《第2章/第2話》 約束と軋轢と愚か者の匂い。
「……アイツ、着痩せする性質なのか」
ある意味では衝撃的な事実を朝っぱらから真面目に受け取りつつ、御幸は一人の通学路を往く。初日と同じく、御幸は学校が近所に在るにも拘らず早朝に出発する。理由として単純に人気が少ないからと、それから真っ先に自分の席に着けるからという二点のみ。転入生という立場上否が応でも目立つのだが、少なくとも教室に入って自分の席にさえ着いてしまえば自分の不可侵領域は確保出来る。本人は自覚していないが、これは動物の縄張り意識にかなり近いものだった。
マフラーがないため、御幸は両手をポケットに突っ込み肩をすくめながら誰もいない道路を歩いていく。道なりに行けばまず最初に見えてくるのが同じクラスの森尾名奈の家で喫茶店の「フォレスト・テイル」。流石にこの時間なら店も開いていないし誰もいないだろうと通り過ぎかけたところで、コツ、と何か物音が聞こえた。
「おや、君はこの前の」
ネコのようなタヌキのような微妙な生き物がしがみ付いている店の看板を抱えて出てきたのは、先日店に訪れた御幸に道案内までしてくれたマスター、要するに森尾名奈の父親だ。娘と同じく人畜無害そうな、ちょび髭以外これといった特徴のない柔和な男性といった感じで、御幸に客向けの愛想笑いを浮かべている。一度立ち寄った店だし、流石に何も言わずに過ぎるのはどうかと無意識のうちに礼儀が働いて御幸はほんの僅かに頭を下げる。結局、無言だったが。
「ははぁ、名奈の言ってた転入生ってのはやっぱり君だったか。年頃も近そうだからもしかしたらって思ってたけど」
そこから他愛のない世間話にもつれ込まそうと何やら話題を広げようとするが、当の御幸に相手をする理由などなくそのまま黙って先を急ごうとしたのだが、
「お父さーん、誰かいるの?」
今度は娘まで出てきて御幸としては非常によろしくない展開の匂いを感じ取った。
「あ、白桜君。おはよう」
「…………」
とっとと走って行ってしまえばいいのにと思うのだが、御幸とて最低限の体裁ぐらい維持せねばと自分の意思とは裏腹に身体が動く。ネジの切れかかったゼンマイ人形のようにコマ送りのような動作で振り返ると、何とも優しい笑みを二人が浮かべていた。
「……おはよう、ございます」
「白桜君、ずいぶん早いんだね」
「そうだなぁ、学校はもうほとんど目と鼻の先だってのにこの時間にここってのは。熱心でイイコトじゃないか」
「……別に、そんなんじゃ」
御幸の声が聞こえたのか聞こえていないのか、森尾親子は何かの作業の最中であったろうに世間話に花を咲かせ始める。時々名奈のほうが間の抜けたことを言って、それをマスターが嗜める。別段珍しくもない親子のワンシーンが、御幸の目には酷く複雑なモノとなって映り込んでいく。
――早く、行きたい。
御幸の頭の中はそれっきりで、二人の話なんぞこれっぽっちも耳に入ってこない。
「……そうそう、最近は空き巣被害が多いから君のトコも気を付けるんだよ? あんなお屋敷だし、人が入ったから狙われるかもしれない」
「お父さん、それ普通逆じゃないの? ……でも、そういえばあのお屋敷で空き巣とか泥棒って聞いたことないね。立派なお屋敷なのに」
「いやいや、空き家だって昔から知られていたからこそ今まで被害とかが無かったんだよ。空き家と分かってるのなら空き巣には入らないだろう。むしろ、人の住んでいる匂いを感じ取って逆に好機到来と計画を練っているかもしれない」
「そんなものなのかな」
「たぶんね」
そこからは話が脱線し始めて御幸にも一切かかわりのない話に切り替わったのを見計らい、その瞬間に御幸はそそくさと学校に向かって進み始めた。
「……あれ、白桜君とやらは行っちゃったのか。一杯ぐらいコーヒーを御馳走しようかと思ってたのに」
「じゃあ、私もゴミ出したしそろそろ行くね」
「あぁ、行ってらっしゃい。また彼にあったら、いつでもお店に遊びにおいでってよろしく言っておいて。ウチの宣伝も兼ねてさ」
「はーい」
・ ・ ・
入学して二日目、何も連日オリエンテーションばかり行うはずもなく本日からは通常の日程で授業が進められる。一時間目は現代文、二時間目が数学、英語と続いて四時間目が体育。何故か男子生徒の視線が御幸の方へとちらちら注がれているような気もするが、本人は至って気にせず待機中。
「今日は初日だし軽くサッカーでもして流すかね。んじゃ、二人組作ってストレッチな」
刹那、男子全員の顔に戦慄が奔る。
教師の言葉と同時にすぐさまペアを組もうと慌てふためき、誰しもが最後の一人にならぬまいと一切の形振りを捨てる。昨日校舎裏で殴り合っていた二人も今は休戦だと固い握手を交わし、そして運悪くも残ってしまった生徒は天を仰ぐ。言わずもがな御幸が残っている。初日にあれだけ殺気じみたオーラを発揮してしまった所為もあって、同じクラスの男子はほぼ全員御幸に怯えと少なからずの抵抗感を抱いてしまっていた。
「……あ、あのさ、その……よ、よろしく頼むわ」
「…………」
女子に告白するのとは別方向の勇気を振り絞り、件の男子が御幸に声を掛ける。返答と同時に首が飛ぶのではというありもしない妄想を抱く彼だったが、御幸は以前のような威圧たっぷりオーラを発するのではなくジト目の視線を送る。
「……直接、触れないでくださいよ」
「それじゃストレッチ出来ねぇ!?」
結局お互いに適当な体操だけ済ませて、それから適当なチームに分かれて紅白戦。ちなみに女子はテニス場の方でテニスとのこと。
で、こういう時一人か二人は何かと理由をつけて本気でやろうとするヤツが必ずいるわけで。
「ただ遊ぶのもアレだしさ、何か賭けねえ? 負けたヤツは昼休みに何か奢るとか」
「お、いいねぇ。んじゃ負けたヤツは勝ったヤツに購買にあるストロベリーサンデー奢るとかどうよ?」
如何にも体育系とカラダが主張する連中が数名勝手にそんな話を繰り広げ始め、それぞれのチームのメンバーに無駄な発破を掛けている。その片方には入学初日に御幸をからかった奴もいる。あれよこれよと話は勝手に決まり、関係のない人間に要らぬプレッシャーが圧し掛かる。
「……ストロベリーサンデーのある購買って何なんだ」
御幸としてはそっちの方が気掛かりである。
そうこうしているうちに笛が鳴ってキックオフ。
言い出しっぺの連中はフォワードを務めガンガンと攻めていく。どうやらサッカー部に所属しているらしく、ボールに向かってくる他の男子を華麗に捌いてどんどん前進していく。ディフェンダーのラインもすり抜け、あっという間にキーパーとの一騎打ち。慣れない人間のキーパーを防御率なぞ期待するだけ無駄。あっという間に点が入ってしまい、盛り上がってる連中だけ勝鬨を上げる。傍観してる人間としては非常につまらない。一応、チームに合わせて走ったりはしているが、ボールの主導権はほとんど変わらないのでただランニングしているだけに近い。
「あ、やべ……!」
ふと誰かが漏らしたそんな声、そして本来狙っていた軌道と反れてしまったボールが偶然にも御幸の傍に転がってきた。足で止め(そりゃ手で拾ったら反則だし)、何となしに視線を適当に彷徨わせる。ボールを奪おうと向かってくるヤツ、大きく手を振ってパスを要求するヤツ、目が合うと反らすヤツ。御幸は無難にロングパスを選択。ほんの僅かに助走をつけてから蹴ろうとしたところを、
「させるかぁッ!」
春先にも拘わらずやや日焼けしている男子が前方からスライディングで突っ込んできて、御幸は慌てて後方に退いて避ける。全力で走り回っている所為で身体から轟々と熱気が上がっていて目の前が歪むほどに非常に暑苦しい。
「転入生とて容赦はしないぜ!」
「……ち」
自分をスポーツ漫画の主人公か何かと勘違いでもしてるんじゃないかというあまりの熱血っぷりに御幸は心底嫌気が差し、さっさとパスを決め込みたいものの、立ち塞がる正面の熱血がそれを許さない。右に動けば右に動くし、左に動けば左に、隙を見せようものなら鋭い蹴りが飛んでくるわ当たれば痛いわと長引けば長引くほど御幸のストレスゲージがレッドゾーンにまっしぐら。
流石に、イラッと来た。
怒り狂った闘牛かのように果敢にプレスしてくる相手に、御幸は敢えて前に出ることを決める。引いても駄目なら押してみる。
「んな、だにぃッ!?」
二人がすれ違うその瞬間、御幸の後ろからボールがふわりと宙空に舞い、鮮やかな弧を描いて前へと飛んでいく。右足と左足とで挟んで持ち上げる、所謂ヒールリフト。何処かで見たのを思い出し、見よう見真似で試してみたら運が良いのか悪いのかあっさり成功してしまった。正面には他に誰もいない。あとは適当にパスを放るだけで御幸の役目は終わる。シュートが入ると同時、何処からかホイッスルが聞こえてきて試合も授業も終了。
「だぁ~ッ! 引き分けかよー……」
「んじゃー、お互いにストロベリーサンデー奢る話は無しな」
「転入生に感謝しろよー? あのパスのお陰で引き分けたんだからよ」
「見た目よりかは動けるっぽいんだなぁ。意外と素質あるっぽいし、サッカー部勧誘してみるか?」
「じゃあ大活躍のアイツにストロベリーサンデーをば……って、あれ?」
熱血連合が汗だくのまま肩組み合っている間に、御幸はとっとと教室へと向かって歩いていた。
梅雨入りやら夏コミの当落やら何やかんやでお忙しい中、如何お過ごしでしょうか。
俺はやってるオンラインゲームのアプデ日が近づいててけっこうテンション高いです。
新しいジョブ……やりてぇ……
次回更新は6月19日の22時頃。
では、待て次回。
……前回は多量のRT、ありがとうございました。
こちらでもひとつお礼を。