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ロゼは、闇の中にいた。
自分も認識できないほどの、闇だった。
声を出してみる。何も聞こえなかった。
それ以前に、ロゼ以外に誰も居ないのだから、声を出す必要がないのかもしれない。
歩いてみる。
何か障害物があるのか、歩きにくかった。
ドロッとしたゼリー状の、空気。
これが、障害物の正体……なのかもしれない。
怖くはなかった。
何も思っていなかった。
それが、逆に怖いのかもしれない。
今、自分は何も考えていなかった。
そのとき、幼いときに考え、そして、封鎖した考えが、一気によみがえった。
ロゼは、小さい時から、いつも何かしら考えていた。
あるとき思った。考えないという状態は、どういう事だろう、と。
実際にやってみようとした。が、考えないようにと考えてしまい、考えないということは出来なかった。
その次に、どうして出来ないのか、と考えた。
長い時間考えたあげく、答えが出た。
出たときに、ゾッとした。
なんてことを自分は考えているのだろうか。
その答えとは、考えることは、生きている証拠なのだということ。
眠っているときさえも、夢を見る。
つまり、考えているのだ。
だから、考えないをするには、生きる自体をやめる。つまり、死ぬことだった。
ゾクッとしたと同時に、ロゼはこの疑問に対する考えをやめて、次に考えることを探した。
ロゼは思った。
自分は今死んでいたのだろうか、と。
闇の中で、幼いときの恐ろしい考えがよみがえり、ロゼは、急に怖くなった。
そのとき。
「…………」
何かが聞こえた。
小さすぎてよく聞こえなかったが、確かに、何かが聞こえた。
「…………」ほら、また。
ロゼは、自分以外に、誰かがいると安心した。
そして、恐らく音の主がいるだろう方向へ、重い空気の中を進んだ。
「…………チリカ」
「え?」ロゼは、思わず聞き返した。と同時に、さっきまで、聞こえなかった自分の声が聞こえることに気がついた。
「……チリカを探して」
「チリカ?……何、それ」ロゼはつぶやく。聞きなれている自分の声に多少の安心感が得られた。
「チリカを探して。チリカを探して」声は、だんだんと大きくなっているような気がした。
「…………」ロゼの安心は、吹き飛ばされそうだった。
ずっと、声のするほうへ歩き続けているのに、なかなか着かない。
それなのに、声はどんどん大きくなる。不安も大きくなる。そして、反比例のように安心が小さくなる。
「チリカを探して。チリカを探して。チリカを探して。チリカを探して。チリカを探して。チリカを探して。チリカを探して。チリカを探して。チリカを探して。チリカを探して。チリカを探して。チリカを探して。チリカを探して。チリカを探して。チリカを探して!」
ロゼは耳をふさいだ。
安心はもう、台風が過ぎ去り、雨雲が無くなるように、きれいサッパリと、無くなっていた。安心が零になったら、さっきの反比例と同じく、不安がロゼをおおいつくす。
耳をふさいでも、効果はなかった。
頭全体が、耳にでもなったかのように、その声を、受け止めていた。
「チリカを探して。チリカを探して。チリカを探して。チリカを探して。チリカを探して。チリカを探して。チリカを探して。チリカを探して。チリカを探して。チリカを探して。チリカを探して。チリカを探して。チリカを探して。チリカを探して。チリカを探して。チリカを探して。チリカを探して。チリカを探して。チリカを探して。チリカを探して。チリカを探して!」
「もう、やめて!」
急に静かになった。
ロゼは、気を失うように……眠りから覚めた。