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 「チリカ?うん、知ってるよ。海に住む神のことでしょ」

 まさか、こんなにも早く、チリカのことが分かるとは、思いもしなかった。

 ロゼは、決して比喩ではなく、開いた口がふさがらなかった。

 隣を見ると、ライも、同じ状況にあった。


 クウク (飛行研究区域) は、その名の通り、『飛び』を得意とする、背中に蝶のような羽の生えた住民が、あちらこちらに見える区域だった。

 ロゼとライは、きれいな濃い青色の羽を持つ住人を捕まえて、さっそく聞いてみたら、この通り、口がふさがらなくなってしまったのだ。

 濃い青色の羽を持つ少女は、キリアといった。ロゼとライより、少し年上のようだった。

 「でも、それって、おとぎ話の中で登場する神でしょ。実際にいるわけないじゃない」

 「お、おとぎ話ですか……」ロゼはそうつぶやくと、開いていた口を閉じた。

 「そのおとぎ話、聞かせてもらえますか?」ライは、微笑みながら言った。

 「別にいいけど…………よく覚えてないなぁ」キリアは、羽と同じ色のショートカットの髪をかきむしりながら言った。

 「家になら、その絵本があるかも。来る?」

 「はい」

 ロゼとライは、同時に答えていた。


 「何にもないですね……」

 ロゼは、キリアの家に行く途中、周りを見渡しながら言った。

 クウクの土地を取り囲むようにして大きな家が十二軒あり、クウクの中心に大きな木が三本、トライアングルのようにあるだけで、ほかには何もない、平地が広がっているのみだった。

 「当たり前、私たちは空を飛ぶんだから、何もないほうが、着陸のときに便利でしょ」

 「でも、あの三本の木はなんですか?マクニでは見たことのない木だよね、ロゼ」

 「はい……、リンでも見かけませんでしたけど」

 「そりゃそうさ、あの木は、クウクでしか育たない木だからね。上に向かって風を起こすのさ」

 「風……?」

 キリアはうなずくと、木のてっぺんを指差した。

 「あの辺から、風が出る。小さい子なんかは、まだ風に乗って空を飛ぶことは出来ないから、あの木で練習するのさ。風がまったくないって日には、大人だって使うときもある」

 「へぇー、そうなんだ」

 しばらく、歩くとキリアの家に着いた。

 「ここは、わたしの家族の家だけじゃない。ほかの家族も一緒に住んでいる。ほかの十一の家も全部一緒だよ」

 「マクニと全然違うなぁ」

 キリアは、二階の(この家は五階建て)部屋に着くと、ブツブツと独り言を言いながら、絵本を探し始めた。

 その部屋は、書斎らしく、二メートルぐらいの天井までの高さの本棚が壁一面に広がっていた。

 古本の香りがする。ロゼは、この香りが好きだった。

 「僕、この臭いはなかなか好きになれないな」ライが顔をしかめている。

 人の好みはこうも違うものかと、ロゼは感心していた。

 「うーん、ないなぁ」キリアは、羽をせわしなく動かしながら、本棚を行ったりきたりしている。

 「あの、題名って分かりますか?私たちも探します」

 ロゼは、そういうと、『呪文の声』──地獄のそこから聞こえてくるような声──で自分自身に術をかけると、透明な階段を上るかのように、一歩一歩、空中にいるキリアに近づいていった。

 「『海の中の住人たち』だったと思う」キリアはロゼが近づいてくると言った。

 「魔法で探せばいいんじゃないの?」

 ライは、音もなくキリアとロゼに近づくと、また、あの美しい『呪文の声』を発した。

 すると、下のほうにある一冊の本が、スゥーっと音もなく浮かび上がり、ライの手に収まった。

 その本は、確かに『海の中の住人たち』であり、表紙には、カールしたブロンド色の長髪の女性が美しく描かれていた。

 「この人が、チリカ…………?」



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