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僕と彼女の墓参り  作者: イノタックス
3章 僕の家族

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13/20

13話 目覚めと記憶

翌日、7月の第三月曜日。夏休みに入って3日が経った。

今日は、小林姉弟と病院に来ていた。

午前中は宗人が部活に行っていたので、病院に着いたのは午後2時ごろだ。


ノックをすると、中から『はーい』と声。

聞いたことのない声だが・・・。


「失礼します・・・」


病室は間違っていないので、中に入る。

・・・と。


「・・・え?」


そこには。

ベッドの上で本を読む、お姉ちゃんの姿があった。


「・・・あなたが、真太郎ね」

「どうして分かるの?」

「あなたの姉だからよ」


・・・それは理由になるのだろうか。



「目が覚めたら、病院のベッドで寝ていたんだもの。本当に驚いたわ」

「そ、そう・・・」


お姉ちゃんは、今朝目を覚ましたらしい。

医者はすでに知っているようで、ついさっきまで異常がないか検査していたところだとか。


「13日間もずっと寝ていたって聞かされた時は、もっと驚いたわ」

「だろうね・・・」

「ええ。ずっと見てたドラマの最新話、見逃しちゃったわ」

「・・・・・・」


──違和感。

気持ち悪い、気遣いのような。


「ねえ、おね・・・」

「なあ、蒲生由美さん」


・・・え?

宗人の、問いかけ。


「何かしら、えっと・・・」

「小林宗人です。・・・由美さん、あんた何を怖がってるんですか?」


怖がって、いる?


「何のことかしら」

「とぼけないでください。目の前にずっと会いたかった実の弟がいるのに、なんで『姉弟』としての会話を避けてるんですか?」


・・・お姉ちゃん。

僕との、『姉弟』としての会話を、避けているの?

僕のことを、嫌っているの?


「・・・ねえ、真太郎」

「な、何?」

「──あなたも、いい家庭で育って、いい友達に恵まれたみたいね」

「・・・うん!」


よかった。

嫌われては、いないようだ。



「──夢を見たのよ」

「夢?」


小林姉弟は、飲み物を買いに行く、と言って病室から出て行った。

気を利かせてくれたんだろう。あとでお礼を言っておこう。


「真太郎の、1歳の誕生日をみんなで祝ったの」

「・・・お父さんと、お母さんと──四人で?」

「ええ。・・・あの時のままの、風景だったわ。四人で、リビングのテーブルを囲んで──ケーキには、ロウソクが1本だけ立っていたの。真太郎にはまだ消せなかったから、私が代わりに消したのよ」


・・・僕は、憶えていない。

1歳だったから、仕方ないことだけど。

それでも、なんだか悔しい。


「私たちは、ずっと楽しく暮らしていた。朝はお父さんに起こしてもらって、朝ごはんは四人で食べるの。真太郎はまだ1歳だったから、離乳食だったけどね。お父さんは一足早く、仕事に出かけるのよ」


遠い昔の、話。

15年も前の、話だ。


「あの日もお母さんの運転する車に乗って、私たちは保育園に向かったの。友達が、いっぱい来ていたわ」


・・・『あの日』。

つまり、この話の結末は。


「帰りの時間になると、仕事の終わったお父さんと、お母さんが一緒に迎えに来てくれていたの。──でもあの日は、いつまで経っても迎えは来なかった」

「・・・・・・」


『あの日』。


「門のところで、親戚のおばさんと保育園の先生が話していたのを、こっそり聞いたのよ。──お父さんとお母さんが死んだ、って言っていたわ」

「・・・そう」

「最初は、たちの悪い冗談だと思ったわ。でも、本当だった。次に私がお父さんとお母さんに会ったとき、二人の顔には白い布がかけられていた」


お姉ちゃんは、暗い顔で語り続ける。


「それを見た瞬間、『ああ、本当に死んじゃったんだな』って思って・・・泣き出していたわ。今でも憶えている。・・・とても悲しかったわ」

「・・・そう、なんだね」


僕が知らないことを、お姉ちゃんは知っている。


「それからは、あなたも知っている通りよ。私たちは別々の家に引き取られて、離れ離れで暮らしてきた。・・・本当は、もっとあなたと一緒にいたかった」


やっぱり、お姉ちゃんは──。


「ごめんね、お姉ちゃん」

「なんで謝るの?」


・・・なんで、だろう。


「僕は、こんな大事なことを、知らなかった。・・・実の両親が死んでいることは知っていたけど、僕は過去を見ようとしなかった。・・・ねえ、お姉ちゃん」

「何かしら?」


訊きたかった、こと。


「お姉ちゃんは、幸せだった?」

「・・・どう、かしらね」


少しだけ、考え込んで。


「少なくとも、不幸じゃなかったわ」


微笑みながら、そう言った。


◆◆◆


「どうにかしてあなたに会いたかった気持ちが、あなたをその姿にしてしまったのかもしれないわ」

「つまり、どうやって僕をお姉ちゃんの姿にしたのかは、分からないってこと?」

「・・・ええ、そういうことよ」

「そう・・・」


病院の3階の休憩スペースにいた小林姉弟を呼び、四人で話し合っているところ。


「うーん・・・手の打ちようがなくなった、ってことか?」

「そうみたいね。どうやって変えたのかが分かれば、元の姿にする方法も見つかると思ってたけど・・・」


お姉ちゃんは目を覚ました。

でも、僕の身体はお姉ちゃんの姿のまま。


「・・・ごめんなさい、真太郎」

「気にしないでよ。お姉ちゃんのせいじゃない」


両親が死に、僕とお姉ちゃんが離れ離れになったこと。

僕と会いたいという気持ちが、僕をこの姿にしたこと。

全部、偶然が積み重なった結果だ。


「ねえ、真太郎」

「どうしたの?」

「私の病状、知っている?」

「・・・少しは」


お姉ちゃんは俯きながら、ゆっくりと、話し始める。


「今日、検査してもらったことは言ったわよね?」

「うん」

「・・・検査の結果、なんだけどね」


・・・嫌な、予感。


「身体の機能が、全体的に衰弱しているって言われたわ」

「・・・え?」


僕らが病室に来てから、ずっと元気だったから、てっきり大丈夫なのかと思っていた。

・・・無理をしていたのか。


「原因は分からないけど、色んな臓器が弱ってきているそうよ。・・・手術しても、全部は治りそうにないって」


・・・そんな。

そんな、ことって。


「・・・あと1年、生きられるかどうか、って」

「1年、か・・・」


早すぎる。

1年という期間もそうだけど、何より──まだお姉ちゃんは19歳だ。


「確かに、20歳になる前に死ぬのは嫌だけど・・・それ以上に、あなたを残して逝くことになるのが、一番の心残りね」

「そんな、すぐに死んじゃうような感じで言わないでよ!」

「・・・分かるのよ」


窓の外を見つめながら、話し続ける。


「自分の死期が、なんとなくだけど分かるの。・・・死ぬ何日か前ってのは、こういう感覚なんだな、って。・・・ごめんね、真太郎」

「・・・お姉ちゃんは、死ぬのが怖くないの?」


優しげな表情で語るお姉ちゃんを見て、そう疑問に思った。


「そんなことないわ。・・・怖いわよ。『死』なんて抽象的すぎて、ちゃんとは理解できていないけど・・・眠りについて、二度と起きれなくなるんだもの。やっぱり怖いわ」

「なら、なんで──」

「でもね、真太郎」


僕の目を見て、語りかける。


「お父さんとお母さんに会えるんだもの、怖いだけじゃないわ」


その表情は、穏やかだった。


◆◆◆


午後4時ごろ、蒲生夫妻が来たので僕らは帰ることにした。

もう少し残っていかないかと言われたが、断った。

三人で話したいことが、たくさんあるだろう。

三人で話さなければいけないことが、たくさんあるだろう。


「なあ、真太郎」


帰りの車で、隣に座っている宗人が、問いかけてきた。


「・・・もし、だけどさ」

「うん」


言おうとしていることは、分かっている。

宗人は、言い出しづらそうだった。


「宗人、大丈夫?」

「ああ、大丈夫だよ姉ちゃん。・・・真太郎」

「・・・うん」


僕の方に顔を向ける。


「もし、元の身体に戻れないとしたら──お前は、どうする?」

「・・・どうする、か」


もし、そうなった時は。


「この姿で、お姉ちゃんの姿で生きていくよ」

「・・・お前はそれで、納得してるのか?」

「うーん・・・」


納得しているか、と言われると、嘘に──いや、嘘にはならないな。

僕はまだ、迷っているんだ。


「納得しているかは、僕自身にも分からない」

「・・・今から俺は、お前が嫌がるかもしれないことを話すが、いいか?」

「うん、いいよ」


訊かれることも、大体分かっている。


「・・・性別適合手術、というのを考えたんだ」


ああ、やっぱり。


「聞いて、くれるか?」

「一応、ね」


せっかく調べてくれたんだ、聞かないわけにはいかない。


「性別適合手術は、20歳以上じゃないと受けられないらしい。だからそれまでは、ホルモン療法──男性ホルモンを注射するようなことしかできないんだが、やってみるか?」

「ホルモン療法は、すぐに受けられるの?」

「いや、なんとかクリニックってとこで2年間経過を観察して、医者の承諾をもらって初めて受けられるらしい」

「宗人、ジェンダークリニックよ」


知らない単語が、次々と入ってくる。


「それって、身長を伸ばすことはできるの?」

「いや、性別適合手術で、身長を伸ばすことはできない。・・・一応『イリザロフ法』っていうものがあったが、数百万はかかるし、何より麻酔でも耐えきれないほどの痛みが続くらしい。おすすめはできないな」


・・・かなり詳しく、説明してくれた。


「ま、俺と姉ちゃんが調べたのは、こんなところかな。・・・どうする、真太郎?」


・・・どうしよう。

確かに、女の姿のまま暮らしていくのは、物凄く大変だ。

男の姿の時にできたことが、できなくなってしまう。


・・・でも。


「少し、考えてもいい?」

「もちろん。これはお前の問題だ、俺らはあまり口を出さないようにするよ」

「ありがとう、宗人」


この身体──お姉ちゃんの身体になったことには、何か意味があるような気がする。

お姉ちゃんと会うためだけじゃない。もっと他に、何か──大事なことが。

だから、あとちょっとだけ悩んでみよう。


◆◆◆


「由美ちゃんが目を覚ましたのね!?」


午後6時、僕の家にて。

晩御飯を食べながら、今日の病院での話をした。


「なら、明日また私たちも病院に行きましょう!」

「そうだな、明日は仕事を休んで、行くことにするか」


・・・え、仕事を休むの?


「別に、そこまでしなくても・・・」

「お前の実の姉が目を覚ましたんだ。仕事を休んででも行く価値があると思うぞ?」

「そ、そう?」

「ああ、そうだ」


お父さんとお母さん、嬉しそう。


ということで、明日また、お父さんとお母さんと一緒にお見舞いに行くことになった。

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