第二十四話 誉め言葉として受け取っておきますわ
帝都財政監査局・臨時会議室。
「偽札工房を正式な印刷拠点に転用なさるおつもりですか……?」
報告を聞き終えたエリアスが、半ば呆れたように言った。
「ええ、偽札を刷れる腕と道具があるなら商品券も証券も刷れますもの。それらを捨てるのは非効率ですわ」
「ですが、信用の問題がございます。もし偽札を刷っていた場所だと知れ渡れば……」
「だからこそ、『今後ここで刷られたもの以外は受け付けません』と明言するのですわ」
私の前の机には、新しい設計図が広げられている。
【帝都商品券・第二期券案】
・特徴:透かし加工/通し番号/帝都支部印の刻印
・発行管理:番号毎に発行先を記録
・旧券の対応:一定期間は等価交換/以降は市場から回収
・評価:完全防止は不可能だが、「偽造が割に合わない」水準までは引き上げ可能
「偽札を本物に替えたい者は、どうしても交換窓口に並ばざるを得ませんわ。その時点で、偽札がどこから流れてきたか、おおよその経路は辿れます」
「……つまり、偽札被害を利用して『流通経路の棚卸し』まで一気に進めてしまうというわけですね」
「ええ、せっかく向こうから尻尾を出してくださったのです。有効活用しませんと」
エリアスは苦笑いをこぼした。
「やはり、クラウストラ様には敵わないという気持ちになります」
「敵になられても困りますわ。味方でいてくれる方が、私としても都合がよろしいですもの」
ミリアが恐る恐る口を挟む。
「えっと……その印刷職人さんは、やっぱり……」
「もちろん雇い上げますわ。ただし条件は二つです。一つは今後、不正な紙を一枚でも刷ったことが発覚した場合は、本人とその家族の資産を査定し、『商品券一枚分』として一括収用しますわ」
「商品券一枚分ですか……」
「ええ、『裏切るくらいなら最初から偽札で稼いだ方がまだマシだった』と思う程度に安く買い叩きますわ」
ミリアがごくりと喉を鳴らし、エリアスも思わず眉をひそめた。
「二つ目。こちらの信用を刷る限りは、彼と家族が飢えることがないように報酬を支払うこと。正しく技術を使う方が、偽造するよりずっと得だと、身に染みて理解していただきます」
「……飴と鞭でございますね」
「鞭で逃げ道を塞いでから飴を見せる方が、理解が早いのですわ」
ミリアが小さく笑った。
「そ、それなら素直に働いてくれそうです」
◇
数日後、帝都中央市場。
「第二期券が入ります! 旧券との交換もこちらの窓口です!」
交換所の窓口で、新しい商品券が配られ始めていた。
透かしの入った紙。端には小さな刻印。通し番号は、発行台帳と紐づけられている。
【帝都商品券・第二期】
・市場での評判:本物らしい見た目 → 信用度+
・偽造難易度:前期比+大幅上昇
・旧券の回収率:七割突破
・評価:帝都経済がようやく循環を始める
窓口の前では、旧券を握りしめた人たちが列を作っている。交換を終えて、新券を受け取った子どもが、嬉しそうに走り去る。
私はその様子を眺めていると、背後からエリアスの穏やかな声が聞こえた。
「こうして拝見しますと、帝都の者たちは、クラウストラ様のやり方に馴染んできているように見えます」
「それが望ましいですわ。慣れた仕組みほど、壊そうとした瞬間に反発を生みますもの。偽物が出るほど育った仕組みなら、あとは『本物でなければ損をする』形に整えてあげれば良いのです。偽造する手間が馬鹿らしくなるぐらいに」
「……やはり救っておられるのか、縛っておられるのか、分からなくなります」
「両方ですわ。そう何度も申し上げているでしょう? 救いと拘束は契約書の表と裏ですもの」
帝都の空はまだ重い灰色だが、街のあちこちに見え始めた灯りと、商品券を握る人たちの列は、確かに動いている街の形だ。
王国、港、帝都。偽物一つで止まるような構造にはしていない。
【レグナ帝国・帝都】
・通商連合の支配:表向き協力/実態は金融・流通・印刷を掌握
・旧体制の反発:潜伏中(資金源は順次凍結)
・評価:崩さずに組み替える工程、順調
「これで帝都は整いましたわね。次は――」
私は視線を遥か遠方を見渡す。
街道、地方の村々、まだ契約の網が届いていない土地。
「次の標的に手を伸ばす準備を始めますわ」
◇
同日、迎賓館の執務室。
「ユーフェミア様、地方からの定期報告が届いております」
ミリアが抱えてきた書類を並べる。その中から、力強い字で書かれた見慣れた封筒を開けた。
【第一特別経済区・イルマより】
・港の稼働率:七割台で安定
・作業券の流通:第三弾発行/暴動リスク 低
・若者の流入:前月比+18%
・追伸:「祭りの予算案をそのうち叩きつけに行くから待ってなよ」
「イルマさんは相変わらず元気そうですわね」
次の封筒は、例の辺境の燃料採取村からだった。
【辺境燃料村】
・伐採計画:予定範囲内で推移
・臨時雇用:飢餓リスク 高 → 中の下まで改善
・村の子どもたちの体重:平均+二キロ
・評価:「来年」を口にする者が増加
「……帝都の外も少しずつ変わっているのですね」
「ええ、だからこそ、ここで手を止めるわけにはいかないのです」
私は最後の一通――帝都北方の中規模都市からの報告に目を通す。
【北方交易都市】
・穀物価格:帝都の二倍
・闇市依存度:高
・領主家の借金:年収の十倍以上/帝都の高利貸しに依存
・評価:放置すれば、次の『王都崩壊』の見本市になる
「美しいとは到底呼べませんわね」
私が指先で都市の名を軽く叩くと、視界に新しい項目が浮かび上がる。
【次期重点地域・北方交易都市】
・目標:帝都外における第二の『特別経済区』候補
・手段:債権買い取り/商品券導入/闇市価格の誘導
・想定リスク:既存勢力の抵抗/帝都高利貸しとの利害衝突
「帝都で作った仕組みは、この都市でもそのまま使えますわ。違うのは、最初から『帝都を通さずに』網をかけられるところですもの」
「帝都を経由せずにですか?」
「ええ、帝都を心臓とするなら、今度は大陸の末端から神経を張り巡らせますの。どちらから絞っても、最終的に血の流れは、私の手元を通るように」
エリアスは少しだけ肩を竦めた。
「……今さらながら、やはり恐ろしいお方です」
「誉め言葉として受け取っておきますわ。さあ、北方行きの準備を始めますわ」
本日、17時と21時も投稿します。




