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僕と彼女の墓参り  作者: イノタックス
最終章 繋がり続く物語

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17/20

17話 女子の買い物、男子の買い物

7月の第五水曜日。7月も今日と明日で終わり。

宗人は神林と買い物に行っている。

で、僕と由梨絵さんはというと。


「真太郎、いいのあった?」

「あ、はい」


水着を買いに、デパートに来ていた。


◆◆◆


2時間前、午前9時。


「プール?」


僕は宗人に呼ばれて、小林家に来ていた。

リビングに入ると、神林もいた。


「ああ、そうだ。暑いし、しばらく行ってなかったから行こうかと思ったんだが・・・どうだ?」

「もちろん行くよ!」

「決まりだな。それじゃあ・・・」


宗人はパソコンの画面を閉じ、立ち上がる。


「水着を買いに行こう」

「いいね。みんなで一緒に──」

「いや、真太郎。お前は姉ちゃんと行って来い」


・・・なんで?


「石灘君、なぜだか分かっていないようだね」

「う、うん」


神林が、持っていたチラシを僕に見せてくる。


「・・・駅前のデパートの?」


そう、駅前のデパートのチラシ。

その表面に、水着の特集があった。


「『レディース水着、大特価!』・・・男物の水着は安くならないんだね」

「そうらしい。俺と神林は違うところに買いに行くから、お前は姉ちゃんと行ってくれるか?」

「分かった、そうするよ」


◆◆◆


・・・という経緯があって、今僕と由梨絵さんは水着売り場に来ている。


「す、凄く混んでますね」

「そうね・・・ここまでとは思わなかったわ」


売り場は、大勢のお客さんで埋め尽くされていた。

ちょうど海水浴の時期だから、人は来ているだろうと思っていたけど・・・まさかここまでとは。



「真太郎、いいのあった?」

「あ、はい。これ・・・」


僕が選んだのは、青色のワンピースタイプの水着。


「・・・うーん」

「あれ、変でしたか?」

「真太郎がお金を払うんだから、私はあまり口出ししないけど・・・もう少し派手な方が似合っていると思うわよ?」

「そ、そうですかね・・・」


もう少し派手、というと──。


「これだと、どうですか?」


今度は、黄色の水着。


「いいじゃない、真太郎に似合っていると思うわよ」

「そうですか!じゃあ、これにします」

「ビキニじゃなくていいの?」

「あ、はい・・・」


それも考えてはみたのだが。


「ビキニはまだ、恥ずかしくて・・・」

「そうなの?・・・ま、段々と慣れていけばいいわ♪」

「はい!」


こうして、僕は黄色のワンピースタイプの水着を買ったのだった。


◆◆◆


「・・・なあ、神林」

「なんだい、小林君」


俺、小林宗人と神林明は、駅から遠い方のデパートに来ていた。


「・・・すごく、疲れたんだが」

「30分かかったもんね。多少高くても、駅前のデパートに一緒に行くべきだったかもね」

「・・・まったくだ」


今日の最高気温は38度。

猛暑日の中、俺と神林は家から自転車で30分かかるところに水着を買いに来たのだ。


「店の外と中が、別世界のようだな」

「本当に、そう思うよ。水着売り場は2階だって、早く行こうよ!」

「・・・ああ」


神林と買い物に来るのは初めてだが・・・こいつって、こんなに買い物を楽しむような奴だったんだな。



「小林君は、どれにするんだい?」

「俺は・・・これにするかな」


俺が選んだのは、全体が灰色で、青色のラインが入った水着。


「・・・少し、地味じゃないかい?」

「そうか?お前はどんなのを選んだんだ?」

「俺はこれを買おうと思っているよ」


そう言って買い物かごから取り出したのは、全体が黒色で、赤の模様が入っている水着。


「・・・お前の方こそ、地味じゃねえか」

「俺はこれでいいんだよ」

「・・・なんでだ?」


ほとんど変わらないと思うのだが・・・。


「主役は俺の肉体美だからね、水着は地味でもいいのさ」

「・・・そ、そうですか」


2、3歩後ろに下がる。


「な、なんで敬語になってるの?」

「・・・神林、お前がそういう奴だとは思わなかったよ・・・」


ずっと知らなかったが、ナルシストな奴だったんだな。


「いやいや!今のはボケだからね!?」

「いいんだよ、隠さなくて。気にしてないからさ」


もう2、3歩ほど後ろに下がる。


「思いっきり引いてるよね!?」

「引いてない、引いてない」

「ちょ、本当にボケただけだってばー!」


涙目になりながら否定してくる神林を放っておいて、俺はさっきのより少し派手な水着を買った。



水着を買い終わって、俺と神林はフードコートで昼食を食べていた。

俺はカレー、神林はラーメンを食べている。


「ねえ、小林君」

「ん、なんだ?」


箸を置いて、俺に質問してくる。


「君は石灘君のことを、どう思っているんだい?」

「・・・は?」


どう、って言われてもなあ。


「友達だと思ってるけど・・」

「・・・もう少し詳しく、言ってもらえるかい?」


・・・詳しく?


「大事な友達──だと思っている」

「・・・そうかい」


少し残念そうに、神林はため息を吐いた。


「なんか、お前が思っていた答えとは違ったようだな」

「まあね。・・・石灘君は、そうは思っていないと思うよ」


・・・え。


「友達だと思われていないのか?」

「・・・君は本当に、鈍感だな」

「え、どこが?」


俺って、鈍感なのか?


「石灘君も、君のことを大事な友達だと思っているだろう。・・・まあ、それ以上に思っているかもしれないが」

「え、親友だと思われていたりするのか?」

「・・・はあ」


またため息を吐かれた。かなり呆れられているようだ。


「やはり君は、鈍感だよ」

「よく分からないが・・・そんなことより、神林」

「なんだい?」


面白いから言わないでおいたが、そろそろ言った方がいいだろう。


「麺、伸びるぞ?」

「あ!そうだった、早く食べなければ!」


結局、麺はかなり伸びていた。

神林は『すごく食べごたえがあるね』としきりに呟きながら、食べていた。

涙目になっていた気がするが、気のせいだろう。


・・・それにしても。

真太郎は、俺のことを友達以上の存在と思ってくれているらしいが。

友達以上って、親友のことだと思ったんだが・・・神林の反応からすると、どうやら違うようだ。

・・・どういうことだ?


◆◆◆


デパートでの買い物と昼食を終え、僕、石灘真太郎は由梨絵さんと小林家に帰ってきていた。

今は、リビングのソファーに座って休憩していた。


「はい、麦茶よ」

「あ、ありがとうございます」


冷たい麦茶を、渇いたのどに通す。


「テレビ、つけてもいい?」

「僕は構いませんが・・・この時間って、何かやっていましたっけ?」


時刻は現在、午後2時。

この時間にテレビを見ることがないので、よく知らないのだ。


「ドラマの再放送ならやっているわ。・・・ドラマは嫌い?」

「いえ、好きですよ」


ホラー系やミステリー系のドラマは嫌いだが、そのほかのドラマなら割と好きだ。


「これは・・・何年か前に放送していたやつですよね」


テレビには、何年か前に大ヒットした、恋愛ドラマが流れていた。


「何回も再放送されているのよ。何回見ても飽きないのよ♪」

「そ、そうですか・・・」


すごく気に入っているようだ。


僕もテレビを見てみる。

主人公らしき女の人が、熱を出している男の人の看病をしていた。

舞台は──雪山の小屋だろうか。


「女の人って、こういうシチュエーションに憧れるんですか?」


テレビでは、男の人の記憶が戻っていく様子が映っていた。

・・・ちゃんとドラマを見ていないので、まったく状況が分からないが、どうやら感動する場面らしい。


「まあ、ここまで極端な状況じゃなくてもいいけど・・・好きな人と二人っきり、ってのは女の子の憧れのシチュエーションだと思うわ」

「そ、そういうものなんですか?」

「そうよ。それに、あんなにかっこいい人と一緒にいられるなんて、素敵じゃない?」


また、テレビを見てみる。

今度は、二人がキスをするシーンが映っていた。

男の人の顔を見る。


「・・・そう、ですかね?」

「あら、かっこいいって思わない?」

「いえ、かっこいいとは思いますが・・・別に、一緒にいたいとは思わないですね」

「そう?・・・ねえ、真太郎」


由梨絵さんが、僕に問いかけてくる。


「一緒にいたいと思わないのは、相手が男の人だから?」

「いえ、そういうわけでは・・・」

「・・・真太郎は、男と女、付き合うとしたらどっち?」

「・・・どっち、でしょうね」


この姿になる前の僕だったら、迷わず『女の人』と答えていただろう。

だが、今は。


「・・・分かりません」

「そう・・・まだ性自認が定まっていないのかしら?」

「いや、そういうわけではないと思います」


僕の性自認は、すでに固まっていた。──女に、なっていた。

女の人を、恋愛対象として見れなくなっていた。

だが、男の人のことを恋愛対象に見れるかというと──。


「男の人のことも、女の人のことも、恋愛対象として見ることはないですね。・・・でも」

「でも?」

「好きかもしれない人なら、いる気がします」

「・・・かもしれないって、どういうこと?」


この感覚は、由梨絵さんには分からないようだ。


「そいつのことを考えると、胸が苦しくなるんです。・・・誰かを心から好きになったことがないので、それが『好き』って気持ちなのかは分からないですけど」

「・・・へえ」

「なんですか?」


ニヤニヤしながら、僕を見る由梨絵さん。


「身近な人、なのね」

「な、なんで分かるんですか?」

「分かるわよ。・・・今あなたは、『その人』ではなく『そいつ』と言ったわ。あなたはあまり、人のことを『そいつ』とは呼ばないもの」


・・・すごい、観察力だ。


「・・・真太郎。あなたの好きな人って──」

「好き『かもしれない』人です」

「・・・あなたのその気持ちは、『好き』よ」


優しく微笑んで、そう話す。


「もちろん、あなたの気持ちはあなたにしか分からない。・・・真太郎、私からの質問に一つだけ、答えてくれる?」

「質問、ですか?」


何を訊かれるのだろう。


「・・・あなたが好きになった人が、あなたを好きになるとは思えないわ。それでもあなたは──その人のことを好きでいるの?」


・・・由梨絵さんは、僕が好きかもしれない人が誰か、すでに分かっているようだ。

さすがは由梨絵さん、だな。


「・・・僕は、そいつのことを──」

『ただいま~』

「・・・あら、宗人たちが帰ってきたみたいね」


・・・どうなのだろうか。

僕はそいつのことを、好きでいられるのだろうか。


好きになって、いいのだろうか。

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