4話 僕と由梨絵さん
結局、一人で試着室に入ったわけだが。
「・・・・・・」
さて、どうしたものか。
ブラジャーのつけ方って、肩ひもを腕に通して、後ろでホックを留めればいいんだよな──?やっぱり、由梨絵さんに聞くべきだっただろうか。・・・いや、いくら『今は』女同士とはいえ、やはり裸を見せることは恥ずかしいのだ。
あ、そうだ、スポーツブラがあったじゃないか!あれなら僕でもつけられるし、そんなに抵抗はないから・・・ってあれ、スポーツブラ、どこにやったっけ?袋の中に入っていないんだが──
『あ、スポブラの入ってる袋は私が持ってるよ~』
試着室の外から、そんな言葉が聞こえてくる。
袋が2つあったのは、そういうことだったのか。さすがは由梨絵さん、とでも言うべきだろうか──って違う、そうじゃなくて!
「・・・謀りましたね」
『そんなつもりじゃないわ、真太郎のことを思っての行動よ?』
一体どの部分が僕のことを思っての行動なのか、きっちり問い詰めたいところだが、スポーツブラを渡してもらうためにはとにかく下手に出なければ。
「由梨絵さん、それを渡していただくわけにはいきませんか?」
『だーめ。こうでもしないと、普通のブラをつけようとしないでしょ?』
「う・・・その通りですが」
『大人しくそのブラをつけなさい♪』
ま、マジですか・・・。
仕方ない、白色のほうをつけることにするか。このまま話を続けても、とても返してくれそうにないからな。
ということで、上も下もつけてみた。・・・ショーツというのは、ここまでピッタリと肌にくっつくものなのか。ずっとトランクスだったから、違和感が半端ない。
だがそれでも、上と比べたら下はまだいい方だ。小さいころに穿いていたブリーフのようなものだから(似て非なるものだが)。
問題は上、ブラジャーだ。
「ブラジャーって、こんなに苦しいものだったんですね」
「そうよ。でもまあ、慣れちゃえばあまり気にならなくなるわ」
「女の人って、大変なんですね・・・」
「少しは分かってもらえたかしら?」
ええ、かなり分かりましたよ。
ブラジャーをつけたのは(当然)初めてなので、かなり苦しいのだ。感覚が分からなかったので、最初はサイズが間違っているのではないかと思ってしまった。
「うん、つけ方も問題ないようね。でも少しだけずれてるから、家に帰ったらちゃんと教えてあげるわね」
「は、はい・・・」
結局見せることになるのか、素直に教わっておけばよかった・・・。
「さて、次はお昼にしましょう。食べたいものはある?奢ってあげるわ」
「え、えっと・・・」
今日はお菓子しか食べていないので、お腹はそこそこすいている。なので量のあるものが食べたい──のだが、女になった影響があるので、どれくらいの量なら食べられるかが分からないのだ。
「そういえば、朝ごはんは食べてないんだったね。どうする、食べ放題とかのほうがいいかな?」
「あ、いえ・・・男の時だったらそうしたいところなんですが、女になってすぐで、どれくらい食べられるか分からないので・・・普通のお店でいいですか?」
食べ放題に行っても、元を取れる気がしない。
「私はもちろんいいよ♪じゃあ、パスタでいい?」
「はい」
ということで、僕と由梨絵さんはデパートの中の店でパスタを食べたのだった。
◆◆◆
「・・・あ、あの」
「ん、どうしたの?」
「い、いえ・・・その・・・」
「・・・?」
パスタの店を出て、靴下を買うために服屋に向かう途中。
「その、水を飲み過ぎて・・・その」
「ああ、お手洗いに行きたいの?それなら、あそこを右に曲がって・・・」
「い、いえ、トイレの場所は分かっているんですが、えっと・・・」
「・・・あ、もしかして」
気付いてくれたようだ。
「今日まだトイレに行ってなかったのね?」
「・・・はい」
「うーん・・・初めての体験、だもんね。一人で大丈夫よね?」
「は、はい」
こればっかりは教えてもらう訳にいかないので、一人でトイレに入ったのだった。少しだけ由梨絵さんにアドバイスをもらったが、なんというか・・・すごく、生々しいことばかりだった。
数分後、トイレから出てくると、由梨絵さんが外で待っていた。
「お待たせしました」
「大丈夫だった?」
「はい、特に何もなかったです」
「よかった。アドバイスは役に立ったかしら?」
「はい、すごく」
色々と衝撃的だった。個室しかないことや、壁が全面ピンク色のことにも(当たり前のことだが)驚いたが、何より驚いたのが『〇姫』の存在だ。
由梨絵さんには『〇姫』があると教えてもらっただけだったので、個室に入っていきなり『〇姫』が鳴りだしたときは本当にびっくりした。センサー式の物だったらしい。
「センサー式はやめてほしいんだけどね」
「あ、由梨絵さんもそう思いますか」
「うん。ちょっと着替えたいときとかに立っていると、ずっと音が流れっ放しになっちゃうからね~」
「そ、そうなんですか・・・」
男の知ってはいけないようなことを、由梨絵さんはガンガン話しているが・・・いいのだろうか。
「さて、次は靴下を買いに行こうか!」
「はい!」
それも気にしないことにする。一々気にしていたら、気が滅入ってしまう。
◆◆◆
同時刻、小林家、小林宗人の部屋。
「これで検索、と・・・」
姉ちゃんたちがいつ戻ってくるか分からないので、帰ってくるまでに調べられるものは調べておこう、ということで、俺、小林宗人がネットで調べていた。
やはり遺伝子検査を受けさせるべきだと考え、どこかで検査してくれるところがないか探しているのだが、近場にいいところが見つからない・・・って、あれ?
「これって、姉ちゃんが行ってる大学だよな・・・?」
『遺伝子検査_大学』で調べたところ、上から5番目に姉ちゃんの通う大学の名前が書いてあったので、それをクリック。
「・・・なるほど、有料だけど、ちゃんとした検査をしてくれるのか」
さすがに、無料というわけにはいかないようだ。だがまあ、それはすでに覚悟の上。
で、必要なものは・・・
『~まず最初に、血液を採取して~』
「・・・・・・」
おいおい、冗談だろ?
今のあいつの血液なら採取できるだろうけど、男の時の血液なんてあるわけがない。髪の毛とかではだめなのだろうか?
『遺伝子検査_髪の毛』でも検索してみる。
「うーん・・・できれば近場がいいんだけどなあ」
検索しても、出てくるのは都会の方の大学や病院だけ。
満足のいく結果は得られなかった。
「仕方ない、姉ちゃんたちが帰ってくるのを待つか・・・」
ノートパソコンの電源を落としたところで、チャイムが鳴る。
外を見てみると、クラスメートが玄関の前で立っていた。学校で配られたプリントを持ってきてくれたのだろう。
「明日は学校に行かなければ・・・」
夏休みまで、あとたったの3日。
それまでにこの件が片付けばいいのだが。
・・・絶対に、手掛かりを見つけるぞ!
◆◆◆
靴下は黒色や紺色などの比較的地味な色を買った。由梨絵さんにはハイソックスやオーバーニーソックスを薦められたが、さすがに恥ずかしいのできっぱりと断り、普通の丈の靴下を買ってもらった。それでも男物の靴下より丈が長いが。
それにしても。
下着屋でも思ったことだが、女性は本当におしゃれが好きなようだ。他のお客さんを少し観察してみると、服を選ぶとき、とても楽しそうにしていた。服の形や色、組み合わせなどをとても楽しそうに話しているお客さんばかりだった。女性が服をたくさん持っている理由がなんとなく分かった。
靴下を買い終わり、今は靴屋に来ている。
「ねえ、このブーツなんか似合うんじゃないの?」
「あ、あの・・・」
「あ、このパンプスもかわいい!」
「え、えっと・・・」
『またこのパターンですか!?』とツッコみたいけど、我慢我慢。
「あの、僕はこのスニーカーがいいんですが・・・」
「え、そんな地味なのにするの?」
露骨に嫌そうな顔をされる。
「・・・これ、地味なんですか?」
青のラインが入った、灰色のスニーカー。僕からしたら、地味ではなく普通なのだが。
「出かけるときに、悪目立ちするのは嫌でしょ?」
「そりゃあ、こんな状況ですし・・・目立つのは避けたいところです」
「じゃあ、こっちのパンプスにしておきなさい♪」
「は、はい・・・」
なんだろう、言いくるめられたのだろうか。・・・少しは言い返せるようにならないとな。
小林家から来るときに履いていた由梨絵さんのサンダルから、選んでもらったパンプスに履き替えてみた。
「・・・すごく痛いんですが」
「慣れよ、慣れ。誰だって通る道なんだから。何回も履いて慣れるしかないわ」
「そ、そうですか・・・」
・・・いや、男だったら通らなくてもよかった道だよな。
とか言ったら怒られそうだったので、言わないでおく。
「じゃあ、このパンプスでお願いします」
「了解♪じゃあ会計を済ませてくるから、真太郎はそこで待ってて~」
「はい、分かりました」
今の僕は、財布に入っている1万円しか持っていない。
なので、ここに来てからの買い物は、全て由梨絵さんが払っているのだが、会計するときに、毎回僕を外で待たせているのだ。
もしかして、なのだけれど。
・・・僕に払わせないつもりなのだろうか?
もしくは、実際より少ない額を請求するつもり、とか?
女物の服は割と安い・・・はずなのだが、今日僕らが行った店の服は割と高めの値段設定だった。下着の値段は見ていなかったが(僕に値段を隠していたのかも)。
・・・一応聞いてみるか。
「おまたせ~」
「あ、由梨絵さん。あの・・・全部でいくらくらいなんですか?」
「え?うーんと・・・」
由梨絵さんは少し考えてから、答えを出したようで。
「だいたい5千円くらいかな?」
「・・・靴だけでも3千円したはずなんですが」
「・・・6千円くらい?」
目が泳いでいる。どうやら、誤魔化されているようだ。
きちんとした値段を言ってもらいたいのだが・・・。
「今は払えないですけど、僕が使うものなんですから、ちゃんとした値段が知りたいのですが・・・」
「・・・もう!そんなこと気にしないの!」
・・・怒られた。
「真太郎は今大変なんだから、少しはフォローしてあげたいのよ!・・・だから、私に払わせてもらえないかしら?」
「そ、そうですか・・・分かりました」
そう言われてしまうと、さすがに断れない・・・。
「でも、6千円は払いますからね」
「分かったわ。・・・どうしよう、まだ時間が結構あるわね」
携帯で時間を確認する。
現在午後3時30分。今は夏なので、暗くなるまでまだ3時間ほどある。
「小林が家で待ってるんですから、多少早めに帰ったほうがいいのでは?」
「そうね、そうしましょう。・・・そうだ、その呼び方」
「はい?」
呼び方って、『小林』のことだろうか?
「私も小林なんだから、宗人のことは名前で呼んでもらえないかしら?」
「いや、でも・・・ずっとこの呼び方だったので、急に変えるのも・・・なんというか、恥ずかしくないですか?」
「そういうものなの?女の子同士とは感覚が違うのかな?」
「そういうものですよ。・・・でも、これから小林の家に泊まるんだから、名前で呼んだ方がいいのかもしれないですね」
小林家で『小林』なんて呼んだら、4人一斉に振り向くような事態になっちゃうだろうし。
・・・仕方ないか。
ということで、僕は小林のことを『宗人』と呼ぶことにしたのであった。