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僕と彼女の墓参り  作者: イノタックス
最終章 繋がり続く物語

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18/20

18話 僕の名前

翌日、7月の第五木曜日。

色々あった7月も、今日で終わり。


午前10時、僕の家のリビングには、僕と僕の両親、蒲生夫婦、それと由梨絵さんが来ていた。

宗人は、どうしても外せない用事がある、ということで来れなかった。

──で、この6人で何をするかというと。


「真太郎の、新しい名前を決めよう!」

「由梨絵さん、元気ですね・・・」


そう、僕の新しい名前を決めるのだ。


◆◆◆


「お久しぶりです、国定(くにさだ)先生」

「君は・・・宗人君、だったかな」

「はい、小林宗人です」


午前10時。

俺、小林宗人は、由美さんが入院していた病院に来ていた。

由美さんを担当していた医者に、会いに来たのだ。


「それで、僕に何か用事かな?」

「はい。と、その前に・・・由美さんとそっくりな人が、お見舞いに来ていたのは憶えていますか?」

「憶えているよ。確か──君たちが『真太郎』と呼んでいた子だね」

「はい、そうです」


憶えていてくれたようだ。それなら話が早い。


「真太郎の身に起きたことについて、少し聞いてもらえますか?」

「ああ、もちろん。聞かせてもらおうかな」



「・・・と、まあ、こんな感じです」


真太郎が女になったこと、遺伝子検査を行い、真太郎の身体が姉妹のものであると判明したこと、その姉妹が蒲生由美さんであったこと、そして真太郎と由美さんが姉弟として暮らしていたこと──などを話し終えた。


「ふむ、医学的に考えれば、ありえない出来事だが・・・」

「信じて、もらえますか?」


医者は、うむ、と(うなず)き、俺の目を見てから。


「蒲生由美に双子の姉妹はいないからな、信じよう」

「あ、ありがとうございます!」


よし、これで本題に入れる。


「で、ここに来た理由なんですけど・・・」

「真太郎君の身体に、異常がないかどうか、かな?」

「あ、それもできれば検査してもらいたいですけど・・・その前にやらなければならないことが」

「・・・詳しく聞かせてもらえるかな?」


◆◆◆


名前。

僕の名前は、真太郎。

言葉の響きもいいし、実の両親がつけてくれた名前なので、かなり気に入っているのだが・・・。


「女として暮らすには、違う名前の方がいいからね」

「そうですよね・・・」


ということなのだ。

確かに、女で『真太郎』という名前だと、暮らし辛いだろうから、これは仕方ないことだ。


「真太郎はどういう名前がいいの?」

「僕は・・・まだ決まっていないんだよ、お母さん」

「そうなの?」


そう。

昨日の夜、お母さんに言われてからずっと考えているのだが、どうにもいい名前が浮かんでこない。


「うーん・・・真太郎の実のお母さんの名前はどう?」


由梨絵さんからの提案。

それも考えてはみたのだが、なんというか・・・。


「僕にとって、精神的な意味で重すぎるんですよね。実の親の名前を受け継ぐのって」

「まあ、そう考えればそうよね・・・」


実の親の名前を受け継ぐのは、かなりのプレッシャーがかかるのだ。


「じゃあ、真太郎君の『真』の部分を取って、『真美』とかはどうだい?」


今度は、蒲生章介さんの提案。

僕の名前の一部を残すことも、考えた。でも・・・。


「どうもしっくりこないんですよね、『真美』とか、『真子』とか・・・なぜだか分からないんですけど」

「そうなの?・・・まあ、あなたが気に入った名前にすればいいと、私たちは考えているわ」

「ありがとうございます」


やはり、章介さんも明子さんも、良い人だ。


「真太郎、由美さんの名前を受け継ぐ、っていうのは考えたの?」

「それも考えたけど、やっぱり僕には荷が重すぎるんだよ」


親の名前を受け継ぐのと同じくらい、プレッシャーがかかる。

・・・ちょっと待てよ?


「ねえ、こんな名前はどう?」

「真太郎、いい名前が浮かんだのか?」

「うん!」


この名前なら、誰もが幸せになれる──気がする。


「『真由美』って名前!」


一瞬、場が静まる。

そして。


「おお、いいじゃないか!」

「真太郎君と由美の名前を合わせた、いい名前だ!」

「そ、そうですか?」


お父さんと章介さんは賛成してくれたようだ。

さて、女性陣は──。


「いい名前だと思うよ、真太郎!」

「私もそう思うわ。真太郎、いい名前を考えたわね」

「『真由美さん』──響きもいいし、いいんじゃないかしら!」


由梨絵さんとお母さん、明子さんも賛成してくれた。


「よし、じゃあこれからお前は『真由美』だ!」

「うん!」


『真由美』。

うん、いい名前だ。

・・・多少荷が重くても、頑張ってやっていこう。


こうして、僕は『真由美』として暮らしていくことになった。


◆◆◆


「なるほど、それは確かに、医者に診てもらう前にしなければならないことだね」

「はい。戸籍の内容の変更──です」


そう、医者に診てもらうためには、保険証が必要。

だが、今の状態では保険証が使えない。

だから、なんとかしておきたいのだが──。


「僕なら、できるかもしれないね」

「え、戸籍の内容の変更が、できるんですか!?」


かなり自信満々に言っているので、嘘ではないと思うが・・・。


「戸籍の内容全てが変更できるわけではなく、『性別欄と名前の欄の変更』だけだけど。それなら僕にできるかもしれない」

「・・・どうやるんですか?」

「簡単な話だ。『真太郎君は生まれた時に男と診断されたが、性染色体の検査を行った結果、女だということが判明した』としてしまえばいいんだよ」

「ああ、なるほど!」


俺にはまったく思いつかなかった。

『僕ならできる』という言葉の意味が、やっと分かった。

これは、医者だからこそできる方法だ。


「真太郎やほかのみんなを呼んでもいいですか?」

「もちろんだよ。僕から説明した方がいいだろうからね」


よし、戸籍のことは、なんとかなりそうだ。


◆◆◆


午前11時30分、僕らは宗人に呼ばれて、お姉ちゃんが入院していた病院に来ていた。

いい知らせがある、と宗人は言っていたが・・・。


「え、ホントですか!?」

「ああ、本当だよ。・・・戸籍の性別欄と名前の欄の変更、僕が診断書を出せばできることだ」

「よ、よかった・・・」


よかったのだが、気になることが一つ。


「確実に、できるんですか?」

「ああ。前例ならあるからね」

「前例?」


僕と同じ状況の人が、他にもいるのか?


「君と同じ状況の人はいないけど、生まれた時に男と診断されて、(のち)に女だと判明した例ならあるからね。それを考えれば、君の場合もできるはずだ」

「そうですか・・・ありがとうございます!」


こうして、僕の戸籍の問題はなんとかなった。

宗人は、僕のことを考えてくれていたのか。

・・・嬉しいな。


◆◆◆


病院のベンチで、僕は『真太郎』ではなく『真由美』として暮らすことにしたことを宗人に話した。

宗人の反応はというと。


「よかったじゃないか、真太郎!」

「いや、真由美だってば・・・」

「あ、そうだった、悪い悪い!」

「もう・・・」


分かっているのか、分かっていないのか・・・。


「ま、なんにしても、だ」


立ち上がり、僕の方を見て。


「俺も嬉しいよ!」

「・・・へ?」


う、嬉しい?


「な、なんで宗人が、嬉しく思うの?」

「そりゃあ、お前・・・あれ、なんでだろうな」


宗人は、少し考え込んで。


「お前が気に入った名前が見つかったから、かな?」

「そ、そう・・・」


まあ、そうだよね。

友達にいいことがあったら、自分も嬉しく思うもんね。


「それに、さ」

「・・・?」


宗人は、一度病院を見てから、僕の方に向き直り。


「いい名前だと思うからさ。お前の実の両親も、由美さんも、賛成してくれると思うぜ」

「・・・うん!」


やっぱり宗人は、いい奴だ。


◆◆◆


そのあとはファミレスで昼食を食べ、蒲生夫婦と別れてから、僕らは家に帰ってきた。

今は、僕と由梨絵さんが僕の家のリビングで休憩している。

今日は、小林姉弟も僕の家で晩御飯を食べていくことになったのだ。


「ねえ、しん・・・真由美」

「なんですか?」


横に座っていた由梨絵さんが、麦茶を飲みながら、僕に訊いてくる。

まだ、真由美と呼ばれるのは、少し照れくさい。


「あなたは、好きな人と──どうしたいの?」

「・・・へ?」


どうしたい、と言われても・・・。


「僕は・・・どうしたいんでしょうね」


ただ好きでいたいのか、それとも・・・。


「付き合いたい、と思う?」

「・・・付き合えればいいな、とは思います」

「うーん・・・消極的すぎるのはよくないと思うわ」

「そ、そうですよね・・・」


でも、分からないのだ。

付き合ってもいいのか、そもそもあいつが僕を好きになってくれるのか。


「付き合ってもいいんじゃないの?」

「・・・やっぱり由梨絵さん、読心術を持ってますよね」

「宗人にもそんなこと言われたけど、持ってないわよ。ただ、身近な人の気持ちに敏感なだけ」


敏感というレベルの話ではない気がするけど。


「・・・僕は、そいつが好きです」

「かもしれない、じゃなくて?」

「はい」


今日、やっと分かった。

あいつのことが、好きなんだ。


「そいつが好きなんです。・・・でも、由梨絵さんに言われた通り、そいつが僕を好きになるとは、とても思えません」

「そうなの?」

「由梨絵さんが一番分かってるんじゃないんですか?」

「・・・ふふ、どうかしらね」


由梨絵さんは、微笑みながら、僕の頭を撫でてくれた。


「あれは、あなたの気持ちを確かめるために言ったことよ。その人があなたを好きになるのか、ならないのかは、私にも分からないわ」

「そうなんですか?」

「ええ」


麦茶の入ったコップを手に取り、残りを一気に飲み干して、僕を見る。


「確かに、その人はあなたのことを友達としか思っていないかもね。・・・でも、あなたが『好き』ということで、その人もあなたのことを気にし出すかもしれないわ」

「ほ、ホントですか?」

「ええ。・・・ま、これは私の勝手な妄想だけどね。でも、やってみる価値はあると思うわ」

「そうですか・・・」


行動あるのみ、ってことだな。


『ただいま戻りました~』


買い物に行っていた宗人が、帰ってきた。


「ありがとね、宗人君♪」

「気にしないでください。こっちの袋が野菜とか肉とかが入ってる方で、こっちの袋はそのほかの物が入っています」

「分かったわ。リビングに麦茶があるから、飲んで待っていてくれる?」

「分かりました」


リビングに入ってくる。


「お疲れ、宗人」

「疲れたよ・・・暑かったからな」

「・・・大変だったね」


・・・言うべきなのだろうか。


「ああ、大変だったけど・・・お前、なんか変だぞ?」

「・・・ねえ、宗人。僕は──」

「真由美、宗人、準備しちゃいましょう?」


・・・え?


「そうだな、よし、準備するか!」

「あ、う、うん・・・」


・・・ひょっとして、今、由梨絵さんに邪魔されたのか?


「宗人、あんたは隆さんの手伝いをしてくれる?」

「分かった。じゃ、外で準備してるぜ!」


そう言って、宗人はリビングを出て行った。



「ゆ、由梨絵さん?なんで邪魔をしたんですか?」

「邪魔をしたわけじゃないわ。・・・明後日、お祭りがあるのは分かるわよね?」

「は、はい・・・」


8月の第一土曜日と日曜日、この街では毎年祭りが行われる。

土曜日の夜に花火大会があるので、僕が行くのは土曜日だけだ。


「今じゃなくて、お祭りの時にしなさい。・・・その方がムードがあって、いいと思うわよ」

「わ、分かりました」


由梨絵さんも、色々考えてくれている様だ。

期待に応えられるように、頑張らなければ。

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