第二十五話 北方交易都市ですわ
帝都再建三十日目の翌朝。
私は帝都北門から伸びる街道を、ガタつく馬車の窓越しに眺めていた。車輪が石畳の剥がれた穴に落ちるたび、車体が不快な音を立ててきしむ。
【北方街道・現状】
・舗装状況:帝都周辺のみ辛うじて維持/五キロ地点より先は修繕放棄
・往来の密度:帝都へ向かう難民 < 北方へ逃げる商人
・市場の噂:北方交易都市で穀物価格が帝都の二倍に高騰中
・評価:帝都の熱を不当に吸い上げる詰まりかけの血管
「ここを放っておけば、いずれ帝都で整えた配給網にも影響が出ますわね」
思わず呟くと、向かいの席で地図を広げていたエリアスが静かに頷いた。
「北方交易都市ナザールは、帝国北側の物資の集積地であり、第三国への玄関口です。そこが詰まれば、南部港から帝都へ流した血液が、そこで滞留して腐ります」
「ちょうどよろしいですわ」
私は薄く笑い、揺れる車内で優雅に足を組み直す。
「帝都を心臓とするなら、今度は北側の血管を掃除する番ですわ。少しばかり、手荒な掃除になるかもしれませんが」
◇
数日後、北方交易都市ナザール。
冷たい北風が吹きすさぶその街は、遠目にはそれなりに賑わって見えた。
堅牢な石壁。城門前に連なる荷車の列。高く掲げられた商人ギルドの旗。だが、近づくにつれて、賑わいの質が南部港や帝都とは違うことに気づく。怒号、舌打ち、そして諦めの溜息。
城門のすぐ脇で、柄の悪い男たちが衛兵を押しのけるようにして、荷車を止めていた。
【北方交易都市ナザール・城門前】
・正規関所:一か所(帝国徴税官・やる気なし)
・非公式徴収所:二か所(商人ギルド/裏組織が実質運営)
・平均通行料:正規税の二倍+現物徴収
・評価:公と私の境界が完全に溶けた、合法的な強盗現場
私たちの馬車が列に並ぶと、派手な羽飾りを帽子につけた男が近付いてきた。指には趣味の悪い金の指輪。上等だが、下品なチョッキ。
いかにも、「自分はここで幅を利かせている」と言いたげな男だ。
「よう、お嬢さん方。ここは北方商人ギルド公認の『特別保護区』でしてね」
男は窓枠に馴れ馴れしく手を置き、にやにやと笑いかけた。
「帝都からのお客様とお見受けします。通行税と街道保全協力金、それから当ギルドへの『保護料』を頂ければ、優先的にお通しいたしますよ」
「保護料ですか?」
私はあえて無知を装い、首を傾げた。
「帝国から発行された通行証と帝都防衛軍からの紹介状がございますのに、二重に払う必要がどこにありますの?」
「それはそれ、これはこれでしてね」
男は頬笑みを浮かべているが、まるで獲物を見つけたような視線を向ける。
「ほら、あそこを見なさるといい」
彼が指差した先、離れたところで荷車の持ち主らしき行商人が揉めていた。
「だから払えねえって言ってんだろ! 正規の関所にも払ったんだぞ!」
「ここを通りたきゃ、うちの札も通してもらわねえと困るんだよ。事故に遭いたくなきゃな」
屈強な用心棒が荷車の車輪を蹴り上げ、行商人が悲鳴を上げた。
【現場の事情】
・正規通行税:一回につき銀貨一枚
・ギルド系『保護料』:同額+荷の一部(酒や穀物)
・払えない場合:荷の差し押さえ/後日、高利貸しへ誘導
・評価:堂々とした二重、三重取りのシステム
「ご覧の通り、最近は物騒でしてね」
男は芝居がかった仕草で肩をすくめる。
「帝都の偉い方がどういう文書をお持ちだろうと、ここから奥は、俺たちが守ってるんです。街道も、倉庫も、護衛も。誰のおかげで荷が無事に着くか、賢いお嬢さんなら分かっていただけますかね?」
「なるほど、理屈は通っていますわね」
私は窓から身を乗り出し、男の顔を覗き込む。
「では一つ、お伺いしてもよろしいかしら?」
「何だ?」
男が怪訝そうな顔をする。
「あなた方が街道をこれほど手厚く守っているのでしたら、この一年でナザールの穀物価格が帝都の二倍まで跳ね上がっているのは、どなたの責任ですの?」
「うっ……」
男の眉がぴくりと動き、周囲の用心棒たちもこちらを睨んだ。殺気が肌を刺すが、ミリアが青ざめる一方で、エリアスは眉一つ動かさない。
【ナザール周辺データ】
・小麦の仕入れ価格:南部港からの輸送で帝都と同水準
・小売価格:帝都の約二倍
・中抜き層:商人ギルド/街道保護組合/都市領主の側近
・評価:筋肉と札束で築いた堅牢な多層搾取構造
「……あんた、何者だ?」
男の声色が商売人から、裏社会の声色へと低く変わる。
私は優雅に、毒の花のように頬笑んだ。
「クラウストラ通商連合代表、ユーフェミア・クラウストラと申しますわ」
「……は?」
男の顔が凍りつく。頭上に分かりやすい文字が浮かぶ。
【北方商人ギルド門前係】
・知識:『クラウストラ』の名は噂で聞いたことがある
・印象:南部の港をひっくり返し、帝都を金で買った悪魔
・評価:本部に知らせたいが、ここで引けばメンツが潰れる板挟み
「とりあえず、ここでの保護料はお支払いしませんわ。帝国の通行証と帝都の紹介状、それから――」
私は指先で空中の文字をなぞる。
【北方街道・債権状況】
・街道補修費:未払い(三年分)
・ナザール城門の維持費:帝都中央財務局の借金扱い
・評価:債権を買えば、この関所も実質的な私の資産
「帝都の財務局から、この街道の補修費と城門維持費の未払い債権をすべて買い取っておりますの」
男が思わず目を剥き、口をパクパクさせる。
「はあっ!? さ、債権だと……?」
「ここを通る者から二重三重に取るのは、あなた方の自由でした。ですが、そのせいで街道補修は放置され、帝都への上納も滞り、結果として生まれた借金は今、私の手元にございますわ。つまり、この城門と街道は『私の資産を通る血管』ということになりますの。そこに勝手に栓をして私の血流を阻害するというのであれば――」
用心棒の一人が剣に手をかけようとした瞬間、「ガキンッ」という甲高い音と共に、抜かれた剣が地面に弾き飛ばされた。
「動くな」
馬車の影から現れたカールス将軍率いる護衛兵たちが、すでにクロスボウと剣を構えて、彼らを包囲していた。
【状況】
・こちらの兵力:帝都防衛軍精鋭・護衛小隊
・相手:用心棒十数名/背後にギルドと裏組織
・正面衝突:可能だが非効率
・評価:今は殴るより商談に持ち込むべき
「……街道の新しい保護者として条件の見直しをさせていただきますわ」
男は顔を赤くしたり、青くしたりしていたが、やがて舌打ちと共に歪んだ笑みを浮かべた。
「……チッ。なるほど、噂通りの嫌な女だな。門前でぶつかり合っても面白くはねえ。話は中で聞く。通せ」
男が手を振ると、用心棒たちが渋々道を開けた。
「ナザール商人ギルドの代表者が、あんたと話したがってる。どうせ帝都の役人よりは話になるはずだ」
「それは光栄ですわ」
私は馬車から降り、埃っぽい北風を胸一杯に吸う。帝都の香水とも、南部港の潮風とも違う、泥と鉄と欲望の匂い。
(さて、机の上ではなく、荷車の上で戦う番ですわね)
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