憧れと軽蔑
次の日、病院で白川と川内は女医と一緒に富野の脳のCT画像を見ていた。
「なんだこれ?」
白川が驚きの声を上げる。
富野のCTの脳の画像には、ところどころ小さい穴が開いていた。
「クロイツフェルト・ヤコブ病ですね。」
女医はそう答えた。川内はCTの画像を見ながら腕を組んだまま、富野との事を思い出していた。
川内は伊賀で生まれた。江戸時代は忍術として狼男の技があった。時に犬のふりをして諜報活動をし、時には狼として仇なす者の喉笛を噛みきって殺した。
しかし、伊賀の狼男には掟があった。それは『人食』をしないこと。江戸幕府が大政奉還し、忍者達の役目が終わっても、狼男の掟は連綿と受け継がれた。現代に生きる川内も例外ではなかった。
ただ、川内は性同一性障害を持って生まれ、昔から女の子のような仕草や遊びをしていた。年頃になっても川内の癖は治らず、両親はSPDOへ検査へ行かせた。
SPDOの医師は、狼男でも最近は性同一性障害は珍しくない、ただ、適応手術がSPDOでないと難しいと言った。
両親は立派な狼男になって欲しいと、無理やりツテを使って川内を傭兵部隊に入隊させた。
その部隊は全員動物に変身できる者達ばかりで、他の部隊からは『ZOO(動物園)』と呼ばれていた。そこで、ゴリラに変身するアントニーナと、吸血鬼の狼女の富野と出会った。
富野は女ながらにして隊長を務めていた。
富野は川内をひと目みるなり、
「そのナヨナヨした根性叩き直してやる。」
と宣言し、川内を厳しく鍛え上げた。川内は最初は富野を怖がっていたが、実践で敵を倒して行く様を見て、女性として憧れを抱いた。
ある日、富野が珍しく雑談をした。
「川内、あんたどうしても女になるつもりだろ?」
そう言われて川内は動揺した。
「あんたが何になろうが関係ないけど、ナヨナヨしてるのが女じゃない。女になりたかったら、強くなりなさい。」
富野はそう言って川内の胸板を叩いた。この言葉に感銘を受け、川内はより一層トレーニングに励み、戦って強い心を得た。
それからというもの、富野と川内はバディを組んで一緒に戦った。
そんなある日の事。夜間の戦闘中に川内は富野とはぐれてしまった。富野の匂いを頼りにたどり着くと、そこには敵兵の血をむさぼる富野の姿があった。
「ちょうどお腹が空いてたところなのよ。」
富野にしては珍しく恍惚としたしゃべり方だった。そしてなにより、『人食』をしている富野に嫌悪感を感じた。
「ねぇ、私達吸血鬼は人より上の存在だと思わない?だって私達に食べられる餌なんだもの。」
血に酔いしれた富野はえらく饒舌だった。しかし、川内はその言葉に今までの憧れを砕かれた上に、嫌悪すらしていた。
その後、川内は何も告げず部隊を抜け、SPDOで適応手術を受け、今のロストナンバーズに入隊した。
「思いあがりなのよ。」
脳にポツポツと開いた小さな穴を見ながら川内はつぶやいた。
「クロイツフェルト・ヤコブ病は、一節には『人食』をすると発症すると言われてるわ。何が『人間よりも上の存在』よ。私達は人間の突然変異なだけなのに。」
おそらく川内の育った伊賀では、『人食は頭がおかしくなる』ということを知って、禁忌としていたのだろう。
「ところで、富野はどうするの?」
ふと白川に川内が言葉を投げかける。
「病気じゃ、隊を抜けてもらわないと・・・」
その時、白川のスマートフォンが鳴った。