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《第0話》 約束

「玉座でふんぞり返るラスボスのようなお主が……まさか、そんな歳で病に伏すとはの」


 最低限の調度品しか存在しない、何ら味気の無い真っ白な病室。

 窓際に設えられたベッドの上で、白髪の男性は穏やかな表情を浮かべ、傍らに寄り添っていた古臭い口調の少女に言葉を返す。


「ラスボス……まぁ、ニュアンスは間違ってはいないね。しかし手厳しいなぁ。日々を清く正しく働いていた僕の顔はそんなに悪人面だったかい?」

「自分の手下、延いては自分自身をも馬車馬の如く働かせていたブラック企業のトップだったくせに何を言っておる。社員にとってはラスボス以外の何物でもない。あまつさえ、そのラスボスの結末が……これではの」


 紅色の瞳の少女は男性の姿を見て――少々、眉根を寄せる。

 血色を失っているかのような青白い肢体、頬には疲れ切ったシワが目立つ。

 そんな男性は相も変わらず穏やかな表情のまま、ベッドにもたれ何も無い天井を見上げた。


「僕は……決してラスボスでも魔王でも何でもないよ。ただ、ちょっと頑張り過ぎたことに気付くのが遅かった情けない人間さ。とっくの昔に妻に先立たれ、頑張って築き上げたダンジョンも崩れ、部下も散り散りになり、そして残ったのは僕……いや、最終的には彼だけになってしまうのか」


 そう言って、男性がポケットから取り出したのは一枚の写真。

 写真には父親とは思えない鉄面皮を浮かべる男性と、父親の腕の中だというのに緊張しているのか、ぎこちない表情を浮かべる男の子だけが映り込んでいる。


「……君たちに一つ頼みたい事がある。僕の息子を、頼まれてくれないか?」


 少女の紅い瞳が僅かに揺れ、そして返答を待たずして男性は胸の中身をゆっくりと吐き出すように静かに語り出した。


「僕の、唯一の心残りだ。母も死に、そして僕も死に往こうとする今、このままでは彼は世界で家族の温かさを知らぬまま本当に独りぼっちになってしまう。僕の勝手な都合で孤児院に預けてしまったとはいえ……それは、そんな酷い仕打ちだけは、父親としては避けたい。だから――」

「……詭弁じゃな。死ぬ間際、今の今になって父親面か? それは単なる“逃げ”じゃ。何もかもを放り出して、最低限良いキャラだけの印象を残してこの世から消えようなど……そんなの、無様で最低な“勝ち逃げ”じゃな」


 少女の辛辣な言葉に男性はくつくつと微笑し、そして――しおらしく、頷いた。


「そうだよ。人間なんてこんなモンさ。誰かの為と大義名分を言い張って、目先の利益ばかりに手を伸ばし、本当に大事なモノを蔑にして、自分が死ぬ瞬間になって改めてその大切さを身を以て知る。人間は、痛みをその身で知らなければ本心からは動かないのさ。矮小だと笑われても、こればかりはどうしようもない」

「……」

「だからこそ、さ。君たちに頼みたい。僕の代わりに息子の幸せを守ってあげて欲しい。報酬なら、僕がまだ生きていられる間にいくらだって言ってくれれば全て叶えよう。……こんなこともあろうかと、既に屋敷の手配や遺産の何やらは全て済ませてあるんだ」

「“こんなこともあろうかと”という言葉はそういう風(、、、、、)に使うモンじゃないぞ。……はぁ、そうじゃのぅ」


 唐突に「何か欲しいモノある?」と聞かれれば誰であれ困惑する。

 紅い瞳の少女は特別欲しい物なんぞ無かったし、従者二人にいちいち相談しに行くほどの暇がない(、、、、)ことは十分に知っていた。

 ならば、と少女はニィっと口の端を釣り上げた。


「ならば、この契約(、、)の代償として……お主の息子とやらをわらわの婿に貰う、というのはどうじゃ?」

「御幸を君の婿に? まぁ、僕は別に構わないけど……そんなのでいいのかい? 不細工に育ってたとしても僕はもう責任取れないんだけど」

「そん時はそん時じゃ。……ようし、では決まりじゃの。御鷹よ、少しチクッとするぞ」


 そう言って、少女は御鷹と呼ばれた男性の人差し指を切って血を流させると自分も同じように指先を小さく切り、指と指と、血と血とを触れ合わせる。指先に、痛みや出血とは別の温い感触が静かに伝わっていく。少女は、微妙に困惑気味の御鷹に悪魔のような笑みを浮かべて返した。


「……わらわは、受けた恩は決して忘れぬ。この恩に報いるためにも、お主との契約は是が非でも必ず守る。安心せい御鷹。この契約を違えることは決してあり得ぬ。何せ、わらわたちはお主ら人間と違って――死なない(、、、、)からの」

「そうか。……ありがとう、フランヴェル」


 今にも風に吹かれて消えてしまいそうな弱々しい老人(、、)の笑顔。

 それが、彼が最期に笑った瞬間だった。

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