19話 僕の想い、僕の願い
8月1日、夏休み14日目。
僕と由梨絵さんは、祭りに着ていくための浴衣を買いに、駅前のデパートに来ていた。
僕は別に、普段着でもよかったのだが・・・。
「お祭りといえば、浴衣でしょ♪」
──と由梨絵さんに強く言われたので、買うことになった。
・・・それにしても。
「かなり、高いですね・・・」
「そう?・・・まあ、何度も着る物だから、多少高くてもいいんじゃない?」
・・・いや、『多少』ってレベルじゃないと思うんですが。
安い浴衣なら2千円や3千円のものもあるけど、高い物になると7万円くらいのものまである。
「ブランド物は高いからね~」
「浴衣にもブランド物ってあるんですか・・・」
今までは、祭りに行くときは普段着だったので、浴衣の値段なんて気にしたことがなかったのだ。
うーん・・・ブランド物じゃなくていいから、普通の値段の浴衣が買いたいな。
「あの、由梨絵さん」
「なに?」
「浴衣の値段って、どれくらいが平均なんですか?」
「平均、ね・・・」
5千円くらいだろうか?
「1万円くらい?」
「そんなに高いんですか・・・」
「さっきも言ったけど、何度も着る物だからね。レンタルってのも考えたんだけど・・・」
「レンタルなんてあるんですか?」
3千円くらいで借りられるのだろうか。
「5千円くらいかかるから、買ったほうが安く済むのよね」
「れ、レンタルでもそんなに高いんですね・・・」
「そうなのよ・・・さ、早く選ばないと、いいのが無くなっちゃうわよ!」
「そ、そうですね!」
明日祭りがあるからか、店の中は女性客でいっぱいだった。
よし、早く選んでしまおう。
「あら、もう買ったの?」
「はい、これを買いました」
「へえ、可愛くていいじゃない」
「そうですよね!」
僕が買ったのは、全体が白色で、朝顔が描かれている浴衣。
涼しげで可愛いので、これを選んだ。
「値段も8千円で、いいと思ったんです」
「あら、いいわね!よし、さっそく真由美の家に行って、着付けの練習よ!」
「はい!」
今日はいい買い物ができた。
明日が楽しみだな。
◆◆◆
翌日、8月2日、8月の第一土曜日。
僕と小林姉弟、それと神林は、市民プールに来ていた。
時刻は午前10時。
今は、女子更衣室で由梨絵さんが着替え終わるのを待っているところ。
「お待たせ~」
「あ、由梨絵さん・・・って!」
由梨絵さんが着ているのを見て思ったが、ビキニってほぼ下着だよね。
まだ恥ずかしくて、僕には着られないな・・・。
「ん、どうかした?」
「い、いえ・・・なんでもないです」
「そう?・・・真由美が選んだ水着、結構似合ってるじゃない」
「そうですか?」
黄色のワンピースタイプの水着。
由梨絵さんと一緒に、選んだ水着だ。
「それにしても、こんなに足が出るんですね・・・」
「まだ恥ずかしい?」
「はい・・・」
男の時は、ズボンのような水着を穿いていたので、女物の水着は少し恥ずかしい。
「慣れるしかないわね。さ、外で宗人たちが待ってるから、行きましょう♪」
「は、はい!」
「おや、女性陣が来たようだよ」
「お、やっと来たか!」
「お待たせ!宗人、神林君!」
「お、お待たせ・・・」
プールサイドのベンチで、宗人たちが座って待っていた。
「む、宗人、どうかな」
「・・・へえ」
感心しているような顔。
「可愛いじゃないか」
「へ!?」
か、可愛い!?
「その水着、可愛くて、お前に似合ってると思うぜ」
「あ、ああ・・・水着のことだよね、うん」
「どうかしたのか?」
「な、なんでもない!」
そ、そうだよね。何を勘違いしているんだ僕は、まったく。
「よっしゃ、泳ごうぜ!」
「う、うん!」
勝負は祭りの時。
今はそのことは気にしないで、思いっきり楽しもう。
1時間ほど泳ぎ、午前11時。
(な、なんでこうなった!?)
僕と宗人は、二人でベンチに座っていた。
神林が『飲み物を買ってくる』と言って売店に行き、由梨絵さんもそれについて行ってしまったのだ。
(な、何を話せば・・・)
「なあ、真由美」
「な、なに?」
ずっとプールを見つめていた宗人が、急に口を開く。
「お前はさ、女になったわけだろ?」
「え、うん、そうだけど」
「やっぱり、男を好きになったりするのか?」
「・・・へ!?」
なななな、何を訊いているんだ、宗人は!
・・・落ち着こう。
「な、なんでそんなことを訊くの?」
「いや・・・ちょっと、な」
「・・・詳しく聞かせてくれる?」
「うーん・・・」
宗人は、少し困っているようだった。
「言いたくなければ、別に・・・」
「いや、言いたくないとか、そういうことじゃなくて・・・」
「・・・?」
言い辛そうにしている。
「・・・お前は、男ではなく、女として生きていくんだろ?もう女の心になっているのか、少し気になったんだよ」
「心配してくれてるの?」
「・・・ま、そういうことだ」
「そ、そう・・・」
心配してくれているのか。・・・嬉しい。
「ねえ、僕は──」
「ただいま、二人とも!」
「飲み物を買ってきたよ、小林君、石灘さん」
・・・やっぱり、邪魔されているんじゃないだろうか。
◆◆◆
プールの売店で昼食を食べ、そのあとはしばらく泳いだ。
疲れてきたので、午後1時ごろに泳ぐのをやめ、着替えてプールを出た。
帰って祭りに行く用意をするので、一旦解散し、僕も自分の家に帰ってきた。
・・・で。
「お母さん、少し苦しいかも・・・」
「そう?じゃあ、少し緩めるわね」
今は、お母さんに浴衣を着せてもらっている。
浴衣の帯を結ぶのって、こんなに大変だったんだな。
「・・・よし!これでいいかしら?」
「うん、きつくないし、大丈夫だと思う」
普段着と比べれば少し動きづらいが、仕方ないだろう。
「ねえ、真由美」
「なに?」
「・・・似合っているわよ」
「あ、ありがとう」
お母さんの様子が、なんか変だ。
「どうかしたの、お母さん?」
「ちょっと、ね」
浴衣を着た僕を見て、寂しそうな表情になる。
「真太郎じゃなくて、真由美なんだな、って思っただけよ」
「お、お母さん・・・」
前の姿の僕──真太郎と過ごした日々を、思い出しているようだった。
「お母さん」
「な、なに?」
お母さんに、抱き着く。
「どうしたの、真由美──」
「僕はもう真太郎じゃないけど、お母さんたちの子供だってことは、変わってないよ。・・・お母さん、やっぱり前の姿じゃないと、僕を自分の子供だと思えない?」
「・・・そんなことないわ、真由美」
お母さんが、僕の頭を撫でてくれる。
「あなたは、私たちの子供よ。姿が変わっても、それは変わらない。・・・ごめんね、心配かけちゃって」
「気にしてないよ。・・・ねえ、お母さん」
「なに?」
伝えておこう。
「僕、好きな人ができたんだ」
「そうなの?」
「うん。・・・告白しようと、思ってる」
「・・・そう」
微笑んで、撫で続けてくれる。
「その人はきっと、優しくて、頼りになって、あなたのことをとても大事に思っているわ」
「・・・大事な、友達じゃなくて?」
「ええ。・・・それが親友なのか、それ以上なのかは分からないわ。だから、告白しても断られるかもしれない。でも、真由美?」
僕から離れて、僕の目を見て、話す。
「あなたは、その人が好きなんでしょう?なら、勇気を出して、好きだと伝えてみなさい。・・・断られたときは、私がまた抱きしめてあげるから」
「・・・うん!」
やっぱり、お母さんはすごい。
不安だった気持ちが、一気に吹き飛んだ。
午後4時40分、浴衣と一緒に買った下駄を履き、お母さんにもらった巾着を持って家を出る。
「いってきます、お母さん」
「いってらっしゃい。頑張ってね!」
「うん!」
◆◆◆
午後5時、集合場所の駅前には、すでに小林姉弟と神林が待っていた。
「お、来た来た」
「お待たせ、みんな。待たせちゃった?」
「いや、時間ピッタリだよ、石灘さん」
巾着の中の携帯の画面で、時間ピッタリだと分かる。
「よし、全員揃ったし、さっそく屋台を回ろう!」
「はい!」
祭りの会場は、当然だが物凄く混んでいた。
「あっ・・・」
人混みに押されて、みんなとはぐれそうになる。
「っと・・・大丈夫か?」
「あ、む、宗人・・・」
僕の右手を握ってくれた。
「あ、ありがとう・・・」
「はぐれないようにしろよ~」
「う、うん!」
やっぱり宗人は、優しいな。
そのあとはしばらく屋台を回った。
宗人が手を握っていてくれたおかげで、はぐれずに済んだ。
◆◆◆
「どこも混んでるね・・・」
「そうみたいだな。立って見るしかないか・・・」
午後6時30分。
俺、小林宗人は、神林と二人で花火の場所取りをしていた。
姉ちゃんと真由美は、屋台を見て回っている。
「そうだね。・・・ねえ、小林君」
「ん、なんだ?」
神林が、珍しく真剣な表情で、問いかけてきた。
「君は石灘さんのことを、どう思っているんだい?」
「・・・唐突だな」
「そうかい?・・・で、どうなんだい?」
どう思っている、と言われても。
「分からない。友達だとは思っているんだけど、それ以上というか・・・」
「・・・なるほどね」
神林は、呆れていた。
「・・・花火があと30分で始まる。それまでに気持ちの整理をしておくんだね」
「あ、ああ・・・分かったよ」
気持ちの整理、か。
・・・俺は、どう思っているんだろうな。
◆◆◆
午後6時57分、僕は宗人たちが取ってくれた場所で、花火が始まるのを待っていた。
「姉ちゃんと神林、戻ってこないな・・・」
「そ、そうだね」
──なぜか、宗人と二人きりで。
由梨絵さんと神林は、『この時間なら空いているから』と言って屋台を見に行ってしまった。
「・・・二人きりだね」
「ん?ああ、そうだな」
宗人は、僕のことを何とも思っていないのだろうか。
「・・・お、花火が揚がったぞ」
大きな赤色の花火が揚がる。
「わあ・・・」
黄、青、緑、ピンク。
「・・・綺麗だね」
「・・・ああ」
枝垂れ柳のような花火、キャラクターの顔の花火、滝のような花火。
「・・・凄いな」
「・・・うん、凄いね」
・・・勇気を、出して。
宗人の右手を、握る。
「・・・ん?・・・ああ」
宗人も、僕の左手を握ってくれた。
「・・・綺麗だね」
「・・・ああ、綺麗だ」
次々と打ちあがる花火を、僕らはじっと見ていた。
◆◆◆
約1時間、僕らはずっと、花火の揚がる夜空を見続けていた。
スターマインが揚がり終わり、最後に一番大きな青色と赤色の花火が揚がって、今年の花火大会は終了。
「・・・終わったね」
「・・・ああ」
僕の左手は、宗人の右手と繋がっていた。
「また来年も、来れるといいね」
「・・・ああ、そうだな」
宗人の方に、顔を向ける。
宗人も、僕を見ていた。
「来年だけじゃなくて、再来年も、その次の年も・・・ずっとずっと、来ようぜ」
「・・・宗人」
伝えよう。
少しだけ、勇気を出して。
「ねえ、宗人。・・・聞いてくれる?」
「・・・ああ」
僕は。
「僕、宗人のことが好き」
「・・・そうか」
これが僕の、想い。
「宗人と、ずっと一緒にいたい」
これが僕の、願い。
宗人は、なんて言うだろうか。
なんて、言ってくれるだろうか。
「・・・じゃあ、さ」
「・・・え?」
僕の右手を、宗人の左手が握り、僕らは向かい合う。
「付き合おうか」
・・・言って、くれた。
でも、まだ。
「・・・まだ」
「ん?」
「まだ、大事な言葉を聞いてない」
「・・・ああ、そうだったな」
宗人は微笑んで、僕の目を、じっと見つめて。
「俺も好きだよ。・・・真由美」
そう言って、僕のおでこに、キスをした。
「・・・おでこなんだね」
「唇はまだ、お互いに恥ずかしいだろ?」
「・・・まあ、否定はしない」
唇にされたら、恥ずかしさや嬉しさで倒れてしまいそうだ。
「・・・ね、宗人」
「なんだ?」
「これから、どんなことが起こるんだろうね」
どんなことが、起こるんだろう。
「どうなるんだろうな。大変なこと、たくさんあるだろうけど・・・な?」
「うん、宗人と一緒なら、どんなことでも乗り越えられるよ」
間違いない。
宗人と一緒なら、どんな壁だって越えることができる。
「ああ。・・・なあ、真由美」
「なに?」
僕を抱きしめて、耳元でささやく。
「ずっと、一緒にいような」
「・・・うん♪」
ねえ、実のお父さん、お母さん。
あなたたちの子供は今、とっても幸せだよ。
実のお父さんとお母さんと過ごした日々は、憶えていないけど。
あなたたちの子供で、本当によかったよ。
ねえ、お姉ちゃん。
僕は、この姿で生きていくよ。
お姉ちゃんの分まで、僕は幸せになるよ。
だから、天国から見守ってくれていたら、嬉しいな。
ねえ、『真太郎』。
君は、こうなるとは思っていなかっただろうね。
でもね、この姿になったおかげで、色々な人たちに出会えたんだ。
お姉ちゃん、蒲生夫婦、佳奈美さん、そして──僕の実の両親。
本当に、みんないい人たちなんだ。
だから、さ。
君も、見守ってくれていたら、嬉しいな。
「ずっとずっと、一緒だよ!」
これから、どんなことが待ち受けていても。
どんな困難に見舞われても。
それでも、僕は。
宗人と一緒に、生きていこう。




