表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

婚約破棄されたショックで心拍数が爆上がりした結果、王宮を半壊させた心はガラス細工の令嬢

作者: 羽哉えいり
掲載日:2026/02/10

「バルキュリア・ド・ラ・ロシュフォール! 貴様との婚約を破棄し、真実の愛に目覚めた私は、このユナと添い遂げることに決めた!」


 眩いばかりのシャンデリアが輝く夜会会場。

 その中央で第一王子アドリアン様は、私の鼻先に指を突きつけてそう叫ばれました。

 その隣には彼に守られるようにして震えている男爵令嬢ユナ様の姿。

 周囲の貴族たちは息を呑み、非難と好奇の目が一斉に私に突き刺さります。


(……え?)


 あまりの衝撃に、私の頭は真っ白になりました。

 幼い頃からアドリアン様のために淑女教育に励み、彼にふさわしい王妃になろうと努力してきた日々が、走馬灯のように駆け巡ります。

 悲しみ、絶望、そして、裏切られたという圧倒的なショック。

 私の繊細な心臓が、ドクン、と大きく脈打ちました。


 ――ドォォォォン!!


「ひっ!?」


 悲鳴を上げたのはアドリアン様でした。

 次の瞬間、会場に異変が起こります。


 パリン! パリン! パリンパリンパリン!!


「な、何事だ!?」

「グラスが! グラスが全部割れたぞ!?」


 アドリアン様が手にしていた最高級クリスタルのフルートグラスを筆頭に、会場内のすべての貴族が持っていたグラスが一斉に粉々に砕け散ったのです。

 私から放たれた目に見えない超低周波の振動が会場全体を駆け抜け、すべての硝子製品と共鳴した結果でした。


(ああ……、私の心が砕け散る音が、世界に響いているわ……)


 私は砕け散った硝子の破片を浴びながら、絶望に身を震わせました。


「バルキュリア、貴様、今のは何だ!? 魔術か!? 暗殺の合図か!?」


 アドリアン様が震える声で私を指差します。

 そんなわけありません。私は今、失恋のあまり立ち上がることさえままならない、ただの儚い乙女なのですから。


「……ア、アドリアン様……、ひどい……、ひどすぎますわ……」


 私は悲しみに耐えかね、崩れ落ちるようにその場に膝をつこうとしました。


 ――ズガァァァァァン!!


「ぎゃあああああああ!?」


 私が膝をついた瞬間、夜会会場の最高級大理石の床が、爆撃を受けたかのようにクレーター状に陥没しました。

 爆風に煽られ、近くにいた衛兵たちが数メートル吹き飛ばされます。


(私……、ショックで膝の力も入らないの……。地面に吸い込まれてしまいそうなほど、心細いわ……)


 私は砂煙の中で、己の可憐さに涙しました。


(ああ、どうして……。私、あんなに毎日お茶の淹れ方を練習したのに。アドリアン様の好きな刺繍もマスターしたのに……)


 涙で視界が歪みます。

 私はショックのあまり、顔を覆おうと両手を頬に当てました


 ――メキィ、ベキョォォォ!!


「ヒッ、イィィィ!? 顔の、顔の骨の音がしたぞ今!?」


 アドリアン様が腰を抜かして後ずさりましたが、それは誤解です。

 単に私の華奢な指先が頬に触れた際、あまりの絶望に指に少し力が入ってしまい、私の強靭な骨格が自身の握力に耐えかねて悲鳴を上げただけなのです。


(私……、自分を支えることさえできない。あまりに……、あまりに心が重すぎるの……)


 よろよろと立ち上がろうとした私は、近くにあった飾り柱にそっと手を添えました。


 ――ドグォォォォン!!


 一突きでした。

 最高級の石材で作られた円柱は、私の指が触れた瞬間に中間から粉砕され、天井から巨大な破片が降り注ぎます。


「バルキュリア! 貴様、暴動でも起こすつもりか!?」

「違いますわ、アドリアン様! 私はただ、あまりの悲しさに……、胸が張り裂けそうで……!」


 思い返せば幼い頃からそうでした。

 初めてアドリアン様にお会いした時、あまりの緊張に彼の差し出した手を握り返したら、そのまま彼を三回転半させて池まで投げ飛ばしてしまったあの日。

 父様は真っ青な顔で「バルキュリア……、お前の愛は重すぎる……」と震えていました。

 当時の私は、それを「一目惚れの衝撃」だと思っていたのです。


「……ううっ、ひどいですわ……。ユナ様のような可憐な方がいいなんて……。私だって、本当は風が吹けば飛んでしまうような、タンポポの綿毛のような女の子なのに……!」


 悲しみが極まり、私は堪えきれずに涙を流しました。


 ――シュゴォォォォ!! ポスポスポスポスッ!!


「うわあああ! 床に穴が! 床に弾痕ができている!!」


 私の目から溢れた涙の一粒一粒が、マッハの速度で床へと射出されます。

 超重量の涙は一滴一滴が徹甲弾と化し、会場の床を貫通して下の階の倉庫まで突き抜けていきました。


(私……、涙が止まらないの。止まらない涙が、私の魂を削り取っていくようだわ……)


「基礎工事が削り取られている!! 逃げろ、みんな逃げろ! このままだと王宮が自重で崩壊するぞ!!」


 アドリアン様の絶叫が響き渡ります。

 ですが、私は彼を逃がしません。

 だって、こんなに悲しい時に愛する人にそばにいてほしいと思うのは、女の子として当然の権利ですもの。


「待ってください、アドリアン様! 行かないで!」


 私は逃げようとするアドリアン様の背中に向かって、必死に手を伸ばしました。

 これまで私の実家であるロシュフォール公爵家は、必死に私の「個性」を隠してきました。

 私が壁を壊せば「昨晩は雷がひどかったですな」と言い張り、私が馬車を素手で止めてしまえば「この馬車はブレーキの性能が良すぎるのだ」と父様は冷や汗を流しながら言い訳を重ねてきたのです。

 すべては、私を淑やかな令嬢として王家に嫁がせるため。

 その努力が実り、アドリアン様は今日この時まで私のことを「少し力むと周囲の物が壊れる、運の悪い可憐な少女」だと信じ込んでいたはずです。

 しかし、今の私は理性を失っています。


「行かないでとおっしゃっているのですわ!」


 ――バズゥゥゥゥン!!


 空を切った私の手。ただの空振りの、その風圧(衝撃波)だけで、アドリアン様の進路にあった巨大な両開き扉が枠ごと吹き飛びました。

 「ひぎゃああああ!?」と情けない声を上げて、アドリアン様が尻餅をつきます。


「……バルキュリア、お前……。今までのは、全部『運が悪かった』だけじゃなかったのか……?」

「何をおっしゃるのですか! 私のこの細い腕で何ができるというのです!」


 私は自分の潔白を証明しようと、近くにあった鉄製の甲冑飾りの肩を「そっと」掴みました。


 ――グシャァァ、メキメキィッ!


 私の指が触れた瞬間、重厚な鉄の甲冑はまるで使い古されたアルミ缶のように無残にひしゃげ、一つの鉄球へと凝縮されました。


「見てください、アドリアン様。悲しみのあまり、私の手元がこんなに狂って……。ああっ、お労しいバルキュリア! 自分で自分が怖いわ!」

「俺の方が百倍怖いよ!!」

「そんな……、ひどいですわ! 婚約破棄を撤回してください! さもなくば私、ショックでどうにかなってしまいそうです!」


 私はせめて彼に触れて安心したくて、必死に一歩を踏み出しました。


 ――ドズゥゥゥゥン!! ズドドドド!!


 一歩歩くごとに私の脚力(自重)を受け止めきれない王宮の床が、凄まじい音を立てて陥没していきます。

 まるで巨大な怪獣が闊歩しているかのような地響き。

 会場に吊るされていた数十個のシャンデリアが、私の歩振動に耐えかねて次々と「ドゴォォン!」と落下し、豪華な絨毯を火の海に変えていきました。


「来るな! 来るなバルキュリア! 分かった、話せばわかる! ユナ、お前はあっちに行ってろ!」


 アドリアン様は先ほどまで守っていたユナ様を盾にするようにして、涙目で後ずさります。


「アドリアン様……、私、ただ貴方と手を取り合いたいだけなんです……!」


 私は震えるアドリアン様の服の袖を指先でほんの少し、本当にほんの少しだけ摘みました。


 ――ビリィィィィィィザッ!!


「あああああ! 俺の特注タキシードがぁぁ!」


 私の指先にかかった「ほんの少し」の力に、王族御用達の最高級生地は耐えられませんでした。

 アドリアン様のジャケットの右半分が、まるで爆破されたかのように消滅。

 彼は今や、右肩から右腕を剥き出しにした、ワイルドすぎる姿で立ち尽くしていました。


(ああ、私の指先さえも、彼との別れを拒んで震えているのね……)


「ヒィッ……。あ、あああ……」


 アドリアン様は右半身の服を失い、むき出しになった肩をガタガタと震わせていました。

 目の前には涙を浮かべて「ううっ、ひどいですわ……」と咽び泣く可憐な少女。


 透き通るような肌、長い睫毛に縁取られた大きな瞳。その外見だけを見れば、今にも折れてしまいそうなほど繊細な、守るべきヒロインそのものです。

 ですが、その背景では。

 へし折れた円柱、クレーターだらけの床、そして弾痕のように貫通した涙の跡が、この世の終わりを告げていました。


「バルキュリア……、すまなかった! 私が悪かった! 婚約破棄は今この瞬間、全面的に撤回する!」


 アドリアン様は私の足元に飛び込むようにして土下座をしました。


「え……、本当ですか? アドリアン様」


 私は涙に濡れた瞳を輝かせました。

 ああ、なんてこと! 私のこの悲しみ、この切実な想いが、ついに彼の心を動かしたのね!


「ああ! 本当だ! だからその、お願いだからこれ以上悲しまないでくれ! 私の心臓(と王宮の構造)が持たない!」

「嬉しい……! アドリアン様、大好きですわ!」


 私は溢れんばかりの愛を形にすべく、彼へと駆け寄りました。

 乙女が恋人の胸に飛び込む、最高にロマンチックな瞬間です。


 「愛していますわぁぁーー!」


 ――ドォォォォォン!!


 私の全力のタックルを受け止めたアドリアン様の体が、くの字に曲がります。

 そのまま私は彼の背中に腕を回し、慈しむようにギュッと抱きしめました。


 ――バキ、メキメキ、ポキポキポキィィィィィッ!!


「がはっ!? ……あ、あが、ああ……ッ」


 アドリアン様の口から、魂のような何かが漏れ出しました。

 彼の背骨と肋骨から、まるで焚き木を折った時のような、景気の良い乾いた音が連続して響き渡ります。


(ああ……、聞こえるわ。アドリアン様の愛の鼓動。彼、私の腕の中で、喜びのあまりこんなに激しく震えて……!)


 私の主観では、それは情熱的なハグでした。

 アドリアン様の白目を剥いた表情も、私への愛のあまりに、意識が遠のいているだけだと信じて疑いません。


「……バルキュリア、……はな、せ……、死ぬ……」

「ええ、もう二度と離しませんわ! 私たち、死が二人を分かつまで一緒ですものね!」


 私がさらに愛の力を込めると、今度はアドリアン様の靴の底が圧搾機にかけられたかのように「パァン!」と弾け飛びました。


「はっ……、ははは。お似合いよ、二人とも……」


 遠巻きに見ていたユナ様が壊れた人形のような笑みを浮かべて、静かに夜会の闇へと消えていきました。彼女もきっと、私たちのあまりの熱愛ぶりに身を引く決意を固めたのでしょう。





 数日後。

 アドリアン様は全身をギプスで固めたミイラのような姿で、静養に励んでおられました。

 そんな彼の手を(うっかり握りつぶさないように細心の注意を払いながら)握り、私は微笑みます。


「アドリアン様、今日もお素敵ですわ。ああ、私、幸せすぎて……」


 私が少しだけ頬を染めて、ベッドの端に腰を下ろしました。


 ――バゴォォォォン!!


 頑丈な王家の特注ベッドが中心からV字型に真っ二つに折れ、アドリアン様が「へぶっ!?」と変な声を上げて床に転げ落ちました。


「あら、いけない。私としたことが、つい嬉しくて体重が乗ってしまいましたわ」

「……はは、……いいんだ、バルキュリア……。君が……、君が笑っているなら……、それで……」


 瀕死の状態でそう呟くアドリアン様。

 なんて深い愛でしょう。




 後世の歴史家は、この時代のことをこう記しました。

 『バルキュリア王妃。彼女は史上最も「重い」愛を持ち、その一挙手一投足で国の軍事バランスを維持した、伝説の平和の象徴である』と。


 本人は今日も自分がいかに「か弱い乙女」であるかを日記に綴りながら、ペンを飴細工のように握り潰しているのでした。



(完)

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


少しでも面白いと思ったら【☆☆☆☆☆】を押してもらうと励みになります。

評価やブックマーク、誤字脱字報告も嬉しいです。


「重すぎる愛(物理)」、いいと思います。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ