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僕と彼女の墓参り  作者: イノタックス
2章 遺伝子検査
7/20

7話 僕のちょっとした家庭事情

駐車場の入り口で駐車券をもらい、車を止め、目的地の2号棟に向かって歩き出す。

普段は由梨絵さんが住んでいる家から自転車で通っているらしいが、パンプスを履きなれていない僕のことを考え、大学まで車で来てくれた。


「ひ、広いですね・・・」


話には聞いていたが、高校とは比べものにならない規模だ。

広大な敷地に、1号棟から6号棟までの6つの建物。グラウンドは高校の校庭の3、4倍はある。夏休みは陸上競技サークルとサッカーサークルが使っていると由梨絵さんが言っていた。

夏休みにも関わらず、敷地内にはたくさんの大学生がいた。今日検査をお願いする人は、休みでも研究室にこもって遺伝子操作の研究をしているような人らしい。去年の夏休みはほぼ毎日大学に来たそうだ。


「さ、着いたわよ。ここが2号棟、もう来ているはずだから、早速行こう!」

「え、あの・・・僕も入っていいんですか?」

「大丈夫、ここは他の大学と違って、色々とオープンなのよ。一般の人でも、ここの大学に通う人と一緒なら、図書館とか、食堂とかに入っていいの。そこの先生や生徒の許可をもらっていれば、もちろん研究室にも入れるわ」

「あ、そうなんですね」


大学に通っている人、つまり学生や講師は『入館証』という物を持っていて、それを持っている人と一緒なら、大学内の施設に入ってもいいのだとか。

大学の評判を上げるためにやっていて、実際に評判は良いらしい。



2階の生物学科の研究室の前。由梨絵さんが扉を4回ノックすると、扉が開いた。


「久しぶり、由梨絵」

「おひさ、佳奈美(かなみ)!」


中から出てきたのは、生物学科の網走佳奈美(あばしりかなみ)さん。白衣が似合っている。


「今日調べてほしい子は?」

「この子だよ。石橋由利ちゃんって言って、私の親戚の子なんだけど・・・」

「・・・・・・先輩?」


その名前で通すのか。『真太郎』と名乗るわけにはいかないから、仕方ないか。

・・・というか佳奈美さん、今小声で『先輩』と言ったか?


「佳奈美、どしたの?」

「あ、う、ううん、なんでもないわ。じゃあ、研究室に入って」


由梨絵さんには聞こえていなかったようだ。さっきのは何だったんだ?


◆◆◆


中は薬品の匂いが充満していて、まさに研究室、といった感じだ。


「えっと、由利ちゃん、サンプルを採取するから、こっちを向いてくれる?」

「あ、はい・・・って痛い!」


髪の毛一本を思いっきり抜かれた。


「はい、もう大丈夫よ」

「・・・あ、もういいんですか?」

「ええ。調べるのは由利ちゃんのことだけでいいの?」

「あ・・・これもお願いします」


そう言って、髪の毛が10本入ったビニール袋を渡す。


「この髪の毛は・・・誰のかしら?」

「えっと、ぼ・・・私の親戚のもの、です」

「親戚・・・うん、これも検査するわ」

「ありがとうございます」


・・・なんだろう、佳奈美さんは僕の顔を見るたびに、どこか暗い表情になる。訊いておくべきか?


「10本中、毛球が付着しているのは3本。検査はできると思うわ」

「ホント!?由利ちゃん、よかったね!」

「そうですね、よかったです」


まあ、気にしなくてもいいだろう。



「ホントは『PCR法』で調べたかったんだけど、2台あった『サーマルサイクラー』が両方とも壊れちゃっててね・・・別の方法にするわ。時間が結構かかるから、結果は明日伝えることになるんだけど、それでもいい?」

「え、えっと・・・」


ぴ、ぴーしーあーるほうってなんだ?


「こら、由利ちゃんが困ってるじゃない。もっと詳しく説明しなきゃだよ、佳奈美?」

「ああ、ごめんごめん。つい研究仲間に話す感覚で話しちゃってた。えっとね、『PCR法』は『ポリメラーゼ連鎖反応』の略で、DNAを増幅させる原理とか、その手法とかを指すの。で、『サーマルサイクラー』ってのがあればPCR法を使えたんだけど、ちょうど2つとも壊れちゃってるの。だから、少し時間がかかるけど、別の方法にしようとしているのよ。・・・で、どう?」

「今日必ず知りたいわけではないので、PCR法じゃなくても大丈夫です」


出来ないのなら、仕方ない。明日結果を知れるのなら、別の方法でもいいだろう。


「じゃあ、あとは私がやっておくわ。由梨絵たちは帰っても大丈夫よ」

「お願いね。じゃあ由利ちゃん、帰ろうか」

「え、でも・・・まだ時間がかなりありますが」


現在の時刻、午前11時。今帰ってもすることがないような・・・。


「寄っていきたいところがあるのよ」

「お店ですか?」

「うん。買いたいものがいくつかあるから、今日もデパートに行こうと思うんだけど、来てくれる?」

「もちろんです」


今はとにかく、由梨絵さんの手伝いがしたい。・・・今朝のことを抜きにしても、由梨絵さんにはお世話になりっぱなしだからな。買い物の手伝いくらい、どうってことない。


「じゃあ佳奈美、頼んだわよ」

「ええ、明日またこの時間に来てくれる?」

「分かったわ。じゃあね~」


扉を開け、由梨絵さんが先に廊下に出る。

由梨絵さんに続いて僕も出ようとしたところを、佳奈美さんに呼び止められる。


「ねえ・・・由利ちゃん」

「はい、なんですか?」

「・・・ううん、なんでもないわ。ごめんね、呼び止めちゃって」

「いえ、いいですけど・・・」


佳奈美さん、やはり様子がおかしいような・・・あとで由梨絵さんに聞いてみようかな。


「それでは、失礼します」

「うん、また明日ね」

「はい、また明日」


◆◆◆


「様子がおかしかった、ねえ・・・」


大学を出発して5分ほどしたところで、佳奈美さんのことを訊いてみた。


「確かに、いつもの佳奈美より、ちょっとだけ暗かった気がするわね」

「何かあったんですかね?」

「さあ、分からないわ。佳奈美はあなたと似ていて、あまり人に悩みを相談するようなタイプじゃないのよ。大丈夫かしら・・・」

「そうなんですか・・・まあ、僕の気のせいかもしれないですし、気に病むことはないですよ」

「ま、それもそうね」


僕と似ていると言っても、佳奈美さんは女性。同じ女性の由梨絵さんになら相談できることもあるだろう。


「今日も駅前のデパートでいい?」

「はい。何を買うんですか?」


『買いたいものがいくつかある』としか聞いていなかった。


「うーん・・・行けば分かるわ」

「そ、そうですか」


何を買うつもりなのだろうか。僕が反対するようなものか?・・・嫌な予感がしてきた。



・・・どうしてこう、僕の嫌な予感は当たってしまうのだろうか。


「え、あの、なんでまた下着屋に?」


そう、昨日来た下着屋に、また来たのだ。

下着の類はすでに昨日買ったので、来る必要はないと思うのだが・・・。


「生理のとき用に必要なのよ」

「あ、ああ・・・そういうことですか」


今は昨日買ったショーツに、由梨絵さんからもらったナプキンを付けている。生理用ショーツなんてあるのか、本当に女性は大変だなあ。


「どうする、自分で選ぶ?」

「僕じゃわからないので、由梨絵さんに選んでもらってもいいですか?派手なのじゃなければなんでもいいので・・・」

「サニタリーショーツに派手なのはないわ。選んで会計しておくから、そっちの薬局で待っててくれる?」

「分かりました」


下着屋と通路を挟んで反対側にある、大きな薬局に入り、由梨絵さんを待つ。



会計を終えた由梨絵さんが、薬局に来た。


「さて、真太郎。ここで何を買うかは分かってるわよね?」

「まあ、今の流れから行けば・・・分かってますよ」


当然、ナプキンだろうなあ。・・・ああ、憂鬱だ。


「そんなに嫌なの?」

「嫌、というわけではないですが・・・複雑な気持ち、と言いますか」

「そろそろ慣れなさい。これが普通、と考えることにするのよ」


それが物凄く難しいのだ。自分の中の常識を変えるというのは、本当に大変なことだなあと痛感している。


「これは私が適当に選んじゃうけど、いい?」

「はい、僕にそういうのに関する知識はないので・・・」


2日前まで男だった僕に、生理用品に関する知識があるわけがない。

家に帰ったら色々と由梨絵さんに教えてもらうことになった。


◆◆◆


「ねえ真太郎、一つ訊いてもいいかしら?」

「いいですけど、どうしたんですか?急に改まって」


デパートから小林家に帰る途中、真面目な表情で由梨絵さんが訊いてきた。


「なんで、女になったことを親に隠そうとしてるの?」

「え?」


・・・あれ、由梨絵さんには話してなかったっけ?


「僕は、お父さんとお母さん──石灘隆と石灘美佐子の実の子供ではないんですよ」

「・・・え!?そうなの!?」


ああ、やっぱり話していなかったようだ。


「宗人は知ってるの?」

「はい。去年話しました。隠してたわけではないんですが、話すほどのことではないかと思って、ずっと話さずにいたんです」

「そ、そう・・・」


さすがの由梨絵さんも、なんと言ったらいいか迷っているようだ。そんなに気にすることではないと自分では思っているのだが・・・。


「・・・実の親について、訊いてもいい?」

「もちろんです。といっても、正直全く覚えていないんですよね・・・」

「・・・え、嫌な記憶とかだった?」


車をコンビニの駐車場に止め、深刻な表情で訊いてくる。


「そういうことではなくて。僕の実の両親は、僕がまだ小さかったころに交通事故で他界した──らしいです。僕は1歳だったので、全く覚えていないんですよ」

「な、なるほど・・・」


1歳はまだ赤ちゃんだ。記憶がなくても不思議ではない。


「実際に写真を見れば思い出すかもしれませんけど、『思い出さなきゃ』みたいな考えはないので、写真を見たことはありません。僕は今の現状に満足していますからね」


本当のことだ。お父さん──石灘隆と、お母さん──石灘美佐子の子として生きている現状に不満を持ったことはないので、実の親の顔を思い出したい、といった気持ちはほとんどない。


「・・・強いのね」

「それも、今のお父さんとお母さんが育ててくれたおかげです。さ、そろそろ出発しましょう。今日は学校が昼に終わるので、宗人はもう帰ってきてるはずです。帰ってお昼にしましょう!」

「そうね、よし、出発!」


こうして、デパートからの帰り道、由梨絵さんに僕のちょっとした家庭事情を話したのだった。

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