17話 女子の買い物、男子の買い物
7月の第五水曜日。7月も今日と明日で終わり。
宗人は神林と買い物に行っている。
で、僕と由梨絵さんはというと。
「真太郎、いいのあった?」
「あ、はい」
水着を買いに、デパートに来ていた。
◆◆◆
2時間前、午前9時。
「プール?」
僕は宗人に呼ばれて、小林家に来ていた。
リビングに入ると、神林もいた。
「ああ、そうだ。暑いし、しばらく行ってなかったから行こうかと思ったんだが・・・どうだ?」
「もちろん行くよ!」
「決まりだな。それじゃあ・・・」
宗人はパソコンの画面を閉じ、立ち上がる。
「水着を買いに行こう」
「いいね。みんなで一緒に──」
「いや、真太郎。お前は姉ちゃんと行って来い」
・・・なんで?
「石灘君、なぜだか分かっていないようだね」
「う、うん」
神林が、持っていたチラシを僕に見せてくる。
「・・・駅前のデパートの?」
そう、駅前のデパートのチラシ。
その表面に、水着の特集があった。
「『レディース水着、大特価!』・・・男物の水着は安くならないんだね」
「そうらしい。俺と神林は違うところに買いに行くから、お前は姉ちゃんと行ってくれるか?」
「分かった、そうするよ」
◆◆◆
・・・という経緯があって、今僕と由梨絵さんは水着売り場に来ている。
「す、凄く混んでますね」
「そうね・・・ここまでとは思わなかったわ」
売り場は、大勢のお客さんで埋め尽くされていた。
ちょうど海水浴の時期だから、人は来ているだろうと思っていたけど・・・まさかここまでとは。
「真太郎、いいのあった?」
「あ、はい。これ・・・」
僕が選んだのは、青色のワンピースタイプの水着。
「・・・うーん」
「あれ、変でしたか?」
「真太郎がお金を払うんだから、私はあまり口出ししないけど・・・もう少し派手な方が似合っていると思うわよ?」
「そ、そうですかね・・・」
もう少し派手、というと──。
「これだと、どうですか?」
今度は、黄色の水着。
「いいじゃない、真太郎に似合っていると思うわよ」
「そうですか!じゃあ、これにします」
「ビキニじゃなくていいの?」
「あ、はい・・・」
それも考えてはみたのだが。
「ビキニはまだ、恥ずかしくて・・・」
「そうなの?・・・ま、段々と慣れていけばいいわ♪」
「はい!」
こうして、僕は黄色のワンピースタイプの水着を買ったのだった。
◆◆◆
「・・・なあ、神林」
「なんだい、小林君」
俺、小林宗人と神林明は、駅から遠い方のデパートに来ていた。
「・・・すごく、疲れたんだが」
「30分かかったもんね。多少高くても、駅前のデパートに一緒に行くべきだったかもね」
「・・・まったくだ」
今日の最高気温は38度。
猛暑日の中、俺と神林は家から自転車で30分かかるところに水着を買いに来たのだ。
「店の外と中が、別世界のようだな」
「本当に、そう思うよ。水着売り場は2階だって、早く行こうよ!」
「・・・ああ」
神林と買い物に来るのは初めてだが・・・こいつって、こんなに買い物を楽しむような奴だったんだな。
「小林君は、どれにするんだい?」
「俺は・・・これにするかな」
俺が選んだのは、全体が灰色で、青色のラインが入った水着。
「・・・少し、地味じゃないかい?」
「そうか?お前はどんなのを選んだんだ?」
「俺はこれを買おうと思っているよ」
そう言って買い物かごから取り出したのは、全体が黒色で、赤の模様が入っている水着。
「・・・お前の方こそ、地味じゃねえか」
「俺はこれでいいんだよ」
「・・・なんでだ?」
ほとんど変わらないと思うのだが・・・。
「主役は俺の肉体美だからね、水着は地味でもいいのさ」
「・・・そ、そうですか」
2、3歩後ろに下がる。
「な、なんで敬語になってるの?」
「・・・神林、お前がそういう奴だとは思わなかったよ・・・」
ずっと知らなかったが、ナルシストな奴だったんだな。
「いやいや!今のはボケだからね!?」
「いいんだよ、隠さなくて。気にしてないからさ」
もう2、3歩ほど後ろに下がる。
「思いっきり引いてるよね!?」
「引いてない、引いてない」
「ちょ、本当にボケただけだってばー!」
涙目になりながら否定してくる神林を放っておいて、俺はさっきのより少し派手な水着を買った。
水着を買い終わって、俺と神林はフードコートで昼食を食べていた。
俺はカレー、神林はラーメンを食べている。
「ねえ、小林君」
「ん、なんだ?」
箸を置いて、俺に質問してくる。
「君は石灘君のことを、どう思っているんだい?」
「・・・は?」
どう、って言われてもなあ。
「友達だと思ってるけど・・」
「・・・もう少し詳しく、言ってもらえるかい?」
・・・詳しく?
「大事な友達──だと思っている」
「・・・そうかい」
少し残念そうに、神林はため息を吐いた。
「なんか、お前が思っていた答えとは違ったようだな」
「まあね。・・・石灘君は、そうは思っていないと思うよ」
・・・え。
「友達だと思われていないのか?」
「・・・君は本当に、鈍感だな」
「え、どこが?」
俺って、鈍感なのか?
「石灘君も、君のことを大事な友達だと思っているだろう。・・・まあ、それ以上に思っているかもしれないが」
「え、親友だと思われていたりするのか?」
「・・・はあ」
またため息を吐かれた。かなり呆れられているようだ。
「やはり君は、鈍感だよ」
「よく分からないが・・・そんなことより、神林」
「なんだい?」
面白いから言わないでおいたが、そろそろ言った方がいいだろう。
「麺、伸びるぞ?」
「あ!そうだった、早く食べなければ!」
結局、麺はかなり伸びていた。
神林は『すごく食べごたえがあるね』としきりに呟きながら、食べていた。
涙目になっていた気がするが、気のせいだろう。
・・・それにしても。
真太郎は、俺のことを友達以上の存在と思ってくれているらしいが。
友達以上って、親友のことだと思ったんだが・・・神林の反応からすると、どうやら違うようだ。
・・・どういうことだ?
◆◆◆
デパートでの買い物と昼食を終え、僕、石灘真太郎は由梨絵さんと小林家に帰ってきていた。
今は、リビングのソファーに座って休憩していた。
「はい、麦茶よ」
「あ、ありがとうございます」
冷たい麦茶を、渇いたのどに通す。
「テレビ、つけてもいい?」
「僕は構いませんが・・・この時間って、何かやっていましたっけ?」
時刻は現在、午後2時。
この時間にテレビを見ることがないので、よく知らないのだ。
「ドラマの再放送ならやっているわ。・・・ドラマは嫌い?」
「いえ、好きですよ」
ホラー系やミステリー系のドラマは嫌いだが、そのほかのドラマなら割と好きだ。
「これは・・・何年か前に放送していたやつですよね」
テレビには、何年か前に大ヒットした、恋愛ドラマが流れていた。
「何回も再放送されているのよ。何回見ても飽きないのよ♪」
「そ、そうですか・・・」
すごく気に入っているようだ。
僕もテレビを見てみる。
主人公らしき女の人が、熱を出している男の人の看病をしていた。
舞台は──雪山の小屋だろうか。
「女の人って、こういうシチュエーションに憧れるんですか?」
テレビでは、男の人の記憶が戻っていく様子が映っていた。
・・・ちゃんとドラマを見ていないので、まったく状況が分からないが、どうやら感動する場面らしい。
「まあ、ここまで極端な状況じゃなくてもいいけど・・・好きな人と二人っきり、ってのは女の子の憧れのシチュエーションだと思うわ」
「そ、そういうものなんですか?」
「そうよ。それに、あんなにかっこいい人と一緒にいられるなんて、素敵じゃない?」
また、テレビを見てみる。
今度は、二人がキスをするシーンが映っていた。
男の人の顔を見る。
「・・・そう、ですかね?」
「あら、かっこいいって思わない?」
「いえ、かっこいいとは思いますが・・・別に、一緒にいたいとは思わないですね」
「そう?・・・ねえ、真太郎」
由梨絵さんが、僕に問いかけてくる。
「一緒にいたいと思わないのは、相手が男の人だから?」
「いえ、そういうわけでは・・・」
「・・・真太郎は、男と女、付き合うとしたらどっち?」
「・・・どっち、でしょうね」
この姿になる前の僕だったら、迷わず『女の人』と答えていただろう。
だが、今は。
「・・・分かりません」
「そう・・・まだ性自認が定まっていないのかしら?」
「いや、そういうわけではないと思います」
僕の性自認は、すでに固まっていた。──女に、なっていた。
女の人を、恋愛対象として見れなくなっていた。
だが、男の人のことを恋愛対象に見れるかというと──。
「男の人のことも、女の人のことも、恋愛対象として見ることはないですね。・・・でも」
「でも?」
「好きかもしれない人なら、いる気がします」
「・・・かもしれないって、どういうこと?」
この感覚は、由梨絵さんには分からないようだ。
「そいつのことを考えると、胸が苦しくなるんです。・・・誰かを心から好きになったことがないので、それが『好き』って気持ちなのかは分からないですけど」
「・・・へえ」
「なんですか?」
ニヤニヤしながら、僕を見る由梨絵さん。
「身近な人、なのね」
「な、なんで分かるんですか?」
「分かるわよ。・・・今あなたは、『その人』ではなく『そいつ』と言ったわ。あなたはあまり、人のことを『そいつ』とは呼ばないもの」
・・・すごい、観察力だ。
「・・・真太郎。あなたの好きな人って──」
「好き『かもしれない』人です」
「・・・あなたのその気持ちは、『好き』よ」
優しく微笑んで、そう話す。
「もちろん、あなたの気持ちはあなたにしか分からない。・・・真太郎、私からの質問に一つだけ、答えてくれる?」
「質問、ですか?」
何を訊かれるのだろう。
「・・・あなたが好きになった人が、あなたを好きになるとは思えないわ。それでもあなたは──その人のことを好きでいるの?」
・・・由梨絵さんは、僕が好きかもしれない人が誰か、すでに分かっているようだ。
さすがは由梨絵さん、だな。
「・・・僕は、そいつのことを──」
『ただいま~』
「・・・あら、宗人たちが帰ってきたみたいね」
・・・どうなのだろうか。
僕はそいつのことを、好きでいられるのだろうか。
好きになって、いいのだろうか。




