《第1章/第7話》 白桜邸と不愉快な他人たち。
二人のやかましい声が聞こえなくなってからしばらくして。
御幸が桜並木の前に辿り着くと、まるで御幸の帰りを祝福するかのように春風が吹き、風情ある桜の吹雪が舞い散っていた。ふわりひらりと散っていく桜の花びらを冷めた目で一瞥してから、御幸は門を越えて玄関を目指す。扉を開けた先で、最初の時と同じようにマリエルが御幸の帰りを迎えた。
「あの、おっ、ぅおお、おかえりなさいまし、ごしゅ、ごひゅ、じんさ……ま、っまま……」
「……」
がくがくと震えながらぺっこりと頭を下げるマリエルを尻目に御幸はまっすぐ自室に向かって歩き出す。そんな彼の後ろをちょこちょこと小動物のような足取りでマリエルが追いかける。時折廊下の柱に隠れたりしながら、もごもごと何かを言おうとしながら、それでも御幸のオーラに気圧されて怖気ついて、でもでもどうにかお仕事をこなそうと頑張ろうとして。
「あの、せせ、制服を……をを、お荷物、お持ち、しま、っまま」
「……いいよ。これぐらい」
「うぅにゅ……」
勇気を振り絞ったマリエルが何とか声を掛けた頃には、既に御幸は自室のドアを開いて中に入ってしまった。バタン、とドアの閉まる音が誰もいない廊下に寂しく、マリエルの胸の内には重く響いていく。
「……ひっく、ぇく…………し、失礼、しますぅ……」
意気消沈してしまったマリエルは目尻にいっぱい涙をためながらとぼとぼと反対方向に歩き出す。朝の無礼といい、自分はメイド失格だと戒めながら亀のよう足取りで歩いていると、ふと後ろから物音が聞こえた。
「ふ……ぇ?」
振り返っても、もちろん誰もいない。しかし物音は御幸の部屋のドアから聞こえてマリエルはゆっくりと目を閉じて耳を傾ける。普通の人間なら気のせいだと錯覚するような極小の物音だったが、やがてドアの向こう側から何か呟くような声が聞こえてくる。
「……サンドイッチ、御馳走様。入れ物は後で洗って返す」
「あ……ぁ、あわ」
確かに聞こえた御幸の声にマリエルの胸が、ドキッ、と大きく鼓動し、物理的にも精神的も揺れ動く。その場でぱたぱたと声にならない声をあげながら右往左往して、どうにかこうにか落ち着きを取り戻してからマリエルは大きく深呼吸する。
「……し、失礼、しまふっ」
ぽやーっとした頭のまま、マリエルは御幸の部屋の扉に向かってこっくりとお辞儀をすると、小走りに給仕室の方へと向かった。
※
「作戦会議じゃ!」
ダンッ、とフランヴェルがテーブルをグーで叩きコップの中に注がれていたス○ライトが少々飛び跳ねる。場所はフランヴェルの自室、今この場には握り拳を叩き付けたフランヴェルと、その斜め前方にクラリッサが丸テーブルを囲んで座っている。以前のようなショーケース群は完全に消え失せ、今は装飾過多なことを除けば普通の部屋となっている。
「言わずもがな、御幸の為の、歓迎会のやり直しなのじゃが……」
「……はい」
「何か案はあるか」
「開幕から人任せでどうするんです……」
「こういうコトを実行するのは好きじゃが考えるのはやっぱり嫌いなのじゃ。まず、執事としての意見が聞きたいの」
「そう……ですねぇ……」
話題をぶん投げられたクラリッサは小さく唸りながら眼鏡をくいっと持ち上げる。そもそも、前回の歓迎会の時もろくすっぽフランヴェルは関与してないのだがそれはさておき。クラリッサと言えどただの執事であってそういうエンターテイナーのような物事は不得手だし経験とて無い。とりあえず豪華な料理を用意して、各員が歓迎の意を示せば普通の人間ならそれで十分とは思うのだが、今回歓迎すべき人間である御幸のあの態度ではそれは難しい。というより完全に失敗している。それを踏まえて考慮するも、やはり経験がない所為で妙案なぞ浮かんでこない。
「……そうか、露出が足りんか? こういう場合、やはり最初はバニーちゃん的な際どい衣装でイヤーンな展開を狙うべきか?」
「イヤーンって……あの、ちょっと語彙のセンス古過ぎませんか? というか今のお嬢様の何処にそんなお色気要素が」
「いやしかしなー、迂闊にわらわが脱いでしまってはC○RO指定的には一瞬でZになってしまう……それを見た御幸のヤツが襲ってこんとも…………い、いや、それはそれで……や、やや、わらわにも、の、ここ、心の準備もだな……」
「どうあがいてもAですのでご安心ください」
「む、胸の話か!? 失敬な、もうちょいあるわい!?」
「……お嬢様?」
「……だはぁ~」
ぱったりと机に突っ伏し、ロクに考えもしていない頭から既に白い煙がもうもうと出ている。先に言った通り、フランヴェルは考えるよりも実行する派なので思考を巡らせるのは苦手である。飲み会で例えるなら、幹事ではなく当日に飲んで歌ってはしゃいで賑やかす側の方が好みである。
「彼女の言う通りでしたね。諸々の事情の所為で御幸様の性格はずいぶんと屈折しておられます。我々の配慮も、最悪の場合ほとんど効果がない可能性もありますよ」
「しかし、わらわたちの使命は御幸の幸せを守ること。その第一歩として、わらわとしては御幸を家族として迎えたい……故の歓迎会だったのじゃが」
アクシデントやその他諸々も含めて大失敗。初対面としての印象も最悪で、しかも御幸にそのつもりは一切無いと分かっただけだった。頑なに距離を置き、手を差し伸べようものなら払いのけ拒絶。ある程度は予測出来たとはいえ、想定外の拒否っぷりにフランヴェルは頭を抱えた。
「大前提なんじゃ。まず家族として御幸を迎え入れないと御鷹との約束が完遂出来ぬ。……全く、思えば思うほど勝手で滅茶苦茶な親父じゃの御鷹は」
「お、遅れひぇ、すみませぇ……ん……」
「マリエル、今日も遅刻ですか?」
「あぅ……ご、ごめんなさいクラリッサさん……」
「……む?」
姿勢を低く低くさせながらマリエルはクラリッサの隣の椅子に座る。へこへこと頭を下げているのだが、マリエルの顔が何処となく赤っぽいことに気付いてフランヴェルは眉根を曲げる。
「……マリエル、顔が赤くなっておらんか? 今まで風呂にでも入っておったのか?」
「ひぇ? いえ、別に、そんにゃ、ことぉ……?」
「では、熱ですか? ……風邪でも引きましたか?」
「あの、私、これでも一応バンシーですし、病気とかはその……」
「じゃあなんでそんみゃあさか御幸と逢引かァッ!?」
「ちち、っち、がいまひゅす!? わた、わたわたわたしはわわ、っわわ!?」
「ええい! 御幸はわらわのじゃ! わらわのなんじゃぞ! こぬ! こんぬぅ!」
真っ先に逢引を疑うフランヴェルとそれを全力で拒否するマリエルが互いに両手をブンブンさせながらぽかぽかとほのぼの~っとした殴り合いを始めたので、クラリッサはとりあえずフランヴェルの方をつまみ上げる。
「はいはい、お二人とも落ち着いてください。今は御幸様の歓迎会の話が最優先でしょう?」
「否! わらわに隠れて逢引しようと試みたマリエルへの尋問が最優先じゃ! というか彼奴相手に逢引と、は…………え? ちょっと待て、なんでそんな、マリエルだけそんな……ま、まさか本当に、御幸は」
「マリエル、御幸様と何かあったんですか?」
「べ、別に、何もないで、す。ただちょっと、お礼を言われただけで……」
「なん……じゃと……?」
「お礼、ですか?」
クラリッサは小首を傾げ、そしてフランヴェルは劇画調で信じられないといった風に固まる。二人の様子を見て、マリエルもクラリッサと同じように不思議そうに首を傾げる。
「あ、あのー…………そ、それだけ、なんですけど」
「……な、何をした貴様!? わわ、わらわに隠れもぎゅお、ゴフォ!? ゲホッ、ヴェッホ!? す、ス○ライトスプ○イト……」
「そういえばマリエル、今朝御幸様の朝食を作ったと言ってましたね……その、どうでしたか?」
「どう……ですか? えぇっと」
「ぅおかしいッ! 何でこんな胸ばっかでちんちくりんマリエルがお礼言われてわらわは何も無しなのじゃ!? 不公平じゃ! おい見てるか貴様! 貴様に言うとるんじゃ! ちょっとメインヒロインの扱い酷いと思わんのか!? アァン!? この話の、メイン! ヒロイン! ぅわ、じゃなッ!?」
「お嬢様、明後日の方向に向かって叫ぶのは止めてください……と、話を戻しますねマリエル。その、昨日の歓迎会の時も見たから知ってると思いますが御幸様は相当気難しい人でしたよね。今朝も含め、マリエルは普通にお話できたのですか?」
「お話……は、全然出来てないです。朝だって、バターの箱取って貰った時も叫んで逃げちゃって……」
「……どういう、ことでしょう?」
「その、あの、お礼っていうのも、直接言われたわけじゃ、なくて……」
たどたどしい口調ではあったが、マリエルは身振り手振りを交えながらクラリッサに朝の件も含め一生懸命に説明する。ふむふむと相槌を頷きながら真摯に耳を傾けるクラリッサに、叫び疲れてテーブルに再び突っ伏すフランヴェル。
「その、ご主人様は悪い人じゃないと思います。ただ、そのぅ……人が嫌いっていうんじゃなくて、何と言うか……慣れて、ないだけ……だと、思います」
「慣れ、ですか。……なるほど。大変参考になりましたよマリエル。ありがとう」
「そ、そんなこと……ない、です。……えへへ」
「……ならば、方法は見えてきたの」
「と、言いますと?」
ぐったりと突っ伏していたはずのフランヴェルがまるで起き上がり小法師――突っついても起き上がる福島県産の郷土玩具のコトです――のようにむっくりと身体を起こし、出所不明の自信たっぷりな顔を浮かべた。
「なに、シンプルなことじゃ。御幸に、わらわたちを上手く慣れさせればよい!」
グッ、と握りこぶしを作るフランヴェルを見、クラリッサは「それが簡単に出来れば苦労しませんよ」のニュアンスたっぷりに乾き切った苦笑いをこぼした。
スプラトゥーンに心揺れてる今日この頃。
でも、WiiUって他にやりたいゲームがあんましないような……
そして、本日は二本立て!
1時間後の23時に《第1章/第8話》を更新します。
……ちょっとお待ちを。