16話 今後についての話し合い
7月の第五火曜日。
お姉ちゃんが死んでから、1週間が経った。
この1週間、とにかく忙しかった。
お姉ちゃんが死んだ翌日はお通夜に出て、その翌日はお葬式。
お葬式の参列者には、由美がもう一人いる──なんて驚かれたが、皆深くは追及してこなかった。
何かを感じ取ってくれたのだろう。
お葬式の二日後の第四土曜日には、両親と一緒に、お姉ちゃんが暮らしていた蒲生家に行った。
お姉ちゃんのことを、たくさん話した。
今後に関する話もした。
お姉ちゃんの意思で、実のお父さんとお母さんのお墓に一緒に納骨することになった。
蒲生夫妻も快諾してくれた。納得しているか不安だったが、いらない心配だったようだ。
第四日曜日には、由梨絵さんと大学に行った。
佳奈美さんと色々な話をした。
夏休みの大学の様子や、宿題の多さなどを三人で話した。
お姉ちゃんが死んだことは、まだ他の学生は知らないらしい。
自分の中で整理ができたら、伝えるつもりだと言っていた。
佳奈美さんも、頑張っているようだ。
第四月曜日は初七日だったので、蒲生家に行った。
お姉ちゃんの供養をしてもらい、そのあとは精進料理を食べた。
親戚から、岩柱家のことや、僕の実の両親が亡くなった交通事故について、詳しく教えてもらった。
まだまだ、知らなければならないことが多すぎる。
お父さんのこと、お母さんのこと、──お姉ちゃんのこと。
もっともっと、知っていこう。
◆◆◆
「・・・そうか、石灘君のお姉さんは、亡くなったのか」
「ああ。今日でちょうど1週間だ。・・・なんだか、忙しかったな」
俺、小林宗人は、自宅のリビングで神林明と話をしていた。
「石灘君が忙しいのは分かるが、君もなのかい?」
「・・・俺は俺で、色々やってたんだよ」
そう、色々。
「学校の奴らにどうやって伝えよう・・・とか、そもそも学校に通うためにはどうしたらいいのか・・・とか」
「調べていたってわけかい。君も頑張っているんだね」
「当たり前だ。由美さんと約束したからな。『どんなことでも助けます』って」
「また、君はそういうことを・・・」
神林は、頭を抱えていた。
「どんなことでも、って言葉は一番言ってはいけないことじゃないか。本当に君は、石灘君が困っていたら『どんなことでも』助けられると思っているのかい?」
「思っているよ」
「・・・そうなのかい?」
不思議そうな顔で、俺を見てくる。
「思っているさ。どんなことでも助けられる、ってね。・・・それだけの自信を、俺は持っているんだよ」
「・・・そうかい」
神林は、呆れながら笑っていた。
「小林君、君はこれから、どう動くんだ?」
「それを今日、お前と相談しようとしていたんだろうが」
「正直、俺が力になれることは少ないと思うけど・・・」
「力にならないと思っていたら、呼ばないさ」
神林にも、協力してもらわないと。
「そう言ってもらえると、嬉しいね。何を手伝えばいいんだい?」
「手伝う、というか・・・お前、法学部目指してたから、法律に詳しいんじゃないかと思ってたんだが・・・どうだ?」
「普通の人よりは、詳しい方だと思うよ。・・・戸籍変更について、かい?」
さすが神林、一発で当ててきた。
「ああ、そうだ。『戸籍の性別欄の変更』──正直、かなり難しそうなんだ」
「そうだろうね。戸籍の性別欄を変更するのは、かなり多くの手順を踏まないとできないことだからね。性同一性障害の診断書があれば、そこそこスムーズにできるとは思うんだけど・・・」
「そう、そこなんだよ」
性同一性障害の診断書をもらうのは、かなり難しいだろう。
そもそも、今の真太郎はMtF(Male to Female、身体は男で心は女)ではなく、FtM(Female to male、身体は女で心は男)の状態だ。MtFと診断してもらえるわけがない。
「ねえ、小林君」
「なんだ?」
「今の石灘君の性自認って、男なのかい?」
「・・・どうだろうな」
真太郎は、女の身体にあまり違和感を持っていないと言っていた。
姉ちゃんも、真太郎の心が女の子になってきたかも、と言っていた。
・・・さて、どうなのだろうか。
「ま、性自認が男でも女でも、戸籍の性別欄の変更は難しいことだよね」
「そうだな・・・一旦この話は置いといて、学校のことを考えておこうぜ」
「ああ、そうだね」
と、玄関の方で『ただいま~』と声。父さんと母さんだ。
父さんと母さんは、今日は午後からの仕事を休んだ。
話し合うなら、人数が多い方がいいだろう・・・ということで。
俺と神林だけでも、なんとかなったと思うが。
・・・いや、なっていないか。
「なるほど、学校にどうやって伝えるか、か・・・」
父さんたちにも加わってもらい、四人でテーブルを囲み、話し合う。
「・・・学校への連絡は、俺らがどうにかできるかもしれない」
「え、本当ですか?」
「ええ。私たちは市役所に勤めていて、仕事で学校へ行くこともあるのよ。あなたたちが通う学校にも何度か行ったことがあって、知り合いの先生が何人かいるわ。向島先生のことも知ってるわよ」
・・・え、そうだったのか。
「向島先生って、俺や小林君のクラスの担任の──」
「ええ、そうよ。だから、学校への連絡は任せて。なんとかして、真太郎君が学校に通える環境を作るからね」
「ありがとうございます。・・・じゃあ、小林君」
「ああ。俺らはどうやって学校の奴らに伝えるか、考えるか」
こうして、真太郎が学校に行ける環境は作れることとなった。──たぶん。
◆◆◆
「・・・はあ」
僕、石灘真太郎は現在、自分の部屋で夏休みの宿題をしている──のだが。
「意味、あるのかな・・・」
この宿題を終わらせたところで、学校に行けるわけでもない。
一体どうしたものか・・・。
『♪~♪~♪~』
・・・メール?
宗人からだ。
携帯を開き、見てみる。
『真太郎、元気か?俺の父さんと母さんが、お前を学校に通えるように手配してくれるから、安心しろよ~!』
・・・そういえば、宗人の親は両方とも市役所勤めなんだっけ。
手配することができるのか、さすが市役所職員──ってそうじゃなくて!
「え、ホントにまた、学校に行けるの?」
また、みんなと会えるのか。
また、みんなで遊べるのか。
「・・・やった!」
みんなと同じように、学校に行ける。
みんなと同じように、授業を受けられる。
学校に行けるのって、こんなに嬉しいことだったんだな。
今度ちゃんと、宗人の両親にお礼をしなければ。
◆◆◆
午後6時30分、晩御飯。
姉ちゃんは、佳奈美さんと外食に行っているので、父さんと母さんと俺の三人で食べている。
「宗人、いい考えは浮かんだのか?」
「・・・いや、まったく」
俺、小林宗人は、あの後しばらく神林と話し合ったが、いい案が思いつかないまま解散の時間となってしまった。
どうやって伝えれば信じてもらえるか──。
「普通に伝えるのだと、駄目なのか?」
「それも考えたんだけど・・・性別適合手術をした、と説明したとしても、身長が縮んでいるから信じてもらえないと思うんだ」
「よく分からないけど、それだと駄目なのね?」
「そうなんだよ」
だから、何かいい方法はないかと探してみたのだが。
「先生から伝えてもらうのが、一番効果的かな・・・と」
「先生は、このことを信じてくれそうなのか?」
「うーん・・・そこも難しそうなんだよね」
あと一つ、考えたことが。
「俺と真太郎、それと神林の三人だけでグループを作る、ってのも考えたんだけど、それは真太郎が嫌だって言うと思って・・・やめたんだ」
「なんで、嫌だって言うと思ったの?」
「そりゃあ、まあ・・・」
真太郎のことだし。
「俺と神林のことを、他の人が変な目で見るのを嫌だって言うと思うんだよ」
あいつ、優しいからな。
「そうなの?」
「たぶん、ね。ま、これは俺の勝手な妄想だけどね。・・・でも実際、三人だけでグループを作るのは、本気で避けたいんだ」
「どうして?」
どうしてって、そりゃあ。
「真太郎が不幸になる。それは絶対に避けたい」
「・・・真太郎君のこと、本当に心配しているのね」
「当たり前だよ。だって・・・」
だって。
「真太郎は、俺の大事な友達だからね」
◆◆◆
「学校に行けることになったのね!?」
「た、たぶん、だけどね」
晩御飯の時に、宗人からのメールのことを両親に伝えた。
「よかったな、真太郎」
「うん!」
お父さんもお母さんも、喜んでいた。
「宗久さんと志奈さんに、お礼をしなくちゃね」
「そうだね。僕もあとで宗人にもお礼を言っておくよ」
「そうね。宗人君も、最近頑張ってくれていたものね」
・・・頑張ってくれていた?
「お母さん、どういうこと?」
「・・・あ!いけない、話さないでくれって宗人君に言われてたの、忘れてた!」
「・・・ホントにどういうこと?」
宗人はここ最近、僕の戸籍の性別欄を変更する方法とか、どうすれば僕がまた学校に行けるようになるかとか、そんなことを調べていたらしい。
「そ、そうだったんだ・・・」
「ええ。大事な友達だから、助けるのは当たり前──って言ってたわよ」
「・・・え?」
宗人、そんなことを言ってたのか。
「真太郎、あなたも宗人君のこと、大事な友達だと思える?」
「え?・・・もちろん、だよ」
「そう、よかった」
うん、そうだ。
宗人は、僕の大事な友達。
僕の、大事な──。
◆◆◆
風呂から出て、自分の部屋のベッドに横になりながら、今日の晩御飯の時のことを思い出していた。
『宗人君のこと、大事な友達だと思える?』
・・・思っている。
宗人は僕の大事な友達だ。
それは間違いない。
この姿になる前も、なってからも、色々なことを助けてくれた。
色々なことを、教えてくれた。
大事な、友達だ。
──大事な、『友達』。
嘘は言っていない。
本当のことだけを、考えている。
なのに、なんで。
──なんで、胸の奥がこんなにも、痛むのだろう。
宗人とは、小さいころからの付き合いだ。
小さいころからよく遊んだ。
小さいころから、色々なところに一緒に行った。
宗人は、大事な──友達?
違う。・・・友達だけど。
宗人は、大事な──友達?
そうじゃないんだ。友達だったけど。
宗人は、大事な──。
大事な、なんだ?




