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《序章/第1話》 独り暮らし、始めたかったのに。

 ――四月二日。

 春を迎えたばかりの昼下がりとはいえ、未だ頬がヒリヒリするほどの寒気に震えながら、彼は足を止め、目の前に広がる桜並木の道を見上げた。


「……ここ、か」


 片田舎を訪れる少年が物珍しいのか、ここに至るまでの道中で何度も行き先を尋ねられ、そして嫌々ながらも律義に答える度に怪訝な顔を浮かべられながらも彼が辿りついた場所は、時代錯誤も甚だしい赤いレンガ造りの豪奢な邸宅だった。


 ……そりゃあ、ここいらで有名なオバケ屋敷じゃないか。

 出来てから三十年以上経ってるのに人が住んだってハナシは一つも無し。……それなのに十年くらい前から窓辺で人影を見ただとか、屋敷の中から女の子の泣き声を聞いただとか派手な物音がしただとか色々と変なハナシが後を絶たないのよ。

 俺も配達の途中で狼みたいな遠吠えを聞いたことがあるなぁ。屋敷の裏はたしかに山なんだけど、野犬……にしちゃあ妙にリアルというか迫力に満ちてたというか。

 通称『死桜屋敷』ってね。……あぁ、そういや前にどこぞの資産家が財産を隠すために作らせた~なんて話も聞いたねぇ。流石にそれは胡散臭過ぎると思うけど。


 そんな与太話を聞かされるたびに気の無い相槌で流しながら、休憩にと立ち寄った近くの喫茶店でも同じような問答を繰り返す。ブラックコーヒーを啜る彼を見ながらマスターは柔和な笑みを浮かべて「その通り名の如く、お屋敷の正面に立派な桜並木があるからすぐ分かるよ」と頼みもしない道案内をしてくれた。最低限の荷物が入ったキャリーケースを引きながら、彼は急ぐでもなく、かと言えば頭上に広がる桜を見物するでもない至ってノーマルな歩調で歩きだす。一、二分ほど進んだところで、彼の目の前に重々しい鉄柵が見えてきて、違和感を覚え、ふと足を止める。


「築三十年以上のアンティーク物件……? ……どこが?」


 引っ越すと決まった時にシスターから受け取ったメモにも蛍光ペンでマークされていたのだが、だとすれば、この鉄柵の異様なまでの光沢は何なのだろうか。指で触れれば驚くほど滑らかな手触り、顔を近づけてみれば自分の仏頂面を的確に反射するし、指で軽く押しただけで軋んだ音一つ立てず淀みなく門が開く始末。そして極めつけにと、目の前には徹底的に剪定された前庭の木々たちが広がっていた。玄関まで敷き詰められた踏み石は大理石かと見紛うほどにツヤツヤと輝いていて、とても築三十年の物件とはとても思えない。……もっとも、彼個人としてはキャリーケースのキャスターが痛まないから大いに結構なのだが。

 あまり深くは考えず、彼はそのまま直進してドアノブに手を伸ばし――回す。すると、滑らかにドアが開いていった。彼の眉間に皺が寄る。

 ……まだ鍵を差し込んでもいないのに何故開く?

 そして、ドアを開いたその先に――、 


「お、おぉ、おっおおお、お帰りなさいまし、し……ごご、ごしゅ……じん……しゃ、しゃ」


 かなり小柄なメイドがいた。

 白いフリルをあしらった可憐さたっぷりのメイド服に、肩ほどまでに下ろしたセミロングヘアの上には、これまたオーソドックスな白いヘッドドレスを乗せている。

 いや、お屋敷にメイドがいるというのはある意味では理に適っているし、一種のテンプレートとも言えるだろう。しかし、それはあくまでテンプレートの一種に過ぎず、現に彼はこの屋敷を“空き家”という風に聞いていた。空き家なのに先客がいるとはどういうことか。


「……」

「ひッ、ひぅィッ!?」


 疑惑の視線をこの場に居る唯一の生き物であるメイドに注ぐと、彼女は、ビクゥッ! と大きく肩を跳ねさせ脱兎の如き速度で傍に立っていた執事(、、)の背後に身を潜める。

 ……執事?

 もう一人いたのか、と冷たい視線を動かすと彼は恭しく頭を垂れた。


「ようこそいらっしゃいました。確認ですが、白桜御幸様――で、よろしいでしょうか?」

「……えぇ、そうですけど」


 大変不本意ながら、と表情に全開にしながら彼――白桜御幸『シラザクラ ミユキ』は執事の言葉に一応の返事をする。微かに見上げるほどスラッとした長身を漆黒の燕尾服に包み、銀色のフレームの眼鏡がキラリと光る。短く切り揃えられた銀色の髪やその佇まいには清潔感と気品が漂っていて、見た目だけではないというある種“プロ”の品格を感じさせている。本物、らしい。

 そんな執事の背後で涙目を浮かべながら震えるメイドを庇うように一歩踏み込んでから、彼は再び御幸に向かって頭を下げた。


「ありがとうございます。それから、今しがたの無礼をお許しください。何分この子は免疫がまだ無くて……」

「うぅゅぅう……ひぐ、えぎゅ……うぇう」


 状況が理解できない、が出来る限り自分で把握しようと御幸は頭の中を整理する。

 御幸は空き家と聞いていたこの屋敷に引っ越してきた。

 だが、空き家と思っていた屋敷には既にメイドと執事がいた。従者がいる、ということは、つまり彼らを従わせている他の誰かがいる可能性も出てくる。メモの住所、間違えたのだろうか。間違えていない。いや、だとしたらどうして御幸の名前を……?


「……すみません、どうやらこちらの手違いだったみたいで。失礼します」


 名前の事はともかくとして、自分が間違ったのなら長居するわけにはいかない。大人しく踵を返そうとした御幸の背中に、執事の凛とよく通る声が突き刺さる。


「お待ちください御幸様。決して、手違いなどではございませんよ」

「……? どういう意味です」


 どう考えてもこちら側の不慮としか思えないのだが、執事は何ら迷いのない眼差しをレンズ越しに御幸に向けている。


「よろしければこちらへ。詳しくはお嬢様(、、、)がお話いたしますので」

「お嬢様って……いや、でも僕は」


 どう考えても何かの間違いとしか思えない。

 今度こそ出て行こうと動こうとした瞬間、まるで御幸の往く手を阻むかのようにドアがピシャリと閉じる。お前をここから逃がさない、と言い知れぬ圧力を感じさせてきて御幸は怪訝な顔を浮かべた。


「……わかりました」


 今は従う他、道が無いらしい。

 何れにせよ、一度そのお嬢様とやらに挨拶ぐらいするのが筋かと御幸は自分を無理やり納得させ、執事の案内に応じることを決めた。


「では、改めまして。ようこそ『白桜(、、)邸』へ」

「……、」


 その一瞬、御幸の顔がかなり険悪なモノになったのを誰も見ることは無かった。

初めましての方、はじめまして。

そうじゃない人、こんばんは。


本日より新作『ホーンテッド・プリンセス!』が公開です。

春らしく、明るく楽しく、誰でも楽しめるお話となっていると思います。……多分!


活動報告の方にも書きましたが、序章のみ連日更新。

というわけで、次回更新は4月8日の21時となってます。


感想やコメント、ツッコミなどなど何方でもお気軽にお寄せ下さいませ。

では、待て次回。

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