最終話 今日も世界を生かしたまま蹂躙しますわ
季節が一つ巡る頃。
南部港、帝都、北方ナザールを結ぶ、新たな航路が開かれた。海の向こう、新諸国連合。その港に停泊した商船の帆には、クラウストラ通商連合の旗が他国の印章と並んで翻っている。
【新諸国連合・交易状況(要約)】
・通貨:各国バラバラ → クラウストラ発行の『海上信用状』で相殺決済
・主な輸入:香辛料/織物/金属加工品
・主な輸出:穀物/木材/魔導資材
・評価:海の上でも結局は数字と契約で回る
海洋国家の老獪な商人たちは、さすがに一筋縄ではいかなかった。
先物契約でこちらの読みを外され、相場を逆に振られ、二度、三度と、小さな敗北を味わわされたこともある。
(なるほど。私と同じことを別の角度からやっているだけですわね)
そう悟った後は早かった。
海上保険、共同輸送、複数港同時入札。海の上のルールを理解した上で、いつものように逃げ道を塞ぐ契約を積み重ねていく。
やがて、新諸国連合の商人たちはこう評するようになった。
『あの大陸の女は、港も帝都も、海の上も、すべて同じ紙切れで縛ってくる』と。
◇
断罪から、一年と少し。
大陸の地図を広げれば、そこかしこに「クラウストラ通商連合」の名が書き込まれている。
港、街道、共同食堂、配給所、特別経済区。
【現在の大陸状況(簡易】】
・旧王国:特別経済区群として再編/暴動リスク=低
・レグナ帝国:帝都・北方・南部港を軸に回復基調
・第三国:海上信用状を介して、事実上の共通経済圏
・クラウストラ通商連合:大陸広域インフラ兼、誰も否定できない『搾取者』
・評価:蹂躙完了/維持と微調整の段階へ
「ずいぶん遠くまで来てしまいましたわね」
窓の外では馬車ではなく、貨物列車の試運転が走り抜けていく。魔導技師たちが騒ぎ、子どもたちが歓声を上げて追いかける。
数字と契約書で塗りつぶしたこの大陸の上で、ようやく、一つの区切りが見え始めていた。
「そろそろ、まとめの時期ですわね」
私は静かに帳簿を閉じた。
「断罪の日から始まった『十日単位の蹂躙』も、一区切りつけておきませんと」
◇
旧王都――かつて私が断罪された大広間は、今や、すっかり別の役目を与えられている。
豪奢だったシャンデリアは落とされ、壁には各地の契約書と統計グラフが掛けられていた。玉座があった場所には長い会議用のテーブルが置かれ、その上には最新の収支報告と各都市からの定期レポート。
【第一特別経済区・中央会館(旧王城大広間)】
・用途:大陸連合評議会/決算報告会
・来訪者:各地の代表/通商連合幹部/技師・学者
・評価:断罪の舞台 → 契約の舞台
(感慨深いと表現して差し支えないでしょうね)
断罪の日と同じ場所で、私は今日も帳簿を開く。
第一特別経済区の代表として。
クラウストラ通商連合の代表として。
そしてあの日、「王国を蹂躙することにしました」と宣言した悪役令嬢として。
◇
「クラウストラ様、各地の代表団、入場を始めました」
ミリアが書類の束を抱えたまま、少し誇らしげに報告してくる。
「南部港湾都市代表、イルマ様。レグナ帝国帝都代表、エリアス殿下。北方流通組合代表、グレタ様。新海諸国連合からは、グラン=ゼル商会の代表が――」
「全員、時間通りですわね。素晴らしいことですわ」
私は立ち上がり、かつて王と王妃が座っていた場所――今はただの椅子に、いつもの調子で腰を下ろした。
やがて扉が開き、それぞれの街の空気を纏った人々が入ってくる。
南部の潮風と、北方の雪と、帝都の石畳と、海の向こうの香辛料の匂いが、一つの広間に混ざり合う。
【本日の議題】
・各地の配給状況と物価推移
・街道および港の維持費分担
・新たな魔導鉄道構想について
・第三国を含めた信用状の標準化案
・評価:どこからどう見ても「世界会議」
「一年で、ずいぶん様変わりしたものです」
エリアスが、感慨深げに広間を見渡した。
「ここで、あなたが断罪されてから、まだそう経っていないというのが信じられません」
「私もですわ。あの時の私は、ただ『十日で王国を落とせる』という試算を披露しただけでしたのに」
「その十日単位の試算で、気付けば大陸を上書きしておられるのですから……やはり、あなたは規格外でございます」
エリアスは苦笑しつつ、用意された席に座る。
イルマはいつも通り豪快に肩で笑い、グレタは腕を組んでふんと鼻を鳴らし、海洋国家の商人代表は油断ならない笑みを浮かべて様子を窺っている。
ミリアが、少し緊張混じりに開会の宣言をした。
「それでは、本年度大陸経済報告会――開始いたします!」
◇
会議は、驚くほど淡々と進んだ。
誰かが怒鳴り出すこともなく。
誰かが剣を抜くこともなく。
ただ、数字と条件と、現場の事情が机の上に並べられていく。
「北方の雪解けが遅れれば、帝都への穀物輸送が一時的に滞る。その間、南部港からの便を増やす必要がある」
「その分の船舶と保険料は、どこがどれだけ負担するのか」
「第三国からの金属部品の納期が遅れれば、新型鉄道の建設に影響が出る。遅延損害を誰が被るのか」
昔なら、こういった話はすべて「誰か」が勝手に決めて、その皺寄せは下々が泣いて受けていたのだろう。
今は違う。
数字を見て、条件を整理して、利益と損失を分け合う。
それが「当たり前」のこととして、この広間にいる全員に共有されていた。
(まあ、その「当たり前」を叩き込むために、どれだけ泣き声を聞いたか数えたくはありませんけれど)
私は内心で肩を竦める。
【現在の大陸】
・飢餓による暴動:大幅に減少
・税の取り立て:可視化&分割払いが標準
・「明日」の見込み無し:ごく一部へ縮小
・評価:完璧からは程遠いが、少なくとも「あの日の王都」よりはずっとマシ
◇
「――以上で、本年度の配分と負担案は合意ということでよろしいですわね?」
最終確認の問いかけに、各地の代表たちが次々とうなずく。
「南部港、異存ないよ。船も人も、回せるだけ回してやるさ」
「帝都としても、これ以上の譲歩を求めるつもりはありません」
「北方もだ。どうせ雪の中で荷車を押すのは、こっちの連中だからね」
海洋国家の商人代表だけが、少し薄笑いを浮かべたまま、ゆっくりと言葉を継いだ。
「新海諸国連合としても、あなたの紙切れと約束事の上で踊るのは、そろそろ楽しんできましたからね。ええ、異論はありませんとも」
「ありがとうございますわ」
私は満足げに頷き、閉会を宣言した。
「では、これをもちまして本年度の大陸経済報告会を終わります。皆さま、どうぞお忘れなく。これは『慈善』ではなく、『損を減らし、利益を増やすための仕組み』ですわ。続けるかどうかを決めるのは――常に、皆さま自身ですもの」
◇
会議の後。
人々がぞろぞろと広間を出て行き、熱気が少し引いた頃、エリアスがそっと近付いてきた。
「クラウストラ様」
「何かしら?」
「……これで、あなたの『蹂躙』は、ひとまず終わったのでしょうか」
その問いに、私は少しだけ考え込む。
断罪の日、私は「どうせなら、大陸すべてを蹂躙することにしましょうか」と宣言した。
十日で王都を落とし。
二十日で南部港を走らせ。
帝都の崩壊予定日をずらし。
北方の血栓を溶かし。
海の向こうにまで、契約と数字を伸ばしてきた。
【現在の私】
・称号:通商連合代表/特別経済区群総責任者/大陸最大債権者
・世間の評価:「悪魔の商人」「大陸の守銭奴」「第二の摂政」
・自己評価:怠惰を許さないただの働き者
・評価:蹂躙者というより、単なる管理人
「終わったかどうか……そうですわね」
私は窓の外を見る。
大広間のバルコニーから見下ろす第一特別経済区は、あの日見た瓦礫ではない。
共同食堂の煙突からは昼食の匂いが漂い、広場では商品券を握った子どもたちが走り回っている。
遠くには、試運転中の鉄道と、それに歓声を上げる人々の姿。
「少なくとも、『崩壊の上に立って見せつける蹂躙』は、これで終わりですわ」
私は静かに答えた。
「ここから先は、『維持しながら、怠けた者の首根っこを時々掴む』程度の仕事ですもの。派手さはありませんわよ?」
「それでも、あなたが続けてくださらなければ、この大陸はあっという間に、また怠惰に沈むでしょう」
「それならそれで、また十日で叩き起こすだけですわ」
私は肩をすくめる。
「私がやってきたのは結局、『怠け者に明日のパンの値段を自覚させる』ことだけですもの。蹂躙というほど、大層なことではありませんわ」
「それでも――あなたに救われた者たちが、ここにこれだけいる。それだけは、事実でございます」
エリアスは、いつもの礼儀正しい笑みを浮かべた。
「では、こう言い換えましょう。『あなたの欲深さのおかげで、明日を語れる者が増えた』と」
「……それなら、少しは素直に受け取っておきますわ」
窓の外で、子どもたちの笑い声が上がった。
【この大陸で「明日」を期待している者】
・推定数:断罪の日の十倍以上
・主な要因:仕事/パン/契約の見通し
・評価:この世界を簡単には捨てられない理由
(まったく――効率だけで語るには、ずいぶん贅沢な大陸になってしまいましたわね)
◇
その夜。
一人になった大広間で、私はふと、あの日と同じ場所に立ってみた。
断罪された少女だった頃の私が立っていた、真ん中より少し後ろの位置。
あの時は、王子の断罪の言葉と、群衆の嘲笑と、崩壊する王国の未来図だけが見えていた。
今、同じ場所から見えるのは――
各地から届く契約書と、数字と、明日以降の予定表。
そして、そこに付随している膨大な「名前」の数々。
署名欄に並んだ字は、どれも拙かったり、達筆だったり、曲がっていたりする。
だが、確かにそこには、一人ひとりの意思が記されている。
「……悪役令嬢としては、随分と泥臭い幕切れですわね」
私は小さく笑った。
「もっと劇的に、誰かを地に落として終わる方が、物語としては分かりやすいのでしょうけれど」
だが、それはもう断罪の日に終わっている。
私が選んだのは十日単位で世界を書き換え続ける、地味で執拗な蹂躙だ。
「断罪されたからこそ、手に入った視界ですもの。元を取るくらいは働いて差し上げませんと」
窓の外に、夜の灯りが広がっていく。
それは、かつて燃え盛った炎ではなく、パンを焼く窯と、作業場の魔導灯と、遅くまで働く者たちの机上灯。
私はその光景を眺めながら、静かに目を細めた。
「さて、明日はどの契約から見直しますの?」
大陸の怠惰を蹂躙する仕事はまだ続く。だがそれは、もう滅びの前の足掻きではない。
断罪された悪役令嬢が選んだ、ひどく現実的で、ひどく欲深く、ひどく地味な世界を生かしたまま蹂躙し続ける、永遠の仕事なのだから。
これにて完結です!
皆さま、最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
最後に【★★★★★】をお恵みくださいませm(__)m
↓ 他作品も是非よろしくお願いします!
【短編】断罪された悪役令嬢ですが、真実の愛よりも大切なことを教えてさしあげますわ
https://ncode.syosetu.com/n9522ll/
※連載版執筆中。超自信作のため、投稿日は12月12日12時予定ですので、是非ブックマークお願いします!
【連載版】断罪された悪役令嬢ですが、国中の契約書に私のサインが入っていることをお忘れではなくて?
ハイファンタジー部門:9位
それではまた( ´∀`)ノ




