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短編集

幸せな死に方

作者: 影都 千虎

「なあ、一番幸せな死に方って何だと思うよ」


 いつの間にか俺の隣にいた男はなんの脈絡もなくそう言った。

「知らねえよ」そう言いながら俺は中断していた作業を再開した。この作業には俺の人生の全てがかかっているのだ。知らない男の意味の分からない質問に付き合っている場合ではないのだ。

「素っ気ないなあ。そんなにその男を呪うのが大事かね。陰湿だなあ」

「ま、陰湿だから悪霊になったんだろうけどな」と男は笑った。これにはさすがの俺も黙っていられない。作業を中断し反論を試みた。

「お前には分からないだろうけどな、この男には俺の人生を滅茶苦茶にしたっつー重罪があるんだよ。陰湿じゃなくともこの男を呪い殺さなきゃいけなくなるようなことを俺はされてんの」

 だから俺は悪くない。俺は陰湿じゃない。こいつがすべて悪い。自分に暗示をかけるように俺は言う。

 そんな俺の反論にニヤリと笑うと、男はバカにしたように云うのだった。

「お前の人生なんざぜーんぶ知ってるよ。だから陰湿だって言ってるのさ」

 おいおいストーカーかよ勘弁してくれ。ストーカーだけならこの男だけで充分だ。と、俺はうんざりしたような気分になる。それから男の外見から伝わる痛々しさに嫌悪感を覚えた。

 男は金髪で、恐らくサラサラであろう少し長めのその髪を後ろで一つ縛りにしている。両耳にはピアスをしており、どちらもスカルだ。更に左腕にはボロボロの包帯を巻いており、両手には真っ黒なネイルが施されている。

 つまり一言で言うと、中学二年生の男が抱く『本当の俺』という妄想を具現化した感じだ。二十歳くらいに見えるのだが、未だにこじらせたものが治っていないのだろうか。いやいや、それにしたって限度がある。

「お前さあ、今俺の姿に痛々しいとかそういう感想抱いただろ」

 目を細めて男は言った。それに対し、俺は反射的に答えてしまう。

「エスパーかよ」

「それぐらいわかるさ。だって俺でもそう思うんだから。……ったく、なんだよ『そういう格好の死神がいてもいいと思う』って。漫画と妄想だけにしとけっつーの……おっと、悪い悪い」

 男はすぐにボロボロと零れ始めていた愚痴を止め俺と向き合った。そういうところに気付く事が出来るという点に好感が持てたのだが、そんなことよりも聞き捨てならない単語が俺の頭のなかを支配した。

「し、死神?」

「そ、死神」

 自称死神はあっさりと肯定する。中学二年生的な設定はまだあったのか、と突っ込む気力をもう俺は持っていなかった。

 俺が黙っていることをどうとらえたのか分からないが、自称死神は更に続ける。

「魂を迎えに来たんだよ」

 ピッと此方を指差して自称死神は言う。恐らくこの男のことだろう。とても怠そうだ。あまり乗り気ではないらしい。

 でもまあ、俺と同じように浮いていることだし、少しは信じてやってもいいかなと思った。



「それで、一番幸せな死に方って何だと思うよ」

 少し会話をしてから、話題は一番最初に戻った。

 その質問に俺はやっぱり「知らねえよ」と答える。ただ、何も考えてやらないのは悪いと思ったため、「少なくとも呪い殺されるのは違うと思う」と付け加えておいた。

「そりゃそうだ。そんなんホラー映画でお腹一杯だ」と自称死神は笑う。俺は笑えなかった。

「俺が思うに」自称死神は笑い終わると言った。「娘、息子家族と孫に囲まれて酒を飲みながら死んだら幸せじゃないかと」

「じいさんかよ」

 確かに幸せそうだけれど。そんな死に方が出来る人間が本当にいるのかどうか疑わしいくらいに幸せそうだけれど。

「じゃあそうだな、少年漫画みたいに誰かを庇って死ぬのはどうだ」

「憧れるだけで実際あったら無念だと思うぞ」

 それに現実じゃ庇って死んでもいいと思えるほどの人間に巡り会えないだろうと思う。いじめすら助けてくれない世の中だ。『死』が関わったら尚更である。

「いいね、お前突っ込みが的確で面白い」

 そんな俺の指摘に、自称死神は満足そうに笑った。褒められているのかよく分からない。

 俺がなにも返さなかったからだろう。今度は沈黙が流れた。自称死神も黙っている。俺はこれをチャンスだと思い、ずっと思っていたことを訊くことにした。

「で、お前は幸せな死に方を訊いてどうしたいわけ」

 かれこれ三十分自称死神とは雑談をしているわけだが、こいつが何を言いたいのか、何をしたいのかがさっぱり分からない。

 そんな俺の質問に、自称死神は「ああ、やっと訊いてくれた」と背伸びをした。どうやらずっと待っていたらしい。訊いてほしかったのかよ。

「死ぬってさ、別れることだと思うだろ?」

 姿勢を正すと自称死神はそう言った。俺は「まあ」と答える。死んだらもう会えないわけだし。

「俺みたいに死神をやってると分かるんだけどよ、死ぬって逆に出会いだと思うんだよ」

「はあ」

 なかなかロマンチックなことで。と思ったが口にはしない。俺は自称死神の言葉の続きを待つ。

「今に分かる。死ぬとさ、大勢の知らない人間と会うことになるんだよ。お前は悪霊としてここにとどまっていたから知らないんだろうけどな。まあ、見ててみ」

 自称死神がそう言い終わったのとほぼ同時だった。物凄い音をたてて、俺が呪い殺そうとしていた男の車が、横から来た大型バスに突っ込まれた。次に男の車に突っ込んだ大型バスに大型トラックが突っ込み横転した。最後に、トラックの運転手が慌ててトラックから飛び出したところを一台の普通車が猛スピードで走り抜け、トラックの運転手を跳ねた。

 突然すぎるあまりに大きな事故に、俺は思わず言葉を失う。対照的に、自称死神はくつくつと楽しそうに笑っていた。

「まず今の事故で死んだ人間は、同じく今の事故で死んだ人間と会う。次に俺みたいな死神に出会う。それから、死後の世界でもいろいろな奴に会うんだ。な? 死ぬって出会いだろ?」

「……そうだな」

 自称死神がそう言っている間にも、事故で死んだ奴等が顔をあわせていた。もう認めるしかない。死とは出会いだ。

「だから俺は思うんだよ。死ぬ間際は『サヨウナラ』って言う代わりに『ハジメマシテ』って言うべきだよなって」

 それは呪い殺そうとしていた男に対し、『じゃあな』と言おうとしていた俺に向けて言っているのだろう。ニヤニヤと笑っている目が全てを物語っている。五月蝿い、格好つけたっていいじゃないか。

「じゃあなんで幸せなんて持ってきたんだよ」

 遠回りにも程があるだろと、ニヤニヤしている自称死神に俺は言った。遠回りというか、回りくどい。格好つけたい俺を赤面させるためにどれだけ時間をかけるつもりだ。

「いやあ、それはな」笑みを消して自称死神は真顔になった。「どうやったら今事故で死んだこいつらは幸せに死ねたんだろうなって思ってさ」

「知らねえよ」

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