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レイニーデイ

 真っ赤な空の端に翳りが見え始め、僕は再認識させられた。

 僕の不幸体質は今も健在だと。



 小学校に入学する前日、僕は骨折をして、五月に一人きりの入学式を行った。

 中学校での入学式の最中、急な腹痛で救急車を呼ばれた。ただの食中毒で済んだのは良かったが、結構な騒ぎになってしまった。おかげで入学後の皆の視線に、哀れみが込められていた気がする。

 しかし高校に入学してからは、僕に不幸は訪れなかった。その代わり、親族が三人も立て続けに病に倒れた。

 今のはほんの一部で、小さな不幸には連日襲われている。

 要するに、僕は超がつくほどの不幸体質なのだ。

 しかし僕はあろうことに「幸助」という名前だ。

 名前に込められた意味は、”幸せになってその幸せで他人を助けてほしい”というものだ。

 幸せになるどころか、他人までも不幸にしてしまう僕は……。

 そんな僕に最近、幸せが訪れた。

 なんとなんとなんと、……彼女ができたのだ!

 しかもそれは、高校入学時に一目惚れをした相手だった。

 僕はもともと、一目惚れの相手――菜々ちゃんに、告白する気なんて毛頭なかった。告白したところで、不幸体質な僕が、いい返事をもらえる訳がないからだ。

 しかし、不幸なことに、悪友の太一も菜々ちゃんに一目惚れしたのだ。

 なぜ不幸かって?

 菜々ちゃんが奪われるのが嫌というわけではない。むしろ菜々ちゃんには幸せになって欲しいくらいだ。悪いのは太一――もとい、エロメガネだ。

 奴は一人暮らしという、男子にとって楽園のような境遇にいる。そのため、エロ本をベッドの下に隠すことなく、堂々と家に置いている。……その数八〇〇(推定)。

 菜々ちゃんがそんな奴の毒牙にかかったら……と、想像するだけで鼻血が滝のように流れ……、じゃなくて、悪寒がする。

 僕は菜々ちゃんを、そんな毒牙から救うべく、告白したのだ。

 すると意外なことにあっさりとOKをもらえた。

 きっと神様も、ようやく名前の意味を理解してくれたのだろう。



 そして今日は、記念すべき初デートの日である。

 駅前に待ち合わせをして、映画を見て、買い物をした。

 こんなの普通の人にとっては当たり前かもしれないが、僕にとってはこの上ない幸せだ。

 しかし、やはり僕には不幸という言葉がお似合いらしい。

 帰路につこうとしたとき、雨が降り出したのだ。

 そして今、雨宿りを始めて、十分が経っていた。空と同調せんとばかりに、僕の心は曇っていた。



 僕はさすがにこの状況に耐えかねて、口を開いた。

「やっぱり菜々ちゃんだけ傘を使えばいいよ。僕は濡れても平気だから」

 実は、こんなこともあろうかと、僕は折りたたみ傘を持ってきていた。

 だが生憎、その傘は、一人がギリギリ入ることができるサイズだ。

「だ、か、ら何度言わせるの。それじゃ不公平だよ。もっと他の方法とか……あるでしょ」

 菜々ちゃんが少し頬を赤らめた。

 い、いや……まさかとは思うけど……違うよね?

 僕はおずおずと口を開いた。

「ほ、他の方法って、例えば?」

「たたた、例えば、ええーっと……、あああ、あいあい傘とか?」

 菜々ちゃんの顔は真っ赤で、声がうわ擦っている。

「い、いや……、この傘は小さすぎて二人も入れないけど」

 さすがに初デートからそんな体験は恥ずかしすぎるので、ぼくは止めようとしたが、

「べ、別にこうすればいいでしょ」

 そう言っておもむろに僕の手から傘を奪い取り、体を寄せてきた。

 右肩越しに菜々ちゃんの温もりを感じることができる。

 僕の高まる鼓動が、菜々ちゃんに伝わっていないか心配だ。

「行くわよ」

 僕と菜々ちゃんは、寄り添いながら歩いていった。

 うつむき加減に歩く菜々ちゃんを、彼女に悟られないよう、僕はまじまじと見つめた。濡れても尚、艶を誇る黒髪。キリリとした目は、どこか寂しそうに空中をさまよっている。それにすっと伸びた鼻筋。

 ……やはり、いつ見ても菜々ちゃんはかわいい。

「幸助くん、どうかしたの?」

僕の視線に気付いたのか、恥ずかしそうに声をかけてきた。

「……ううん、何でもないよ」

 自分でもわかるくらい、声が弾んでいた。

 ここで、ふと気が付いた。


 自分が幸せを手に出来たことに。


 こんな幸せは初めてだ。

 今日の雨は人生史上最高の雨――

『ビチャッ』

「「あ……」」

 ――……。うん、幸せの代償が水たまりを踏んだくらいならやすいもの――

『ビシャャー!』

「きゃー!」

 ――…………、車に水をはねられるなんて、よくあることだ。それに、菜々ちゃんに水がかかってないんだからむしろ嬉しいくらいだ。だいたい、このくら――

「ハックション!」

 ――いの不幸なん――

「ハァックション!」

 ――て、いつものこと……だ。

「だだだ、大丈夫!?」

 ……はあ。

 僕の目からも雨が降ってきた。


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