第三章 三年前・JR上野駅・秋
「あー、これでやっと自由の身になれるわ。」文江は、母親の留守に、有り金を全部持ち出して、家出をするように東京に出てきた。
林立するビル・隙間もないくらいに往来する人また人。
そんな都会に、文江は自分らしく生きるために一縷の望みを託して、一歩を踏み出した。「とりあえず、住むところをみつけなきゃ。」文江は、駅前にあった不動産屋さんで物件を当たった。
「わっ、高っ。」文江が持ち出した金では半年も持たないほどの部屋代に文江はあらためて現実の厳しさを思い知らされた。
「こりゃ、あの手で稼がないとやってけないな。」文江は、新宿行きの電車に乗った。
仕事はすぐに見つかった。
派手な化粧をして歌舞伎町をうろついていたら、むこうから声をかけてくる。最初のうちは順調だった。
「おいっ。」今日も数人の客をとって帰ろうとしていた文江は、不意に声をかけられた。
「お前、あまり見かけない顔だが、どこのグループの者だ?」
「私は、フリーよ。」
「困るなー。挨拶もなしに勝手に他人の商売のじゃまされちゃあ。」
「私は、慣れてるから、一人で十分よ。」どこからともなく、その筋風の男たちが数名集まってきた。
「俺たちが、保護してやるからよー、とりあえず今日の上がりを遣しな。」最初の男がにじり寄ってきた。
「いらないって言ってるでしょ!」
「生言うと、ここいら辺では商売できないようにしてやるぜ。」文江は数人の男に取り囲まれた。
「何よ、あんたたち。」文江は強がって見せた。
「おとなしく出しな!」男が文江のバッグをひったくろうとした。文江はその手をかわし男の横っ腹を蹴った。
「この あまっ」周りの男たちが文江の後ろに回って、羽交い絞めにした。バッグは簡単に引っぺがされた。
「ちょっと痛い目にあわせてやれ。」ブラウスを剥ぎ取られ、スカートを引き下ろされた。
「傷はつけるなよ。商売道具に。」
「わかってますよ。」
男の一人が文江のショーツを引きおろすと、陰毛の一本をつかみ、ゆっくりと引っ張った。文江が大声を上げようとすると、後ろの男から猿轡をかまされた。
「お前、文江か?」男のうちの一人が文江をしたからねめつける様な視線で言った。恐怖に駆られていた文江は、男をまじまじと眺めてから、おずおずと頷いた。男はリーダー格の男に何か耳打ちした。
「なんだ、ドンのタメかよ。」リーダーっぽい男がはき捨てるように言った。
「兄貴、今日のところは、俺に任せてくんねいか。」男たちは、黙って散っていった。
「はあぁ、女って化粧すればかわるもんだなぁ。」剥がされた衣装を着せてやりながら男が言った。
「小西ぃ。あんたも、よくそこまで落ちぶれたわね。」東京でのすさんだ一人暮らしを続けていた文江には、こんな知り合いでも妙になつかしかった。
「助けてもらったのに、おれいの一言もないのかよぉ。」
「まあ、とりあえずありがとさん。ところで、あんた、何やってんの?」
「ご覧の通りさ。お前も相変わらずか?」
「せっかくこっちにも慣れてきたのにさ。何よあいつら。」
「あいつらは、まだましな方だぜ。一応女は大事にしてくれる。上納金さえ払っていればな。もっとたちの悪いのになると、上がりの悪くなった女はシャブ漬けにして、海外に売り飛ばす。悪いことは言わないから、この辺では商売はやらないこった。俺みたいになっちまわないうちに、まともな仕事みつけて地道に働いたほうがいいぜ。」
小西の助言に従ったわけでもないが、文江は歌舞伎町からは手を引くことにした。
その後は、ファーストフードやコンビニのバイトで何とか食いつないではきたが、せっかく東京にいるのに、コンサートにも行けない。流行の洋服も買えない。いい加減嫌気がさしているところだった。
(あいつに出会わなかったら、とっくに田舎に帰っていたかもね)
文江は、めったに来ることのない六本木の高級ブティックに入った。「いらっしゃいませ。」入っては見たものの、ただちに擦り寄ってくる店員には閉口した。何着かのコートを物色してみたが、昔の癖でまず値札に目の行く自分が恥ずかしかった。
(へえ~、こんなもん着てる人がいるんだ!)
普段買っている服と二桁くらいちがう値段のコートに触れながら、文江は努めて平静を装っていた。
(これくらいのもの。今ならいくらでも買えるんだけど、あいつが許さんだろうなー)