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僕と彼女の墓参り  作者: イノタックス
2章 遺伝子検査
8/20

8話 変化への気付き

大学から帰ってきて、由梨絵さんと宗人と3人でお昼ご飯を食べ終わり、今は自分の部屋で休憩している──のだが。


(・・・うーん)


何だろう、心の中がかき回されているような、そんな感覚。

思い返してみれば、デパートから帰ってくるときから、こんな感じだ。・・・車の中で何か言ったっけ?


(・・・?)


帰り道の車の中での会話を思い返していて、妙な違和感を覚えた。別に変なことは言っていないと思うし、嘘も言っていないはずなのだが・・・。


(特に何も、言っていないよな・・・)


由梨絵さんには、僕のちょっとした家庭事情を話しただけだ。全部本当のことを話したのだが、それでも何かが引っかかっている。


(・・・あれ?)


ちょっと待て、あの時僕は心の中で『現状に何の不満もない』と考えたような。え、でも、ちょっと前まで僕はこう考えていたはずだ。


『違う人生ならよかった』と。


◆◆◆


街中にある、この県で一番大きい病院。

そこの4階の、エレベーターから一番近い病室。そこが目的地。


「失礼します」


ノックを4回して、病室に入る。


「あら、佳奈美ちゃん。来てくれたのね」


先客がいたようだ。



「そうですか、まだ意識は・・・」

「ええ。お医者様も原因が分からないみたいで、手の施し様がないと言われたわ」

「・・・あまり、寝ていないのですか?」


彼女の目の下には、クマができていた。本人は寝ていると言っていたが、とてもそうは見えない。


「あなたも倒れてしまうという事態は、一番避けなければいけないことなんですよ?」

「分かってるわ。大丈夫よ」

「・・・そうですか」

「それにね、佳奈美ちゃん」


疲れ切った表情でも輝いている両目で、私をじっと見つめる。


「この子はまだ生きている。生きようとしている。ずっと一緒に暮らしてきたからね、私たちの実の子供じゃないけど、それでも分かるのよ」

「・・・なら、大丈夫ですね」


この人を見ていると、親の強さが分かる気がする。

──この人は、本当に強い。私だったら、すぐに泣いてしまうだろう。でも、この人は泣かない。


「・・・先輩」


呼びかけても、ずっと眠ったまま。



先週の火曜日、先輩は大学で突然意識を失って、救急車でこの病院へ運ばれた。身体の機能は働いているが、意識だけを失っている状態で、医者でも原因は分からなかった。

今は点滴を打たれながら、ベッドでずっと眠っている。


「今日は平日だし、佳奈美ちゃんは大学があるんじゃないの?」

「もう夏休みに入ったんです。・・・まあ、大学には行ってきましたけど」

「大学に行って、ここにも来てくれたのね。本当にありがとう」

「気にしないでください。私にできることと言えば、来れるときにお見舞いに来ることだけですから」


さすがに毎日は来れないが、2日に1回はお見舞いに来ている。

先輩には大学に入学した当初からお世話になっていたので、その恩を少しでも返せたらいいな、と思いながら、病院に来ているのだ。


「でも、昨日も来てくれたわよね?今日、何かあったの?」

「いえ、時間が空いたので来ただけですよ」


まさか、先輩にそっくりな人が大学に来て、気になったから病院に確かめに来た、なんて言えない。


「じゃあ、私はこれで」

「あら、もう帰っちゃうの?」

「すみません、しなければいけないことがありまして、また大学に戻らなければいけないんですよ」


先輩とそっくりな人──石橋由利ちゃんから頼まれた検査を、終わらせなければ。


「大変ね・・・頑張ってね」

「はい。では、失礼します」


扉を閉め、私は先輩の病室を後にした。


◆◆◆


僕は確かに、変化の無い日常にうんざりしていた。

そして、違う人生ならよかったと思っていた。


──その考えは、どこに行った?


今はそんなこと、思っていない。

変化の無い日常が、変化の『ある』日常に変化したからか?・・・いや、まさか。

それじゃまるで、僕がこの変化を楽しんでいるみたいじゃないか。その考えははっきりと否定でき──


「・・・あ、あれ?」


否定、できない?



女になって1日が経った今でも、男の身体に戻りたいと思っている。男に戻れば学校に行けるし、宗人以外の友達にも普通に会うことができる。

でもなぜだろう、この身体が嫌ではないのだ。むしろこの身体が当たり前のように感じてしまっている。


(なんでだ・・・?)


心まで女になったわけではない。

でも、この身体が嫌ではない。


(慣れ・・・ではないよな)


相当変化したんだ、1日で慣れられるわけがない。

そもそも、この感覚は『慣れ』ではないような気がする。

何だろう、身体が心に溶け込んでくるような、そんな感じだ。


(溶け込む、というか・・・馴染む?)


どっちにしても、このままではいけないような・・・由梨絵さんに相談してみるか?いや、昨日今日と由梨絵さんに頼りっきりだからな、どうするか・・・。



「・・・で、俺のところに来たのか」

「そういうこと」


悩んだ末、部屋で夏休みの宿題をやっていた宗人に相談することにした。

さすがに『違う人生ならよかった』と思っていたなんて言えないので、性別に関することのみを話した。

今は、宗人の部屋にいる。


「身体が心に溶け込んでくる、ねぇ・・・」

「そうなんだよ。身体と心が違わないというか、なんというか・・・」

「要するに、女の身体に違和感はあるけど、嫌ではない、ってことなんだろ?」

「そう、そうなんだよ!」


僕の言いたかったことを、宗人が代わりに言ってくれた。


「最初は嫌だったけど、今はそうでもない、って感じかな」

「・・・それって、慣れじゃないのか?」

「慣れとは違う感覚なんだよね・・・」


僕はそこまで適応能力が高くない。突然の状況に戸惑いやすいタイプの人間だ。


「しばらく様子を見るしかないんじゃないのか?」

「やっぱりそれしかないか・・・」


結局、何の解決策も得られずに、僕は宗人の部屋を後にしたのだった。


◆◆◆


夕方、廊下を歩いていると、リビングから由梨絵さんの声がした。誰かと電話しているようだ。


「うん、大丈夫ですよ、気にしないでください。はいはい、それでは~」


ちょうど終わったところのようで、由梨絵さんは携帯をテーブルに置いて、ソファーに座り込んだ。

僕もリビングに入る。


「誰と電話していたんですか?」

「美佐子さんと。真太郎が今日もうちに泊まるってことを伝えておいたわ」

「ありがとうございます・・・」

「ほら、立ってないで、真太郎も座りなよ」

「あ、はい」


由梨絵さんが座っているソファーの、テーブルを挟んで反対側にあるソファーに座る。


「何か悩み事?」

「へ?」


由梨絵さん、急にどうしたんだ?


「昼間よりも表情が暗いわよ。何かあったの?」

「まあ、少し・・・」


女の人って、他人の悩みに敏感なのかな?

それとも、由梨絵さんだけが、なのだろうか。


「性別に関すること・・・だけじゃなさそうね」

「・・・さすが由梨絵さん、そんなことまで分かるんですね」

「それほどでもないわ。で、どうしたの?」

「・・・えっと」


僕の人生観なんかを、由梨絵さんに話してもいいのだろうか?

やはり、黙っていたほうが・・・。


「困ったときは?」

「え?」

「今朝、私言ったわよね?困ったときはどうすればいいんだっけ?」


腕を組み、じっと見つめてくる。


「他人に手を貸してもらう・・・ですか」

「その通り。何でも相談しなさい、人生の先輩として答えることくらいできるわ」


・・・そうだな、話してみるか。



「なるほどね、男の時の考えと、今の考えが違うものになってきている、ね・・・」

「は、はい」


僕が変化の無い日常にうんざりしていたこと、違う人生ならよかったと思っていたことを由梨絵さんに話してみた。もちろん、性別に関することも。


「一つ目──今の日常を楽しく思っていることについては、やっぱり、変化があったからでしょうね。自分で『変化の無い日常』が嫌だと思っていたんだから、それはそういうことなんでしょう」

「まあ、そうですよね・・・」

「変化を楽しんでいるからじゃなく、変化『自体』が影響してのことだと思うわよ」


む、難しい考え方だ。


「で、二つ目──違う人生を送りたかった、って考えが変わったことだけど、そこは『価値観が女寄りになった』からじゃない?まあ、価値観が女寄りになったからって、人生を楽しく感じるかは人によるでしょうけど」

「・・・え」

「そんな露骨に嫌そうな顔をしなくても・・・」


嫌というわけではないけど、それだと一番の問題が──


「男に戻れなくなる、って思ってるんでしょ?」

「そ、その通りです・・・」

「あまり気にしないほうがいいわ」


ソファーから立って、僕の隣に座る。


「へ、な、なんですか?」

「・・・今、何を考えた?」

「え?」


何を考えたか、か──。


「なんで僕の横に座ったのか、ですかね」

「うーん・・・そういうことじゃなくて、真太郎自身は、何を思った?」

「僕自身、ですか?」


何を思った、と言われても・・・そのまま伝えればいいのだろうか?


「由梨絵さんの髪の良い匂いがするな、って思いました」

「・・・は、恥ずかしいこと言わないでよ!」


・・・怒られた。なぜだ?


「そういうことじゃなくて、うーん・・・ねえ、真太郎」

「はい、なんですか?」


僕の顔を下から覗いて、しばらく見つめてくる。


「私のこと、女として見れる?」

「え?由梨絵さんは女の人でしょう?」

「そ、そういうことじゃなくて・・・」


呆れているのだろうか、ため息を吐かれてしまった。


「私のことを、恋愛対象として見れるか、って聞いてるのよ」

「へ!?」


なななな、何を訊いているんだ、由梨絵さんは!


「大事なことよ、真太郎は男として、私のことを好きになれる?」

「い、いや、あのですね?」


ど、どう返すのが正解なんだ?


「どう返すのが正解か、とか考えてたら怒るわよ」

「ごめんなさい!」

「正直でよろしい。で、どうなの?」


・・・思ったことを、そのまま伝えるか。


「・・・由梨絵さんは綺麗だと思いますけど、恋愛対象としては見れませんね」

「それは、好みのタイプの問題?」

「いえ、異性として、見れないというか・・・」

「・・・そっか」


・・・・・・。

どうしよう、黙り込んでしまった。


「え、えっと・・・」

「・・・・・・」


「姉ちゃん、いる?・・・っと、真太郎もいたか」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「え、タイミング悪かった?」


いやいや、ナイスタイミングだよ!


「ねえ、真太郎」

「は、はい!」

「宗人のことは、恋愛対象として見れる?」

「何を言ってるの、姉ちゃん!?」


宗人のことを?うーん・・・。


「見れませんね、見れたら困りますけど」

「ってことは・・・性自認が男と女の間で揺れてるのかしら?」

「そうなんですかね・・・ってことは、男に戻れば、性自認も元に戻りますか?」

「たぶん、ね」


そう言って由梨絵さんは立ち上がり、テーブルに置いてあった携帯を手に取って、台所へと向かった。


「晩御飯の準備をするけど、真太郎も手伝ってくれる?」

「あ、はい!」


ソファーから立ち上がる。


「・・・え、一体何の話をしていたんだ?」


戸惑う宗人をリビングに残し、僕も台所へと向かったのだった。

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