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僕と彼女の墓参り  作者: イノタックス
3章 僕の家族

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14/20

14話 僕らの墓参り

翌日、7月の第四火曜日、午前6時。

早朝の僕の部屋に、携帯の着信音が鳴り響いた。


(・・・なんだ?)


布団から起き上がり、学習机の上に置いてある携帯を取る。

画面には『蒲生章介さん』と表示されていた。


「もしもし」

「おお、真太郎君。よかった、出てくれたか・・・」


焦っているような、声。


「何かあったんですか?」

「・・・いいか、落ち着いて聞いてくれ」


・・・・・・。


「由美の容体が、悪化した。──医者にも、もうどうすることもできないそうだ」

「・・・そんな」


そんな。

いくらなんでも、早すぎる。


「・・・蒲生さんは、今は病院にいますか?」

「ああ、そうだよ」

「僕も今から病院へ向かいます。・・・お姉ちゃんに、そう伝えてください」

「ああ、分かった。伝えておくよ」


電話を切り、親が寝ている寝室へ向かう。


「お父さん、お母さん!」

「な、なんだ真太郎・・・どうした?」

「お姉ちゃんの容体が悪化したらしいから、僕を病院に連れて行ってくれない?」

「な、何!?」


顔を見合わせる、お父さんとお母さん。


「こうしちゃいられない、俺らも支度をするぞ!」

「ええ!真太郎、着替えて病院に行くわよ!」

「う、うん!」


お姉ちゃん、今行くからね。


◆◆◆


お父さんの運転する車に乗って、20分ほどで病院へ到着。

駐車場に車を置いて、受付へ向かう。


「すみません、お見舞いの時間は午前8時からとなっていまして・・・」

「蒲生由美のお見舞いに来たんです!容体が悪化したと聞いたのですが」


早朝のロビーに、僕の声が響く。


「落ち着け真太郎、大声を出すのは止めなさい」

「でも、でも・・・」

「もしかして、石灘さん、でしょうか?」

「・・・へ?はい、そうですが」


なんで、知っているんだ?


「蒲生由美さんのご両親から、石灘さんという方が来る、と連絡がありました」

「そ、そうですか!ということは、お見舞いは・・・」

「ええ、行っていいですよ」

「ありがとうございます!」


受付の看護婦に許可をもらい、エレベーターで3階へ向かう。

お姉ちゃんの病室にだけ、電気が点いていた。

ノックをし、中に入る。


「失礼します」

「・・・あら、真太郎君。来てくれたのね」


ベッドの横で椅子に座っている、蒲生明子さん。


「おお、よかった。来てくれた」


その隣に寄り添っている、蒲生章介さん。

二人とも、かなり疲れている様子だ。


「お姉ちゃんは・・・」

「由美は今、寝ているよ。・・・おっと、医者が来たようだ」


医者が、入ってくる。


「おや、そちらの方々は・・・石灘さんですか?」

「はい、そうです」

「そうでしたか、ちょうどよかった」

「・・・?」


医者が持っているファイルの中から、何枚か紙を取り出した。


「これを見てください」

「これは?」

「昨日の朝撮った、レントゲンの画像です。臓器の働きが弱まってきてはいますが、全て機能しています」


見ても分からないので、医者の話を聞いておく。


「・・・で、こちらが今日撮った、レントゲンの画像です」

「──え?」


一目瞭然。

いくつかの臓器が、ボロボロになっていた。


◆◆◆


「私たちにも、原因が分からないんです」


医者からいくつか説明を受けたが、とても信じられないことだらけだった。

臓器に穴が開いていたり、血管が極端に収縮してしまっていたり──。


「どうすることも、できないんですか?」


お姉ちゃんを、助けたい。


「・・・今の医療では、これを治す方法はありません」

「それじゃ、お姉ちゃんは──」


僕には、何もできないの?


「・・・最期は、由美さんのしたいことを、させてあげてください」

「そ、そんな・・・」


最期──なんて。


「しん、たろう?」

「・・・!」


お姉ちゃんが、起きた!


「よかった、来てくれたのね」

「お姉ちゃん、大丈夫?しっかりして!」


顔色は悪く、かなりやつれている。

寝る前は、ずっと苦しんでいたようだが・・・今も辛そうだ。


「痛みは、だいぶ弱まったわ。・・・ねえ、真太郎」

「なに?」

「・・・お墓参りに、行かない?」


お墓──?


「私たちの、実のお父さんとお母さんの、お墓参り。・・・どう?」

「・・・もちろんだよ、お姉ちゃん」


僕も、行きたいよ。


「先生、いいですか?」

「ええ、外出を許可しましょう。その前に・・・これを」


錠剤を何錠か渡される。


「これは──?」

「痛み止めです。由美さんの痛みを完全には消せないと思いますが・・・いいですか?」

「もちろんです。ありがとうございます!」


薬をお姉ちゃんに渡し、飲んでもらう。


「先生、車イスを貸してもらえますか?」

「ええ。外出用のを持ってきますから、少し待っていてください」



医者が車イスを取りに行っている間、目的地の確認をする。


「ここから車で1時間くらいかかるな・・・」

「どうします、どちらかの車に、由美と真太郎君を一緒に乗せたほうがいいと思うのですが・・・」

「じゃあ、僕が蒲生さんの車に乗ります」


その方が、絶対にいい。


「お二人も、お姉ちゃんと一緒にいたいでしょう?」

「・・・そうだな、そうしよう。真太郎君、ありがとう」

「いえ、気にしないでください」


蒲生さんたちだって、お姉ちゃんと一緒にいたいはずだ。


「車イス、持ってきましたよ」

「ありがとうございます。・・・お姉ちゃん、動ける?」

「・・・ええ、なんとか」


痛みは引いたようだが、まだ動きにくそうだ。


「・・・お姉ちゃん」

「そんな悲しそうな顔をしないの。・・・私は大丈夫よ」


そう言って、僕に微笑む。


「手を貸してくれる?」

「もちろん。よいしょ、っと・・・」


お姉ちゃんを車イスに乗せ、みんなの方を向く。


「出発、しましょうか!」


◆◆◆


お姉ちゃんを蒲生さんの車の後部座席に乗せ、畳んだ車イスをトランクにしまい、僕も蒲生さんの車に乗る。

僕は、お姉ちゃんの右隣に。


「シートベルトはしたかい?」

「はい、しました」

「よし、出発!」


蒲生さんの車が、病院を出る。

お父さんたちの車は、その後ろについて来ている。



午前7時30分ごろ、コンビニに寄ってパンとお茶を買い、再び出発する。


「お姉ちゃん、食べられる?」

「・・・少しだけで、いいわ」

「分かった」


お姉ちゃんは、サンドイッチを二口、三口だけ食べると、眠りについた。

痛みはなくても、疲れがあるのだろう。


窓の外を見る。

整備されたコンクリートの地面には、陽の光が燦々(さんさん)と降り注いでいた。


携帯の天気予報では、今日は真夏日らしい。

1か月前のニュース番組では、今年の夏は涼しくなる、なんて言っていたが、外れたようだ。

窓の外を見ながら、そんなことを思い出していた。


「今年も、暑くなりそうね」

「・・・そうだね、お姉ちゃん」


いつまで。

いつまでお姉ちゃんは、暑さを感じることができるのだろうか。

一体、いつまで。



「・・・おお」


病院を出て40分ほどすると、窓の外は田園風景になる。

どこか懐かしさを感じるような、そんな景色。


「ああ、懐かしい」


お姉ちゃんには、見覚えのある風景の様だ。

窓の外を、食い入るように見ている。


「あそこの保育園に、通っていたのよ」

「そう、なんだね」


保育園からは、子供たちの声。

門のところでは、子供を送ってきた母親が、エプロンをつけた人──保育園の先生と話をしていた。

僕の実のお母さんも、そうしていたのだろうか。

そう思うと少しだけ、寂しくなってきた。


◆◆◆


「さ、着いたよ」


車から降りて、深呼吸。

僕らが住んでいる街よりも、涼しい気がする。

トランクから、畳んである車イスを取り出し、広げる。


「お姉ちゃん、大丈夫?」

「ごめんね、手を貸してくれる?」

「うん」


座席から車イスへ移動させる。


「午前8時──うん、お寺の人も来ているようだね」


ちらほらと、お寺の方で動く影があった。


「石灘さんも来たし、早速行こうか」

「はい、そうですね。・・・お姉ちゃん、痛くなったらすぐに言ってね?」

「ええ、そうするわ」


お姉ちゃんの乗った車イスを押し、歩き出す。



「岩柱孝明さんと、郁子さんのお墓ですか?」

「ええ、そうです。こちらで間違いないですか?」

「少し待っていてくださいね」


お坊さんは、お寺の中に入って行った。

数分後。


「ええ、岩柱さんのお墓、こちらで間違いありませんよ」


別のお坊さん──さっきの人よりだいぶ年上の人が、やってきた。


「ところで、あなた方は──」

「石灘隆と、こっちは妻の美佐子です」

「美佐子です、お久しぶりですね」


・・・久しぶり?


「おお、あなた方は──真太郎君を引き取った、ご夫婦ですね?」

「はい、そうです」


どうやら、面識はあったようだ。


「ということは、そちらのご夫婦は・・・蒲生さんですね?」

「はい。蒲生章介です」

「蒲生明子です」


蒲生さんとも、面識があるようだ。


「ところで、そちらの方たちは・・・」


僕らの方に顔を向け、訊いてくる。


「車イスに乗っているのが、由美で──押しているのが、真太郎君です」

「・・・真太郎君?」


目を細め、じっと見てくる。


「石灘真太郎です。・・・少し事情がありまして、今はこの姿なんです」

「そ、そうですか・・・」


よかった、深くは追及して来なかった。


「由美さんは、具合が悪そうですが・・・」

「あ、そのことでちょっと相談があるんですが、少しお時間よろしいですか?」

「ええ、もちろんですとも。どうぞ、家の中にお入りください」


お言葉に甘えさせてもらい、全員で本堂の横の家に入ることに。

お姉ちゃんと僕は、玄関で待つように言われたので、その通りにした。

盗み聞きしようとは思わなかった。

──何を話しているのかは、見当がついていたから。


「ねえ、お姉ちゃん」

「なに?」

「お姉ちゃんは、お墓参りに来たことはあるの?」

「・・・たぶん、ね」


・・・たぶん?


「お父さんとお母さんが死んだのが、相当ショックだったみたいで、お通夜のこととか、お葬式のこととか・・・あまり詳しくは憶えていないの。だから、『たぶん』なの」

「・・・なるほど」


確かに、4歳の子供がすぐに両親の死を受け入れるのは難しいだろう。

そこからは、他愛もない話をして、お互いの両親が来るのを待っていた。


◆◆◆


「こちらが、岩柱夫婦のお墓です」


そのお墓は、お寺の隅の方に、ひっそりと建っていた。

お寺の人が掃除をしてくれていたそうで、綺麗な状態だった。


お花とお線香は、お父さんとお母さんが近くのお店で買ってきてくれていた。

手桶にためた水を柄杓(ひしゃく)ですくい、陽の光で熱くなった墓石にかける。


「これで、お父さんとお母さんも、涼しくなるわね」

「・・・そうだね」


お線香に火を点け、みんなでお墓に上げる。

お姉ちゃんの分は、僕が上げた。


手を合わせ、何秒かの静寂。


(・・・お父さん、お母さん)


僕は、僕たちは、やっとここに来ることができたよ。

僕は、顔も憶えていないけど。

でも、それでも。

こうしてここに来れたことが、本当にうれしいよ。



「・・・さ、帰りましょうか」

「あ、待って、お父さん、お母さん」

「どうかしたの、由美?」


お姉ちゃんが、蒲生夫妻を呼び止める。


「・・・もう一ヶ所だけ、行きたいところがあるの」

「もう一ヶ所?」

「うん。・・・いい?」

「ええ、もちろんよ」


・・・もう一ヶ所?

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