1;06
6
先ほど、カッコ付けで説明したが、マクニとは、魔法使用許可区域のことである。だが、使用許可と言っているが、マクニから離れて、リンやクウクなどのほかの区域に言った場合でも、魔法は使え、規則を破るなどということはない。ただ、リンなどの、ほかの区域から生まれた人は、魔法が使えないだけである。
リンの住民は、魔法の代わりに、特別な力が備わっているのだが……。それはのちのち、明らかになるだろう。
「遅かったのう」
ライは、木製のドアを叩こうとした。が、シャルントに先を越された。目の前のドアが開いたのである。ライは、ドアの端にスッとよけた。すると、シャルントが、ゆっくりとした歩きで出てきた。
シャルント──タノル・シャルントは、リンの森の番人である。と言っても、リン全体が森なので、区長の役割もしている人物である。
小柄に白いひげ、いつもかぶっている、真っ赤な三角帽は、『白雪姫』の七人の小人を連想させる。
「いつもながら、絶好調ですね。『先読み』は」ライが、ニカッと笑いながら言った。
「『先読み』……」ロゼは、リンの土地を始めてふんだが、『先読み』のことは知っていた。
リンは全体が森なので、天気に影響されやすい。──台風が来れば木々は倒れ、雨が降らねば木々は枯れる──そのことを事前に知るために、先を読む力──『先読み』が、リンの住人に備わったという説がある。
魔法でも、先を読むことはできるが、『先読み』は、それをはるかに上回る力があった。
「お主たちの、言いたいことは良くわかっとるが、今は、そんなことに付き合ってられんのじゃ。あと一ヵ月後に、大きなあらしがくるでの。その対策を立てなくてはならん」
「ああ、そうですか……。それじゃあ、失礼します」
ライは、軽く頭を下げると、その場から立ち去ろうとした。
「待て、役に立つかどうか分からんが、こやつを連れて行け」
出てきたのは、十歳くらいの男の子。短髪に鋭い目。耳には、緑色に光るイヤリングをしていた。
「わしの孫じゃ。五年なら貸してやってもええ」シャルントはそういうと、急ぎ足で森の奥へと去っていった。
「……五年?」五年とはどういうことなのだろう。ロゼは少し不安になった。
「君、名前は?」ライが、微笑みながら聞く。いつも笑っている人だなとロゼは思った。
「……シャルゴ」ロゼは想像していたよりも、高い声だったのでびっくりした。
「僕はライ。こっちはロゼ。よろしくね」
「……うん」
シャルゴは、コクリと音がしそうな動きでうなずいた。
「すごいですよね、リンの人たちは。うらやましいですよね。未来が見えるなんて」
ロゼは、クウク (飛行研究区域)に行く、道を歩きながら、何度もそう言っていた。
「うん、でも、そうでもないらしいね。さっき、シャルントじいさんも言っていたけど、 『先読み』は、最大五年までらしいからね」
「ああ、そうなんですか」
ロゼは、先ほどのシャルントの最後の言葉が、ずっと引っかかっていた。自分の悪夢の根源を見つけるまでに五年もかかるのかと、心配になったが、シャルントの言葉は、孫を心配してのことだったのだ。自分が見える五年間は、孫に何にも危険が及ばないから、役に立つから連れて行けということだったのだ。
「あと、五年以内だったら、自分の死も見えるようだからね。先が見えるというのは、あんまり良いことじゃない」ライは、微かに顔を暗くしながら言った。
「ああ……」
ロゼは、深く息を吸った。
リンの人が、課される運命。──自分の死が見える。すごく辛いことなのだろう。見えた後の五年間、どう過ごすのだろう。
ロゼは、考えただけで、胸がはち切れそうになった。
「……あのさ」シャルゴが、突然口を開いた。
「オレ、なんで君たちについていっているのか、分かんないんだけど。じいちゃんみたいに『先読み』が強くないからさ、ちゃんと説明してくれなきゃわかんないよ」
「ああ、そうだよ。僕も、カーニャにロゼが、説明しているときに、ちょっと上の空だったからさ。あんまり覚えていないんだよね。…………あれ?何で泣いてんのさ、ロゼ」
「え?」
ロゼは、知らない間に、大粒の涙をこぼしていた。




