝く瞳に、同じく紅色を基調としたドレス。パッと見は御幸よりも二つか三つ下、恐らくは中学生程度なのだが、大した色香も無いくせに白い肩やら胸元やらを大胆にも全開にしている。もっと簡潔に、一言でまとめると、まるでファンタジー小説に出てくる高飛車なお嬢様をそっくりそのまま切り取ったかのような出で立ち。コスプレイヤーだとしたら相当な完成度だが、ソファの後ろにひっ散らかってるゲーム機の配線らしきモノが気になる。
「ふふん、わらわのあまりの美しさに言葉も無いようじゃの。御鷹の息子――白桜御幸よ」
「……」
先の執事も、そして件の金髪少女もなのだが、見知らぬ輩から先に自分の名前を出されてしまうと否応なしにムッとしてしまう。それこそ、御幸が嫌悪している人物の名前が加われば尚のこと。
「……名乗りもしない人間から先に自分の名前を出されると不愉快なんですけど。あなた達、何者ですか」
「おっと、わらわとしたことが名乗るのを忘れておったの。ほれ、二人ともこっちに」
そう言って金髪の少女が、トンッ、とソファから身体を起こすとその傍らに執事とメイドが寄り添う。最初に名乗りを上げたのはこの中で最も高身長な執事。
「申し遅れました。私はこの白桜邸で執 事を務めるクラリッサと申します。それから、こちらはメイドのマリエル」
「い、いご、おみ、みみっ、しり、おきを!」
クラリッサと名乗った執事は胸に手を当て小さくお辞儀。しかし、マリエルと呼ばれた少女はぺっこりと頭を下げた瞬間、御幸の斜め後ろ方向に視線を泳がせている。目を合わせようとすると物凄い速さで反らされ、そしてクラリッサの陰に隠れてしまう。……というか、あの執事は女性だったのか。全然気付かなかった。
そして、満を持してと踏み出した金髪の少女はふふんと鼻を鳴らしベニヤ板みたいな薄っぺらい胸を張る。
「して、わらわの名はフランヴェルじゃ。……ふふんッ、喜ぶがいいぞ御幸よ。本日より、わらわ達がお主の生活を全力でサポートし、お主の幸せを守護してやるのじゃからな!」
「…………」
あまりの荒唐無稽さに、御幸は頭の中が空っぽになってしまって何の言葉も浮かんでこなかった。
数秒、あるいは数分とも感じるほどの沈黙が流れ、そして御幸はとうとうスマートフォンに手を伸ばしロック画面の左下部にある『緊急』をタップしようとして――手の中からスマートフォンがふわりと浮かび上がり指先が空をなぞった。
「ッな……!?」
突然の奇異に困惑する御幸。
そんな様を見て、フランヴェルは嘲笑うかのような嫌味な笑みを浮かべた。何故か中空に浮かんだスマートフォンは意思を持った枯れ葉のようにふらふらと空を泳ぎ、彼女の手に吸い込まれるようにして収まる。
「引っ越し早々同居人を通報しようとするとはいただけないのう。これから寝食を共にするというのに」
「……お前、何をした」
「なぁに、ちょっとした“超能力”で、の。くふふ」
電源が落ちたのかスマートフォンの画面はブラックアウトしソファにぽいっと投げ捨てられる。この瞬間、御幸は外部へ連絡する手段が断たれてしまった。低く身構え、ニヤつくフランヴェルを睨みつける。
「ふむ、見込み違いかの。御鷹の息子ならばもう少し紳士的かと思ったが……これではわらわの伴侶としては少々不満じゃの」
「…………」
超能力だの伴侶だの訳のわからない言葉、それに何故さっきからアレの名前が見知らぬ人間の口から出てくるのだろうか。アレの息子という逃れようのない事実もそうだが、この館の名称が『白桜』邸というのがどうにも落ち着かない。目の前に居る人間たちの事も、この建物のことも、シスターは何も言ってくれなかった。
二人の間に剣呑な雰囲気が漂う中、執事のクラリッサが割って入る。
「お嬢様、いきなりそんな態度では御幸様も混乱してしまうと思います。ご説明もそうですが、まずはご一緒に食事からでも」
「申し訳ないけど、他人と一緒に飯は食わない。……僕は今すぐ出て行きます」
「ほう? では何処に行くというのじゃ? 他に行く宛てなどあるまいに」
「……」
悔しいが、それに関しては完全に彼女の言うとおりだった。孤児院から出てきたばかりの御幸に知り合いなどいるわけも無く、当然出て行ったあとの衣食住を確保出来る可能性は限り無く低い。
が、そんなことよりも御幸としては彼女の古臭い言葉遣いと小馬鹿にするような言い回しが鼻持ちならなかった。気が付けば、御幸とフランヴェルは互いに睨みあいながら静かに火花を散らしていた。
「はぁーッ、こりゃガッカリじゃなぁ。御鷹はもっと紳士的で面白いヤツじゃった。そんなヤツの息子だから少しばかり期待したんじゃが……やれやれ」
「父親は関係無いだろ。……というか、どうして父親の名前まで知ってる。アレの関係者か」
「……父親をアレ呼ばわりとは感心せんの」
「質問に答えろ」
平行線を辿る問答は徐々に熱を帯び始め、御幸の語気も無意識のうちに凄み、それを軽くあしらうかのようなフランヴェルの斜に構えた視線を注ぐ。二人の間で渦を巻く剣呑な空気はついぞ窓ガラス、果ては本棚までをも震わせコトコトと微かな音を立て始める。
……いや、ちょっと待て。
いくらなんでもそれはおかし――
「う゛……ぇぐ、う゛ぅ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ん゛!! お゛じょう゛じゃま゛も、ごじ、じゅじん゛じゃまも゛、けんがしだいでくだじゃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ん゛!!」
突然、御幸とフランヴェルの間とでぶつかり合っていた剣呑な雰囲気をぶち壊すかの如きハイパーボイスが小柄なメイドのマリエルから爆発したかと思った次の瞬間、白桜邸全体が大地震に見舞われたかのようにガタガタと激しく縦揺れを始める。何故か、彼女が泣けば泣くほど、喚けば喚くほどに強さを増していき、窓ガラスは飴細工かのように容易く砕け散り、本棚の本は一斉に床に向かってダイブしていく。ガチャンガチャンと何かが壊れていくような音に包まれながら、御幸もドアノブにしがみ付くのがやっとで、クラリッサは直立不動で微動だにせず、部屋の主であるフランヴェルは尋常じゃないほどに狼狽えていた。
「んのああああああああ!? マッ、ママ、マリエル!? いいいきなり泣くでない!? しかもよりによってわらわの部屋のど真ん中でっあわばばばば……! くっ、クラリッサ! 早くマリエルを泣き止ませるのじゃ! このままではわらわの珠玉のガ○プラやらロ○魂……あぁ!? ちょっと、ホントマジでやめるのじゃああああああああああ!!??」
「う゛ぇえ゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛ん゛!! う゛わ゛ぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ん゛!!」
「な、何だよ、何が起こって……ッ?」
「愚か者!! マリエルは『バンシー』なのじゃ! ヤツが泣けば喚けばするほど……あぁわわばば!! クラリッサ、どうにかしてええええええええ!!」
「……『バンシー』?」
意味深な言葉に引っ掛かりを覚えるその傍ら、フランヴェルの部屋は見る見るうちに崩れていくのであった。
東京じゃ雪が降ったらしいですが、こっちは相も変わらず(それでも普段に比べれば寒かったけど
三寒四温って言いますし、寒さが過ぎりゃ暖かくなりますよい。
次回更新は4月9日の21時。
では、待て次回。
……シルクスマラソンつらーい(独り言