6話 深夜のドタバタ、初めての大学
「・・・まだ夜か」
昨日は色々ありすぎて疲れたので、午後9時には横になり、すぐに眠りについた。
暗いし、物音がまったく聞こえないので、今はおそらく真夜中だ。一昨日に合計12時間も寝たことが影響したのか、結構早めに起きてしまったようだ。
再び布団に横になるが、あまり眠くない。どうしたものか・・・。
「・・・起きよう」
僕は布団に横になっているときや炬燵に入っているとき、何かしようと思うだけでは動けない人なので、声に出してその行動を意識させ、身体を起こすようにしている。宗人からは『お前はロボットか何かか』とツッコまれたことがある。違うわ。
上半身を起こし、立ち上がる。
「おっとっ、と・・・危ない危ない」
突然立ったせいか、ふらふらっと身体が傾いて、転びそうになってしまった。
1分ほど立っていると、よくなってきた。
(・・・今は何時だ?)
枕元の携帯を手探りで見つけ、開く。僕はしょっちゅう携帯を落とすので、ガラケーにしている。
今は午前3時30分を少し過ぎたところらしい。
夏だから、あと少しで外は明るくなるだろう。・・・今はまだ暗いな。
(・・・電気を点けるか)
携帯の明るい画面を一度見てしまったので、まだ目が暗さに慣れていない。壁伝いに歩いて電気のスイッチまで辿り着く。
暗い方の電気のスイッチをオンに──
「・・・・・・」
──した瞬間、自分の目を疑った。
「布団に・・・染み?」
いやいや、まさか・・・そんなはずがないだろう。昨日の今日でアレとか、まさかそんな。
でも、『最初はいつ来るか分からない』って由梨絵さんが言ってたし・・・。
ってちょっと待て、そもそもアレだと決まったわけじゃないだろう。まだ部屋が少し暗いから、まるで『血』のように見えてしまっているだけだ。
・・・一旦冷静になろう。
布団の上の染みを血だと考えるな。アレじゃないとしたら、おねしょとかだろうか?・・・ああ、そっちはそっちで物凄く嫌だなあ。
待てよ、さっき立った時にくらっとしたのって、もしかして・・・貧血か?だとしたらアレに確定なのだが・・・駄目だ、認めてしまっては。認めたらまずいことになる予感がする。
「・・・・・・」
どうしよう、明るい方の電気を点けられるだけの勇気がない。もしも血だったらアレに確定、認めるしかなくなるわけだ。
・・・あ、汗ということもあるじゃないか!
そりゃあそうだよな。夏場の夜だ、汗くらいかくだろう。なんだ、そんな簡単なことだったのか。
現状を見ずに勝手に納得し、明るい方の電気を点ける。
「・・・・・・ですよねー」
認めたくない現実。
赤い染みが、布団の上についていた。
◆◆◆
「パジャマは新しいのに着替えて・・・うーん、今日来ていく服に着替えちゃう?」
「あ、は、はい・・・」
現在、午前4時30分。
結局、僕一人ではどうにもならなかったので、由梨絵さんに助けを求めることとなった。
今は布団のシーツを洗濯しているところ。
「ご、ごめんなさい・・・」
「気にすることはないわ、これは仕方ないことじゃない」
いや、仕方ないことではあるけど・・・僕にもっとちゃんとした知識があれば、こんなことにはならなかったわけだし。・・・やっぱり申し訳ない。
「ホントに気にしなくていいのよ?ついていたのはシーツだけで、布団は汚れていなかったんだから」
「でも、由梨絵さんの服を汚してしまって・・・」
「別に・・・洗えば済む話じゃない。というか、それは私が真太郎にあげた服なんだから、真太郎が私に謝ることなんてないのよ」
「・・・・・・ぐすっ」
申し訳なさや恥ずかしさ、情けなさ・・・色々な感情が一気に押し寄せてきた。
「え、ちょ、なんで泣いてるの!?」
「ご、ごめ、なさ、い」
「ああ、もう、ホントにあなたって子は・・・」
「うぐっ、ひうっ」
泣き止みたいのに、涙が止まらない。ああ、また由梨絵さんを困らせてしまってるな・・・本当に、僕って奴は・・・。
「・・・こら、真太郎!」
「ひゃい!?」
怒鳴られた。由梨絵さんに初めて怒鳴られた。やっぱり怒って──
「怒ってるわよ!あなた一人で抱え込もうとしているところに!」
僕一人で──抱え込もうとしているところに?
「あのね、人は一人では生きていけない、ってことくらい分かってるわよね?何か困ったことがあって、他人に手を貸してもらうことは恥ずかしいことじゃないの。今回みたいな相談しにくいことだって、私が近くにいるんだから、私に聞けばいいじゃない!一人で解決しようとして失敗するほうがよっぽど恥ずかしいの。分かった!?」
「へ?・・・はい・・・」
「もっと大きな声で!」
「は、はい!」
「よし、いい返事だ!」
・・・やっぱり、由梨絵さんはすごいなあ。
◆◆◆
・・・そんなことがあった2時間後。由梨絵さんと僕は、台所で朝ごはんの準備をしていた。
いつもは宗人のお母さんが作っているが、由梨絵さんが朝ごはん作りの担当に立候補したので、今日からしばらくは由梨絵さんが作るそうだ。
夜中の一件の恩返しがしたいと頼んだら、『朝ごはんを一緒に作るってことでどう?』と言われたので、それに決定。
「おはよ・・・って早いな、真太郎」
「あ、おはよう、宗人」
茶碗を並べていると、制服姿(上はポロシャツ)の宗人が降りてきた。
「宗人、僕が休むって連絡はどうするの?」
「うーん・・・曖昧にしておくよ」
「曖昧って、どういうこと?」
中途半端な言い方をしたら、先生だって気付くんじゃ・・・。
「昨日の夕方、プリントを届けに行ったことにして、その時に会ったことにすれば・・・」
「『調子が悪そうだったから、もしかしたら休むかも』みたいに伝えるってこと?」
「ザッツライト。案外騙せると思うぜ?」
「・・・あ、ああ、うん」
いきなり英語で言い返されたから、戸惑ってしまった。
「宗人、ボケで会話に英語を入れるのはいいけど、その単語は使い古された感があるわ。ツッコミ甲斐がないし、つまらないからやめておきなさい」
「結構厳しいね!?」
ボケだったのか、びっくりした。
朝ごはんを食べ終え、後片付けをし、大学に行く準備をする。
今日の僕の服は、上が青色のTシャツ、下は黒っぽいジーンズ。・・・ブラジャーも(苦しいが)つけている。派手な服はまだ恥ずかしい。
由梨絵さんの服は、上が白のキャミソール(初めて名前を知った)、下がベージュのショートパンツ。露出度が高すぎでは、と由梨絵さんに言ったところ、『お母さんと同じことを言わないで!』と怒られた。
準備を終え、時刻は午前9時。まだ少しだけ時間があるが・・・。
「もうそろそろ行こうか」
「え、もうですか?」
「あれ、準備がまだだった?」
「いえ、そういうことではなく・・・」
1時間も前だと、さすがに早すぎじゃないだろうか、と思ったのだが・・・。
「真太郎の家に行って、学校用のカバンを持ってきたりしたいのよ」
「ああ、なるほど」
確かに、学校に行くときに持って行っているカバンが見つかったら、学校を休んでいるのがばれてしまうだろう。そんなことに気が付かなかったとは・・・ホントに僕、この状況で色々と忘れてしまっているな。気を付けなければ。
玄関で、昨日買ってもらった黄色のパンプスを履く。
「やっぱりまだ、痛いんですが・・・」
「慣れるまで履くしかないんだから、我慢して履くこと!」
「は、はい・・・」
まあ、大学までの移動は車なんだし、あまり気にしすぎなくてもいいか。
◆◆◆
僕の家までは、車なので5分ほどで着いた。
「鍵は持ってる?」
「あ、はい」
両親がいないことを確認し、玄関の鍵を開けて中に入る。
「あ、真太郎~!」
「なんですか?」
通学用のカバンに、教科書や筆記用具などの必要になるであろう物を入れていると、1階から由梨絵さんが僕を呼んだ。
とたとたと、階段を上ってくる足音。
「大事なことを忘れてた・・・髪の毛も採取しておいてね」
「あ、そういえば必要なんでしたね。僕も忘れてました・・・」
僕の中で『大学に行くこと』がメインになってしまっていて、すっかり忘れていた。
「何本くらいあればいいんですか?」
「抜く場合は3本もあれば十分だって言ってたけど、自然と抜けた髪の毛の場合、5本から10本くらいはあったほうがいいって。毛球がどうのこうの・・・って言ってたけど、よく覚えてないや」
「覚えておいてくださいよ、もう・・・」
毛球というのがなんなのか分からないので、とりあえず10本拾っておく。
家を出て、車に乗り込む。
「忘れ物はないかしら?」
「カバンと、教科書、筆記用具、音楽プレーヤー・・・大丈夫です」
「髪の毛は?」
「もちろん持ってきました」
ビニール袋に入れ、持っている。
「よし、それじゃあ大学に向けて出発だ!」
「はい!」
◆◆◆
僕の家を出て15分ほどしたところで、気になっていたことを訊いてみる。
「あの、どんな方が調べてくださるんですか?」
「私の高校からの友達──ってのは言ったわね。どんな、か・・・」
何かを考えているのか、1分ほど沈黙が続いた後。
「面白い子、かな?」
当たり障りのない答えすぎて、逆に怖くなってきたんですが。
まあ、変な人ではないだろうし、あまり緊張しなくてもいいかな。
「普通の子よ、ほんのちょっとだけマッドサイエンティストの気がある子だから」
「ちょっとでも怖いんですが!?」
マッドサイエンティストの気がある、ってどんな人なんだ一体。
・・・想像したら怖くなってきた。僕はホラー映画は苦手──というか大っ嫌いだ。
あんなものを見たいと思う人の気持ちが分からない。由梨絵さんは大好きと言っていたが。
「まさか、由梨絵さんがホラー好きなのって・・・」
「その友達の影響だよ?」
「ああ、やっぱり・・・」
やっぱり、由梨絵さんの友達もホラーが好きなのか。・・・ホラー嫌いだからってからかわれたりしないよな?ああ、不安だ。
「あ、見えてきたよ~」
由梨絵さんの通う大学が見えてきた。
不安要素は増えるばかりだが、初めての大学、楽しまなければ。
夏休みなので、色々見て回ってもいいらしい。
ああ、楽しみだな。