12話 久しぶりの石灘家
佳奈美さんと病院から出てくると、外のベンチで宗人と由梨絵さんが待っていてくれた。
・・・クラスメートの、神林明も一緒に。
「え、ホントに?」
「ああ、本当だ。神林にもお前のことを話した。病気じゃなかったことを担任に話されるのは避けたかったからな。・・・嫌だったか?」
「別に、嫌じゃないけど・・・」
担任に言われるのは、確かに避けるべきことだ。
でも、神林はこのことを信じたのか?
「俺は信じたよ。小林君が嘘を吐いているようには見えなかったし、嘘を吐いている仕草もなかったからね」
「そ、そう・・・」
し、仕草・・・ですか。
「じゃ、俺はこれで失礼するよ。何かあったら、俺にも連絡してくれ。少しくらいなら力になれると思うからね。頑張ってね、石灘君、小林君」
「あ、うん」
「おう、じゃあな!」
病院の外のバス停に向かって、神林は歩いて行った。
「さ、私たちも帰ろうか、宗人、真太郎。・・・佳奈美、ありがとね」
「いいのよ。私のほうこそ、知りたいことが知れたんだし。ねえ、真太郎君」
「はい、なんですか?」
佳奈美さんに呼び止められる。
「由美先輩のお見舞い、また来てくれる?」
「ええ、もちろん」
「ありがとう」
安心したのだろうか。そう言って佳奈美さんは笑顔になった。
初めて佳奈美さんの笑顔を見た気がする。
よほど由美先輩──お姉ちゃんのことを、心配していたようだ。
「それでは、失礼します」
「ええ、気を付けてね」
「はい、佳奈美さんも」
由梨絵さんの運転する、赤いミニバンに乗り込み、病院を後にする。
◆◆◆
僕の家の前で車を止めてもらい、車から降りる。
僕の家から持ってきたカバンや、由梨絵さんにもらった服がつまったスーツケースをトランクから出す。
僕が最初に着ていた服や靴も、持ってきた。・・・必要になるかは、分からないけど。
「色々と、ありがとうございました。洋服代とかはまた宗人の家に行ったときに渡します」
「気にしなくていいのよ。・・・じゃ、頑張ってね」
「はい」
「頑張れよ、真太郎」
「うん!」
赤いミニバンは、小林家に向かって走り出した。
・・・さ、頑張ろう。
「ただいま・・・」
土曜の昼。
今の時間は、お父さんとお母さんは仕事のはずだ。
──はずだった。
どたどたどた、とリビングの方から物音。
そして。
「「おかえり、真太郎!」」
お父さんとお母さんが、出迎えてくれた。
「そう、蒲生由美さん、ね・・・」
「うん。名前は同じだったし、たぶん僕のお姉ちゃんだと思うよ」
家に入り、一通りの荷物の整理をした後、お昼ご飯を食べながら、病院での出来事を話した。
「蒲生さんって、親戚にいたりした?」
「・・・そういった名前の親戚なら、確かにいた。長い間会っていないから、連絡先は分からないが・・・」
「確か、蒲生章介さんと明子さん、よね」
そういえば、病院でその名前を聞いたような。
・・・ああ、佳奈美さんから聞いたんだ。
「由梨絵さんの友達の、佳奈美さんって人と一緒に行ったんだけど・・・『蒲生明子さん』って確かに言っていたよ」
「なら、確定だな」
「ええ、そうね。真太郎、明日は何か予定はある?」
明日の予定。
「特にないから、また病院に行こうと思ってたんだけど・・・」
「ちょうどいいわ。私たちも一緒に行っていいかしら?」
「もちろんだよ」
行けば、何か発見があるかもしれない。
ということで、明日は両親と一緒にお姉ちゃんのお見舞いに行くことになった。
◆◆◆
お昼ご飯を食べた後、午後3時ごろから3時間、僕は自分の部屋で寝ていた。
久しぶりの自分の部屋ということで、どこか安心できたのだろう。
ぐっすりと眠ることができた。
午後7時、晩御飯を食べ終わり、お父さんがお風呂に入っている時。
「ねえ、真太郎」
「何?」
食器を片づけていたお母さんが、僕に問いかけてくる。
「女になってみて、どう?」
「どう、か・・・」
由梨絵さんにも、同じような質問をされたような。
「最初は大変だったけど、今は割と楽しめてるよ」
「本当?」
「うん。自分一人だったら何も分からなかったけど、由梨絵さんが色々と教えてくれたんだ」
本当に、色々なことを教えてもらった。
「女物の下着を買うときとか、生理用品を買うときとか。由梨絵さんのアドバイスがすごくありがたかったんだ」
「お風呂の入り方とかも?」
「うん」
さすがに一緒に入りはしなかったが、3日前──7月の第三水曜日の夜、小林家のお風呂に入る前に、由梨絵さんから身体の洗い方などを教わった。・・・トイレの仕方同様、生々しいことだったが。
「生理は・・・まだ?」
「いや、2日前の早朝──まだ暗いころに、起きたら来てた。それも由梨絵さんに助けてもらったよ」
「あら・・・そうだったの。今度由梨絵ちゃんに何か奢らなくっちゃね♪」
すごく、嬉しそうだ。
「元の姿には戻れそうなの?」
「分からない。お姉ちゃんが目を覚まさないと、なんとも・・・」
「そう・・・ま、なんとかなるわよ!」
・・・やっぱり、お母さんのエールは元気になれる。
◆◆◆
翌日、第三日曜日。
僕とお父さんとお母さんは、お姉ちゃんが入院している病院に来た。
受付を済ませ、エレベーターで3階へ。
『蒲生由美』と書かれた名札を見つけ、そこの病室へ。
ノックを4回すると、中から声がした。
(・・・誰だろう)
聞いたことのない声。佳奈美さんではないようだ。
とはいえ、ここまで来て帰るわけにもいかないので、中に入る。
「失礼します」
「・・・え?」
中にいたのは、たぶん夫婦。
お姉ちゃんの両親だろうか?
「え、由美、え、なん、で・・・」
「落ち着いてください、僕は蒲生由美ではありません」
由美、といったところから考えて、両親というのは正解の様だ。
「僕は、石灘真太郎です。・・・蒲生章介さんと、明子さんですね?」
「あ、ああ。・・・もしかして、由美の弟の──」
「はい。旧姓は『岩柱』──姉の名前は、『由美』です」
「なるほど、君が・・・」
どうやら、信じてもらえたようだ。
「僕は4日前、起きたらこの姿になっていました」
4日前──第三水曜日からの出来事を、簡単に話した。
女になったこと、佳奈美さんの友達の由梨絵さんと、その弟の宗人に助けてもらったこと。買い物などの細かいことは話さなかったが、昨日病院に来たことまでは大体話し終えた。
「・・・大変だったわね」
「まあ、否定はしません」
事実、大変なことばかりだったんだし。
「でも、周りの人が助けてくれました」
「そう。・・・よかった」
明子さんは、胸を撫で下ろした。
「真太郎君、あなたには本当に悪いことをしてしまったわ」
「え?」
「あなたを、由美と離れ離れにしてしまった。無理をしてでも、二人とも引き取るべきだったと、ずっと後悔していたの。由美は小学校に入ってからは言わなくなっちゃったけど、あなたに会いたいとずっと言っていた。・・・真太郎君、ごめんなさい」
そう言って、蒲生夫妻は頭を下げた。
「ちょ、顔を上げてください!」
「でも、私たちは・・・」
「いいんですよ。・・・僕は今、すごく嬉しいんです」
「嬉しい──?」
そう、嬉しいのだ。
「お姉ちゃんも僕と同じで、いいお父さんとお母さんに出会えたんだな、と思うと、嬉しくて・・・だから、気にしていませんよ」
「・・・ありがとう、真太郎君」
章介さんも、明子さんも、本当にいい人だ。
気になっていたこと。
お姉ちゃんが蒲生家に引き取られてからのことを、詳しく訊いた。
「由美は、私たちが引き取って1年間くらいは、あなたに会いたいとずっと言っていたわ」
しかし、無理だと分かったのか、引き取られて1年が過ぎた頃から段々と言わなくなり、小学校に上がる頃には、全く言わなくなっていたらしい。
それが諦めなのか、違う何かなのかは、お姉ちゃんにしか分からないことだが。
「佳奈美さんは、お姉ちゃんのことをすごく慕っていましたよね」
「ええ。由美と佳奈美ちゃんは、すごく仲が良かったの。だから由美が倒れてから、ずっとお見舞いに来てくれているのよ」
どうやら、僕が思っていたよりも、お姉ちゃんと佳奈美さんは親しかったようだ。
そのあとは、僕の両親と蒲生夫妻が少し話をして、帰ることになった。
「真太郎君、また来てくれる?」
「ええ、もちろんです」
「ありがとう。それじゃ、またね」
「はい、失礼します」
僕と両親は、お姉ちゃんの病室を後にした。
◆◆◆
帰りの車で。
「蒲生さん夫婦、いい人たちだったな」
「そうね。真太郎と離れ離れになっちゃったけど、いい家庭に引き取られてよかったわ。・・・由美ちゃんは、幸せだったのかしら」
「たぶん、幸せだったんじゃないの?」
・・・本心からではないが、そう言っておく。
「そうよね、きっと幸せよね」
「うん、そうだよ・・・」
幸せだったかどうかは、お姉ちゃんにしか分からない。
・・・実際、どうだったのだろう。
小学校に上がってからは、弟に、僕に会いたいとは言わなくなった。
でも、佳奈美さんには僕のことを話していた。
──お姉ちゃん。
早く、目を覚ましてよ。




