《第2章/第4話》 約束と軋轢と愚か者の匂い。
人生初のリムジン、ともなれば普通の人なら誰でも緊張なり興奮なりするものだが、生憎と今の御幸の気分はそのどちらでもなかった。
「おお御幸よ、傘を忘れるとは何とも情けない。じゃーからクラリッサとわらわとで学校まで迎えに来てやったというのに、何じゃその顔は。礼の一つも無しか?」
「……」
窓ガラスに映る御幸の仏頂面に、フランヴェルは不満そうに唇を尖らせ、さして長くもない足を組み直す。高級感たっぷりの白いソファに、ミニサイズながらも洒落た意匠のバーカウンター。今自分が車の中にいるとは思えない広々とした空間だが、御幸からしてみると大層居心地が悪い。
何やってるんだろ……僕は……
ごち、と窓ガラスに頭を当てて御幸は重い重い溜息を吐き出す。あの場の流れに巻き込まれ、リムジンへと乗り込む他なくなった今の御幸は先述の通り気分最悪。大衆の面前に颯爽と現れたフランヴェルの、あの余計な一言の所為で今まで以上に注目を浴びるようになってしまった。明日からの学校生活が非常に危ぶまれるというのに、件のご令嬢は呑気にウイスキーボンボンなぞつまみ始めている。
「さて……んにゅ。このまま帰ってもつまらんし、この町の案内がてら少々ドライブと言うのはどうかの?」
「別に、そんなの必要ないって」
「クラリッサ、頼むぞ」
「かしこまりました」
「……おい」
第一高校の正門から白桜邸とは反対方向にリムジンは動き出し、御幸の意思とは関係なく身勝手なドライブが始まってしまう。もうほとんどやけっぱちの御幸はどうにでもなれと頬杖をつき、窓の向こうで流れる景色に没頭することを決めた。
「この街に越してきたばかりでまだ右も左もないじゃろ? わらわのこの老婆し……う、ソレだとなかなか笑えん比喩じゃがとぅおにかく! 今後の御幸の生活に不自由があってはいかんしの。わらわのこの気遣いに感謝するのじゃ!」
なだらかな傾斜道を下っていくと、この雪霧町で古くから親しまれているという街道に出る。御幸が前にバスで見たのはこの街道沿いの光景だ。一度見た覚えのあるスーパーマーケットや大きな池のある公園を過ぎると、やがて駅へと伸びる町で唯一の四車線を誇る中央街道が見えてくる。ここから先は御幸にとっても未開のエリアだが、観光気分なぞ露ほどもない。
「あー、そこの細い路地を往くと地味で小さい模型屋があってじゃな、渋ぅいオッサンが一人で切り盛りしてるこれまた渋ぅい店なんじゃが品揃えはなかなかでの。特にガン○ラとか、あと今時珍しくゾ○ドを、あぁ、コト○キヤのではなく――」
中央街道と言うだけあって、駅に近づくにつれ高層ビルや名のあるブランドショップなどそれなりに賑わいを見せている。天気が良ければ満席確実であろうお洒落なオープンテラスの喫茶店。有名ハンバーガーショップには学校帰りのカップルが窓に面した席で談笑をしていて、生憎と傘を忘れたサラリーマンは鞄を掲げて少しでも雨を避けようとしながら走っている。別段、面白味もない街並みを御幸は冷めた目で眺めながら、ただただ時間が経過するのを待つ。
「そこのビルの七階にあるホビーショップは店員の態度がちょーっと気に食わんが品揃えは最高じゃぞ。ジオラマパーツも相談すれば用意してくれるし、あと何と言っても店員が実演販売と言うか、目の前で凄まじい手さばきでプラモを作るのが面白いんじゃ。フレー○アー○ズのラインナップが気合入っててのぅ~わらわは気に入っておるぞ」
街道を往くリムジンのインパクトは凄まじいらしく、忙しなく動いているサラリーマンですらこちらに向けて何やら含んだような視線を寄越してくる。いつか俺もはべらせてやる、そういったニュアンスか。他には珍しいからと携帯のカメラ機能を使って写真を撮る人物も目立つ。その後はお決まりのツイッターだろう。ここ最近のツイッター事情は非常に混沌としていると見たことがある。明日からの学校に影響が無ければいいが。御幸はカーテンを閉めるとふぅと小さく息を吐いた。
「して、御幸よ。お主はどっち派なんじゃ?」
「……いきなり何の話?」
何かあれやこれやと語っていたような気がするが、ぶっちゃけフランヴェルの演説なぞ御幸の耳は一切覚えていない。何故か息の荒いフランヴェルは怪訝な顔を一瞬浮かべるも、すぐさま元に戻す。
「そりゃ決まっておろう。リアル派かスーパー派かというモノじゃ。わらわは断然リアル派じゃが、お主はどうじゃろ? 実はダイナミック的なモノが好きだったりするのか? ん?」
「…………」
ついに頭でもおかしくなったか、という意味合いをたっぷり詰め込んだ御幸の眼差しに構わず、フランヴェルは再び意味不明なコトを身振り手振りを加え雄弁に語り出す。
「日本男子といえばスーパーロボットじゃろ! 鉄の城から始まり現代にまで連なる鋼鉄の魔神! 昨今はまぁ、イマイチなモノとかリメイクばっかでピンと来るものも少ないが……根強い需要があるのは確かじゃ。スパ○ボじゃと大味なステータス配分になることもしばしばじゃがそれがまたいい訳で……って、聞いておるのか?」
「……」
「ノリが悪いのぅ……趣味の話に興じておるのだから、そこは相槌ぐらい打つのが礼義と言うものじゃぞ?」
「……何の話してるんだかわかんないんだけど」
「まッ……!? まさか、お主……!? ス○ロボと聞いてピンと来ないか!?」
「…………」
「ば、馬鹿な……それでも日本男児か!? 水木のアニキが泣いて嘆くぞ!? 日本に生まれたのであればまずロボットアニメを拝むじゃろ!? お主の世代なら……ほれ、ガ○ダムとか!」
「……」
どうしようか。
真面目に答えてやってもいいが非常に無駄に思えてならない。
関心のない御幸の態度を所にくだらない論争をおっ始めようとするフランヴェルを半眼で睨んでいると、運転席の方から助け船が飛んできた。
「お嬢様、御幸様が日本に来られたのはつい一昨日ですよ。日本のアニメを見る暇なんて無いと思いますけど」
「…………ハッ!? わらわとしたことが、失念しておったか……って、別にオーストラリアでもロボットアニメの一つや二つ放送してたじゃろ。CG駆使したトラン○フォーマーなんか」
「そんなの見てない。……興味もないよ」
「んなッ……あぁ、馬鹿……な……ッ!?」
がく、とリムジンの広い車内で崩れるフランヴェル。そこからは飛ぶ鳥を落とすような勢いでフランヴェルのテンションがガタ落ちし、何やら小声でぶつぶつとうわ言のようなことを言い出したので御幸は再びカーテンを開ける。リムジンはいつの間にか白桜邸へ伸びる道に差しかかっていて、途中引っ越し業者のトラックとすれ違った。白桜邸の正面玄関でリムジンは停車し、運転席から降りたクラリッサが素早く扉を開き手を差し伸べる。御幸は丁重に払いのけた。
「私は車庫の方に車を置いていきますので。お嬢様も御幸様も、お疲れさまでした」
「……どうも」
傘を差すのも億劫だったので御幸は小走りで玄関へと向かう。
夜の帳が下りつつある空を見上げた瞬間、黒く重たそうな雨雲が光を纏い、やがて雷鳴が訪れる。
「……」
嫌な、予感がする。
そんな直感を首を振ってかき消し御幸が玄関を開けると、御幸のジャージを羽織ってなおスク水メイド状態のマリエルが支柱にしがみ付いて震えていた。
「お゛、ぅお゛、っぐ、えぅ゛……お、お帰り、にゃじゃ、い、まッ、じぃ゛……」
……いや、着替えろよ。
イシュガルド、楽しいです。
最近の自分の行動がFF14か物書きかの二択になってるような……
あ、割合は7:3ぐらいで(遠い目
次回更新は7月3日。
……しかし、あっという間に半年過ぎましたね……
では、待て次回。